遭遇
液体抽出能力が発覚した翌日、ついに事件は起きた。
飲み物には困らなくなったが食べ物に関して俺は試行錯誤の末に、
「この際食べれれば葉っぱでいいや」
と木に特能で足場兼持ち手を作っては登り、コアラの如く葉っぱをむしゃむしゃ食べていた。
不安だった生やしたムスコの強度は、例に漏れず木の材質に依存するのだが片足に1本ずつで全然大丈夫だった。
俺は今ビルの4階ほどの高さにいる。
その場から生やしたムスコからも水がちゃんと出たので、軽く洗った葉っぱをそのまま生でいただいた。空腹は最高の調味料とはよく言ったものだ。
「贅沢を言うなら、ドレッシング位は欲しい」
なんて悠長なことを呟いているとふと、遠くから足音のようなものが聞こえた。
これまで俺はこの森の中では生き物に一切出会ってない(死体はノーカウント)ので木々の騒めきがBGMだったのだが、今聞こえた音はそれとは全く違い、完全に俺と自然以外のものが発した音で、即ちそれは自分以外の生き物が近くにいるということを示していた。
思わぬエンカウントに身体が強張る。
「音からして割と大勢っぽいな」
この点は俺にとっては問題だった。
そもそも見知らぬ異世界人を助けてくれるような良い人かなんて分からない。
もしも盗賊団だったりしたら、殺されるかもしくは売り飛ばされるだろう。
なんにせよ相手取って1人で切り抜けられなさそうな人数はとても困るのだ。
囲まれてくっ殺なんて状況は勘弁だ、男だけど。
加えて万一だが、野生動物の群れなんて以ての外だ。なので、とりあえず今は木の上から様子を伺うことにした。
「鎧……?」
ガチャガチャとけたたましい音をたてながら走って近づいてきたのは西洋鎧のようなものを着た一団、10人弱の集団でどうやら人型ではあるようだが、全員兜で顔まで隠していて正体がよくわからない。俺の捕まっている木から肉眼で目視できる距離にいるのだが、どうやら木の上の俺には気づいていないようだった。
「この世界、亜人さんのパターンがあるからなぁ」
騎士のような鎧のデザインから最初に遭遇したエルフのイメージがフラッシュバックする。
ザイオンさんの鎧の方が下の彼等のよりも高級そうだった為、エルフの文化が芸術面で進んでいるのかそれとも、彼は高い地位の人間だったのか、なんて余計な事を考えて気持ちを落ち着ける。
「何はともあれ様子を見ましょう」
「来たぞ!構えろ!!」
10分ほど息をひそめて観察していると、1人が声高に叫んだ。
声音には緊張と疲労が見えた。
指示が全員に行き渡るや否や、全員が腰から剣を抜き構える。
構えた先の方向からまた別の一団が猛スピードでやって来る激しい音が聞こえた。
俺はその一団を見るためにちょっと位置を変えた。
その瞬間、鼓膜を劈くような咆哮が空気を震わせる。
まさにこれから鎧の騎士達に訪れる恐怖を体現したような強い雄叫び、離れた位置の俺ですらビビッて冷や汗が止まらない。
それを正面に受けて尚、立ち向かおうとしている鎧の一団。
皆一様に盾を正面向け剣を構え、敵を待ち受ける。
それから1秒も経たずに、弾丸のように突撃してきた先頭の1頭と騎士1人が衝突した。
激突の瞬間に響く金属と金属が弾き合う音、どうやら体当たりしてきた相手に対して鎧の方は盾で防いだようだが、それならば音がおかしい。
どうして金属音がしたのか。
実を言うと俺は最初の雄叫びの時点で何が襲いかかってくるのかは大まかな予想ができていた。
敵に恐怖を与えると同時に威風堂々とした王者の風格を伴った一声、これはネコ科の大型動物のものだと。
そして今、肉眼で捉えてその正体を思わず口にした。
「ホントにホントにライオンさんだ……」
鋼鉄の鎧を纏った8匹のライオンだった。
突撃してきた1匹を含む凛々しい鬣を生やした黒い鎧のライオンが7匹、後方に兜をつけた白金の鎧を纏ったリーダーと思しき白いライオンが1匹で構成された御一行様は、先頭の1匹に追いつくや否や素早く広がり騎士たちを取り囲んだ。
数では騎士が有利だが今の一瞬で取り囲まれた状況を見るに明らかに騎士は消耗していて、一方でライオン達はそれを理解おり、これは戦闘というよりももはや狩りだった。
しかし、取り囲まれた騎士たちに諦めた様子はなく、しっかりと陣形を組みつつ敵を見据える。
ライオン側は攻めることができないのか、隙を伺う膠着状態が続いていた。
先ほどとは打って変わって静まり返り、風が木々を揺らす音のみが場を支配する。
その場にいない俺ですら固唾を呑んで見守る。まさに一触即発。
だが、その極限の緊張状態はあまり長くは続かなかった。
「あーーーーっ!!」
あまりに緊張したせいか、俺が足を滑らせて木からずり落ちそうになり間抜けな声をあげたのだ。
咄嗟にムスコを生やして捕まった。
だが、時すでに遅し。
バッ!と音が鳴ったかのように全員の視線が俺の方にあつまる。
恥ずかしいやら怖いやらで、咄嗟に木の裏側に隠れた。
それと同時に始まる激しい戦闘音、どちらが先に仕掛けたのかはわからないが俺の間抜けなドジが切っ掛けになってしまったようだ。
「あちゃー……」
この段階で見つかるのは完全に想定外だ。
