#006 傭兵ギルド
ファンタジー要素はそのうち出てきます、多分_(:3」∠)_
受付に向かうと、そこに居たのは古傷だらけの厳つい男性だった。左腕がいかにもメカニックな感じの義手だ。なんというか、いきなり傭兵ギルドっぽさが出てきたな。
「あん? なんだ?」
「新人よ。こいつ、傭兵ギルドに登録もせずにモグリやってんの」
「はぁ? モグリぃ? たまに話には聞くが、俺も見るのは初めてだな。兄ちゃん、そこに座りな」
「アッハイ」
言われるがままにカウンター席に座る。厳ついおっさんめっちゃ迫力ある。元の世界で出会ったら絶対に関わり合いになりたくない顔だ。確実にヤのつく危ない職業の人にしか見えない。
「モグリってことは船は持ってんだよな? シップネームとID教えろ、ここのハンガーに停めてんだろ?」
「はい」
「ぷふっ、ビビって借りてきた猫みたいになってるの面白いわね」
「うっせ」
口許に手を当ててプークスクスって感じで笑っているエルマを睨みつけるが、全く堪える様子がない。クソッ、仕方ないじゃないか。このおじさんどう見ても怖いよ!
顔の怖い受付のおじさんは俺が伝えたシップネームとIDをタブレットのようなものに入力し、暫く操作をする。
「なんだぁ? どこの船だ、こいつは。見たことがねぇな」
「あー、出処はちょっと。盗難船じゃないことは保証するけど」
「いや、そりゃわかるがよ……まぁ、過去のことを詮索するのはマナー違反だな。四日前に宙賊を三匹ほど狩ってるみたいだが、それだけか? というか、おめーの寄港記録がどこにもねぇんだが」
「ハイパードライブ中の事故か何かでこのコロニーの近くに飛ばされて来たみたいで、実のところその影響で記憶も定かじゃないし、この辺りがどこなのかもわからないんですわ、これが」
「マジかよ? あー……まぁ、問題ねぇだろう。賞金もついてねぇし。ああ、別に言葉遣いに気をつけなくても良いぜ。そんな話し方してたら他の連中に舐められるぞ」
「お、おう」
こんな厳つい顔のおっさんにタメ口を聞くのは勇気が要るんですけど……。
「そうよ、傭兵なんて舐められたら終わりなんだから気をつけなさい? それにしても、相変わらずゆるいわねー」
「嬢ちゃんも知ってるだろ。傭兵の過去の詮索は無用だ。今賞金がかかってなくて、船を持ってるなら問題ねぇ」
二人の会話を聞いていて疑問が浮かんだ。なので、早速質問をぶつけてみることにする。
「あー、その。船って安いもんじゃないだろ? その条件だと今日から傭兵になろう! と思ってすぐに傭兵になれるような奴ってそういないんじゃ? どうやって会員数を確保してるんだ?」
俺の疑問は当然だと思う。この世界の物価は概ね調べてみたが、まともな武装を積むことのできる船を買うためには最低でも五〇万エネルくらいの金が必要になる。日本円に直すと五〇〇〇万円くらいだ。この世界の人々の平均年収などは調べてはいないのだが、物凄い大金であるのは間違いない筈である。
「退役軍人の第二の人生ってのが多いな。あいつらは高給取りだし、腕も良い。戦いを求めて傭兵という第二の人生を選ぶやつも多いぜ。あとは金持ちの道楽ってパターンもある」
「他には傭兵の養成学校ってのがあるのよね?」
「おう、この辺りの星系にはねぇけどな」
「意外と狭き門なんじゃないのか?」
「まぁな。それでもこの銀河は広いからな。需要を満たすだけの数は揃えられるってわけだ」
つまり、母数が多いからそれなりの数が揃うってことか。それともそんなに傭兵の仕事なんて無いってことなのだろうか? うーん、わからん。わからんがそういうものなのだと納得しておこう。
「登録の準備は出来た。後はテストだな」
「テスト?」
「おう。お前がどの程度の腕前かわからなかったらどんな仕事を回したら良いのかわかんねぇだろうがよ?」
「そいつはご尤も。だが、どうやって?」
「訓練用のシミュレーターがある。そいつでやってもらうぞ」
「OK」
受付のおっさんが事務所の奥に声をかけ、席から立って俺とエルマを別室に誘導する。なんでエルマもついてくるのだろうか? 俺の視線に気付いたのか、エルマがニヤニヤと笑った。
「私が連れてきた新人の腕がどんなものか見るくらいの権利が私にはあると思うわ?」
「さいですか」
まぁ、エルマのおかげでスムーズに傭兵ギルドで登録が進んでいるわけだし、別に腕を見られることに否やはない。寧ろ、どの程度のものなのか傭兵歴五年のベテランに見てもらえるのは好都合だろう。評価を聞ければ自分がどのくらいの腕なのかということをより具体的に知ることができるはずだ。
「ここだ」
