#086 緊急事態発生
ここ数日体調が優れない……!_(:3」∠)_
「戦力は整ったのか?」
「は、殆どは卑しい宙賊どもですが、小型艦が113隻、中型艦が21隻、大型艦が3隻です。手頃な小惑星にもスラスターを設置し、隕石爆撃の用意も万全です」
「囮としては十分か。本命は?」
「ステルスドロップシップ2隻に戦闘ロボット部隊を詰め込んであります。目標の星を統括する機械知性からのクラッキングにも対応済みです」
「そうか……居場所は特定できているのだな?」
「は、手こずりましたが。傭兵如きが小賢しい真似をするものです。中途半端に金を持っているのが始末に悪いと言いますか」
「全くだ。しかも追手を返り討ちにするとは……奴らはゴールドランクでも消せると豪語していたのだがな。多額の報酬を要求した割には不甲斐ない」
「確かに実力は高かった筈なのですが、例の傭兵がそれを上回っているということでしょう。ゴールドランクだからといってその実力がゴールドランクであるとは限りませんから」
「ふん、気に食わんな。まぁいい、奴が船を駆る傭兵として優れているのであれば、船を駆らせなければ良いだけのことだ。やつの変わった船には利用価値がある、手筈通りに傭兵だけを始末しろ」
「は、発着場周辺を降下地点に設定済みです。手早くやります」
「ここで仕留めなければ後が無いからな……クリスティーナ、お前に恨みはないが、私のために死んでくれ」
☆★☆
今日は快晴であった。雲ひとつ無い青空、というわけではないが空を漂う雲は高く、雨の降りそうな気配は全く無い。絶好の釣日和と言えよう。
そう、今日は朝から全員で磯釣りに来ているのだ。
「わ、わわっ!? ひ、引いてます!?」
岩礁の上で釣り竿を持ったミミが慌てふためいていた。本日最初のヒットはミミに来たらしい。
「冷静にリールを回すんだ。ラインはそう簡単に切れないらしいから」
「はい。凡そ500kgまで耐えられるようになっていますので、ご安心ください」
カスタムメイドロイドが俺の言葉を補足するように釣り糸の性能を教えてくれる。俺にはどう見ても普通の細い釣り糸にしか見えないんだが、物凄い強度だな。金属製のワイヤーかよ。
「わ、わぁ! きた! きましたよ!? どうすればいいんですか!?」
ミミが軽快にリールを巻き、海面から名も知れぬ魚が姿を表した。少なくとも足が生えていたり上半身が猫だったりはしないようだ。良かった。
「お任せください」
カスタムメイドロイドが釣り糸に吊り下げられてビチビチと暴れている魚に素早く近づき、手早く釣り針から魚を外して海水の入ったバケツの中に入れる。俺は魚には詳しくないんだが、どことなくタイっぽい感じがする黒い魚だ。なかなか大きいので、焼いても刺し身にしても良さそうである。
「メイさん! ありがとうございます!」
「はい。どういたしまして」
ミミにメイさんと呼ばれたカスタムメイドロイドが軽く頭を下げる。
カスタムメイドロイドが俺達の許に現れて今日で三日目。カスタムメイドロイドと呼ぶのは長くて呼びづらいとミミが言い出し、エルマとクリスも交えて相談した結果、彼女にはメイという名前がつけられた。名前までつけてしまったらより一層情が移ってしまうのは火を見るより明らかであったが、もう何も言うまい。
最初に出会った時にはがるると威嚇していたというのに、ミミもあの話し合い以降メイに懐いているしな。心なしか、エルマもメイに対する反応が柔らかい気がするし。一体どんな交渉術が展開されたんだ……?
