モブの独白②
手元のノートを軽く見返して、静かに閉じる。
「……やっぱりチートは生きてるみたいだな」
「そんな感じで階段から突き落とされたんだ私」
「おかげで実証されたじゃないか」
まあ後付けの理由だけど。だってエステル様に何かあったら大変な事になる。だからあの時、階段から突き落とすのに躊躇いなど微塵も感じなかった。保身だ、何が悪い。
「そうなんだけど……ていうかエステル様めっちゃふわふわだったわ。やわらかくて超良い匂いした」
「それ以上エステル様の感想を口にするのはやめたほうが良いと思う」
消されるぞ。誰にとは言わないが。
この、アホの子ヒロインもとい、サラ。ヒロイン補正と呼ぶべきハーレム能力は消え失せたものの、先日の階段落ちにより、ヒロインチートと呼べるくらいの身体能力が備わっている事が分かった。
あんな高さから突き落とされて、派手に転がり落ちて行ったのに、痣ひとつないってすさまじい。
フィジカルもメンタルもどんだけ強いんだ。パワーバランスおかしいだろ。あ、知力への振り分けがゼロなのか。
「というか、このゲームに戦闘要素があるっていうのが未だに信じられないな……」
「あるのよ! むしろメイン! そこでラスボス戦のパートナーを申し込んでくる相手と結ばれるんだってば!」
というのを、この身体能力に気づいた先日ポロッと言い出したので正直びっくりした。ただの学園恋愛ゲームだとばかり思っていた。
詳しく聞きたいのはやまやまなんだが、このポンコツ、覚えてるところとそうでないところの差が大きく、かつ順序立てて話さないから遅々として進まない。
「一番難しいのがやっぱり王子ルートなのよね。婚約破棄もさせないと結ばれないし」
「……王子は諦めたんだよな?」
「そりゃあね。もう過去のゲームの話よ。それに私が出したかったのは王子じゃなくて、ハーレムしたら出てくる、王子についてる影武者の隠しルートだったんだけど、全然出てこないし」
詳しく知ってしまったら王子に消されそうなので今のは聞かなかったことにする。
ちなみに、生徒会役員の男たちは全員攻略対象らしい。あのカラフルイケメンたちが見事に色かぶり無しなのはそういう事か。
「内容的には騎士様ルートが王道って感じのシンプルな恋愛ルートね。宰相様はツンデレで、魔法使い様がヤンデレなんだけど、ツンと闇が9割って感じで最後までその選択肢で落とせてるかどうか分からなかったわ。落とせてないとラスボス倒した後で背後からサクッとやられるから戦闘中すごく不安だったの」
役職的には、書記と副会長と会計か。というか落とせなかった時の流れがクソ過ぎる。ラスボスに集中させろや。
「ゲームなら庶務は一年生のショタ枠なんだけど、そういえばなんでアルマなのかしら」
「なるほど、モブ補正」
「あるわけないでしょそんなの」
的確な突っ込みありがとうと言っておこうか。
「……それで、ゲームの通りに戦闘要素が始まるとしたら、今夏なのは間違いない?」
「そうね。ヒロインが入学する年の夏。学園内のサマーパーティー会場で王子の元に緊急連絡が来るのよ。辺境で魔物のスタンピードが発生したって」
そしてその辺境が十中八九我がフェルトン領と思われる。
確かにダンジョンがあるんだよな……だからこそ、国内で各国からの冒険者が一番多く滞在する領で、交易が栄えている。ダンジョンありきの産業で支えられている領だ。
「王子は第一王子として騎士団の一部隊を任されているから、指揮をする為に現地に行かなきゃいけないの。で、その時にヒロインがこっそり付いていくのよ」
「ストー」
「カーじゃなくて、ヒロインは光属性の癒しの力があるから、役に立ちたい! って言って付いていくの。王子ルートじゃないときはちゃんとその人に相談して連れてってもらうのよ」
光属性は、実はかなり珍しいものだ。だからこそ、王子と結ばれる展開が用意できるという仕組みなんだろう。
「で、今のところその力は?」
「全っ然使えないのよねー、何でかしら」
「消え失せた補正の方に含まれてたんじゃないか?」
「あはっ! かもかも~♪ イタッ!」
ムカついたのでとりあえず殴っておく。 光属性が使えないんじゃ、万が一本当にスタンピードが起きても何の役にも……あ。
「盾にはなるか……」
「え、何の話?」
モンスターの群れに放り込んでも、強靭なフィジカルとメンタルがカバーしてくれるに違いない。よし、こいつ連れていこう。
うちの領で起きるならどうせ私も行くことになる。
「とりあえず今はここまでで良い。実家に連絡いれてダンジョンの様子見ておいてもらうよ」
「はーい」
「思い出した事があればノートに書き出しておいてくれると助かる」
「はいはーい!」
本当に起きたらかなりまずい。なにがって、スタンピード起こしたダンジョンを抱える領を継ぐ事になる私へのプレッシャーがだ。
「……ついでになんだが」
「うん?」
「このゲームのタイトルって、何」
アホの子なのに明らかに避けているようだったので、あえて問いかける。
サラが恥ずかしそうに目をそらした。
「あー、うん……『唸れ私の光魔法! 成り上がれ!学園生活☆~あなたと一緒なら、私強くなれる!~』……っていうの」
だっっっっっっさ!!