シミュレーターの設置されている部屋は思ったよりも大きかった。室内には軽トラック大のシミュレーターと思しき筐体がいくつも並んでいる。というか、まるでこれは船のコックピットだけ切り出してきたような感じだな。
「自分の船のコックピットに近いものを選んで乗り込みな」
「あいよ」
船のコックピットというのはやはりそのメーカーによってかなりデザインが違う。操作系が違うと言っても良い。なので、殆どの船はコックピットブロックに互換性があったりする。つまり、コックピットブロックだけを切り離して他の船につけられるようになっているのだ。
この機能はステラオンラインにもあったので、俺にも馴染みが深い。
「これだな」
「ほう、軍用のハイエンド品じゃないか。よし、じゃあ用意してくるから準備を済ませておけ」
俺の選んだコックピットブロックを見て少し感心したような声を上げておっさんがどこかに行く。きっとシミュレーターをオペレートするための装置がどこかにあるんだろう。エルマもいつの間にか見当たらなくなっていた。どこかでモニタリングでもするのかね。
☆★☆
『では評価試験を始める』
「了解。試験用の機体のデータはどうなってるんだ?」
『お前の機体のデータをそのまま持ってきてある。実機とほぼ同じように使えるはずだが……おいおい、なんだよこりゃ』
「何か?」
『何かって、この機体データは……お前、使えるのか?』
「クリシュナのデータなら大丈夫だと思うが」
何か変なのだろうか? まぁ、この世界でクリシュナがどういう評価をされる機体なのかわからんのだよな、実際のところ。ステラオンライン基準で考えると相当強い機体に仕上がっている筈なんだが。
『まぁ、いい。お前の機体をお前が操ってどの程度の腕なのかを評価する試験だからな。テストの内容は単純なものだ。敵性機体を全て排除しろ。お前以外の船は全て敵だ。最初は少ないが、敵は波状攻撃を仕掛けてくる。どんどん質が上がって量も増えるぞ』
「了解」
『ではテストを始める。機体を起動しろ』
コックピット内が暗くなり、最低限の明かりだけが灯った状態になる。未起動状態からの操作を全て追うわけか。
俺は慣れた手付きでメインジェネレーターを起動し、即座にジェネレーター出力を戦闘モードまで引き上げる。それに応えるかのようにクリシュナを模した機体のシミュレーターが起動し、周囲に宇宙空間が広がった。実にリアルな光景だ。シミュレーターといっても滅茶苦茶リアルだな。
『所属不明艦出現、武装オンライン』
俺も武装をオンラインにしてレーダーに感のあった方向に素早く機体を向ける。そして一気に加速。シートに強く身体を押し付けられる感覚が襲いかかってくる。
「うおっ、ちゃんと加速時のGも再現されるのか」
どんなトンデモ技術を使っているのだろうか? まぁ、この世界がステラオンラインと同じそれなのであれば重力発生装置とかも実在するはずだし、その辺りの技術が使われているのだろう。
目標と思しき標的はノロノロと航行しながらこちらに向かって機首を向けようと旋回をしているようだ。俺はその横っ腹に食いついた。
船体から展開された四本の武装腕がその照準をピタリと敵機へと向ける。スティックのトリガーを引き絞ると、四本の光条が標的へと殺到し、一撃でその船体を貫いた。一拍置いて標的の船が爆発四散する。
「脆いなぁ」
動きも遅かったし、見た感じカーゴ容量の大きい小型輸送船タイプの船だった。こんなものか。
その後も次々と敵船が現れるが、どれも弱い。遅い。脆い。こんなのは的当てと変わらない。これじゃあ俺の実力を見ることなんて出来ないと思うんだが。
『あー、新規入会者用の評価プログラムだと話にならんな』
「機体の性能差が酷すぎるんじゃないか」
『それもそうなんだが……ちょっと別の評価プログラムに変えるぞ』
「了解」
次の評価プログラムも試してみた。確かにさっきよりはマシだが、まだ遅い。弱い。四日前に爆発四散させた宙賊とそんなに変わらないな。
「弱すぎて歯ごたえが無さすぎるんだが」
『いや、お前な……これ、ベテラン用の訓練プログラムなんだが』
「ははは、ご冗談を。もっと難しいのがあるだろう?」
『あるけどよ……これは流石に無理だと思うぞ』
今度はなかなか歯ごたえがあった。最初から一〇機以上の宙賊船が一斉に襲いかかってくる上に、武装の威力も高い。しかし高威力の実弾武器と爆発兵器に注意すればなんてことはないな。肝心のレーザー砲の威力が弱くてシールドがびくともしないからそんなに怖くない。最後に出てきた軽巡洋艦級はなかなか歯応えがあったな。死角に突っ込んだら後はずっと俺のターンだったが。
「ちょっと歯応えがあったな」
『うっそだろお前』
おっさんが呆れたような声を上げている。もしかして、今のが最高難易度だったのだろうか?
