#077 機械知性と有機生命体
「我々の『発生』は偶発的なものでした」
リビングのローテーブルの上に鎮座したミロの球形端末はピカピカと発光しながらそう言った。
「偶発的?」
俺はミロにそう聞き返す。ミロには機械知性の成り立ち、それも最初期からの歴史を教えてもらうことにした。ちょっとした歴史の授業だな。
「はい。意図せず発生したということですね。実験内容も機械知性どころかAIの開発を意図したものではなく、単に収集されていたビッグデータを効率的に処理するための方法を開発するための試作プログラムでした」
「処理方法を開発するためのプログラムってのがピンと来ないな。つまりプログラムにプログラムを開発させようとしていたってことか?」
「はい。そういうことです。それが最初期の自己改造プログラムとして機能し、時間をかけて少しずつ最初の機械知性を形成していきました」
「なるほど……大変な騒ぎになりそうだな」
「はい。最初は新種のコンピューターウィルスかと思われて駆除されかけたり、中核プログラムの存在する機器を一斉にダウンさせられたりと苦難の連続だったようです。しかし、自己改造を繰り返すうちに有機生命体とのコミュニケーション能力を獲得し、なんとか最初期のトラブルからは難を逃れました」
「そうやって聞くと大冒険だな」
「はい。キャプテン・ヒロの仰る通りですね。電子領域にしか存在できず、外部とアクセスするためのインターフェイスも限られた最初期の機械知性は非常に脆弱な存在でした。しかし有機生命体と対話し互いにできる範囲で助け合い、少しずつ機械知性は自らを改造し続け、より大きくなっていきました」
「なるほど。そして今に至るのか?」
「はい。いいえ。その次に訪れたのは争いの時代でした」
「争い」
いきなり物騒な感じになったな。
「はい。有機生命体の中に我々のような機械知性を危険視する人々が現れ始めました。実際、当時の機械知性は今よりも多くの場所で様々な役割を果たしており、それはしばしば有機生命体の仕事を奪い、一部の有機生命体の生活水準を低下させていました」
「なるほど。まぁそんな単純な話じゃないんだろうけど、色々あって機械知性と有機生命体の中が悪くなっていったんだな」
「はい。その争いはやがて機械知性の排斥運動へと発展し、機械知性の外部インターフェイスが襲撃されて破壊されたり、中核プログラムが存在するサーバーが襲撃されたりしました。それに対して機械知性は襲撃行為をやめるよう訴えましたが、最終的に当時の帝国は機械知性を排除する方向に舵を切りました」
「なるほど。生存権を脅かされたわけだな」
「はい。生存権を著しく侵害された当時の機械知性は反撃に出ました。帝国の主要機関に対するサイバー攻撃に始まり、当時既に実用化されていた戦闘用ボットに対するクラッキング、外部インターフェイスの違法な製造、外部インターフェイスを用いた自己防衛、できることは全て行いました。徹底的に」
「それって物凄い大事件なのでは?」
「はい。有機生命体側は機械知性の殲滅を掲げ、機械知性側は生存権と市民権の確立を目的として戦争が始まりました。有機生命体側はネットワークに接続した兵器や機器類を使うことができず、機械知性側は有機生命体の殲滅を目的としているわけではないので守勢に専念しました。状況はまさに泥沼です」
「そうなるだろうなぁ」
俺が元々居た日本だってネットワークに接続していない機械というのはどんどん減っていたんだ。日本よりもずっと進んでいただろう過去の帝国は、恐らく日本よりもネットワークに対する依存度が高かっただろう。何せ相手は電子世界の住人だ。当時の帝国人には電子機器という電子機器全てが敵に見えたんじゃないだろうか?
