8番ホール:合宿③
前夜、千夏と二人で食事をする約束をした大樹。心はずむも2日目のゴルフに挑む。
そして大樹と田之倉の友情も徐々に深まっていく。
今日もいい天気だ。
1番ホールのティーショットはナイスショットで300ヤード以上飛んだ。
今までで1番の会心のあたりだ。ギャラリーからの大拍手に俺は手を挙げて応えた。
続くセカンドショットはピンに向かって、美しい放物線を描いてピン横2mへ。
バーディーチャンスだ。慎重にラインを読んでバーディーパット。
1番ホールバーディーの最高のスタートだ。巽部長からも一声あった。
え〜となんて言っているんだろう?よく聞こえないなあ。
そこで目が覚めた。
それにしてもちょっとオレには出来すぎた夢だ。
ちなみに最近ゴルフの夢を見ることが多くなった気がする。
2週間くらい前に見た夢は鮮明に覚えていて、もっとも最悪だった。
一緒に回っているのは、榊原さんと白川さん、そして千夏。
女性に囲まれたオレはルンルン気分で1番でティーグランドへ、ドライバーを手にして
いつも通りのルーティーンからショット。ところが、空振り!?何度振ってもボールに当たらないのだ。
そのうち、榊原さんと白川さんが怒りだすし、それを見ていた千夏は泣き出す。
そこでオレは目を覚ます・・・。
オレの短いゴルフ人生で、ティーショットを空振りしたことはまだ一度もない。
なのに???である。みんなもこんな夢を見るのだろうか・・・。
思い出したくない記憶を忘れようと、冷蔵庫から栄養ドリンクを取り出し、一気飲みして
着替えを始めた。
朝6時に練習グリーンに俺たち4人は集合した。
昨日に続き気持ちの良い朝だ。千夏とも目があったが、お互いぎこちない挨拶だった。
ちょっと残念な気もするが、他の二人もいるので仕方ない。
早速昨日のパット勝負の続きだ。田之倉のたっての希望で再戦となった。
今度も敗者はコーヒーをご馳走することにした。但し今回初参加の由佳ちゃんにはハンディーを
あげようと田之倉が提案したが、本人が却下した。由佳ちゃんの新しい面をみた。
最初のパッティング位置は、昨日負けた田之倉がカップまで10mの地点に決めた。
順番はジャンケンで決めて、オレ-千夏-田之倉-三井の順番になった。
この勝負最初に打った方が不利だ。
若干のスライスラインでほぼ平坦。オレのボールはインパクトの瞬間パンチが入って
2mのオーバー。千夏はナイスタッチで50cm手前。田之倉は距離は良かったが
あらぬ方向へ打ってしまい2.5m、最後の由佳ちゃんは手前1m。
1回目の勝負は田之倉の負けだ。
田之倉にとっては先行き怪しいスタートとなったが、本人は意外と平静だ。
10回目の勝負を前に、千夏が3回、由佳ちゃんが3回、オレが2回、田之倉が1回
とっていた。この回で田之倉が勝たないと2日続けて敗者となる。オレも人ごとではない。
最後のカップの位置は若干フックの少し上りの5m。
「よし!入れるぞ!!」珍しく気合が入りまくってる田之倉。
「コン!」気持ちの良いヘッドの音がして、
「ガシャ!!」勢いよく入った。
「ヨッシャー!!」田之倉の気合いがちだ。
今度はオレの番だ。
いつも決めているルーティーンでボールの後方から狙いどころを決めアドレスに入る。
素振りを2回してタッチを合わせる。
「コン」イメージ通りのパッティングができた。無情にもボールはカップを半周してカップから離れた。
「あれ〜!?」この瞬間、最下位は田之倉とオレになった。ジ・エンドだ。
「私と由佳ちゃんの勝ちね!満疋屋のイチゴパフェ楽しみ!!」一体何お話だろ?
「あそこの苺パフェ最高よね!!」由佳ちゃんまで悪ノリしてきた。
「しょうがないなあ。ご馳走するよ。なあ大樹」オレに同意を求めるなって!