『あー、その。なんだ。試験は終了だ』
「了解」
思ったより簡単だったな。一体どういう評価を下されるのか……まぁ、おっさんの反応からすれば悪いということはないだろう。
手早くジェネレーター出力をカットし、シミュレーターを停止してコックピットの外に出る。シミュレータールームの出口に行くと、なんとも言えない表情をした受付のおっさんとエルマが待っていた。腑に落ちないとでも言いたげな表情である。
「試験の結果は?」
「あー、カウンターに戻ってから話す」
なんだか奥歯に物が挟まったような物言いだな。別に結果くらいここでパッと言えばいいだろうに。エルマもなんだか知らんが俺の顔をジロジロと見てくるし。一体全体何だというのだろうか?
内心首を傾げながら二人の後をついて行き、元のロビーに戻ってきた。
「えー、まずは試験の結果なんだが」
「ああ」
「合格だ」
「それは良かったが、なんでそんなに微妙な表情なんだ」
「傭兵にはな、ランク制度がある」
「ほう?」
よく異世界ものの小説とかで見る冒険者ランク的なやつだろうか? いきなりAランクとかSランクになっちゃうのか? 俺。
「コンバットランクというものなんだが、その傭兵の戦闘能力を端的に表すものだな。アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナの五つのランクがある。アイアンが一番下で、プラチナが一番上だな」
「なるほど、それで?」
「お前がさっき最後にやった試験な、ゴールド昇格用のヤツなんだわ」
「なるほど?」
「でもな、いくらゴールド昇格用の試験とはいえ、いきなりお前をゴールドにすることはできん」
「わかる」
いきなり上から二番目のランクになるとかやりがいも無いしな。このランク制度というのはステラオンラインには存在しない要素だったから、ランクを上げる楽しみは取っておきたいところだ。
「実績がないとな。わかるだろ?」
「わかる」
「だからな、とりあえずお前はブロンズだ。暫定的に。さっきやったシミュレーターのデータを上に上げて、その後でランクが確定すると思ってくれ」
「いきなりゴールドはやめてくれよ。ランクを上げる楽しみがなくなるから」
「そ、そうか」
なんか引かれてる気がする。エルマはなんか不機嫌そうな顔で刺々しい視線を俺の頬に突き刺し続けてるし。なんですか、やめてくださいよ。僕はいたいけな新人ですよ? もっと優しくして。
「とりあえずランクは仮だが、正式に傭兵として登録はしたからな。これからは傭兵ギルドが後ろ盾になると同時に、お前は傭兵ギルドの看板を背負うことになる。努々それを忘れることのないように」
「会員の規約とかそういうの説明無いんですかね」
「めんどくせぇから自分で読んどけ。メッセージで送っとくから」
「雑だなおい」
今すぐ必要なものじゃないだろうし、いいけども。今晩にでもゆっくり読んでおこう。
「それで、偉大なるエルマ先輩は何故そんなに機嫌が悪いので?」
「シルバー」
「え?」
「私、五年でシルバーなんだけど」
「あ、ええと?」
おっさんに視線を向けると、おっさんは俺から視線を逸らしながらこう言った。
「多分お前、シルバーになるぞ」
「あっ……ふーん」
「がるる……」
「俺のランクが何になってもエルマ先輩は先輩ですから! ほら、俺エルマ先輩が居なかったら今でもモグリだったし! 今も右も左もわからないし! 食料品店の場所もわからないクソ雑魚ナメクジだし! エルマ先輩頼りにしてますよほんと!」
「そ、そう? ならいいのよ。ほら、今度こそ食料品店に行くわよ。この『先輩』が貴方に教えてあげるわ」
残念宇宙エルフは俺のあからさまな褒め殺しで機嫌を直してくれた。なんてちょろいんだ。
「すごいなー、あこがれちゃうなー」
「このコロニーのマップなら……」
「俺達はこれで!」
受付のおっさんが何か言おうとするのを視線で止めてこの場を後にする。やめろよおっさん。また機嫌を損ねられたら面倒だろう。あれ? いや、マップがもらえるなら問題ないのか?
深く考えるのはやめよう、うん。