8番ホール:合宿②
合宿初日のラウンドを終え、反省会をする児玉組の面々。大樹たち4人もゴルフの難しさ、楽しさを実感する。
そして夜の反省会も終え、一人練習グリーン脇でのんびり夜空を眺めている大樹に・・・。
レストランでの昼食は、千夏が一番楽しみにしていたものだ。
ここのメニューは和洋中豊富に揃っていて、女性にとっても嬉しいだろう。
オレ的には、休憩を挟まずにそのままラウンドしたほうが嬉しいが、大半のゴルフ場は
このシステムの様だ。最近では、スループレイでラウンドできるアメリカンスタイルを
取り入れているゴルフ場もかなりある様だ。
「ゴルフ場のメニューって豊富なんですね!」
「如月くんには新鮮だろうね。まあ、ここのレストランのメニューはゴルフ場の
中でも揃っているほうだね。それに味もなかなかのもんだよ。」
「ゴルフやっている人って、いつもこんなにいいものを食べているんですね!?」
「そういう見方も確かにあるね。今日は食事付きだから、好きなものを食べられるよ。部長は何にされますか?」
「私は“天ぷらそば”かな。お腹が一杯になると動きが鈍くなるから軽めにしているんだ。君等は若いんだからどんどん食べなさい。」
「有難うございます。ぜひそうさせて頂きます!」相変わらず、千夏は大食いだ。
千夏は悩んだ末に“魚介たっぷりのペスカトーレ”、オレは“五目焼きそば“にした。
「ちなっちゃん、パスタじゃ足りないんじゃない?」
「何言ってるの沢田くん。そんなにたくさん食べれないわよ。
この後まだラウンドするし、食べ過ぎはよくないって部長も言ってるじゃない!」
普段ならあり得ない発言だ。足りなくても知らないぞ。
「ちなっちゃんもゴルフ部員としても自覚が出てきたね。エライ!」
「当たり前でしょ。」部長の手前、千夏は泣く泣く女子になった様だ。
遠慮しないで、カツカレー大盛りでもいけばいいのに・・・。
田之倉の組が上がってきた。表情から察するに見たところ、スコアーはあまり
よくない様だ。
「田之倉、どうだった?」
「ゴルフの難しさを改めて痛感しているよ。」
「いくつだった?」
「61。打数を数えるのが気になって打つことに集中できなかった。練習通りには
なかなかいかないもんだな。でも楽しかったよ。」
「楽しめることは大切だよ。それに初ラウンドはそんなもんだよ。」佐藤課長が
フォローしてくれている様だ。
「目標は120だからまずまずだろ。まだ半分しか終わってないからこれからだよ。」
「そう、ゴルフは18ホールのスコアーが結果だ。午前中良くても悪くても、午後も気を引き締めていかないとな。」さすが部長、いいことを言う。
「ところでちなっちゃんはいくつだった?」
「えへ、57。凄いでしょ!爽くんには負けてらんないわ。」
「参りました。気を取り直して僕も頑張るよ。」
「皆さんお疲れ様。」そこへ榊原さんと由佳ちゃんが来た。
「沢田くん、調子良さそうね。どうだった?」
「まずまずです。45でした。納得はしてまいせんが。」
「へえ、流石ね。でも由佳ちゃんも負けてないわよ。54で回ったんだから。」
「由佳ちゃん凄いね!私は57。田之倉くんは61。」
「出来過ぎよ。楽しくて楽しくて。ハマっちゃいそう!」珍しく、由佳ちゃんも興奮している様だ。横で聞いていた田之倉くんはさらに落ち込んだ様だ。
「ほおー。今年の新人はみんな優秀だね。その調子で午後も頑張って。」
その後はパーを取ったとか、O Bを打ったとか話が盛り上がった。
休憩時間の50分はあっという間に過ぎて、午後の健闘をお互い誓ってスタートホールに向かった。
午前に比べて午後のプレイでは、風がだいぶ強く吹いていた。
10番のティーグランドではいきなりアゲンストだった。
オナーは巽部長。いつも通りのルーティーンでボールはフェアウェイへ。
近くで見ているとボールを目標地点へ運んだという感じだ。
ティーアップしてオレが打とうとした瞬間、風が強くなった。
今更止めることはできないのでスイングしたら、ボールは文字通りチーピンで左の林に消えた。
「ファーーーー!」キャディーさんの声が響いた。通りの良い声だ。
O Bでは無かったもののトラブルには違いない。
