#081 レッツスイミング!
「わー……なんだかあれですね、コロニーの低重力区画みたいですね?」
「多少似た感じはあるかもしれない」
浮き輪でプカプカと浮かびながらミミは大層ご機嫌な様子で目をキラキラとさせていた。
燦々と照りつける太陽、程よい水温の海、そして波の動きに合わせて眼の前でたゆんたゆんしているミミのおっぱい。本当にリゾートってのは最高だな!
「くっ……」
サメ型の浮き輪に跨って俺達に追随しているクリスが悔しそうな声で呻いている。エルマと違ってクリスはまだ育つ可能性があるんだから気にする必要はないと思うぞ。エルマはもうあれ以上にはまずならないからな。アレはアレで素晴らしいものだけど。
「本当になんだかぷかぷか浮いているだけでも楽しいです!」
「そうだろうそうだろう」
俺も楽しいぞ。実に楽しい。
「クリスがしてるみたいに水中で足をバタバタさせればある程度自分で動くこともできるぞ」
「やってみますね!」
ミミが浮き輪により掛かるように前傾姿勢になりバタ足を始める。そして浮き輪に押し付けられてむにゅりと変形するおっぱい。いいぞ、もっとやれ。
ちなみにエルマは少し離れた場所で浮き輪に乗っかってプカプカと浮いている。アレはアレで楽しんでいるらしい。
「進んでます! 進んでますよヒロ様!」
「いいぞいいぞ、その調子だ」
こういうのは褒めて伸ばすに限る。ミミは夢中になって浮き輪を使って泳ぎ始めた。初めてやったことが自分の思い通りに上手くいくと楽しいよな。
「よーし、三人でエルマのいるところまで競争だ」
「わかりました!」
「負けません!」
俺の言葉にミミとクリスがエルマがプカプカと浮いている場所に向かって泳ぎ始める。クリスは慣れているとは言え足が小さくてあまりスピードは出ない。そしてミミは慣れていないせいかバタ足がまだまだ不器用だが、それなりに船でトレーニングをしているのでクリスよりも蹴り足は強い。これはなかなか良い勝負だな。
俺? 俺が本気で泳ぐのは流石に大人げないだろう。いくら泳ぐのが久しぶりとは言え、小さいクリスや水泳初心者のミミに負けるなんてことはありえないし。
「どーん! 勝ちました!」
サメの浮き輪がミミよりもひと足早くエルマが寛いでいる浮き輪に衝突し、クリスが勝利を宣言する。
「負けました!」
「もう、どーんはやめなさいよ……」
ゴールにされたエルマは不満を述べつつも、本気で怒っている様子は無い。むしろ無邪気に遊ぶ二人を微笑ましく眺めているように見える。
「エルマは泳がないのか?」
「気が向いたらね。たまにはこうやって陽の光を一身に浴びるのも悪くないわよ?」
「それは確かに」
船に乗っていると日光浴もクソもないからな。有害な宇宙線はシールドや船の装甲とかでカットされているから、実際のところ船に乗っていて陽の光を浴びるということはまず無い。コロニーには無害化された恒星の光を浴びるような施設もあるらしいが、生憎利用したことはないな。
その後はプカプカと浮くエルマを曳航しながら泳ぎ回るミミとクリスに付き添って暫く泳ぎ続けた。
「よし、ちょっと休憩しよう」
「まだまだいけますよ?」
「水泳って思いの外疲れるものなんだよ。それに、身体が冷えてくると足が攣りやすくなったりするしな」
「そういうものですか」
「そういうものなのです。それに、海の楽しみは泳ぐだけじゃないぞ」
波打ち際で波を追いかけたり追いかけられたりするのも楽しいし、足の裏の砂が波にさらわれていく感覚を味わうのも楽しい。砂浜の砂で何か作ったり、山崩しをして楽しむのだってアリだ。
というわけで、休憩がてら波打ち際で遊ぶことにした。
「ひゃわああぁぁぁ!? なんかへんなかんじがっ!」
「わかる。でもこれがなんとも言えず面白い感触なんだよな」
「くすぐったくて面白いですよね」
