#071 降下
さて、追手を撃退して目的のリゾート惑星、シエラⅢへの降下軌道へと向かっているわけだが。
「確か高度なセキュリティシステムで守られているんだよな、リゾート惑星って。このまま降下しても大丈夫なのか?」
陽電子AIが統括している自動迎撃システムがあるとかそんな話だったよな。迂闊に近づいて撃墜とかされたら洒落にならんぞ。
「それは大丈夫よ。リゾート惑星の管理AIにアクセスして、エントリー用のセキュリティコードを送信すれば防衛システムの攻撃対象から外れて防衛対象に設定されるから」
「上手く出来てるんですねぇ……」
エルマの解説にミミが感心したように声を上げる。クリスにちらりと視線を向けてみるが、戦闘の緊張から解放されてぐったりというか、放心状態になっている。初めて戦闘を経験したミミもこんな感じだったかな? もう少しシャンとしていたような……? よく覚えてないな。まぁ個人差だろうか。
そうしているうちに轟音と共に超光速ドライブ状態が解除され、眼の前いっぱいに海面で覆われたシエラⅢの姿が映し出された。
「どういう手順で管理AIにアクセスするんだ?」
「手順はコロニーに着艦する時と変わらないわよ。ミミ、通信リストを開いて。シエラⅢの管理AIがリストの中にあるはずだから」
「はい、ええと……あ、ありました! 通信しますね」
ミミがコンソールを操作し、管理AIのアクセスを開始する。そしてエルマと話しながら何度かやり取りをすると、程なくして降下の許可が出たようだ。
「ああ、そうだ。そういえばオートドッキング機能を利用して自動降下もできたはずよ」
「そうなのか? ならそうしようか」
オートドッキング機能を起動すると、俺達の滞在予定地にうまいこと降下できるように船の大気圏突入角度や速度などが自動で調整され始めた。これは楽ちんだな。
少しすると大気圏への突入が始まったのか、ゴゴゴゴゴゴ……という音と共にクリシュナが小刻みに振動しはじめた。音はどんどんと大きくなり、振動もまた同様に大きくなり始める。そして、クリシュナのコックピットから見える光景が赤く染まり始めた。
「おぉ、これが大気圏突入か……シールドが赤熱化しているのか? これは」
「私だってそんなのわかんないわよ……」
シールドに守られているクリシュナの船体は直接大気に触れているわけじゃないはずだから、大気圏に突入しても温度が上昇して赤熱化したりしないのでは……? それともシールドと惑星の大気が何か反応してこうなるんだろうか? うーん、よくわからん。でもまぁ、大気圏突入時のお約束的な意味で得難い体験ではあるな。
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
「クリシュナ自体に問題はないと思うぞ。シールドが若干減衰してるけど、船体にはダメージは入ってないし」
なんてことをミミと話していると。
「……ふぁあぁぁっ!?」
「うおっ!?」
突然クリスが大声を上げた。な、なんだ一体!? 視線を向けると、クリスは口元を押さえて顔を真赤にしている。心なしか、なんかモジモジと挙動不審なような……?
「……! え、えーと、クリスちゃんの調子が悪そうなのでちょっと医務室に連れて行ってきます」
「……? お、おう」
なんだかよくわからないテンションでミミがオペレーター席を立ち、なんだか中腰でよたよたと歩くクリスを連れてコックピットから退出していく。確かになんだか調子が悪そうだったが。
「大丈夫かね?」
「問題ないわよ」
エルマは俺に目を合わせずにそう言って肩を竦めた。なんだろう? 俺だけが事情を把握できていない感が凄いんだが?
ゴウウゥゥゥゥ、というクリシュナと大気との摩擦か何かで起こる音を聞きながら考える。振動はかなり収まってきたな。しかし、ふーむ……?
