王子様の独白①
アホの子ヒロインの扱いがかなりひどいです。ご注意ください。
わたしの名前はアルフレッド。王族に姓はない。
この国の第一王子で、今はこの学園の生徒会長をしている。
生徒会室と呼ばれるその部屋は、なかなかに広いスペースを与えられている。
にも関わらず、処理しきれない書類で埋め尽くされたそこは、鬱屈とした空気が漂い、中に入る度にわたしの心を暗くさせた。
何か、ほんの少しでもいい。光明となる何かが見つけられないだろうか。
そんな現実逃避をしつつも、減らない仕事に忙殺される日々。昼休みも返上して作業を進めてきた。
そんな折、わたしは一人の少女を見つけた。
金髪碧眼、整った容姿であるし、この学園にいるのだから貴族であるのは分かる。だが、わたしが目を向けたのは彼女の容姿にひかれたからではない。
二階の生徒会室の窓から見えるその場所。一般的には裏庭にあたるそこは、あまり明るい場所ではなく、人がほとんど居ない。だというのに、彼女はその木陰でシートを広げ、堂々と食事をしていた。
何やら小さい箱にせっせとフォークを差しては口に運んでいるので、その箱に食べ物が入っているのだとわかる。
目線はすぐ横の台に向いており、そこには読んでいる最中であろう本が開いてある。
食事しながら読書とは。
行儀が悪いのだが、溢したりする訳でもなく、妙に洗練された動きなので慣れているようだ。
そして、また危なげない動きで一口ぱくり。
「!」
味が気に入ったのか、ふわりと微笑んだのが遠目にも分かった。
なんだか、面白そうな子だ。
わたしがそう思いつつも窓から離れようとした時、わたしは横に人が立っていたことを思い出した。
「あ、すまない、すぐに仕事に戻……」
「…………」
「ライナス?」
幼馴染であり、わたしの専属騎士となることを誓ってくれているライナス。真面目で誠実な彼は、わたしが何かに気を取られたのに気付いて隣に立ったのだろう。
そんな彼も、わたしと同じく少女を見ていたようだ。
顔を真っ赤にして。
「ライナス……もしかして」
「……はっ! な、なんだ? 呼んだかアルフレッド?」
「いや……なんでもないよ」
……惚れたんだな。
とてつもなく分かりやすい反応を前に、わたしはそっと微笑みを返しておいた。
護衛を使って調べさせたところ、彼女はアルマ・フェルトンという名前だった。
彼女の父は辺境伯。わたしは国王である父の口からその名を幾度と聞いた事がある。
変わり者だが、実力者。上昇志向がない為、押し付けられるように辺境伯におさまっているが、功績を考えれば、本来の立ち位置は……
まあ、彼女の父の事は良い。
問題は彼女だ。彼女は何故かいつも一人だ。特定の友人を作る様子もなく、昼休みは毎回あの場所で食事をしていて、授業が終われば真っ先に家に帰ってしまう。
滅多に笑わず、大勢が集まる場所や学園長の演説中などでは、どことなく卑屈な目をしている、と報告があがっている。
彼女もまた変わり者らしい。
ライナスは真面目なのが良いところだけど、あれでは一生話し掛けられずに終わるだろう。毎回昼休みにあの場所を眺めて三年過ごさせる訳にもいかない。
ここは、幼馴染であるわたしが動いてあげなければ。
そうして、二年に上がってすぐ、わたしは彼女に話しかけた。
すぐに気付いてもらえなかったのはちょっとショックだった。
そんなに存在感無かったかな……
そして、話してみて本当にびっくりした。彼女も、彼女の父と同様、上昇志向が欠片もないようだ。王子であるわたしが話し掛けてるのに、若干面倒そうな顔で対応されてある意味新鮮だった。
それに、あのだし巻き玉子という料理。