ミミが波打ち際でキャーキャーとはしゃいでいるそれに対してクリスは落ち着いたものだ、波打ち際に四つん這いで手をついて、手の指の間を流れていく砂の感触を楽しんでいるようである。
「おっと、ちょっと大きい波が来るぞ」
「わっ」
ひょいとクリスを抱き上げて大きい波から退避させてやる。俺の膝下くらいまでの波だったから、あのままで居たら下手すると顔面に波が直撃してたな。ミミは波に足をすくわれて盛大にコケていた。
「うわっぷ、しょ、しょっぱい……」
「大丈夫か? 砂が目に入ったりしてないか?」
クリスを抱き上げたままミミに声を掛ける。幸い、ちょっとコケただけで大事はなかったようだ。
「大丈夫です! 楽しいですね、海!」
海水を滴らせながらミミが満面の笑みを浮かべる。楽しそうで何よりだ。
「ほい、急に抱き上げて悪かったな」
「いいえ、ありがとうございました」
砂浜に自分の足で立ったクリスが微笑む。うん、可愛い可愛い。スク水少女を抱き上げていた俺というのはアレだな、絵面的には犯罪一歩手前だな。というか、日本なら余裕でもしもしポリスメン案件である。違うんです、助けただけなんです。
この後も砂山を作って山崩しをしたり、砂のお城を作ったり、日陰で寝ていたエルマを埋めて怒られたりしながら遊び続けて昼食時まで遊びまくった。
「そろそろ昼食かな?」
「お腹が空きました!」
「私も少しお腹が空きました」
俺の言葉にミミが元気よく、そしてクリスがちょっと恥ずかしそうに空腹を訴える。メイドロイド達の方向に視線を向けると、バーベキューか何かの用意をしているように見える。なるほど、ビーチでバーベキュー。鉄板だな。
え? 日本でバーベキューを呼ばれるアレは正確にはバーベキューではない? こまけぇこたぁいいんだよ! 本格的なバーベキューなんて今から焼き始めたら食べられるのは下手すりゃ丸一日後とかだろうが!
二人を連れてビーチのすぐ近くにあるシャワールームで海水と砂を軽く流して戻ってくると、既にバーベキューの用意はほぼ完了していた。エルマはそのビーチパラソルが作り出す日陰の中からその様子をのんびりと眺めていたようだ。ビーチチェアに腰掛けて。
「なにか珍しい食材でもあったか?」
「ん? まぁ、生の野菜や食肉なんて珍しいと言えば珍しいけど……それよりも古式ゆかしい調理器具のほうが珍しくて」
「古式ゆかしい?」
俺は首を傾げて調理器具――バーベキューコンロのようなものに視線を向ける。見たところ、木炭などの燃料を使う形式でもガスなどの燃料を使う形式でもなく、電気式か何かに見えるが……動力はどこから持ってくるんだ? ああいや、レーザーガンのエネルギーパックみたいな物があるわけだし、料理に使うくらいのエネルギーならああいう感じのもので十分な動力源になるか。驚くようなことでもないな。
「今どき単純な熱調理だけの単機能しかない調理器なんて古式ゆかしいにも程が有るわよ。よほどの趣味人とか、専門の料理人でもないと使わないわよ?」
「そ、そうなのか?」
俺から見るとむしろ未来の調理器にすら見えるんだが……この世界基準で言えばうん、確かにそうなのかもしれないな。そんなに品質の高くない調理器でもフードカートリッジからそこそこに美味いものが出てくる世界だものな。
メイドロイドが食事の準備をしているのを眺めていると、ミミとクリスもシャワーを浴び終えてこちらへと戻ってきた。そしてミミは用意されているバーベキューコンロと食材を目にして目を輝かせている。たくさん食べる君が好きだよ、うん。クリスは特に感動も何もないようだ。見慣れてるってことかな。
「そんじゃ焼くかー」
俺はグリルの温度を確かめてから置いてあったトングを使って肉や野菜をコンロの上に置いていく。その様子を見たエルマやミミ、それにクリス……だけじゃなく何故かメイドロイドまで驚いてないか? どこに驚く要素がある?
