1番ホール :社会人スタートホールに立つ
晴れて児玉建設に入社した沢田大樹。これから第二のサラリーマン生活が始まる。仕事やゴルフを通して新しい出会いを経験し、成長する大樹をお楽しみください。
1番ホール :社会人スタートホールに立つ
「満員電車ってマジすげぇなぁ〜。これじゃ女の人が気分悪くなるのも当然かあ。」そんなことを考えながら、晴れてこの4月に児玉建設に入社が決まり今日が初出勤の沢田大樹は人に揉まれながら改めて感心していた。大学時代、野球部の寮にいた大樹にとっては、滅多に満員電車に遭遇することはなかった。
以前から大きいビルや橋を作る仕事に興味を持ってい大樹は、中堅ながらたまたま見たテレビに出演していた創業社長の人間味溢れる姿に憧れ、児玉建設をターゲットにこの業界を中心に就活をしていた。最も成績は中の下で、取り柄は野球と体力と根性のみ。そんな大樹を採用したのは、明るい性格と建物を建設することによって社会に貢献したいという気持ちが認められたのだろう。
そういえば同期の社員は50名くらいと聞いたけど、どんな奴がいるのか楽しみだな。
と、そんなことを考えながら何度か訪問した本社社屋に到着。
本社はガラス張りの12階建の自社ビル。建設会社らしくモダンでちょっと輝いて見えるビルである。
正面玄関を入ると、右手に2018年入社式受付の看板があり、既に10人くらいが並んでいた。
「おはようございます。今日からお世話になります沢田大樹と言います。よろしくお願いします!」あまりに大きな声に、周りの社員が一斉に振り向いた。
「おはようございます。沢田さん元気があっていいですね。」
受付をしていた総務部の白川美優さんが、新入社員名簿で確認しながら笑顔で応えた。
「新入社員の方は、5階エレベーター正面の大講堂に行ってください。午前中はオリエンテーションで、午後から入社式ですよ。頑張ってください。」
「はい。有難うございます。こちらこそよろしくお願いします。」
朝一から魅力的な彼女の笑顔を見ると得した気分だ。
大樹はまるで自分のための笑顔であったと、全く見当違いをしながら大講堂に向かった。
大講堂では既に半数以上が席についていた。
殆どの者が初対面ということもあり、静かに座っていた。
席順は既に決められており、大樹の席は中央最前列になっていた。
「おはよう。オレは沢田大樹。今日からよろしく!」
大樹は自分の左右の座っていたに田之倉爽と如月千夏に挨拶をした。
田之倉は光条大学経済学部卒で真面目そーな奴。如月千夏は明るく健康的、活発そうな可愛い系の女子。なんとなく、この二人とは仲良くなれそうな気がした。
「ねえ、沢田くんはスポーツやってたの?」
「中学から野球一本!大学の時も野球と麻雀しかやってなかった。」
「野球やってたんだ。良い身体してるから、なんかスポーツやってたのかなって思ったんだけど、やっぱりね。」
「それにしても麻雀とは今時珍しいね」と田之倉。
「麻雀は親父から高校の時教えてもらったし、野球部の先輩で好きな人がいてね。
いろいろ鍛えてもらったよ」
「如月さんは何かしてたの?」
「私は剣道部。小学校からずっとやってる。全国にも行ったんだけどボロボロ!」
「凄いね!全国区だけでもマジすごいよ。これからも続けるの?」
「ううん。今のところ分からない。道場には行きたいけど仕事次第ね。
でも子供たちに教えてあげたい気持ちはあるわ。今度教えてあげよっか?」
「え!バットでよければお相手しますけど・・・。」
「ハハッ。面白いね沢田くん」
千夏をよくよく見ると、パワーが滲み出ているような雰囲気を漂わせていた。竹刀で面でも食らったら相当痛そうだ。
「田之倉くんは?」今度は如月さんが聞いた。
