#069 どうかと思うのです、じゃねぇから!
はい、おはようございますヒロです。昨日はしっかりと戸締まりをして初めて部屋のドアにロックをかけて寝ましたヒロです。朝、扉のアクセスログを調べたら二回くらいアクセス履歴があって内心戦慄しているヒロです。何があった。誰だよ。
内心震えながら食堂に行くとエルマが微妙に不機嫌な様子で、ミミとクリスは悪いことをしたのを隠して怒られるのを怖がっているような様子だった。互いの視線が絡み合い、微妙な沈黙が訪れる。
「……落ち着いて話し合おう。まず、俺はクリスに手を出すつもりはない、というか出せないからな。護衛対象に手を出すなんて護衛役として言語道断だし、そもそも貴族の娘さんに手を出すのは色々とマズすぎる。俺がクリスのお祖父さんの立場なら、孫の弱みにつけ込んで手を出したクソ傭兵をどんな手段を使ってでもぶっ殺すから」
俺の発言にミミとクリスが目を逸らす。
「そしてエルマ、なんとなくそんな予感がしたから昨日はロックかけてただけだから。別にお前を締め出そうとしたわけじゃないから」
「そうね、なら仕方ないわ」
不機嫌そうな様子だったエルマが一転機嫌を直して微笑む。
「とはいえその、なんだ。クリスもいることだし控えたほうが良いかなと思うんだが」
「別に気を遣わなくても良いと思うけど?」
「気まずいだろ……?」
ミミに視線を向けると、ミミは顔を真赤にしつつもふるふると首を横に振った。え? それは気にしないってこと? そういうわけにはいかんだろ。一体どこからそんなにやる気が溢れてくるんだ君達は。
「私だけ仲間はずれというのもどうかと思うのです」
「どうかと思うのです、ではない。無理だから。理由は説明したし理解はできるだろう? というか昨日の今日で思い切りすぎ。状況的に盛り上がるのはわからないでもないが、もっと冷静になれ。吊り橋効果も作用しているんだろうが、そんなことを無理にしなくても俺はクリスをちゃんと守るから。かえってこういうことをされると気軽に付き合えない」
真面目な顔でそう言って聞かせるが、クリスは不満げな表情であった。貴族教育の一環でそういう生々しいことを学んでいるのだろうか? 年の割に躊躇が無さすぎる。純粋だからというのもあるんだろうけど。
「それとも、クリスは自分の感情を優先して結果的に俺とクリスのお祖父さんの間に諍いが起きても良いっていうのか?」
「……いいえ」
「何事にも手順というものがあるだろう? 伯爵として貴族の誇りを持って生きているお祖父さんは、筋が通らないことが嫌いなんじゃないか?」
「……はい。そう思います」
「そうだろうな。帝国の貴族は誇り高い、立派な人物が多いと聞いているし」
内心説得が上手くいったことにほくそ笑みながら俺はクリスに微笑んで見せる。なに? いたいけな少女を言いくるめて罪悪感は無いのかだって? 無いね! クリスのためにも、そして俺の身の安全のためにも必要なことだからな!
「とにかく、そういうわけでな。ミミとエルマはクリスが無茶をしないように気をつけてくれよ。俺も勿論気をつけるが」
「うっ……わ、わかりました」
「わかったわ」
「クリスも、行動には気をつけてくれよ。今はこうして平然としているが、男の理性なんて吹けば飛ぶような脆いものなんだからな」
特に俺のはな。
「むぅ……わかりました」
クリスもなんとか納得してくれたようなので、朝食を食べてからトレーニングルームで身体を動かし、交代でシャワーを浴びて身だしなみを整える。
「いつもこういう生活なのですか?」
「はい、ヒロ様の船ではそうですね」
クリスの質問にミミが答えるが、クリスはなんとも言えない表情をした。
「私、傭兵の船での生活というのはもっとこう……粗野なものだと思っていました」
「船内設備の居住性が高級客船のキャビン並みの船なんてこの船くらいよ」
エルマが微妙に否定的なニュアンスを含んだ声音でクリスの言葉を否定する。別に住環境が良いことはいいことじゃないか。その恩恵に預かって皆美味しいご飯とふかふかで清潔なベッドと快適な入浴ができてるんだから。
「傭兵のロマンより快適なのが一番だ。さぁ、今日は遂にリゾートに出発だぞ。その前に恐らく追手との戦闘もあるんだから気を引き締めろ」
「はいっ!」
「はいはい」
気合を入れるミミと適当に返事をするエルマ。エルマは……うん、エルマがミミみたいにハキハキと気合を入れていたら逆に気味が悪いな。仕事は確実だし、わざわざ注意することでもないだろう。
コックピットに移動して俺はパイロット席に、ミミはオペレーター席に、エルマはサブパイロット席に、クリスにはサブオペレーター席に座ってもらう。これでクリシュナのコックピットの席は全部埋まった形になるな。
