理不尽な尋問
俺は地面に正座しているが、内心はやっと座れたことを喜んでたりもした。
状況は悪いがこの位置取りなら相手の注意が逸れれば、地面からムスコを伸ばし、運が良ければ何とかなるだろうと画策しているからだ。
だがしかし。
「殊勝な心構えだけど~、5秒以内に立ってもらえるかな〜?」
斬撃を飛ばしてきた、これまた不精髭のボサボサの黒髪の騎士が腰の鞘に納刀した剣を握りつつ、姿勢を低くしながら呼びかけてきた。低空姿勢の居合の構え。
1人だけ兜をしていないせいで面構えを拝めるのだが、本人のルックスは騎士と言うよりは侍である。
だが、間延びした口調に反して俺を見る目は据わっており、従わなければ首を飛ばすと言わんばかりの抜刀の構えだ。
従っておいたほうが得策だろう。
俺は無言でまた立ち上がった。
「OK~、こういう時に正直な奴は長生きするぞ~」
と口では言っているものの、構えは解かない。さらに。
「総員、魔杖を構えて一定の距離を保て~?こいつのさっきの魔法は射程アリのやつだ~。ただし、俺が良いというまで何もしちゃだめだぞ~?」
逃がす気も更々無いようだ。
指示を受け、半円の円周上になるよう騎士たちが展開していく。
さっきまでの騒ぎようは何だったのか、一切口を利かずに全員命令をこなした。
そして示し合わせたかの如く、一斉に杖のようなものを俺に向けた。
なんかの飛び道具なんだろう。シンプルに魔法が打ち出せると見た。
「ところでミキャン君。さっきのアレはなんだ~?副長でしょ?なんで止めなかった~?」
「いえいえ、隊長。万が一の時は勿論止めてましたよ。ただね、情報をひねり出すには多少の恐怖を与えるのが良いでしょう?」
「ヤツが直接的に攻撃してきたらどうするつもりだったんだ~?逃走を図ったからよかったものを~。」
「迫られた時の態度と最初に接触した奴を殺さなかった時点で危害は加えられないと思ったんですがね。まさかノーモーションで魔術を使うとは思いませんでしたよ」
「まぁ、いろいろ言いたいことはあるけど~。それはあとにするわ~。まずは渦中のアイツにインタビューだ~。」
会話から察するにミキャンとかいう副隊長はあの状況を意図して放置したらしいが、どうせなら早く止めてほしかった。
すると隊長と呼ばれた人物はやっと構えを解き、俺に話しかけてきた。
「さ~て、ほっといちゃって悪かったね。言葉は分かるかい~?」
「はい、分かります。」
柔和な口調で接してくれたが、一応機嫌を損ねないように丁寧に答える。
「了解了解、それじゃあとりあえず名前と所属国教えてくれる〜?あと、今ここにいる目的も教えてくれると〜嬉しいなぁ〜」
先程、その質問でえらい目にあったのでどう答えるか迷う。
大体ホントのこと言っても信じてもらえないしなぁ。
そんなふうに答えあぐねていると。
「あっ!質問するならこちらから自己紹介しないとだよね〜」
手を打ってなにやら閃いた様子。
ゴホン、と咳払いをし。
「私は魔術国家アルディラード王宮親衛隊が1つ、メラサドゥ隊隊長アーウィン・メラサドゥである」
さっきまでの間延びした口調を止め、まさに隊長の風格といった顔つきになり、明瞭に自己紹介をした。
予想外の凛とした雰囲気と圧力に。
「は、はい!極東の島国、日本から来ました!御厨 曹です!」
畏まって敬礼と共に良い返事をしてしまう。
思わぬ大声に何人かの騎士が俺に魔杖とやらを向けたがミキャンが片手で制した。
「極東の島国二ホンか……聞いたことはないな~。変わった服装をしているのは独自の文化かな~?まぁ、それよりも君はどうしてこの魔鋼の森に来たのか、目的を教えてくれる~?」
口調と表情をいつもの調子に戻したメラサドゥはそれとなく聞いてくる。
さっきのアイツと比べると話しやすさは段違いだ。
「俺は……気が付いたらこの森の中にいました。何日か人里を求めて彷徨ってました。なので目的と言えば安全な人里に出たいです。あとリュック返してください。」
「リュック?」
「彼の背負ってるそれです」