ちなみに、クリスの対応は最初から一貫して好意的でも敵対的でも無い。恐らく、従者という存在に慣れているのだろう。その辺りは小さくても貴族ということなのだろうか。
「お、こっちも来たわ」
「エルマさん、頑張って」
クリスは体格が小さいということもあって、釣り竿は持っていない。本人も生きている魚は苦手ということだったので、今日は観戦オンリーである。
俺? 俺も釣りはしてるよ。今の所かかってないけどな! 何故だ。
「──」
不意に、俺の側に控えていたメイが空を見上げた。何かあったのかと俺もその視線の先に目を向けてみるが、青空が広がっているだけだ。なんだろう?
「緊急事態が発生しました。皆様、避難してください」
「へ?」
何の脈絡もない発言に頭の中が疑問符で埋め尽くされた。何故にホワイ? だが、メイが冗談でそんなことを言うとは思えない。俺はすぐさま決断した。
「釣り竿も何もかもこの場に放棄、クリシュナに向かうぞ」
「え? はいっ、わかりました」
「わかったわ。皆、急いで」
「わかりました」
ミミとエルマが釣り竿をその場に放り出し、俺も同じように釣り竿をその場に放り出してホルスターに収まっているレーザーガン感触を確かめる。レーザーガンを一応持ってきておいて良かったかもしれない。エルマもレーザーガンに手を当てていた。ミミは……うん、レーザーガンなんて持ってきてないよな。まぁ、ミミの腕だと誤射とかが怖いので、かえって良かったかもしれない。
「で、緊急事態ってのは何が起きたんだ」
念の為レーザーガンをホルスターから抜き、いつでもセーフティを解除できるようにして走りながらメイに問いかける。メイは息も切らさずに(機械なのだから当たり前だが)走りながら淡々と状況の説明を始めた。
「大規模な宙賊の襲撃です。その数、100隻以上。大型艦も確認されています。スラスターを取り付けた小惑星と一緒に当惑星に攻撃を仕掛けてきているようです」
「おい、小惑星を使った攻撃はバレるんじゃなかったか?」
「タネはわからないけどどうにか上手くやったんでしょ。もしかしたら超光速ドライブとかシールドを取り付けて同期航行して持ってきたのかもね」
「そんな金のかかることやるか?」
「パトロンがいればできるんじゃない?」
パトロン。なるほどね、つまりクリスの叔父の仕業ってことか。
「宙賊達は軌道上の防衛プラットフォームを攻撃中です。隕石爆撃の目標は赤道にある物資集積場付近のようですからここには直接的な危険は……いえ、何か降下して来ます」
そう言ってメイが目を向けた方向に同じように目を向けると、いくつもの火の玉がものすごいスピードでこちらに向かって飛んできているのが見えた。
海中から何かがせり出してきてレーザー砲らしきもので迎撃を始めたが、全ては落としきれていないように見える。俺達が先日登った山からもレーザー砲のものと思しき光条が放たれているが、迎撃から漏れたいくつかの火の玉が島に着弾した。近くには着弾しなかったようだが、その衝撃は凄まじいもので、足元が少し揺れたように感じた。ロッジの方に着弾したように思える。
「反応弾では無かったようだな」
「やめてよ縁起でもない」
エルマが心底嫌そうに声を出す。もしあの火の玉が反応弾を積んだミサイルとか砲弾だったら、この島は跡形もなく吹き飛んでただろうな。ロッジにいなかったのも不幸中の幸いだったか。もしかしたら火の玉の直撃で死んでたかもしれないし。
「で、あの火の玉はなんだ?」
「調査中です……動態反応が確認されました。戦闘ロボットのようです」
「うげ」
「うわぁ」
俺とエルマは同時に呻いた。戦闘ロボットというのもピンからキリまであるのだが、ピンの方だと正直言って生身の人間が敵うものではない。射撃は正確で、頑丈だし、パワーもある。パワーアーマーを着ていれば対等以上に戦える相手だが、生身だとキツい。