「僕はバイトかなあ〜。」ボソッと答えた。
「何のバイトしてたの?」
「税理士事務所でね、経理が好きだったから。」どうもシャキッとしていない。野球部ならケツバットだ。
「へえ〜経理が好きなんだあ。私の住む世界にはいなかったなあ。」如月さんは田浦と違ってはっきり言うやつだ。
つまらないことを考えていると、採用試験の時に見かけた社員の人が司会用マイクで
「皆さんおはようございます。当社への入社おめでとうございます。人事課の土橋です。今日から始まる2週間のオリエンテーションの進行を務めます。よろしくお願いします。」
土橋さんの呼びかけで、大講堂は“シーン”となた。
「それでは簡単にオリエンテーションのスケジュールを簡単に説明します。午前中は入社の手続き、本日1時より入社式、小玉社長も見えられます。その後、当社に関する事業内容、各部署の先輩社員による部署説明、当社就業規則などの社内規定、配属決定の為の面談、そして最終日に配属先発表で解散となります。
各自既に配属先の希望があると思いますが、各部署の説明を聞いた上で再度検討して、面談等で質問して下さい。」
「それでは、既にテーブルの上に置いてある資料の確認をします・・・。」
どうもこの1週間は机上のお勉強になりそうだ。オレの1番苦手な時間だな。
田之倉を見ると熱心にメモを取っていた。分からないことは田之倉に聞くことにしよう。
入社に必要な手続きも無事終え、昼食は7階の社員食堂でとることになっていた。先輩社員は外食もしているそうだが、俺たち新入社員はオリエンテーションの期間中食堂だ。
田之倉と如月さんと3人で席を立ち、エレベーターで食堂へ行った。昼の休憩は50分あるのでゆっくり食べられそうだ。
食堂に着くと想像以上に清潔で、200席はありそうか。大学の食堂と違って、児玉建設が建設したであろうビルやマンション、博物館そしてゴルフ場の絵画が数枚壁に掛けられていた。
「結構メニューは揃ってるな」俺は二人に話しかけた。
千夏が、「ヘルシーメニューも3種類あって嬉しいわ」
やっぱり女子は食事に気を使うようだ。オレ的にはボリューム満点、食べ応えのあるものならなんでもO K。
オレはヒレカツ定食、田之倉は天ぷら蕎麦でこれは想像通り。そして千夏はなんとラーメンチャーハン!?
言ってることとやってることのギャップに苦笑いしてしまった。普通の女の子なら多少は遠慮して軽い食事にするのではと思い、
「あれ、ヘルシーメニューじゃないんだ?」
「人間はね、お天道様があるうちはしっかり食べるのよ。そんでもって寝る前の夜は、ヘルシーにするの!」ガタイのいい女子が言うなら違和感はないが、容姿端麗の千夏が言うと怖い。
「なるほど。じゃ次からオレもそうしよっかな。」その気もなく返すと、
「沢田くんはガッツリ行った方がいいんじゃない。雰囲気的に肉体労働が得意そうだから!」機会があったら、オレの頭脳プレイを見せつけてやろうと硬く誓った。
一応新入社員と言うことで、食堂の片隅に座っていると入り口の方がざわざわした。
何人かの先輩社員らしき人たちが、「おはようございます」「お疲れ様です」と挨拶していた。そこにはトレーを持った児玉社長が、列に並んでいた。
千夏が「へえ〜。社長も社員と一緒にお昼食べるんだ。やっぱりうちの会社はアットホーム的でいいね」
テレビで社長の人柄を垣間見たオレも、やっぱりそう言う会社なんだと安心した。
「そうだね。社員と気軽に話ししてる姿を見ると嬉しくなるね」
ずっとおとなしくしていた田之倉が、「仕事になるとまた別だと思うけど」と一言ポロリ。
全くこの男にロマンとかないのか。でもその気弱そうな物言いがなんとなく憎めない。
「みんな、お疲れさん。今日から新人も入社してきたから、みんな頼むよ!」