俺はリュックを背負った騎士を指さす。
さされた騎士は「え!?俺!」みたいにキョロキョロ。
「素材とかじゃないのね、大事なモノとか入ってるの~?」
「はい、教科書とか」
「教科書!勉強熱心だね~」
本はあるだろうと思っていたが、教科書という概念も存在するらしい。
てっきり魔導書とかに統合されてると思った。魔術国家とか言ってたし。
どこからか「ふざけるな!」と怒声聞こえたがまたミキャンが制してくれた。
「まぁ、つまりは遭難者ってわけね~。って簡単に信じることは難しいかな~。リュックについては本当みたいだけど、この森は海に繋がってないしね~。ちなみに、どうやって来たの?」
この隊長、やはり侮れない。最初からリュックの中身を知ったうえであの問いかけをしてきたのか。
そしてごもっともな質問だ。しかしこれが一番困る質問だった。
一瞬、躊躇ったが。
「……信じてもらえないと思いますが、起きたら森の中でした」
とありのままに起きたことを話した。
流石に騒めく周囲。「静かにしろ」とついに呟く副隊長ミキャン。
だが隊長のメラサドゥは何事もなかったかのように考えごとをしている素振り。
「うーん、目覚めたら魔鋼の森ねぇ。それが本当ならとても災難だけど、こちらとしてもそれをおいそれと信じることはできないかな~。ねぇ、ミキャン君」
「はい、なんでしょう」
「彼の受け答え、ここまででどう思う~?」
「恐らく嘘はついてないですね」
かなり雑に話を振られたがミキャンはさらっと即答した。
それに対してメラサドゥは我が意を得たりと言わんばかりに。
「だよね~!!嘘つくならもっと上手いこと言うよね~!!」
と同意する。正直に話したのにこれか……。
しかしミキャンが嘘をついてないと判断した理由はそういった常識的なことではなかった。
「そもそも、ウチの国はこういう時に下手なことしないほうがいいって悪名轟いてますからね。それを知ったうえで隊長の自己紹介の直後から嘘をつき通したならコイツは天性の詐欺師ですよ。」
いえ、転生の遭難者です。と言いかけたが言葉を飲み込む。これ以上の混乱はごめんだ。
「コイツの話をまとめると転送実験ですかね。あのノーモーション魔法と言い、高度な何かは持ってるっぽいです。しかもコイツ、ウチの国のこと知らなさそうなんですよね。」
「あ~、そうだね~」
「俺も二ホンってとこは知らないですけど、ウチ相手に持ち物教科書です~なんて技術流出させてあげますって言ってるようなもんですよ。」
「ってことなんだけど~?合ってるかな~?」
俺の発言の真偽どころか、背景まで推測してくる。
8割合ってるのでとりあえず。
「はい!大体そんな感じです!」
と元気よく答える。
こっちの世界の知識が無いのですぐに把握されてしまったが、これで発言の信憑性は得られただろう、と思っていると。
「だったらコイツ!スパイってことじゃないですか!!」
余計な声が響く。
発声源は最初に俺に尋問し、さっきから俺の返事の度に憤慨していた騎士。
辛抱たまらなくなったのか、騎士は更に声を張り上げ
「だったらコイツはここで殺さなきゃじゃないですか!本当でも嘘でも、コイツは俺たちに損しかもたらさないじゃないですか!」
こ、殺す!?そんなのたまったもんじゃない!なんでそんな物騒な話になったんだ。
身の危機を感じ俺も声を張り上げる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!俺の言ってることが本当なら疑われてもしょうがないとは思いますけど、俺だってよくわからないんです!そちらの国のことなんて知らない!殺されるとかおかしいじゃないですか!」
もう後半は弁明というより命乞いだったが騎士の声を遮るように早口でまくし立てる。
すると遮られて癪に障ったのか
「うるさい!!この嘘つきスパイ野郎!お前の意見なんて聞いてないんだよ!」
騎士がこちらに指さし、非難をぶつける。
現代日本のオタクの若者に口喧嘩を仕掛けるとはいい度胸だ!