「今のは風で打つ瞬間力んだね。」
「はい、風が気になってしまいました。」
「風のある時は、常に想定しておくことが大事だ。風向きが変わることはよくあるからね。」
次は千夏の番だ。途端に風が収まった。全くラッキーなお人だ。
結局午後のラウンド中はずっと風が吹いたり止んだりで、オレも千夏も苦労した。
その中でも、風や雨の中では“飛ばそうとしない”、“決して力むことなくリズム良く”、“いつも以上に目標に集中する”という秘訣を部長から教えてもらった。
オレも千夏もすぐにはできなかったが、ショットの時には気持ちが楽になった。風に気を取られながらも何とか9ホールを回った。
午後のハーフは巽部長が38、オレは48、千夏は55だった。
オレも千夏もまずまずのラウンドだった。スコアー以上に内容のあるラウンドだった。
予め渡されていた所定のフォーマットにスコアーを清書して、パット数、O Bの数、バンカーに入った数やフェアウェイキープ等記入した。これは後で磯村さんに提出して、今晩のミーティングの資料にするそうだ。オレも千夏も突っ込みどころ満載の内容になっているだろう。
この後は30分休憩してからはみんなで練習の予定だ。
このゴルフ場の練習場は充実している。特にアプローチ練習場は天然芝で、
奥行き70ヤード、幅が40ヤードあって、バンカーも2つ設置されている。
芝の上からのアプローチやバンカーの練習は、普段できないからありがたい。
それにしてもコースと同じくらい良く整備されてる。グリーンもとても綺麗だ。
最初の3組はアプローチとバンカー練習。あとの2組はパター練習だ。
コーチは、巽部長と佐藤課長が務めた。
練習はアプローチで1時間、パターで1時間行われた。
今日のラウンドで失敗したショットを思い出しながらの練習は、とても良かった。
10ヤード、20ヤード、30ヤードのアプローチ練習は、いかに安定感に欠けているかを改めて自覚した。練習場ではもう少しうまく打てていたと思うのだが、芝の上で打つことの違いを痛感した。その中でもキャリーとランの距離感を知ることができたのも今後のプレイに役立つ。
練習グリーンに移動してから、オレと田之倉と千夏の3人でやったパターのミニゲームは面白かった。10回勝負で、いろいろな地点からパットをして。どれだけカップの近くに寄せられるかというものだ。
千夏が、負けた人は2人にコーヒーをご馳走する提案をしたので、オレも田之倉も賛成した。かなり強気な提案だと思ったが、オレも自信があるわけではない。
千夏は一番になる度にはしゃいで、田之倉は押されっぱなしだった。
「やったー!私が一番近いね。」
「ちなっちゃん、遠いところの方が距離感いいね。」オレは素直に感想を言った。
「当然でしょ!!」どうも最近の千夏の笑顔が可愛く感じてしまう気がる・・・。
「マジ悔しいよ。参りました!」
「田之倉くんは仕方ないにしても、大樹はちょっと情けないんじゃない」
「ほっとけ!」やっぱり可愛く感じてしまうのは勘違いだ!
10回勝負で、一番負けたのは想像通り田之倉だった。かなり悔しかった様で、
明日またやると宣言していた。意外と田之倉も負けず嫌いかもしれない。
練習終了後はクラブハウスの大浴場でさっぱりして、一旦割り当てられたホテルの
部屋へ移動した。オレと田之倉、千夏と由佳ちゃんは同室だ。
予定通り6時には、ゴルフ場のレストランで夕食が始まった。
司会は谷川課長が進行役で進められた。
初日のラウンドが終わり、お風呂で疲れも癒していたのでのんびりした雰囲気だ。
「皆さん、今日はお疲れ様でした。天候にも恵まれて第1回合宿の初日のラウンドは無事終えることができました。この後の予定ですが、夕食は19時半まで。
その後、コンペルームに移動してミーティングを行います。アルコール類は持参
いただいて結構です。」
アルコールO Kと聞いて皆ほっとした様だった。
続いて巽部長の乾杯の挨拶で、会は始まった。
「みんなお疲れ様。今日は記念すべきゴルフ部の合宿です。まずはこの時間を楽しもう。
各自色々と感じたこと、気づいた事があったと思う。明日もう一日あるから、あまりハメを外さない様に!そこそこならいいけどね。ビールは注いだかな?