キリの方が来てくれてると良いんだが、そんな甘い手をクリスの叔父さんが打つのかというと正直あまり期待できそうにないな。
「島に配備されている防衛戦力が交戦中です。どこかに身を隠して──第二波が来ます」
「おお、もう……」
岩礁を抜けて砂浜に到達した辺りで先ほどとは別方向から火の玉が飛んできた。迎撃レーザーが発射されたが、やはり火の玉の数が多いせいで全ては落とせなかったようだ。火の玉のうち、中途半端にレーザーを被弾した一発がこちらに向かってくる。
「げ、こっちに来やがる。みんな、伏せろ!」
「きゃあ!?」
隣を走っていたミミを抱いて砂浜に伏せる。クリスはエルマとメイが庇ってくれているようだ。
砂浜とロッジの間辺りに火の玉が着弾し、物凄い音と衝撃、そして振動が襲いかかってくる。ビシビシと小石だか砂粒だかなんなんだかわからんものが身体とか頭とかに当たっている気がするが、よくわからない。
振動が収まった辺りで顔を上げてみると、ロッジと砂浜のちょうど中間あたりに不思議な形状の物体が突き刺さっていた。あまりに見慣れないので今ひとつ例えようがない物体だ。半球の出っ張りが縦に並んでいる杭、と表現するのが正しいだろうか?
尤も、迎撃レーザーが中途半端に命中したせいか半球状の出っ張りの大半が壊れていたり、融解したりしているようだが。
「みんな、無事か?」
「た、たぶん」
「私は怪我はないと思うわ」
「私も大丈夫だと思います」
「よし、クリシュナに──」
「あれは……ヒロ、撃ちなさい!」
エルマがレーザーガンを構えるそれと同時に杭から半球状の出っ張りがポロリと抜け落ちた。なるほど、球状の物体だったわけか。
球状の物体が変形し始めたので、俺はその物体にレーザーガンを向けて連続で発砲した。当然、最高出力でだ。エルマも容赦なく連射して変形が終わる前に球状の物体を破壊する。
え? 変形が終わる前に攻撃するのは卑怯? そんなこと知ったことか。
「今のが戦闘ロボットか?」
「たぶんね。他は作動不良かしら? とりあえず、レーザーガンで撃破できるのは僥倖だったわね」
「それは確かに」
手持ちのレーザーガンで歯が立たなかったらお手上げだったな。抵抗も出来ずに嬲り殺されるしかない。とは言っても、最高出力のレーザーガンを俺とエルマで合わせて20発は撃ち込んだはずなので、かなり耐久力は高そうだ。まったく油断はできないな。
「もう一度全員怪我が無いか確認したらクリシュナに急ぐぞ」
そう言いながら俺はまだ杭にくっついている半球にレーザーガンを撃ち込みまくって破壊しておく。エルマも俺と同じようにレーザーガンを乱射した。エネルギー残量の少なくなったエネルギーパックを外し、リロードしておく。
「エネルギーパックは?」
「私はあと二つ。そっちは?」
「あと四つある。一個そっちにやるか?」
「良いわ。ヒロがより多く弾薬を持っていた方が良い気がするから」
リロードを終えたエルマはそう言って首を振った。確かに、俺のほうがバンバン撃ちそうな気はするな。呼吸を止めると何故か周りの動きがゆっくりになったりするし。
「はいよ。ミミ、クリス、メイも行くぞ」
「は、はいっ!」
「わかりました」
「はい。お二人は私の後ろに」
非戦闘員のミミとクリスを庇うようにしてメイが前に立つ。メイのボディが俺の注文したとおりのカスタマイズ品ならもっと遥かに楽にこの場を乗り切れそうな気がするけど、無いものねだりしても仕方がないか。
俺達は慎重に辺りの様子を伺いながらクリシュナへと向かうことにした。
問題はな、あっちにはより多くの戦闘ロボットが降下してるっぽいところなんだよな。この島に配備されている防衛戦力とやらに期待するとしよう。