「私もコックピットに入って良いのですか?」
「ここが一番安全だからな。慣性制御機能も一番効きの良いところだし」
クリシュナの状態をチェックしながらクリスの質問に答える。念の為低出力でシールドを展開していたのだが、特に攻撃されたようなログは残っていなかった。恐らく俺達がリゾート惑星の予約をしたのを察知して、コロニーで手を出さずにリゾート惑星に向かうところを襲撃しようと考えているのだろう。
ここで手を出すよりは向こうにとってはリスクが小さいだろうからな。流石にコロニー内で襲撃なんぞを仕掛けた日には星系軍にボコボコにされるだろうし、追求の手が伸びればクリスのお祖父さんに事態を知られる前に身の破滅だろう。
「よーし。ミミ、出港申請だ」
「はい、わかりました!」
ミミが手元のコンソールを操作し、港湾管理局に出港申請を行う。程なくして出港の許可が出たので、安全運転で港湾区画を航行する。シールドは最大出力だ。事故を装って突っ込んでくるやつがいるかもしれないので、神経を最大限に尖らせておく。
妙な挙動を取る船は居ないようだ。気にしすぎだっただろうか? いや、警戒するに越したことはないな。小型船程度ならともかく、荷物満載の大型貨物船に最高速度で突っ込まれたりしたら流石に危ないし。
「……ふぅ、緊張しましたね」
「問題はここからよ。どのリゾート惑星に向かうか判りづらいルートを設定するから、ナビに従って移動して」
「あいよ」
エルマが設定したナビに従って船を動かす。うん、このルートなら三つの惑星のうちのどこに行くのか判別はしづらいよな。
「超光速ドライブに入るぞ」
「はい、超光速ドライブチャージ開始します」
ジェネレーター出力を上げると、キィィィィンと耳に響くチャージ音が鳴り始める。
「カウント、5、4、3、2、1……超光速ドライブ起動」
ドォン、という轟音と共にクリシュナは超光速ドライブ状態に移行した。星々の光が点から線になって後方に流れ始める。
「わぁ……小型船のコックピットからだと、超光速ドライブ中は宇宙がこう見えるのですね」
初めて見る宇宙の光景にクリスが感嘆の声を上げる。大型客船の窓から見る光景とは違うものなのかね?
「俺も最近は見慣れてきたけど、最初に見た時は――」
と言いかけたところでコックピット内にアラート音が鳴り響き始めた。つい最近聞いたばかりのアラート音だな。
「早速だなぁ」
「早速ねぇ。少し泳がせてどこの星に行く気なのか見定めるんじゃないかと思ったんだけど」
「叩き潰すから必要ないと思ったんじゃないか?」
コックピットのHUD上には船が亜光速ドライブをインターディクトされているという警告が表示されている。このインターディクト自体はやろうと思えば振り切ることもできなくはないのだが、今回の目的は追手を返り討ちにすることなので、やはり前回と同じく敢えて抵抗しない。
無理矢理インターディクトされて通常空間に放り出されるよりも体勢を立て直しやすいからな。
「ミミ、戦闘準備だ。エルマはサブパーツの制御を任せるぞ。前回と同じく出し惜しみは無しだ」
「わかりましたっ!」
「アイアイサー」
「あ、あのっ、私は?」
クリスが声を上げるが……私はと言われてもな。
「戦闘機動をするから舌を噛まないように気をつけてくれ。慣性制御装置が効くから身体にかかるGはかなり軽減されるけど、それでも激しい戦闘機動を取るとそれなりに負荷がかかるから気をつけてな。あと、怖くてもあまり叫ばないでくれると助かる」
「は、はいっ。がんばります」
クリスが緊張した声で返事をする。あんまりキャーキャー言われると気が散るからな。そう考えると、ミミは最初から静かで助かったな。単に怖くて固まってただけかもしれんが。
ジェネレーター出力を絞って速度を落とし、インターディクトに逆らわずに通常空間に戻る。
ドォン! という轟音と共に後方に流れていた星々の光が点に戻った。それと同時にジェネレーター出力を最大に上げる。
「おおっと! いきなりだな!」
ウェポンシステムを立ち上げながら回避機動を取り始めると、つい今までクリシュナが居た空間を赤い光条が何本も貫いていった。警告なし。殺る気満々である。
「敵機、小型艦十二、中型艦四です!」
「チャフ起動、フレアとシールドセルもいつでも行けるわよ」
「オーケー。じゃあ行くぞっ!」
反転して重レーザー砲を搭載した四本の武器腕と二門の散弾砲を襲撃者へと向ける。
さぁ、反撃開始だ。一隻たりともこの宙域からは逃さんぞ。