あっ。
「漏らしたのか」
「……気づかないであげなさいよ」
「気づいてしまったものは仕方がない。直接指摘しない程度の分別はある」
クリスは貴族の娘とは言え、一般人だ。掠りでもしたら一巻の終わりなレベルのレーザー砲撃がガンガン飛んでくる光景を見て恐怖を感じたんだろう。クリシュナの分厚いシールドはそうそう敵のレーザー砲撃を通したりはしないが、バンバン撃たれれば怖いに違いない。文字通りの光速で飛んでくるレーザー砲撃を全て避けるのは不可能だしな。
「しかしあれだな、この世界に来て初めての惑星降下だな……胸が熱くなってくるぜ」
手元のコンソールを操作し、コックピットのディスプレイ上にクリシュナの各部に設置されている光学センサーが拾っている光景を表示させる。事前情報通り、この星は地表の殆どが海に覆われた海洋型惑星であるようだ。
大気や海水の成分組成なども生物の生存に適するようにテラフォーミングされているらしい。惑星としては俺の知る地球よりも小さいようである。光学センサーが拾ってくる情景は、ほとんど見渡す限りの海面だ。初降下の興奮はともかく、見ていてあまり楽しい光景ではないな。ぽつぽつと島のようなものはあるけど。
そうしているうちにミミがクリスを連れて戻ってきた。戻ってきたクリスは平静を装っているが、微妙に顔が赤い。気付いていないふりをしてやろう。
「大丈夫だったか? 初めての戦闘で気分が悪くなっただろ」
「だ、大丈夫です。ちょっとだけ気分が悪くなりましたけれど、食堂で飲み物を頂いて落ち着きました」
「そうか。ミミ、クリスのことを見てくれてありがとうな」
「はいっ」
俺に褒められたミミは満面の笑みを浮かべる。尻尾があったらブンブン振ってそうな勢いだな。
「ミミは地上に降りるのは初めてよね?」
「はい、私はコロニー生まれのコロニー育ちなので。なんだか凄いですね。広いと言えば良いのか、雄大と言えば良いのか……センサー越しの映像でも解放感がすごいです」
「俺からしてみればこの世界――おほん。あー、コロニーの方が珍しく感じるんだけどな」
「ヒロ様は惑星上居住地の出身なのですか?」
「ああ、まぁ、うん。そうだ。色々複雑な事情があってな」
首を傾げながら聞いてくるクリスには適当に言葉を濁しておく。危なくこの世界ではとか危険な発言をするところだった。アレイン星系で出会ったショーコ先生みたいな人に俺が異世界から来ましたなんて事情が漏れたら捕らえられてモルモットにされかねん。
「そうなんですか……でも、惑星上居住地出身ということは、貴族に連なる方ということですね?」
「そういうのではないかなー。そうだとしてもなんというかほら、過去は捨ててきたみたいな?」
「そう、ですか」
クリスが何故か残念そうな表情をする。どういう意味の反応なんだろうか、それは。
「そろそろ着くみたいよ」
「おっと、そうか。多分大丈夫だと思うが、一応衝撃に備えろ」
クリシュナの高度が少しずつ下がり始め、前方に緑の生い茂った島が見えてくる。島の規模的には中程度といったところだろうか。上空からだから正確な大きさとかはちょっとよくわからないが、ここまでに見た島の中では格段に大きいというわけではない。かといって、小島ってほどでもないな。
島の一部が大きな湾になっていて、湾内は非常に並が穏やかだ。海も非常に透明度が高く、湾の白い砂浜が目に眩しく感じる。うん、典型的な南国のリゾート地って感じだ。
砂浜にほど近い場所にロッジのようなものが見える。その横にはデカいヘリポートのようなものがあるな。あれは船の発着場だろうか? 砂浜を離れた島の中心部方面にはそんなに大きくはないが、ゴルフ場のようなものや、テニスコートのようなもの、それに他の建物も見えるな。
「なかなか豪華そうな場所だな。他の滞在者もいるのかね?」
「いいえ、この島は私達の貸し切りよ?」
「マジで」
「マジよ」
この広さの島を貸し切り? 二週間も? えっ?
