#094 メイドロイドのメイ
「……見た目はあまり変わらないな?」
戻ってきたメイを見て俺は首を傾げた。いやまぁ、骨格とか筋組織、動力源や電子頭脳の交換が主な変更内容なんだから、外見が変わっていないのは当たり前といえば当たり前なんだけれども。
「はい。外見は変わりません。変わったほうが良かったでしょうか?」
「いいや、そのままでいい」
こてん、と首を傾げるメイにそう言って首を振る。本当に見た目は全く変わっていないのだが、これでメイはそんじょそこらの戦闘用ロボットよりも遥かに強力なメイドロイドになった筈だ。その戦闘能力はパワーアーマーを着た俺に匹敵する筈である。適切な武器を装備させればだが。
「それと、アップグレードしたことによって様々な奉仕も可能となりました」
「様々な奉仕」
「はい。味覚センサを実装し、調理プログラムもインストールしたので自動調理器に依らない調理も可能となりました。また、高度な触覚センサも全身に実装されましたので、より繊細な各種マッサージなども可能です」
「マッサージか。マッサージは良いな。運動の後とかに頼もうかな」
「はい」
俺の言葉にメイがコクリと頷く。
今更言うまでもないかもしれないが、メイにも所謂『そういうこと』をするための機能がついている。こう言ってしまうと大げさに聞こえるかもしれないが、彼女達機械知性にとってそういった機能の有無というのはアイデンティティに関わる問題なのだ。
いかんいかん。このところクリスもいるからそっち方面はご無沙汰なのだ。どうにもこの工房というか、この界隈はそっち方面の欲求を刺激してくるのがいただけない。
「大事にしてあげてくださいね!」
「ああ、うん、それはまぁ」
ぶっちゃけ反応に困る。今の状況は彼女達にしてみれば正に人生──機械知性生? の門出的な、実に寿ぐべき瞬間であるわけなのだろうが、俺にしてみればあんなことやそんなことを好き放題にできるメイドさんを引き取って連れて行く瞬間なのである。どうにもこう、後ろめたいと言うか……おわかりいただけるだろうか? しかも今からそのメイドさんを肉体関係を持っている女性達の元へと連れて帰るわけである。なんともこう、気が重い。
いや、勿論そういうことをするためだけにメイを買ったわけではない。護衛役としても非常に役立つし、高度な計算能力を持つ陽電子頭脳を備えたプライベートな機械知性の秘書を持つようなものだと思えば、メイを購入するのに使った金額分以上の価値があることは明白だ。だから別に後ろめたいことは何もない。何もない筈だ。
「……」
改めてメイの容姿を確認する。
艶のある長い黒髪。赤いフレームの眼鏡の奥に輝くのも黒曜石のように輝く黒い瞳。無表情だが、無表情だからこそ端正な顔つきが非常に映える。頭にはホワイトブリム、そしてきっちりと隙無く着こまれたヴィクトリアンスタイルのメイド服に、それをしっかりと押し上げる形の良い二つの膨らみ。実に楚々とした雰囲気の美女である。
「……?」
俺がじっと見ているのを不思議に思ったのか、再びメイが首を傾げてみせる。いや、この仕草すらも計算され尽くされた挙動なのかもしれない。彼女の動作一つ一つがどうにも絵になるというか、気がつけば視線を吸引されるかのような不思議な魔力を持っているように思える。
「いや、なんでもない。なんだか見た目は全然変わってないはずなんだが、迫力が増したような気がしてな」
「私の内に秘められたパワーが何らかの波動と化して伝わっているのでしょうか?」
そう言ってメイはむんっ、とでも気合を入れるかのように右腕をぐいっと曲げて力こぶを作るかのようなポーズを取った。それ気に入ってるの? なんとなくクールな見た目とやっていることのちぐはぐさが可愛く思えるけど。
「ええと……そうだ。メイ用の武器というのも発注したけど具体的にはどういうものなんだ?」
「ご覧になられますか?」
「うん、ご覧になられます」
俺が頷くと、メイはどこからか真っ黒い鋼球のようなものを取り出して見せてきた。なんだろう、グレネードか何かだろうか。
「これは戦艦の装甲材などに使われている圧縮金属素材で作られているものです。私の膂力で投擲した場合、標準的なパワーアーマーの装甲を貫徹し、内部の人員に致命的なダメージを与えることが可能です。投擲速度を調整することによって手加減することも出来ます」
「地味に凶悪」
「こちらは同じ素材で作られたセキュリティバトンです。私の膂力で全力で殴りつけた場合、標準的なパワーアーマーの装甲を破砕して内部の人間にダメージを与えることが可能です」
そう言って次にメイがどこからともなく取り出したのは40cmほどの長さの黒い金属製の棒だった。装飾も何もないが、ひたすら頑丈そうな一品である。
それにしてもいちいちパワーアーマーを引き合いに出すのは何なのだろうか。ヒトを助ける機械同士という意味で何か対抗心のようなものでもあるのだろうか。会話能力もないただの機械に対して嫉妬するのは如何なものか?