「そっちこそ黙れよ!こっちは命かかってんだよ!それに嘘つきスパイ野郎だとぉ?俺の言ってることが本当だっておめぇの上司も言ってたろぉ!嘘ならおめぇらの国に直接スパイするわ!スパイの意味知ってっか?こんなクソなんもない森ん中で接触するかよ!」
「ごもっとも」とミキャンが頷く。
「だよね~でも、とりあえず捕虜扱いかな」とメラサドゥも同意した。ん?捕虜?
聞き捨てならないことを聞いた気がするが、まぁそれは置いといて。
上司にも意見が通らず、オタク特有の早口でまくし立てられるのに慣れていないのか、それとも見下していた相手に思わぬ反論をくらい気に入らなかったのかは分からないが、とても悔しそうに地団駄を踏む騎士。地団駄踏む人初めて見たわ。
「うるさい!うるさい!全てお前のせいだ!鎧獅子をけしかけたのも俺達の任務を邪魔したのも全てお前の仕業なんだろ!そうだ!そうに決まってるんだ!命がかかってるだと!それはこちらも一緒だ!!隊長達は言いくるめられても俺はそうはいかないぞ!」
逆ギレしてめちゃくちゃ喚いている。相手がこれだけ激昴すると返ってこちらは冷静になるもので、というより怒ってるコイツ以外は皆冷静で「まぁまぁ落ち着いて」みたいな空気である。
だが、ここで引いたら男が廃る。
「うるさいのはお前だ!もっと冷静に考えろバーカ!自分の運が悪かったのを人に押し付けんなバーカ!!」
と小学生以下の煽りと共にあっかんべー。
しかしこれが奴の逆鱗に触れた。
「こ、この……どこの田舎とも知れない野蛮人が……」
ボソボソと震えながら呟き、手にしている杖を俺に向け
「止めろ!」
「氷の大棘!」
ミキャンの制止も聞かず、俺に魔法を放った。
「ああああああああああああーーーー!!!」
右肩に突き刺さり貫通する氷で造られた鋭い塊。
しかも貫通したはいいが、突き抜けた訳ではなく、杭のような大きさの氷が肩に残っている。
打ち込まれた衝撃で倒れ込んだは良いが、痛みに転がる事が出来ずに蹲る。
激痛は一瞬、そこから広がるジワジワと広がる熱を帯びたような痛み、1回だけ悲鳴を上げることができたが、そこからは声を絞り出すことも難しい。
「どうだ……俺の力を見たか、舐めやがって……」
と蹲る俺を後目に呟く騎士。
俺のダメージに対するリアクションで自分に酔ったのか、更なる追い討ちをかけようとまた魔杖の先端を俺に向ける。
しかし。
「良いというまで止めろって言ったじゃ〜ん?」
メラサドゥは一言言い終わる前に騎士の魔杖を5等分にした。
あまりの早業だったため、騎士の切断された魔杖とメラサドゥに俺を除く、その場に居た全員の視線が集まった。その瞬間、騎士達による輪の中に飛び込んでくる1つの影。
湧き上がる悲鳴。そして「しまった!」と慌てるミキャンの声。
飛び込んでくるや否や俺の襟元を加えてその場から跳躍、輪から数メートル離れた所へ着地、俺の肩には氷が突き刺さりっぱなしなので衝撃で激痛。
痛みで虚ろになっていた意識が痛みで覚醒する。
そしてそのまま真上に放り投げられ、襲撃者の背中に跨る形で着地、激痛。
「もうちょっと優しく助けろよ……」
泣きそうな声で絞り出した俺の訴えを白ライオンは鼻で笑うのであった。