ふわりとした舌触り、それが優しく口の中でとろける瞬間のなんとも言えない幸福感。そして広がる味わいは、複雑な甘味と塩味が混ざりあっていて、卵の旨味を最大限に引き立てている。
初めての味に、わたしはすぐさま虜になった。
レシピを知りたいと申し出れば、彼女はわたしが何も言ってないのにもうひと切れだし巻き玉子を分けてくれ、その場でレシピを書き上げてくれた。
その、何気なく書いてくれたレシピがわたしはとても衝撃だった。先程のが彼女の手作りだったという事にも驚いたけど、レシピは簡単な絵を交え、材料の分量、手順が簡潔に纏められている。綺麗な字だし、これなら誰が見ても初めからそれなりのものが作れるだろう。それくらい、とても分かりやすい。
その時、わたしの中に光明が差した。
気付いた時にはもう、彼女を生徒会に誘っていた。
結果的に、わたしのその判断はわたしたちを大いに救ってくれたと思う。
彼女は書類の山をあっという間に仕分けし、緊急を要すものをさっとわたしに渡すと、不備があるものにダメ出しをしまくり、全て提出者に突き返してしまった。
そして、その際には新たな用紙──あらかじめ、書くべき項目を所定の位置に書けるよう、テンプレートというものをつけて返した。
今後、それに添って書かれていないものは受け付けないという事らしい。
それが、役員採用から二週間ほどの出来事。
そこからの二週間は、わたしを含む既存の生徒会メンバーへの徹底的な指導だった。
書き込む内容に誤字一つでもあれば最初から書き直し。その内容も、要点を絞れていなければまた書き直し。
わたしたちは必死だった。よくわからないけど、普段やる気の無さそうな彼女の豹変としか言い様のない鬼指導に、なぜか必死に食らいついた。
「これならば良いでしょう」と、お茶のいれ方まで全員がやり直しをくらわなくなった日、帰りにみんなでちょっと泣いた。歓びの涙だ。
それからというもの、仕事が苦にならなくなった。生徒会の仕事もそうだけど、わたしの場合、王子として公務もある。そこでの書類仕事にも、彼女の指導がよく生きた。
お陰でエステル──婚約者に会う時間が飛躍的に増えたので、更に体調も良くなる。なんだか毎日が輝いている。
とても、幸せだ。
……まあ、わたしの事は良いんだ。
相変わらずライナスと彼女の間には進展がない。
そもそも、彼女はなんでも一人で出来てしまって、真面目不器用なライナスは彼女の足を引っ張るばかりで、あとまともに会話も続かない。
それに、彼女自身、後継ぎとしてしっかり教育されており、恋愛にまるで興味がなく、政略的に婿に取れない長男がまず対象から外されている。
ライナス、圧倒的不利。
先日もちょっと話しかけたらバッサリ切り捨てられて泣きながら部屋を出ていった。
これはなかなか難しいのかもしれない。変に口を挟んで拗れるといけないので、もう少し見守ろうと思う。
そう思って普段の生活を送っていたら、フェルトンが妙な事を言い出した。
「……ハンカチ?」
「ええ、ちょっとあの辺で、さりげなくハンカチ落としていただけませんか。あ、ハンカチはコレです」
そう言えば、昨日風紀委員長が真っ青になりながら訪ねてきて、彼女が何か対応していたけど……関係……あるんだろうなぁ。彼女だって面倒な事はなるべくしたくないだろうし。
「それくらいなら構わないけど……後で報告してね」
「承りました」
わたしは言われるがまま、先程渡されたハンカチをさりげなく落とす。
振り返らずに校舎に戻るよう言われていたので、その通りにする。
……なんか、ガシャーンていう、ものすごい大きな金属音がしたけど、振り返らないほうが良いんだろうか。
いや、ダメだよね。平和な学園内にあるまじき轟音だったよ!?