オレも時間が経てば、あの社長と仕事の話をする事があるのだろうかと思いながら、社員食堂にしてはかなり上等な昼食を取り終え、大講堂に戻った。
半日しか経っていないが、みんなで食事を取ったせいかあちこちで人の輪ができ世間話で盛り上がっていた。
1時5分前になると、司会をする人事課社員が全員を着席させ児玉建設幹部が来場するのを静かに待った。
「只今より平成29年児玉建設入社式を開催いたします。
最初に当社代表取締役児玉社長より祝辞を頂きます。児玉社長お願いいたします。」
「新入写真の皆さん、入社おめでとう。私が社長の児玉です。
本日この日に53名の皆さんを児玉建設に迎えることができ、大変嬉しく思います。
毎年、新しい仲間を迎えるたびに、会社が新鮮になっていく気持ちになります。」
どうやらこの社長は原稿なしで挨拶するようだ。あとは短めの挨拶にしていただけると助かる。
「我々の属する建設業界を取り巻く環境は年々厳しくなっており、当社も安泰ではありません。皆さんには社会人としての自覚と責任を持って、これからの生活を送ってください。
ところで、皆さんの中でゴルフをする人はいるかな?」
途端に砕けた話になった。これからどんな話になるか楽しみだ。
唯一1人の新人が手をあげた。
「そうですか。それではスポーツをやっている人は?」
今度は、10人ちょっとの者が手をあげた。
児玉社長は頷きながら、「スポーツだけでなく、それぞれ持っている趣味を大事にして下さい。決して仕事だけの生活は送らないでください。
仕事を通じてできた仲間、趣味と通してできた仲間、皆さんにとって一生を共にする友人にしてください。仕事やプライベートで躓くことは必ずあります。その時助けてくれるのは仲間であり友人です。」
オレは大学時代野球でできた仲間のことを思い出していた。あいつらも今日明日が入社式だよな。今頃、社長から何言われてるんだろ。なかなかこんなこと言う社長はいないだろうな。
児玉社長は最後に、“体心技”+“感情・社交性”を強くするよう言った。
通常は“心技体”だが、“体”が健康でなければ“心”も穏やかになならない。“体心”が整っていなければ、“技”も発揮できない。更に、“感情・社交性”をコントロールすることによって、“体心技”を生かすことになる、と。
これは初めて聞いた話だ。野球に置き換えると、なんとなくこの重要性が想像できた。
どうせなら野球をしてる時に聞いておきたかった。おそらく、仕事をする上でも大事なことなのだろう。その後、取締役の方々の挨拶が思っていたより簡単に済まされた。おそらく児玉社長の影響なのだろう。
入社式が終わって休憩時間に入ると、社長の言葉をほとんどの者が評価していた。
業界だの経済だのといった話よりも、よっぽどインパクトがあって現実の社会のことをほとんど知らない新入社員にとってはよほど有益だ。
2日目以降はスケジュール通り、会社組織、社内規則の説明、各部署の紹介が行われた。
オレが希望する営業の紹介は2日目に行われた。紹介に立ったのは、営業第1部の巽部長。物静かな冷静沈着といった雰囲気を持つ人だった。こういう人の部下は、仕事がしよスイのかなあと勝手に考えていた。
そういえば、隣の席の如月さんも営業希望と言っていた。頭の回転はいいし、容姿端麗だから営業をすればさぞお客の評判は良いだろう。オレは体力で勝負するか頭で勝負するか、これからの課題だな。ちなみに田之倉は経理希望だそうだ。やはりお金に関する相談は田之倉にすることにしよう。
4日目は面談が予定されていた。面談は別室に待機している部長クラスと一人15分位だ。
「沢田大樹さん。こちらへどうぞ」人事課の担当者から名前を呼ばれた。