「意外と安いんじゃないかと思えてきたぞ……」
確か俺達の滞在費は二週間で四人合わせて56万エネル。一人あたりで換算すると14万エネル、つまり一日あたり一人1万エネルだ。日本円換算で100万円相当ということだな。
この広さの島を貸し切り。しかもゴルフ場のような施設やビーチも含めて、となると一人一日100万円相当というのは逆に安いんじゃないかと思えてくる。それとも、施設の使用に別途使用量が発生するのだろうか? そういう感じじゃなさそうだよなぁ。
「予想以上に良い施設ね。もっとこじんまりとした場所かと思ってたわ」
「クリスちゃんが滞在したのもこういう感じのところだったんですか?」
「はい、そうですね。もう少し広い島でしたけど」
流石は貴族。この島よりも豪華な島を貸し切っていたらしい。
クリシュナは自動運転で発着場へと降下し、着地した。ズン、と着地時の振動が船全体を僅かに揺らす。うーん、オートドッキング機能は凄いな。重力下でも余裕のソフトランディングだ。
「とうちゃーく。あー、流石にちょっと疲れたな」
なんとかクリシュナの船体に傷をつけることなく追手の襲撃を切り抜けることができたが、流石に装備も普通の宙賊より多い上に練度も高く、しかも数で勝る相手との戦闘は緊張した。奇襲で混乱している連邦軍を相手にしたほうが心情的には楽だったかもしれん。
「お疲れ様。あれだけの戦力相手に立ち回ったんだから当然ね」
「お疲れ様でした。今日はゆっくりと休んでくださいね」
「守ってくださってありがとうございました、ヒロ様」
エルマとミミ、そしてクリスが口々に俺を労ってくれる。ははは、我ながら現金だと思うが、苦労をしてもこれだけの綺麗どころに揃って労われると疲れが吹き飛ぶ気がするな。報酬系がビンビン刺激されている気がする。
「あんまり褒められるとニヤつきそうだ。とりあえず降りようか。何か持っていくべきものはあるか?」
「そうねぇ……多分大丈夫だと思うけど、襲撃を警戒するなら武器とかパワーアーマーとか?」
「手荷物としては物騒すぎませんか……?」
微妙にズレているエルマの答えにミミがドン引きしている。でも、エルマの言うことも確かか……? この島のセキュリティについて調べてみて、場合によっては実行したほうが良いかもしれないな。
まぁ、俺達の滞在場所がわかっているならわざわざ生身で俺達を襲おうとはせずに小惑星とか使って軌道爆撃でもするんじゃないかと思うが。レーザー砲でもやれるか? でも大気中ではレーザーって減衰するらしいしな……いや、この世界のレーザー砲なら大気による減衰なんて鼻くそみたいなもんかもしれんけど。携行できるレーザーガンですら人を殺せる威力のレーザーを放てるもんな。
「ヒロ様が考え込んでしまいましたよ……?」
「冗談のつもりだったんだけど……」
「冗談だったんですか。私はてっきり本気かと……」
「この島に反応弾を撃ち込まれでもしたら、クリシュナはともかく私達は跡形もなく消し飛ぶわよ。パワーアーマーなんてあってもなくても一緒ね」
「身も蓋もねぇな」
「あまり想像したくない結末ですね……」
ミミの表情が引き攣っている。俺も多分同じような表情をしてるだろうな。クリスも顔を青くしているぞ。
とにかく何を持って行けばよいかわからないので、いつもコロニーの街中に降りる時と同じような格好で船から降りることにした。俺は小型情報端末とレーザーガンくらいのものだな。エルマも同じようなもので、ミミはタブレット型端末とかを入れたショルダーバッグ持参で。クリスは手ぶらだな。メッセージアプリとかを使えるように俺のタブレット型端末でも持たせるかね?
クリシュナのエアロックを解除し、タラップから降りる。
「んー、空気が美味い気がする。潮の香りもするな」
「やっぱり地上は解放感があるわね」
「わぁ……」
ミミは空を見上げて目をキラキラさせている。コロニー育ちのミミにとって天井も壁もない風景というのは感慨深いものなんだろう。クリスは頬を撫でる風に目を細めているようだ。両親と過ごしたバカンスの思い出に浸っているのかもしれない。
それぞれ感慨に浸っていると、ロッジの方から何かが飛んできた。なんだあれは。ロボットか何かか? バレーボールほどの大きさの金属製の物体だ。
謎の物体は俺達の目の前で停まり、ピカピカと何度か発光した。スキャンでもしたんだろうか?
「ようこそおいでくださいました、貴方達を歓迎致します。私はシエラⅢの管理AI、ミロです。当惑星に滞在する皆様のお世話をさせていただきます。どうぞ、よしなに」
中に浮かぶ謎の物体がピカピカと光りながら喋った。女性の声にも男性の声にも聞こえる、不思議な声だな。こいつはこの星を管理するAIの端末みたいなものかな?
「よろしく、ミロ。私はエルマよ」
「えっと、私はミミです」
「クリスティーナです」
「俺はヒロだ。この船のキャプテンだな」
「はい。エルマ様、ミミ様、クリスティーナ様、そしてキャプテン・ヒロですね。よろしくお願い致します」
ミロがペコリと頭を下げるかのように上下する。芸が細かいな。
「何かご質問などがございましたらこの場で承ります。なければこのままロッジへとご案内いたしますが、いかが致しましょうか?」
そう言ってミロはピカピカと光を放つのだった。
 




