#095 接触
彼は10秒も経たないうちに己の無力さを悟りました_(:3」∠)_
「お幸せにー!」
受付嬢アンドロイドが極上の笑みを浮かべながらヒラヒラと手を振っている。お幸せにってあのね……いや、彼女達にしてみれば使えるべき人に買われて行くというのは嫁入りみたいなものなのか? ということはカスタマイズとその購入資金は結納のようなもの……? い、いや、深く考えるのはよそう。
「……?」
振り返ると、俺の直ぐ側にそっと寄り添ってついてきていたメイが小首を傾げた。俺との距離は工房に向かって歩いてきた時と比べると半歩ほど縮まっている。少し手を伸ばせばその柔らかい手に手が届く距離だ。
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
よく見なければわからないほどに微かに笑みを浮かべるメイの姿に思わず頬が熱くなる。
いや、凄かったです。なんというかこう……凄かったです。思い返すだけで語彙が減少してしまうほど凄かったね。何がどうとは言わないけれども、敢えて一言で言い表すならピッタリ? そう、ピッタリというのが適切な表現だと思う。何がって? 言わせるんじゃねぇよ野暮天め。
勝つとか負けるとか、そういうものを超越した何かを味わったね。
若干ふわふわとした足取りでクリシュナに戻ると、何故か知らんがレーザーライフルを携えたマチョなお兄さんが歩哨に立っていた。装備から考えるに帝国軍の軍人というわけではなさそうだが、揃いの制服とアーマーを装備しているところを見る限り何らかの組織に所属する兵士か何かのように見える。
「あれはダレインワルド伯爵家の私兵ですね。ダレインワルド伯爵が警備のためにつけたようです」
「なぬ? ということはクリスのお祖父さんが接触してきたのか?」
「はい、私達が『調整作業』をしている間に。すぐさまクリシュナに戻ることが出来る状況ではなかったので、セキュリティを高めるための装備を受け取りに行っている、ということにしてあります」
「お、おう」
調整作業ね。ははは、上手く言ったものだな。それにセキュリティを高めるための装備を受け取りに行ったというのも嘘ではないな。うん、嘘ではない。
「ちなみに、どうやって連絡を……?」
「ご主人様の小型情報端末で受信したメッセージを私が返信してミミ様とエルマ様にそのようにお伝えいただけるようにお願いしました」
「ああ、そう」
どうやって俺の小型情報端末にアクセスしたのかとかそういうことは言うだけ無駄だろう。今のメイは小型ながらも陽電子頭脳を備えている完璧な機械知性なのだ。その上戦闘能力も高い。もう全部メイに任せておけば良いんじゃないかな? と思わないでもないが、きっとそれは堕落の道であろう。機械知性の齎す堕落になんて、負けない!
なんてことを心に誓いながらクリシュナに近づくと、歩哨に立っていたマッチョなお兄さん達があからさまに警戒した様子を見せる。しかも耳元のインカムのようなもので小声で話しかけている。応援でも呼ぶんですか? それ俺の船なんですけど。
「待て、そこで止まれ」
「OK、あんたがそう言うなら止まるよ。そのレーザーライフルで丸焦げにされたくないからな」
止まれと言われたので素直に足を止める。俺がこの船のオーナーであることなんてすぐにわかることなんだから、わざわざ事を荒立てる必要は何もない。恐らくはクリスのお祖父さんの部下なんだろうしな。メイも平然と構えているようだし、問題ないだろう。もしこの二人が実はメイの叔父の手の者だったりしたら、瞬く間にメイが制圧するだろうしな。
「確認が取れた。キャプテン・ヒロだな?」
「そうだ。あんた達はダレインワルド伯爵家の人だな?」
「いかにもその通りだ。クリスティーナ様の護衛として伯爵様に派遣されている」
「そうか。入っても良いよな?」
「勿論だ」
二人の護衛兵が道を空けてくれたので、その間を通ってタラップを登り、クリシュナのハッチを開けて中に入る。背中から撃たれやしないかと少し緊張していたのだが、そういうこともなかった。、まだ確認が取れたわけじゃないから警戒は解けないが。
食堂に行くと、全員が食堂に揃っていた。その雰囲気は、有り体に言ってあまりよろしくない。
ミミは俺と目も合わせずにクリスに抱きついたままだし、エルマは情報端末に視線を落としてこちらと目を合わせようとしないし、クリスはなんだか視線が泳いでいる。
これは果たして俺がメイと二人きりで外出し、オリエントコーポレーションの工房に行き、調整作業をしたことに起因するものなのか、それともダレインワルド伯爵家からの連絡があったというのに俺がその場に居らず、あまつさえ調整作業にかまけて連絡を受け取らなかったことによるものなのか、それともその両方なのか。両方かな? 両方だな。
だが私は謝らない!