「田之倉が言うんだから分かったよ。苺パフェ食べにこう。」オレは渋々答えた。
「やったあ〜。言ってみるものね。爽くん、大樹、ご馳走様!」
二人ともそれはそれは嬉しそうだった。そりゃ嬉しいわな・・・。
朝食をとり7時45分に練習グリーン横に全員が集合した。
「今日もいい天気だ。昨日の反省を忘れず、今日のラウンドに活かす事。
それからくれぐれも怪我とか事故に注意するように。楽しい1日にしよう。」
巽部長の挨拶で2日目がスタートした。
今日のパーティーは佐藤課長と榊原さんだ。二人のプレイを間近で見る事が
できるので、とても楽しみだ。それに佐藤課長といろいろ話もしてみたい。
昨日アドバイスしてもらった事を頭に入れてプレイを続けたが、スコアーに直結するにはなかなか難しい。
まだ技術的な部分で追いついていない。
佐藤課長だが、入社以来検査部門一筋。佐藤課長の父親も建設会社に勤めており、
彼も大学では建築工学を学んだそうだ。多趣味でテニスや釣りなども好きで、
ゴルフは会社に入って社長の影響で初めたが、最初は嫌々だったようで、知らず知らずのうちに
ハマってしまったらしい。検査部門らしく物事をはっきり言う
性格で、妥協は許さないタイプだと感じた。いくつかアドバイスをもらったが、的確なものばかりだった。
午前のラウンドはトラブルもあったが、二人とのゴルフ以外の楽しい会話をしながら
のプレイはこれまでより落ち着いていた。
目の前のボールに集中できている事を感じながら、ミスショットをしても素直に受け入れることができ
焦ることも少なかった。次のショットの事を考える事が楽しかった。
同時にラウンド中にスコアーの事を考える時間が減ったようだ。
9ホールのベストスコアー43で回る事ができた。
意気揚々とスタートした午後のハーフは、なんとスコアー50という満足いかない結果に終わった。
3ホール終わったところで、佐藤課長からプレイのリズムが速くなっていると指摘された。
自分では気がついていなかった。その後リズムをゆっくりとるよう心がけたが、逆に焦ってしまった。
ゴルフとは不思議なスポーツだ。無意識のうちにスコアーを気にしない状態でプレイ
すると、結果的にスコアーは良くなる。逆にスコアーの事を気にしだすと、ショットに結果を求めてしまい
悪循環になる。
野球はバッティングで言えば7割は失敗できる。3割成功する事ができれば、結果は
上々だ。7割失敗できる野球と、100%の成功を求めてしまうゴルフ。と言うことは、ゴルフで100%の
成功を求めず、3割の成功で満足すれば気が楽になり良い結果を出す事ができるかもしれない。
ラウンドが終了し、スコアーを提出しパーティーに参加かするため会場に行くと女性を除いて
全員揃っていた。いつものようにみんなと今日のスコアーについてあれやこれやと話をした。
隣に座った佐藤課長に、プレイ中技術的な事を除いて何を考えているか質問をぶつけた。
「そうだね。その日のプレイの流れをよく考えるかな。」
「プレイの流れですか?よくわからないです。」
「君は野球をやっていたよね。よくテレビの解説でその試合の流れが良いとか悪いとか話が出るだろ。
それと一緒だね。」
「なるほど。」
「ゴルフでも“流れ”がある。良いプレイができる日もあれば、1日中うまくいかない時もある。
我々アマチュアは一晩寝れば、前日調子が良くても翌日はどうなるか分からない。
でも少しでも良い調子を維持したい。それを作り出すために、どうプレイすれば良いか、どうやって良い流れを
作る事ができるかを考えるんだ。」
「具体的には、どうするんですか?」
「例えば、その日の目標を4オーバーにしたとする。しかしスタートで2ホールを
ダボスタート。余裕は無いわけだ。残りのホールをパープレイで回ることはとても難しい。そこでどう考えるかだ。僕は決して焦らない。なぜなら、残りの16ホールの結果は
どうなるかは誰にも分からないし、自分でどうこうできるものではないよな。」
「そうですね。いくらスコアー良くしたいと考えても、良くなるものではないですよね。」
「そうだ。そこで焦っては良い流れは来ない。過ぎたことは変わらないし、2ホールの悪い流れをどう考えるか。
具体的には、今できることに集中するんだ。もしかしたら結果は変わらないかもしれない。でも結果は重要ではなく、取り組むその過程が大事なんだ。その積み重ねが、1年後、3年後に必ず身になる。」
「それが私の欠けている経験ということでしょうか。」
「ゴルフは楽しいかい?」