オレを面談してくれたのは、部署紹介をされた巽部長だった。
「はじめまして。沢田大樹です。よろしくお願いいたします。」
「お疲れ様。営業部の巽です。会社はどうですか。少しは慣れましたか?」
「ハイ。話をできる友人もできました。これから楽しみです。」
「そう。それは良かった。沢田くんは性格的に前向きなようで、営業にはもってこいの性格かな。希望は営業ということで良かったかな?」
「ハイ。全く問題ありません。私は営業で決定ですか?」
「そう焦りなさんな。まだ最終決定ではないから言えないけど、出切るだけ本人の希望に沿う人事を行うのが社の方針だからね。それより大学では野球部だったよね。社長も言っていたけど、仕事の許す範囲で是非続けて欲しいな」
「ハイ。私もそのつもりです。地元の野球チームもあるので、落ち着いたら入ろうと思っています。まずは仕事を頑張ります。」
「それでいいよ。ところでゴルフはやった事ないんだよね。」社長も言っていたが、この会社は妙にゴルフにこだわる。
「ハイ。やったとは言えるものではないです。打ちっ放しは何度か。一度だけ大学のゴルフ部の友人に誘われてコースに行きました。」
「どうだった?」
「楽しかったのと、空が綺麗でした。それとドライバーで打ったボールが一度だけ真っ直ぐ飛んで行きまして、空に吸い込まれるような感覚が今でも忘れられません。」
「そうかあ。楽しくて何よりだ。私が初めてラウンドした時はボールを20個用意したのに全て無くしてしまって、先輩から貰ったよ。でも沢田くんの身体付きで野球をやっていたとなると、さぞ飛ぶんだろうねえ」
「その時回った友人から、300ヤード以上飛んでると驚かれました。
バットはずっと振り込んできましたから同じ要領で振ってましたが、如何せん真っ直ぐ飛ばすことの難しさを感じました。」
「そりゃあ楽しみだ。沢田くんにもぜひゴルフをやって欲しいな。」
「機会がありましたらぜひお願いします。ところで営業ではお客様と接待ゴルフとかあるんですか?」
「もちろんあるよ。最近ではめっきり減ったけど、ゴルフ好きのお客様は多いからね。まあ、接待するにしてもそれなりの腕前にならないとね。」
「おっと、もうこんな時間か。」
もうすぐ15分が経とうとしていた。
「何か聞いておきたいことはあるかな?」
「部署紹介で一通り伺いましたので、特にありません。
是非営業部で採用いただきますよう、よろしくお願いいたします!」
「ハハハ。それは発表までのお楽しみにしておきなさい。それではお疲れ様。」
「ハイ。有り難うございました。」
席に戻ると、田之倉とちなっちゃんが何話したと聞いてきた。三日目になると千夏は苗字で呼ぶのは好きじゃないと、田之倉のことは“爽くん”、俺のことはなぜか“大樹”と呼ぶようになった。俺たちも千夏のことを“ちなっちゃん”と呼ぶようにした。
オレは、目新しい話として「ゴルフの話」しか覚えていなかったので正直に二人に答えると、大樹は能天気だとか、全く参考にならないとか好き勝手なことを言って、自分の手帳を見始めてしまった。聞いてきたから折角答えてやったのに失礼な奴らだと思いながらも、改めて考えるとあの15分の意味はなんだろうと考えてしまった。とは言え、大したことはないと考えることはやめた。
それ以外は机上の勉強で、業界の話やら建築基準法、住宅関連法などなど法律についてレクチャーを受けた。ほとんど概要ばかりであったが、実際の業務には欠かせないものばかりだから、各部署配属後しっかり勉強することになると大半の講師が言っていた。
この間、面談を除いてオレは睡魔との戦いであった。千夏の冷たい視線を感じていたもの大半の勝負に負けたが、それでも大学時代会得した勉強のフリは役に立った、と思う。
次に続きます・・・。