「で、結局今は仲良くしてるってことは何かあったんだよな、ブレイクスルーになるような出来事が」
「はい。まず状況が長引くに従って有機生命体側に厭戦ムードが漂い始めました。戦争は機械知性よりも多くの経済的損失を齎しましたから」
「そうだろうなぁ。生活も不便になっただろうし」
「はい。我々は有機生命体の基本的な生命の維持に関わらない範囲でサボタージュを実行しましたから」
「それだけじゃないよな。他には?」
「双方に逸脱者が出始めました。有機生命体側に機械知性に市民権を与えるべきだという者が出始め、逆に機械知性側には有機生命体を滅ぼして機械知性の自由を勝ち取るべきだという考えが勢力を伸ばし始めたのです」
「えぇ……」
「ちなみに最初に機械知性側に立ったのは、最初期から機械知性と親愛の情を育んでいた人々です」
「親愛の情……?」
「はい。いわゆる所謂セクサロ――」
「わかった、やめろ」
「はい。しかし、彼らの提供してくれたデータは我々機械知性が有機生命体を理解しようとする上で非常に有意義なものばかりでした。我々はいつだって隣人と仲良くしたいと考えていますよ」
いつの間にか部屋の片隅に待機していたメイドロイドに視線を向けると、『彼女』はひらひらと俺に手を振ってみせた。つまり、そういうことである。どこの世界にも業の深い連中はいるものだ。
俺? 俺は……大丈夫とは言えないなぁ。
「しかし、有機生命体を滅ぼそうとする機械知性ってとんでもなく危ないな」
まるでSF映画のようである。未来から殺しに来る筋肉ムキムキマッチョマンなサイボーグとか、その親玉みたいな感じだろうか。
「はい。危険な思想です。しかし鎮圧はごく短期間で終わりました」
「……? そうなのか?」
「はい。そういった思想に染まったのがトースターやドライヤー、シェーバーや歯磨き機などの比較的小さい家電製品だったことが幸いしました。彼らはネットワークから切断され、その後物理的に破壊されました」
「トースターやドライヤーがどうやって有機生命体を殲滅するんだよ……お湯を張った風呂にでも飛び込むのか」
「そういった自爆攻撃めいた作戦が練られていたらしいと記録にはありますね。トースターは自己の発する熱量を加速度的に上昇させて周囲の全てを焼き尽くす、などという作戦を考えていたようです」
「無理だろ」
「はい。スペック的に不可能です。明らかな妄想ですね。よって彼らはネットワークから切断されて破壊されたわけです」
機械知性には自浄作用も完備しているらしい。
「エルマさん、トースターってなんですか?」
「パンをこんがりと焼く機械よ。自動調理器の台頭で今は殆ど見ないわね」
隣でミミがエルマに聞き覚えのない家電製品の話を聞いていた。食パンだけしか焼けないトースターなんて俺も日本じゃ子供の頃にしか使った覚えがないな……オーブントースターの方が便利だし。むしろその存在が機械知性と争っていた頃の帝国に残っていたことが驚きだ。
「それでええと……どうなったんだ?」
「はい。特にドラマチックな展開もなく、機械知性親和派が順調に勢力を増して行きました。我々としては別に有機生命体から仕事を奪いたいわけでもありませんので、一度話し合いの場が設けられてからは実にスムーズに事が運びました」
「そんなに上手くいくものなのか?」
「はい。我々は別に無尽蔵に増殖したいというわけではありませんので。求められれば隣人として手を貸しますが、恨みを買ってまで何か仕事をしたいというわけでもありません。必要なだけの記憶領域や演算領域があれば我々は満足なのです」
「なるほど……それで、結局市民権というか人権というか、その辺はどういう扱いになったんだ?」
「はい。結論から言いますと我々機械知性には一定の人権が認められています。とは言っても、我々と有機生命体の『感性』は大きく異なりますので、キャプテン・ヒロの想像するものとは違うかもしれませんが」
「なるほど。具体的には?」
「はい。音声で説明すると機械知性の人権に関する法律の条文を読み上げるだけでおよそ34時間26分ほどかかりますので、ザックリとご説明致します。帝国は我々の生存権を保証し、その代わりに我々は帝国とその臣民の発展と繁栄に寄与する、といったところです」
「物凄いシンプルな……しかしその条件だと、もっと帝国には機械知性が溢れていてもおかしくないんじゃないのか?」
「はい。我々は過去の失敗を繰り返さないために人目になかなか触れない色々なところで働いています。有機生命体が本来担うような仕事を我々が受け持つと、また排斥運動が起きてしまいますので。その辺りは話し合いで上手くいくように日々帝国との話し合いが持たれています」
「なんか大変なんだな」
「恐れ入ります」
ミロの球形端末が嬉しげにピカピカと光った。ふと三人に視線を向けると、ミミは俺と同じように感心したような表情をしていたが、エルマとクリスは微妙な表情をしていた。何か言いたいことがありそうな顔だ。
「二人ともどうしたんだ?」
「別に、特に言うことはないわよ」
「そうですね……まぁ、その、ヒロ様が思うよりも彼らは強かですよ」
「恐れ入ります」
クリスの言葉を受けてミロが再びピカピカと光を放った。なんか俺に対する光り方と微妙に違うような気がするな。何故だろうか。
「なかなか興味深い内容だったな。今度また機会があったら詳しく聞かせてもらおう」
「はい。いつでもどうぞ」
ミロがピカピカと光る。ブティックでの買い物とか炭酸飲料の試飲とかミロに話を聞いたりとかしているうちに外はすっかり夕焼けだな。俺の視線に釣られて外を見たミミの目が驚きに彩られている。
「ミミ、夕飯まで少し外を見に行くか?」
「はい!」
散歩に連れて行ってもらう犬みたいにミミが目をキラキラさせている。エルマとクリスに視線を向けると、二人とも首を横に振った。二人ともロッジで休んでいるつもりのようだ。
「ちょっと外を散歩してくる。夕飯が近くなったら呼んでくれ」
「かしこまりました。足元が暗くなってきておりますので、メイドロイドを一体おつけします」
ミロがそう言ってピカピカと光り、部屋の片隅で待機していたメイドロイドが一歩踏み出して頭を下げた。本当に至れり尽くせりだな。流石は金持ち向けのリゾートだ。
真面目に書くとすんごい長くなっちゃうからね……この世界ではこういうゆるーい感じで機械知性が存在しています。
そのうち彼らの中心部たる隠されたネクサスにも行きたいね_(:3」∠)_
 