わたしは急いで戻ろうとしたのだけど、校舎の角まで来たところで付いてきていた護衛に止められてしまった。
角からそっと覗くくらいまでしか許してもらえず、はがゆく思いながら覗き見る。
おそらく、わたしがハンカチを落としたであろう辺りに檻が登場していた。
なぜ檻。もしかして、さっきの轟音は檻が落とされた音か……
誰か人が中に入っていて、キンキンと響く高音で叫んでいる。
ピンク色の髪とその声で、わたしは彼女が、一年の遅刻少女だと気がつく。
入学式に遅刻して、何故かとても大きな声でわたしに席の場所を尋ねてきた女の子だ。
なんだかんだと、わたしの周りをうろうろしているとは聞いていたけど、わたし自身は被害が無かったのであまり気にしていなかった。
そんな時間があったらエステルとイチャ……ええと、有意義な時間を過ごしたいからね。
檻の前にはフェルトンが居て、彼女に何か話しかけている。ここからは聞き取れないけど、だんだんとピンク色の頭が地面に近づいていっている。
着実に打ちのめされているようだ。
フェルトンは、見た目は小さくて可愛らしいけどなかなかに毒舌だ。わたしにはまだ丁寧な姿勢を貫いているけど、内心ではたぶん罵られていると思う。
心底嫌いで罵ってる訳じゃなくて、ただひたすら面倒だから怒ってる、というのが分かるからわたしは別に良いと思うんだけど、その辺の裏が読めない相手はひたすら毒を浴びている状況にだんだんと心が沈んでいく。
それでもめげずにぶつかるライナスの不屈の精神は凄いと思うな。
……って、そうじゃなくて。
ピンク髪の少女は、うずくまっていたかと思いきや今度は檻を揺らしながら何か叫んでいる。
こ、これは危ないんじゃないか?
なんだか危険動物みたいになっているし……そろそろわたしが出ていっても良いんじゃないか?
護衛も止めずに付いてきたので、わたしはフェルトンたちに駆け寄る。
が、あと少しのところでフェルトンに止まるようにジェスチャーを示され、彼女が檻から離れてこちらに来るのを待つ。
「フェルトン、彼女は大丈夫なの?」
「……そうですね……とりあえず問題は解決したようです」
いつも通り落ち着き払ったフェルトンが、檻の中の少女を眺めやった後、わたし、というより護衛に向かって告げる。
「今後は殿下につきまとおうとしたり、その他ご迷惑をおかけする事はなさそうです」
「そうなんだ……助かるよ」
護衛たちがめちゃくちゃ感激した顔でフェルトンを見ている。
そんなに迷惑してたのか、気づいてやれずすまなかったな。
この護衛たち、王子であるわたしの為に選抜された、国立騎士団の精鋭の筈なんだけどな……
「あ、ちなみに友人になりました」
その友人しっかり檻に入ってるけど。なんかちょっと泣いてない?
「躾です」
それはたぶん、辺境ジョーク的なやつだよね。いくら辺境でも本気で躾に檻使わないよね。
そもそもあの檻どこから持ってきたんだか……あれすごく昔に使ってた対モンスター用の罠じゃなかったかな。教科書に載ってた気がする。
それからというもの、フェルトンの側にほとんどと言って良いほどあの少女が付きまとうようになった。
奇行少女がいる事で、最初は周りも引きぎみだったものの、『アルマ・フェルトンが近くにいれば大人しい』という認識が広まるにつれ、彼女の更生ぶりが認められて、最近は一人でも、少しずつクラスで打ち解けてきたようだ。
だけど、わたしの婚約者と一緒にいた時は驚いた。
というか、いつの間にかフェルトンがエステルと友達になっていて、そこに少女が乱入した形になる。
サロンと呼ばれる高位貴族専用の部屋での事だ。
フェルトンが慣れた様子でサーブを引き受け、エステルが可愛くそれを見ていた。(わたしがどこでそれを見ていたかは考えてはいけない)
そこへ、あのピンク髪少女がふらりとやって来て、エステルの横に座ろうとしたのだ。
身分を考えればそもそもサロンに入れないし、横になんて絶対に座れないし、一言断ってから席につくのが一般常識だ。
驚いて怯えた表情になったエステルを見て、思わずわたしも乱入しかけたが、この時のフェルトンの対応が迅速だった。
ザクッ!