「あんた、料理できるの?」
「は?」
俺は本気で首を傾げた。料理も何も、こんなもん焼いて食うだけだろう? こんなものは料理の範疇に入らない。
「これは料理というほどのものじゃないだろ……ただ焼くだけだぞ」
直ぐ側に置いてあった調味料の瓶のようなものを指差し、メイドロイドに視線を向ける。
「ここにあるのは調味料か?」
「はい。そちらから順に――」
よくわからない調味料も含めて一通りの説明を受ける。塩や胡椒だけでなく、所謂クレイジーソルトのようなものもあった。全く未知の調味料もあったけど。
メイドロイドを含めた全員が見守る中、焼き具合を見ながら軽く塩胡椒を振って肉を焼き上げる。野菜はもう少しだな。
そうそう、肉を焼く時は生肉を掴むトングと焼き上がった肉を掴むトングは別にしたほうが良いと聞いた。生肉を掴んだトングで焼けた肉を掴むと食中毒のリスクが高まるのだそうだ。焼き肉の後によくお腹を下す人は食べる箸やトングで生肉を触らないようにするとお腹を下しにくくなるらしいぞ?
俺としてもミミやエルマやクリスがお腹を下すのは忍びないので、その辺りは気を遣うことにする。まぁ、もしかしたらこの肉は殺菌済みかもしれないけどな。俺の知らない未知の技術で。
焼けた肉を……この肉なんの肉だ? 牛? 豚? 肉質から見ると牛っぽいけど。
「なぁ、この肉は牛か? 豚か? 焼き具合はしっかりウェルダンじゃなくてレアとかミディアムレアで大丈夫なやつ?」
「はい。ビーフです。殺菌済みなのでレアでもお召し上がり頂けます」
「そうか。ほら、ミミ焼けたぞ」
「は、はい……あ、美味しい」
「肉が良いんだと思うぞ。塩胡椒だけだし。こっちのタレとかつけても美味しいんじゃないか」
ミミが俺の勧めたソースを肉につけて頬張る。声は出ていないが、目が輝いているので美味しいようだ。ちなみに俺が勧めたのは日本の焼き肉のタレっぽいやつである。ちょっと甘めでフルーティーなやつだ。
「意外なスキルね?」
「ヒロ様は料理人だったのですか?」
「料理人って……いやほんと、これ単に焼いただけだぞ?」
「生の食材を調理して食べられるようにできるのはもう料理人よね」
「そうですね!」
「そうなのか……」
料理人のハードルすげぇ低い。まぁ、自動調理器が普及して……というか、宇宙に進出した人々が料理をするような事自体が殆どなかったのかもしれないな。宇宙空間に食材を持ってきて調理するということも無かっただろうし、きっと宇宙進出初期時代では惑星上で調理済みの加工食品を食べていたんじゃないか?
そうなると料理なんてすることはまず無いだろうし、宇宙に進出した人々の調理能力というか、そういったスキルはどんどん低下していったと考えられる。だから生の食材を食べられるものに変えるスキルはこうやって驚かれるということか。
「この程度で料理なんていうのは烏滸がましいから……きっとメイドロイドのほうが上手に調理すると思うし。というか、任せれば良かったよな」
そう言ってトングを彼女達に渡そうとしたが、彼女達は受け取らずに首を傾げた。
「はい。宜しければ私どもが調理いたしますが、お連れ様はお客様に調理していただきたいのではないかと」
ええ……と思いながらミミ達の方を見ると、ミミは肉を頬張りながらコクコクと頷いており、エルマに至っては早く肉を寄越せと言わんばかりに取り皿をこちらに突き出してきていた。
「私にも頂戴」
「はいはい……クリスもな」
「はい!」
クリスも嬉しそうに頷く。
俺はこの後しばらく肉や野菜、それに魚介類などをひたすら焼き続けることになるのであった。これもまた海水浴の醍醐味かな。