それでは乾杯!!」
「かんぱーい!!」運動後のビールはやっぱりうまい。
初ラウンドだった由佳ちゃん、田之倉は、今日のゴルフの話になると興奮していた。意外だったのは由佳ちゃんだ。
「ゴルフって思う様にいかなくて癪だけど、青い空とか樹木を見ていると気持ちいいのよね。」
「そうなのよね。自分の打ったボールが青い空に吸い込まれそうになるのを見ると、何とも言えない気持ちになるわ。」
「ちなっちゃんもか!?オレもそう感じる時があるよ。なかなか無いけどね。」
「みんなゴルフが好きになった様でよかったわ。私も嬉しくなっちゃう。」
榊原さんも嬉しそうだ。ゴルフをやるとみんな嬉しくなるのだろうか!?
しばらく、ワイワイガヤガヤ盛り上がってところで、谷川課長からミーティング会場の説明がされた。
ここで一旦夕食は終了となり、15分後にコンペルーム集合となった。
俺たち新入社員4人が、ゴルフ場が用意してくれたおつまみと缶ビールやソフト
ドリンクをコンペルームに運んでテーブルに並べた。テーブルはすでにロの字型に
並べられており、パソコン、プロジェクターが用意されていた。
5分もすると部員が集まってきた。上座には巽部長、佐藤課長、谷川課長が座り、
後は順次座席に注いた。俺たち4人はもちろん末席だ。
進行はもちろん谷川課長。最初に今日のラウンドの各自の分析を行うというものだった。
アナリストの磯村さんから、各自のラウンドデータが既に纏められており配布された。スコアーから始まり、パーオン率、ボギーオン率、平均パット数、フェアウェイキープ率、リカバリー率などなど。
参加した18名の一覧を見ると、各項目ごとに点数化されていて5点満点で評価されている。これを見れば一人ひとりのストロングポイントやウィークポイントがよく分かった。磯村さんは夕食を食べたのか心配になる。
それを、磯村さんが一人づつ解説してくれた。
巽部長でさえ、パーオン率、リカバリー率アップを課題として指摘された。
「次に沢田くんですが、フェアウェイキープ率(29%)とアプローチの精度を上げる事が必須ですね。パット数は34なので悪い数値ではありませんが、パーオン率が低い分パット数は32回を目指して欲しいです。ストロングポイントはやはりドライバーの飛距離ですね。飛距離の出るゴルファーは曲がりも大きくなりますが、これで曲がりの少ないショットを手に入れれば大きな武器になります。
さらに、ゴルフを始めて3ヶ月ちょっとということを考えると、かなりの進歩が見られます。コースマネージメントも勉強する必要はありますが、焦らず一つ一つ課題をクリアしていけば良いと思います。」
「パッティングフォームがなっちゃいないから、もっと勉強した方がいいね。
大した進歩は見込めないよ」末木課長の突然の発言だ。
そう言えばパッティングのフォームについては自己流だ。パットは千差万別と聞いていたし、入ればいいということだ。まだ入っているとは言えないが・・・。
それにしてもこのタイミングで鬼の首を取ったように言うことじゃないだろ!
「そうだね。沢田くんの確かにフォームはまだ固まっていないね。それも初めて3ヶ月なら致し方ないだろう。磯村くんもアドバイスしていたが、一つづつクリアーしていけばいい。」
「そうですね。もっと頑張って欲しいものです。」全く課長は嫌味なやつだ。
「はい。仕事以上に頑張ります!ありがとうございます。」皮肉で言ってやったが、多分通じてないだろう。
「おいおい、仕事の方も頑張ってくれよ。」巽部長の言葉で笑いが起こり、その場の雰囲気が和らいだ。
「それでは次に如月さんです。皆さんご承知の通り今日が2回目のラウンドでした。スコアー112も立派ですが、良かったのはその内容です。アプローチに課題はあるものの、ショットはほぼハーフショットでされていたことを考えると、十分な結果だと思います。パッティングについては37パットと十分満足できる結果を出しています。
レッスンにも通われているとのことですので、継続して練習すれば自ずとスコアーもよくなるでよう。後はどれだけ実践を経験できるかでしょう。
如月さん、今日のラウンドはいかがでしたか?」
「ありがとございます。今日は2回目のラウンドでしたが、改めてゴルフの難しさを痛感しました。やっている時は無我夢中でしたが、でもとても楽しかったです。
磯村さんにご指摘頂いて、自分の課題が見えた様な気がします。