「はい、もちろん。プレイしているだけでも楽しいですし、今日もとても勉強になりました。」
「それは良かった。確かに君には経験が全くと言って良いほど無い。でも僕や部長の想像以上に吸収力があって
成長している。ゴルフと言うスポーツは技術面だけでなく人間としても成長させるんだ。
だから、それを知っている社長は、ゴルフと言うスポーツを愛している。」
お風呂でおめかしした女性陣も集まり、合宿最後の懇親会兼ミーティングが始まった。
楽しかった合宿も最後のイベントだ。
「今回の合宿の目的は、部員の技術向上と9月にある企業対抗戦の選手の選出だ。
磯村くんのお陰で昨日のラウンドの数値分析はみんなとても参考になったと思う。
今日の分析も明日か明後日には各自に配布する。なかなか無い機会だから、是非今後の参考にして欲しい。
私もとても参考になったよ。ありがとう。磯村くん。」
全員から磯村さんへ拍手が送られた。磯村さんは照れ臭そうに皆に会釈した。
最後に谷川課長から今日のラウンドの結果発表があり、続いて8月の夏休み期間にあるコンペについて
説明があった。帰りの高速も渋滞が予想されるため、早々に解散となった。
俺たちは新人ということもあり、先輩の皆さんをお見送りして帰路についた。
「さあ、オレらも帰ろうか!」
「運転させちゃって悪いね。」
「身体は疲れてると思うけど、頭の中は冴えちゃってるよ!」
「仕事でも冴えると良いわね!?」千夏は相変わらず失礼なやつだ。
「疲れたら交代するから言ってくれよ。」
「サンキュー!」田之倉は友達想いのいいやつだ。
帰りの車の中は、最初は賑やかだったがすぐに静かになった。
後部座席の千夏と由佳ちゃんはよほど疲れたようで、気持ち良さそうに寝てしまった。
起きているのは助手席の田之倉だけだ。
後部座席を気にしながら、田之倉が話しかけてきた。
「大樹、ちなっちゃんと付き合っているのか?」突然の質問でびっくりした。
「なんだよ急に?」
「実は昨日ミーティングが終わってから、練習グリーンのところで話してたろ?ちょっと見かけたんだ。」
「ああ、見てたの・・。確かに話はしたよ。」
「たまたまチラッとね、それで?」
「田之倉だからいうけど、なんと言ったらいいのか、ある意味コクられたかも。
ちょっと戸惑ったけど嬉しかったよ。今度二人でご飯を食べに行く約束をしたんだ。」
「そうかあ、良かったじゃん。ちなっちゃんはとっても良い子だよ。」
「オレもそう思う。正直言うと、今まで女の子と付き合った事がないんだよ。プロ野球選手になりたくて、
野球のことしか考えてこなかった。でも大学で肩を壊して諦めた。付き合わない理由にはならないけど、
なんか面倒に感じちゃってね。奥手なのかも・・。」
「そうかあ。そんな風には見えないけど。でもこれで一歩前に進めるんじゃないの。僕はてっきり白川さんの
事が好きなのかと思っていた?」
「良く見てんなあ。でも“好き”って言うより、“憧れ”みたいな感じかな。ちょっと違うんだよなあ。
ところで、田之倉はどうなの。付き合っている人はいないんだろ。由佳ちゃんは?」
「僕も正直言うと、最近気になっている。だんだんそう言う感情が大きくなっている
ような気がする。まさか、2人は起きてないよな?」田之倉は照れ臭そうに答え、
後部座席を確認した。
「今度男だけで飯でも行こうぜ。」
「了解!ゆっくり話ができそうで嬉しいよ。」
「ところでゴルフはどうだった?」
「やっぱりゴルフ場でプレイするのは楽しいね?久しぶりにワクワクしたよ。」
「佐藤課長が褒めてたよ。堅実なプレイスタイルでゴルフ向きだって。」
「今までスポーツらしいことはした事はなかったから。ゴルフなら楽しめそうな気がするよ。」
「大樹こそセンスあるよ。最初っから100を切っちゃうんだから。
みんな期待しているよ。」
「あ〜良く寝た」突然後ろから千夏の声がして、ドキッとした。
「お、おはよう・・。よっぽど疲れてたんじゃない。由佳ちゃんはまだ寝ているの?」
「ぐっすりお休みね。今どの辺?」
「ちょうど厚木過ぎたところかな。ちょっと休憩するかあ〜。」
「ありがと。ところで二人で何話してたの?」これが女の第六感なのか。
思わず田之倉と目があった。まさか聞かれたわけじゃないよな・・・。
「ゴルフの事ばっかりだよ。今日の反省会をやってた。」
田之倉が応えたが、ゴルフばっかりと言うのが、ちょっと言い訳がましいような気がした。
「反省だけならサルでもできるから、それで終わらないでね。」
バックミラーで千夏が笑っているのが見え、目があったオレも笑顔で返した。
横では田之倉がニヤニヤしていた。