「ひっ!?」
少女の足元にフェルトンが投じた銀のナイフが突き刺さり、間一髪避けたもののよろめいたその少女の頭を素早く駆け寄ったフェルトンがむんずとつかむやいなや、そのまま前に引き倒す。
少女は器用に屈伸させた足を地面につけ、ついで頭を地面に擦り付けた状態だ。
後々、フェルトンからこの一連の動きは『強制正座からの土下座スタイル』という躾の一環だと言われたのだが、この時のわたしはまだ知らなかった。
ちなみに、土下座というやつは『ジャンピング土下座』『スライディング土下座』等バリエーションがいくつかあるらしく、護衛たちが今後騎士団で採用したいと熱心に話を聞いていた。いつどこで使うのかは聞かないでおこうと思う。
「ほらストーカー、ご挨拶」
「ターナー様、ご、ご機嫌麗しゅう……」
「すみませんエステル様。私の友人なのですが、この通りマナーがなっていないんです。ただ本人もなんとかしたいとは思っているようでして……できれば、完璧なマナーを身につけていらっしゃるエステル様のお近くで勉強させてやっていただけないでしょうか」
そう来たか。エステルは断れないだろうな。
というか、ストーカーってあだ名なのかな。今後はわたしもそう呼ぶことにしようか。
エステルはやはり承諾した。さすがわたしの最愛。優しさの極み。聖母。いや女神かな。
ただ、奇行ストーカー少女が側にいるのはわたしとしても心配だったので、こっそり護衛を手配した。
被害があったら始末していいと、フェルトンもあの後誓約書を出してきたので根回しは完璧だ。
「エステル、あの少女に変な事はされていないかい?」
「ええ。表情がくるくる変わって楽しい方ですわ」
休日をもらって彼女の屋敷を訪ねた時の事。心配したわたしに彼女は微笑んで答えた。
なんて優しいんだわたしの女神。
思わずぎゅっと抱き締めると、女神は全身を真っ赤に染めてそっとわたしの胸を押し返してくる。
抵抗しているつもりなのかな、可愛い。
「あ、そう言えば殿下、わ、わたくしの為に階段に滑り止めを付けると伺ったのですが……」
「ああ、あれね」
そう、先日フェルトンから報告があったんだ。エステルが足を滑らせて階段から落ちたと。
「滑り止めついでに、雨の日対策に水を吸収するタイルも張り付けるから、安心してね」
確かに、女の子は校内でも少しヒールがあったり、デザイン重視で滑りやすい靴を履いている場合がある。
被害の統計を取って予算まで組んだ書類を持ってきたフェルトンに言われるまで気づかなかったけど、困っていた女子生徒は結構いたらしい。
ちなみに、そのフェルトンは軍靴を履いている。小型ナイフまで仕込める本格的なやつ。なんでそれなのか聞いたら、「仕込みはロマン」って答えが返ってきた。あの様子だと髪飾りとかも仕込み武器なんじゃないかな。この平和な学園で、彼女は一体何と戦うつもりなんだろう。
「それにしても、君に怪我がなくて良かった」
「え、ええ……それが何故か後ろにいたはずのサラさんがわたくしの下敷きになって……」
サラというのは、例のピンク髪ストーカーさんの本名だ。
うんうん、お陰で君は傷一つ無かったよね。知っているよ。護衛から報告があったんだ。
エステルが足を滑らせた瞬間、フェルトンがサラを突き飛ばしたんだ。だから彼女が下敷きになったんだよ。
可愛い可愛いわたしのエステルを守るためとは言え、あそこまで躊躇いなく友人をクッション扱いするって凄いよね。
あと、その後もサラが相変わらずフェルトンと友人を続けてるのも凄い。
女性の友情って、本当に不思議だよね。
もう少し続きます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!