聞くからに駄作の気配しかない!!
さて、目下のところ注目すべきは問題が起きるというサマーパーティーについてだ。
生徒会役員になってしまったので、運営側として色々用意をしなければならない。
「フェルトン、先日言っていた分は」
「こちらに」
話し掛けてきたのはマクシミリアン・クロムウェル。現在学生ながら既に王宮内で一部執務を任されており、王子が即位した暁には宰相の地位を得るであろうと言われている秀才。そして生徒会副会長。
王子もあれでかなり仕事が出来る男だが、王子らしいというか、大局を見据えて構えるタイプで、人を良く見ているし、意見を良く聞いている。
対してこの副会長はとにかく迅速を尊ぶ男だ。結果がよければ全て良し。過程は気にしない。多少法に触れそうでも、捩じ伏せて結果を出せと言ってくる。ゲーム情報ではツンデレだと言っていたが、まあ言動からしてツンなのはわかるのでその辺は設定通りなのかもしれない。
とりあえず私に言いつけられていた仕事──パーティー会場に出す料理の構想と出資者候補、料理提供店の候補をリスト化したものを渡す。
「候補上位のいくつかは既にコンタクトを取っています。どなたも乗り気ではあるので……更にこちらを」
「ん? これは」
「提案です。パーティー会場を仕切ってはどうでしょうか。カジュアルに楽しむフロア、格式を重んじるフロア、とか。それぞれに飾り付けや料理も全て変えるのです。カジュアルなら立食、格式重視ならテーブルセットを置いてフルコースでも良いかと。立食が苦手なご令嬢もいらっしゃいますし、堅苦しいのが苦手なご令息もいらっしゃるでしょう。フルコースも事前予約制にして数を限定すれば捌けますから」
何しろ全校生徒参加なので、一堂に集めるより小分けにして生徒たちに巡回させた方が動きが生まれて良いと思うのだ。
「ふむ……しかし予算が……」
「それ、間をつなぐ空間としてダンスフロアを置けばいいんじゃないかな。オーケストラもそこに配置しよう」
「そう……だな。それならいけるか」
王子が加わり、副会長もようやく頷く。そこで私が目を向けたのが、会計のエリオット・バルフォア。魔法に長け、将来的に魔法使いの頂点に立つだろうと言われる男。サラ曰くヤンデレ。
「はーい、交渉して、もしその店に決めてくれたらこれくらいでやってくれるって言ってるよ♪」
軽い口調で言っているが、彼に交渉させると十割の確率で勝利してくるのでたぶん闇が発動していたんだと今なら分かる。
モブに対して無いとは思うが万が一間違ってサクッとやられては困るので、これからはあまり刺激しないように生きていこうと思う。
予算の表を見て、副会長の目が大きく開かれた。
「なっ……こ、こんなに少なく……?」
「うん。お得意様って事で割引してもらえそうだよ。あと、食材は基本、うちの学食に卸してる分を使ってもらうからそんなにかからないでしょ。パーティー用のテーブルや椅子は、模様替え予定のサロンのをちょっと加工すればバレないと思うから、工芸クラブに加工依頼済み。面白そうだから依頼料も要らないって!」
となると、あとは料理の内容をしっかり詰めて、花や来場者に配るプレゼントの諸経費くらいか。
サーブ側の人員は近隣の執事養成学校から毎年研修で来てくれるらしい。研修なのでタダ。まあ、あちらも会場で貴族に目をかけてもらえればそのまま就職出来るかもしれないから互いに利があるばかりで害は無し。
そんな話をしていると、ちょうどライナスが生徒会室に入ってきた。
「紅茶部と園芸部の全面協力を取り付けてきた。テーブルセッティングの材料提供をしてくれるそうだ。出来ればセッティングまでやりたいと言っているので、許可して良いか」
たぶん真面目に正面から頼んだんだろう。まあまともな人ならそれで普通はやってくれるはずなので、その二つの部員はまともな人々なのだろう。
またもや驚きに目を見開いたままの副会長の横で、王子がぱん、と手を叩く。
「素晴らしいね、みんな! こんなにさくさく決まったの初めてだよ! ね、マックス」
「あ、ああ……」
マックスは副会長の愛称だ。密かにミッキーだったりしないかなと思ってたので勝手に裏切られた感がある。
「なので、あとは副会長に店の方との打ち合わせをお願いしたいのですが、宜しいでしょうか」