そんな感じでメイが取り出すメイ用の武器というはひたすら物理的な破壊に特化したある意味とても原始的な武器の数々だった。どうにもメイは近接戦闘に主眼を置いているようである。
「光学兵器に関してはクリシュナに用意されているものを使えばそれで事足りますので、直接的な破壊手段を多めに取り揃えることにしたのです」
「なるほど」
クリシュナのカーゴにはレーザーライフルだのレーザーランチャーだのなんだのと武器は一通り揃えてあるからな。メイは隠し持つことの出来る暗器のような武器を揃えたということらしい。
「ご注文の品は今日中に船までお届けいたしますので!」
「ああ、うん」
なんだかメイの物理的破壊手段に満ち満ちたローテク、というかいっそ原始的とも言える武器の数々を見るうちになんか疲れてきた。
「じゃあ、最後に動作確認ですね!」
「動作確認?」
「はい! ちゃんと注文通りになっているかその目で見て、身体で感じて確かめていただきませんと。モノがモノですから、後になって想像していたのと違った! ということになるとお互いに不幸になりますから」
そう言って受付嬢のアンドロイド満面の笑みを浮かべながら人差し指と中指の間に親指を通した拳を突き出してくる。俺はその拳をそっと掌で包んでやんわりと脇に避けた。それを見て受付嬢アンドロイドが不思議そうに首を傾げる。
「必要なことですよ?」
「いやあのね。いきなりそういうことを言われてOK! って応じる人はいないでしょ」
「およそ九割の方が同意されますけど。というかそういう存在ですし、私達」
「割り切りすぎィ! あっけらかんと言われても反応に困るわ!」
「そんなこと言っても、お嫌いというわけではないですよね?」
今までひたすらに明るい表情を見せていた受付嬢アンドロイドが『ニチャァ……』とでも擬音がつきそうな粘着質な笑みを浮かべる。勿論お嫌いではないけどさぁ!
「いずれにしても規則ですから。メイさん」
「はい」
メイが半ば抱きつくかのように俺の腕を抱え込み、グイグイと俺を引っ張り始める。おおう、腕の感触が幸せ……っていうか力強い! 物凄く力強い! 踏ん張ろうとしてもずるずると引きずられる!
「待て待て待て、落ち着けメイ。船でミミ達が待ってるから!」
「……お嫌ですか?」
振り向いたメイがそう言って悲しげな表情をする。オイオイオイオイそれは卑怯だろう。感情値をほぼ最低に設定したからってこういうここぞというところで感情を顕にするのは卑怯じゃないか?
「……お嫌じゃないです」
「ではそういうことで」
一瞬で無表情に戻ったメイが再び俺をグイグイと引っ張り始める。
もしかしたらアレかな? メイのアップグレードに行くって俺が言って、ミミもエルマもついてこようとしなかったのはこれを知っていたからかな? 有り得るな。
ということはある意味では二人とも承知の上でのことだな? うん、きっとそうに違いない。そう思うことにしよう。よーし、覚悟完了! 奉仕精神に溢れる機械知性何するものぞ。返り討ちにしてやんよ!
(ソフトもハードも特化して最適化されている存在に勝てるわけが)ないです_(:3」∠)_