これからも練習して、児玉組ナンバーワンを目指したいと思います!」
いきなりのナンバーワン宣言に、みんなの笑いと大きな拍手で湧き上がった。
こんな爆弾発言は千夏でなければ言えなだろう。
「さすが如月くんだ。高い目標をはとてもいい事だよ。その目標に向かって、一歩一歩進んで欲しいね。」巽部長の温かい言葉が心に響く。
磯村さんの分析の凄いところは、各人のレベルに合わせた評価をしてくれる事だ。
上級者と初心者とでは基準が違うのは当然だ。こんな調子で一人づつ進んでいった。
榊原さんはアプローチとパットを課題してあげられ、由佳ちゃんと田之倉はスイング作りを一層取り組む様アドバイスされていた。
田之倉はともかく由佳ちゃんは今日109は“スゴイ”の一言だ。
磯村さんの話だと、千夏と由佳ちゃんはタイプは違うが大したものらしい。
千夏はパワフルだがパットでは繊細なタッチを出せる。由佳ちゃんは女性特有の
しなやかなスイングで、精度が高いショットを打てるそうだ。
今度千夏にはU S L P G Aの畑岡奈紗プロを、由佳ちゃんにはパク・ヒヨンのスイングを見せてあげよう。きっと参考になるだろう。
飲み物もつまみも少なくなった頃には、10時を回っていた。
谷川課長から翌日のスケジュールの説明があり、今日は解散となった。
片付けが終わった後、オレは何となく外の空気を吸いたくなり、クラブハウスの近くにある練習グリーンの方へ向かった。月明かりとL E Dでライトアップされた練習グリーンがうっすらと見る事ができた。
日中見るグリーンは緑が鮮やかで綺麗だが、昼間と違って幻想的だった。
夜空を見上げると、普段東京で見るよりも星の数がやたら多く感じる。
それだけ空気が綺麗ということなんだろう・・。
グリーンの脇に座り、ベント芝を撫でて見るとちょっとチクチクするものの気持ちの良いもので、さらに芝生の匂いも愛おしく感じるのは変だろうか。
人の気配がしたのでクラブハウスの方を見ると、ぼんやりと人影が見えた。
じっとしていると、近づいてきたのは千夏だった。
「大樹よね。何一人で黄昏ちゃってるのよ?」缶ビール片手にやってきた。
「何となくね。みんなは?」
「由佳ちゃんは少し酔ったみたいで、もう寝るって。気持ちのいい夜ね。」
そう言って、千夏はオレの隣に腰を下ろした。
「グリーンの芝を撫でてみて。触ったことないだろう、チクチク感が気持ちいいよ。」
「そう言われてみると、今日一日ラウンドしてグリーンの上は歩いたけど、マジマジと手で触ったことないわね。結構密集して硬いのね。」
「意外とグリーンって硬いんだよね。芝の成長は早くて朝と夕方では長さが大分違うらしい。だから夕方のボールの転がりは遅くなるんだって。今日のラウンドはそんなこと考えられなかった。余裕がなかったのかな?」
「そうなんだ。思うんだけどホールを終わると、冷静になるって不思議だよね。
大体ああすれば良かったとか考えちゃう。」
「そうだな。前に話したビジョン54の考えでは、アドレスに入る前にしっかり考えを」整理して、アドレスに入ったら実行すると言うのがあるけど、その考えを整理できていないんだろうね。」
「それってやっぱ経験積まないといけないのかな。ところで野球とゴルフとどっちが難しい?」
「難しい質問だね。野球は小さい頃から始めたけど、投げたり打ったりあまり考えずにそれなりにできていた。でもゴルフは考えちゃうね。あえて言うなら、ゴルフは考える時間が多すぎるのが難しいかな。」
「考える時間かあ。剣道でももちろん考えるけど、それは相手の呼吸や動き、考えを読んで瞬間的に動く。考えるより先に動いているもんね。」
「そう言う意味では、野球も投手がボールを投げた瞬間から一斉の動作が始まるから似ているかもね。」
少し間があって、
「この間恵比寿にちょっと洒落たイタリアンのお店を見つけたんだけど、今度ご飯でも食べに行かない?」
「あーーー、それって二人でってこと?」
「二人だとダメ?」妙な雰囲気になってきた。これはもしかしてデートの誘いか?
そんなことを言う千夏を見て、突然愛おしく感じた。そして今まですぐ近くにいた千夏のことを、もっと知りたいと思った。
「オッケー!喜んでいくよ!!」
「良かった。じゃあもう休みましょ。明日もラウンド頑張らなくっちゃね。」
薄暗い中でも千夏の満面の笑みが分かった。