「ただいま!」
「……チッ!」
「すみませんでしたァ!」
エルマに舌打ちをされた俺は速攻で土下座をした。弱腰と言われても俺は一向に構わん! メッセージを受け取らなかったのは俺が全面的に悪いし。メイに翻弄されてそれどころではなかったというのが原因と言えば原因だが、それでメイに責任を押し付けるのはなにか違うだろうと思う。
「申し訳ありませんでした。私が至らぬばかりに」
メイも俺の横にちょこんと正座をして頭を下げる。そんな俺とメイの様子を見てエルマはバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。
「ごめん、そこまで思いつめさせるとは思わなかったわ。ほんのちょっとだけ困らせようと思っただけだから」
そんな俺達を見たエルマが慌てて席を立って俺達の傍にしゃがみ込み、声をかけてくる。
「……本当に怒っていませんか?」
「怒ってないわよ。というか、メイじゃなくてヒロを脅かそうとしただけだから。私はメイに含むところはないし」
「ありがとうございます」
エルマに手を取られてメイが立ち上がる。それを見計らって俺も下げていた頭を元に戻した。その途端、頭のてっぺんをペシンと叩かれる。
「あんたはちょっと反省しなさい。お貴族様を待たせることになったんだからね」
「はい」
素直に頷いて立ち上がる。
「それで、ミミはどうしたんだ?」
「ああ、メッセージにも書いたけどクリスのお祖父さんが来たでしょ? そうするとクリスはお祖父さんの船に移るわけじゃない? ミミはクリスと一緒の部屋で過ごしていたから寂しく感じたみたいね」
よく見るとクリスの目も少し赤いように思える。自分に抱きついているミミの頭をその小さな手で撫でている様子はどこか母性を感じさせる姿である。これがバブみというものなのだろうか。なるほど、これは新しい境地だな。
「あーっと、それで結局どうなったんだ?」
「……結局メッセージを読んでないのね?」
「申し訳ございませぬ」
ジト目で睨んでくるエルマに再び頭を下げる。すまない、色々あってまだ思考がふわふわしているんだ。許して欲しい。
「傭兵ギルド経由であっちから接触があったのよ。クリスと合わせて欲しいってことだったんだけど、あんたもメイもいないしいくら向こうから護衛を派遣するとは言っても完全に安心はできなかったから、あんたが戻るまで待ってもらうように伝えてたの。クリスとはもう通信で顔合わせはしたから、まぁ引き渡しても問題ないと言えば問題なかったんだけどね。船長のあんた不在じゃ判断するのはマズいでしょ?」
「それはそうだな、うん」
この船のオーナーであり、また船長であるのは俺だ。いくら相手が貴族だとは言っても俺の判断を仰がずにエルマの一存で護衛対象を引き渡すのは問題があるだろう。
「じゃあ俺が戻り次第連絡を入れるってことになってるのか?」
「ええ、そうなってるわ。直接伯爵と話すことになると思うけど、大丈夫?」
「大丈夫とは?」
「言葉遣いとか。相手は生粋の貴族よ。あのぽんこつ少佐と同じノリで話すのはマズいわね」
「そういうものか?」
「そういうものよ」
面倒な話だ。どうしたものかと思っていたら、控えめにメイが手を挙げて自己主張をした。
「よろしければ通話を行うホロディスプレイに干渉して完璧な受け答えを表示させますが」
「いやぁ、いきなりそんなおんぶに抱っこな感じで行くのはどうかな。とりあえず、俺のやり方でやってみる。ダメそうだったら二人とも助けてくれ」
「わかったわ」
「はい」
二人の快諾が得られたところで今度はクリスとミミに視線を向ける。
「そういうことだから。心苦しいけど一旦コックピットに行こうか。あそこのホロディスプレイが一番でかいし通信に適してる」
「ミミさん……」
「……はい゛」
クリスに促されて未だに目に涙を浮かべているミミがクリスから身を離す。うん、鼻水とかがでろーんってことはなかったな。もしそんなになってたとしたら見て見ぬ振りをするつもりだったけど。
「二人とも軽く顔を洗ってからコックピットに来てくれ。エルマとメイはコックピットへ。メイは俺の後ろに控えて、何か危ういところがあったらこっそりサポートしてくれ」
「了解」
「はい。承知致しました」
頷く二人に俺も頷きを返し、俺達はコックピットへと向かった。