悪手も悪手、とんでもない失敗だった。
「とにかく、見つからないようにこっそり逃げよう」
そう決意し、ゆっくりと足下を見下ろすと……。
「あっ!!ライオンさん!!」
木の根元にはリーダーの白いライオンがいた。
どうやら騎士達の仲間だと思われた模様である。
これはとてもまずい。降りられない。
生憎、隣の木までは意外と距離があり飛び移れそうもない。
騎士達が残りのライオン7匹を片付けて助けに来てくれない限り詰んでいた。
「でも、位置が高いのが幸いしたな」
白ライオンは根元から微動だにせずこちらを見つめているだけで、何かアクションを起こす気配は無さそうだった。身に纏う白金の鎧が重いのだろうか。
見られ続けるのもそれはそれでどうにかして逃げる時に困るのだが、とりあえず命の危険はない、そう思っていた。
残念ながら俺のその安心は音を立てて崩れ落ちた。
崩れ落ちた、と言うよりは切り裂かれた、が正しい。
少し木から離れた白ライオンが前足を振ると風を切る轟音と共に三日月形の何かが3本、俺の足元に飛来した。
斧を激しく叩きつけたような爆音、伝わる衝撃、そして残ったのは幹を8割ほど削り取られた木。
奴はアクションを起こせないのではなく、エネルギーを溜めていたのだ。
「ちょっ!」
残りの2割ではもちろん支えきれる訳がなく、メリメリと音を立てて折れて行く木、それに捕まっているので落ちて行く俺、下にはライオン、絶体絶命。
しかし、折れる速度が予想以上にゆっくりだったため、なんとか折れた方向の別の木に飛び移れないかと画策する。別の木自体はあるにはあったが
「あーーー!!届かない!絶対届かない!!」
前門の虎、後門の狼、でも諦める訳にはいかない。
意を決して立ち上がり、ジャンプ!なんて芸当はできない、立ち上がるので精いっぱいだ。
「だが俺には……アンリミテッド・サン・クリエイトがある!」
"特能”を使い、足の裏に接している部分からムスコを生やし押し出してもらうのだ!
勢いよく生やせば飛べるはず。
「おおおおおおおおおおお!!!」
叫び声を挙げつつ"特能”を実行、裏から生やす!!
勢い良く射出され、無事隣の木に!
――とはいかず、残念ながら現実は甘くなかった。なによりも足りなかったのは物理の勉強か。
確かに勢いよく生やせば行けないこともなかった、けれどもそれは足場がしっかりしている場合の話。
折れ行く木の上でそれをやっても、ちょっと前に跳ねるのが精いっぱい。
へし折れるのが加速するだけだった。
「た、たりない!!」
全然距離が足りない。枝先にも捕まれそうもない。
「でも、射程圏だ!!」
木の幹に上から等間隔でありったけのムスコを生やす。
軽い地獄絵図だが命がかかってる、贅沢言っていられない。
ところが懸命に現代アートを作り続けるも
「まだ届かない!」
絶叫するが、落下の加速は止まらず地面が迫る。瞬時に死を覚悟した。
打ち所が悪くても死、無事だとしても無傷では済まないのでライオンに捕まり死。
間違いなく詰み、だが俺はあきらめない。
(絶対に死んでたまるか!!)
浮遊感に包まれながらも、それでも視線を離さずにムスコに手を伸ばし続ける。
空を掴み、必死にもがき続ける。悪あがきだが、迷わずあがき続ける。
(届け届け届け届けっ!)
心で念じて手を伸ばす、伸ばす、伸ばす。
埋まらない距離を埋めようと伸ばす。
眼下に広がる地面はもう目と鼻の先、それでも最後まであきらめたくない。
決死の願いを込めて叫ぶ。
「伸びろぉーーーーーー!!」
すると、手に何か硬いものが触れた感触、思わず掴み取る。
慣性で腕が引きちぎれそうになるが何とか持ちこたえた。
何を掴んだのか確認する。
「の、伸びた」
俺は木から伸びたムスコに捕まっていた。
太さなどはそのままだが長さがエラい伸びたムスコに捕まっていた。
助かったのは嬉しいが嬉しくない。
「これは、液体抽出と同じ……」
どうやら死に瀕して能力がまた新たに覚醒した模様。
死にかけなきゃ強くなれんとはなんと不便な。
「そもそも強くなったのか……よく分かんねえけど」
とボヤいてはいるがおちおちのんびりもしていられない。
何故なら木1本挟んだすぐそばに白ライオンがいるからだ。
本当は「鑑定の巻」で変化を確認したいが、今俺のいる位置は人一人分程度の高さしかないので、追いつかれたら終了である。
「落下よく間に合ったよな……逃げろ逃げろ」
地上で走って逃げても人間ではネコ科の大型動物に早さで優るはずもなく、追いつかれるのは必至なので、ムスコを生やして木の上方へ登る。
そしてある程度の高さになったところでその場に生やしたムスコに捕まり、長さを伸ばす。
「うおっ!早っ!」
伸びる速度はこちらの予想以上に早く、あっという間に隣の木に隣接する。
こちらが捕まっている限り、伸ばせる長さに限界は無いようだ。
しかし、太さが変わらないのでどこかからへし折れそうなのは怖い。
なので1本のムスコに頼り続けずに、隣接する木に接触しては別のムスコを生やして伸ばし、眼下の白ライオンとの距離を稼いでいく。
こうして、また一つ難を逃れた。
遅くなりました。