「わかった。ここまでやってもらったんだ、そこは任せてほしい」
よし、仕事終了。
「……では、私はパーティー当日まで少々お休みを頂きます」
「うん、パーティーで会うのを楽しみにしているよ」
王子には事前に伝えていたから、すんなりだ。副会長と会計も驚いていたけど、家の用事で、と言えば「そうか、気をつけて」とだけ。
「なんだと? ず、ずっといないのか? パーティーまで?」
書記だけ何故か突っかかってくる。私が何も言わずにいると、見かねたのか王子が間に入ってきた。
「ライナス、フェルトンは家の用で急遽帰ることになったんだよ……領内のダンジョン調査が必要なんだよね?」
「ええ」
スタンピードが起こるなら、予兆があるはず。今のところ実家から異常はなさそうだと連絡が来ていたが、まあ、万が一がある。防げるならそれに越したことはないのでちょっとダンジョンに潜ってこようと思っているのだ。
「あ、どうせならライナスも一緒に行ったらいいんじゃないかな」
「は?」
「騎士としての戦力は優秀だし、そうでなくてもいざというときの盾くらいにはなると思うよ?」
いや、盾はもう用意してるから要らないんだが。というかこの人、王子の盾なのでは。
「盾は何枚あっても良いと思うよ」
心読まれた?
私が内心びくりとしたのが分かったのか、王子の笑みが深くなる。
うわ、怖。
サラは何も言ってなかったけど、王子は確実に腹黒だよな。この笑顔の恐怖レベルはもはや魔王だ、魔王。
「貸してあげるから、後で返してね」
しがないモブに拒否権は無い。
そして今、私がいるのはダンジョンの中である。
このフロアはまだ、初心者レベルの雑魚しか出ないはず。しょっぱなからライナスとサラがガンガン突っ走って敵を倒しているので、私はまだあまり参戦していない。
ヒロインチートやっぱり凄いな。
べ、別に羨ましくなんてないんだからねっ!
……気持ち悪い。やめよう。
「アルマー! 本当にドロップアイテムもらっていいんだよね?」
「良いよ。後で売店紹介する」
「よっしゃー!」
サラが張り切っている。ハーレム目指して奇行を繰り返していた頃が嘘のようだ。どうやら彼女は戦闘狂だったらしい。いや、ドロップアイテムにギラついてるから守銭奴かアイテムマニアか。
「くっ……女子に遅れをとるとは……!」
ライナスがショックを受けながら剣についた何かの体液を振り落としている。
サラはチートだから比べるのもな……簡単に言えばゴリラだよゴリラ。結局あの対モンスター用の檻、自力で歪ませて脱出したからな。
だらだら歩きながら考えている私の横に、ライナスが並ぶ。
「フェルトン! その……先ほどお前の父君に挨拶したのだが……」
「とりゃぁあああ!」
「ああ、急なことだったので父はちょっと驚いていたようです、挙動不審で申し訳ありません」
「いや、その……俺も突然同行したしな……それで、父君もフェルトン殿なので……その……こ、ここにいる間だけでも……」
「はぁああああああ!」
「あ、ちょっとすみません。おいサラ! うるっさい!」
あんなに叫ばなくても倒せるだろうが。あいつ絶対必殺技叫びながら繰り出すタイプだぞ。
「……で、なんですか?」
「いや……君はあの女性にはそんな感じなんだな」
「友人ですから」
「…………」
そう返すと、ライナスは黙りこんでしまった。
どうかしたのだろうか。
「アルマー! ライナス先輩ー! ここに階段あったー!」
「ああ……近くに魔法陣ある?」
「あるよ! もしかしてこれワープするやつ?」
「するけど、脱出用だから安易に乗らないように」
一応、ダンジョンに異常がないかどうかの調査なので、その辺のチェックもしておく。
モンスターは転送しないようになっているはずだけど、検証しておきたいな。
「サラ、適当なの一匹生け捕りにしてきてくれない?」
「生け捕り? 良いよ~」
「いや、俺が行こう」
サラを制してライナスがさっさと行ってしまう。
そしてあっという間にネズミみたいなモンスターを一匹手掴みして戻ってきた。なかなか有能だ。
「ありがとうございます」
「ああ……魔法陣に乗せるのか?」
「誤動作しないか見ておきたいので」
スタンピードが発生するとしたら、この脱出用の魔法陣の誤動作という原因も考えられるからだ。
受け取ったネズミもどきを魔法陣に向かって放つ。
バチッ!
と魔法陣が拒否反応を出して、ネズミもどきが弾かれると共に消滅した。雑魚中の雑魚なのでアイテムドロップはない。
というか……今のでしっかりお亡くなりになったようだ。
「え……今の見た後で使うの怖いんだけど」
「そうだな……」
予想以上の威力で、さすがにサラとライナスも引いている。正直私も引いた。
後で使わざるを得ないけど、私とライナスはともかく、サラは弾かれるかもしれない。ゴリラ過ぎて。
まあ、その時は後でドロップアイテムをきちんと拾ってやろう。何がドロップするんだろうな、楽しみだ。
「とりあえず、先に進みます。モンスターが急に強くなったり、他にも異常を感じたら今日はすぐ帰ります」
「りょ☆」
「承知した」
夜になって、私たちは引き上げた。サラも人間として認識されたようで、魔法陣が外へと送ってくれた。
結局、今日の調査で異常は感じられなかった。もっと深層までいかないとダメなのかもしれない。
「……そこにいるのはフェルトンか?」
声のした方を見ると、客室になっている上階のテラスにライナスが立っていた。
そうですよ、と軽く返すと、何故か彼は反動をつけて手摺を飛び越えてきた。
「……ちょっと!」
「すまない、少し話をしたい」
降りてきてしまったのではしょうがない。テラスで立ち話もなんなので部屋の中に誘導しようとしたら、それは拒否された。
「その……アルマ嬢」
「……は」
「……と、呼んでも良いだろうか」
「……うちの家族の前でという事でしたらその方が良いかもしれませんね」
「それともアルマ殿の方が良いか?」
「やめてください」
なんか響きがアルマ○ドンみたいで嫌だ。即答したら彼はちょっと笑っていて、どうやら今のは彼なりの冗談だったらしい。
「……嬢とか、つけられるのは苦手なのですが」
「ああ、それで皆、フェルトンと呼んでいるのだったな」
「ええ」
会話が途切れる。
生徒会役員として紹介された時の事だ。別に名前を呼び捨てされても特に抵抗はないのだけど、貴族令息相手だったので家名呼びにしてもらった経緯がある。
「なあ、俺に、敬語を使うのはやめてもらえないか。それに、俺の事もライナスと呼び捨ててくれ」
「は、しかし」
「ダンジョンでは君が隊長だ。俺はモンスター討伐の経験はあっても、ダンジョン戦闘の経験はない。その……この期間だけでも良い。即席とは言え俺たちはパーティだろう。アルマに、もっと俺に気を遣わないで調査に集中してもらいたい」
こいつ、こんなやつだったか?
ただの甘党脳筋じゃなかったのか。
いや、さすが攻略キャラという事か。なんか今のやりとりイベントっぽい雰囲気だ……った……?
「え゛」
「こほん、それでだな、アルマ……この調査が終わったら、サマーパーティーだな」
「いや、あの、そうだけど」
なんか目がキラキラしてないか?
や、やめろ! こんなモブ相手にそのイベントスチル顔を向けるのは今すぐやめろ!!
「俺にエスコートさせて貰えないだろうか」
「はぁ!?」
相手が! 違うだろ!
モブだぞ!
私は、モブだぞ!?