#065 プランと装備点検
ミミのタブレットを借りてリゾート星系のパンフレットを眺めていると、艦内の案内が終わったのかミミとクリスが食堂に戻ってきた。
「おかえり。ちょっとパンフレットを見させてもらってた」
「あ、はい……でも、こんな状況じゃバカンスどころじゃないですよね」
「いや、そうでもないかもしれないぞ」
残念そうに表情を沈ませるが俺はそれを否定するように笑みを浮かべた。
「そうなんですか?」
「今の時点でははっきりとは言えないけどな。エルマが戻ってきたら皆で相談するとしよう」
「わかりました! ところで、クリスちゃんと話してたんですけどクリスちゃんのお祖父さんの迎えを待つんじゃなく、こちらから向こうに向かうのはダメなんですか?」
ミミがそう言って首を傾げ、クリスが俺の顔をじっと見つめてきた。
「うん、それは俺も考えなかったわけじゃないんだけど、多分無理筋だろうと思って却下したんだ。検証したわけじゃないから、実際に検証してみるとしようか」
そう言って俺はタブレットをミミに返した。
「銀河地図を開いてみてくれ。確かデクサー星系だったよな?」
「はい、デクサー星系です」
「ブルーノが言ってただろう、ハイパースペース通信とゲートウェイを使っても五日かかるって。クリスにも思い出して欲しいんだが、このシエラ星系に来る時にゲートウェイを通ったんじゃないか?」
「……あっ」
「どういうことですか?」
「なに、ギャラクシーマップを見ればわかるさ。ミミ、シエラ星系からデクサー星系までの最短ルートを検索してみろ」
「……? わかりました、やってみます」
ミミが首を傾げながらタブレットを操作し、最短ルートを検索する。そうすると、ミミの表情が驚きに見開かれた。
「あ、あの、ヒロ様。なんか往路で四十二日って出るんですけど」
「おお、思ったよりも遠いな」
「どうしてこんなに遠いんでしょうか? 通信は片道五日で、向こうからの迎えはおよそ二週間後
なんですよね?」
「そりゃあミミ、ゲートウェイを使えるかどうかの問題だよ」
「……あっ!」
俺の言葉にミミがポンと手を叩いた。そう、ゲートウェイを使えるかどうかが問題なのである。
ゲートウェイを使って移動するには帝国の許可がいる。帝国軍の艦船や貴族の乗る船、或いは許可を得た旅行会社などの定期便や観光用の高級客船ならともかく、俺のような傭兵が軽々しく使うことができるものではないのだ。
クリスがいればワンチャン許可が降りる可能性もあるが、そのような申請を出したらたちまちクリスの叔父であるバルタザールとやらに察知されることだろう。ゲートウェイまでのルートには十重二十重に罠も張り巡らされるに違いない。突破することが絶対にできないとは言わないが、なかなかにリスキーな選択肢だろう。
向こうの出方によってはそんな手を取らざるを得なくなる可能性もあるが、それならまだ時間をかけてでもハイパーレーンを使って地道にデクサー星系に向かったほうが安全かもしれない。ハイパーレーンは網の目のように広がっており、デクサー星系に到達するルートも決して一つではない。
クリスの叔父であるバルタザール・ダレインワルドの勝利条件はクリスの両親の死が彼の策略であることをクリスの祖父であるアブラハム・ダレインワルド伯爵に知らる前ににクリスを仕留めることだ。
実のところ、これは結構難易度が高い。もしクリスを仕留めたとしても、現伯爵であるアブラハム・ダレインワルドに彼の策略が知られた時点で彼は身の破滅である。
彼はかなり焦っているはずだ。何が何でもクリスを仕留めたい筈だし、絶対にクリスの報告をアブラハムに届けさせたくないだろう。となると、やっぱり悠長に構えているのは危ないか。追い詰められた彼はそれこそなりふり構わず手を打ってくる危険性が高い。
「よし、ミミ」
「はい! なんですか?」
「リゾート惑星の利用予約を取ってくれ。確かこの星にリゾート惑星は三つあったよな?」
「はい、そうですね。どれにしますか? というか、エルマさんに相談しなくて良いんですか?」
「いろいろ考えた結果、今は一刻も早く手を打ったほうが良いと思ってな。とりあえず、全部だ」
「……えっ?」
ミミが惚けた顔をする。
「全ての惑星で利用申請してくれ。複数の旅行会社で、滞在場所も全部バラバラにするんだぞ。多ければ多いほど良い」
「え、えぇ……ものすごくお金がかかりますよ? どうしてそんなにいっぱい予約を取るんですか?」
「撹乱できるかと思ってな。俺のプランはこうだ。リゾート惑星に複数の予約を入れて、潜伏先を複数用意する。そしてわざと目立つようにリゾート惑星に向かって、敵にわざと攻撃される。宇宙空間で、クリシュナに乗っている状態ならそうそう負けはしない。追手を全部片付けて、悠々と潜伏先のリゾート惑星に移動する。敵は潜伏先を一個一個虱潰しにしていかなきゃならないから、時間を稼げる。その間に、エルマの伝手で伯爵に情報を届けてもらうってわけだ」
どうだ? と俺は両手を広げて見せる。ミミとクリスは俺のプランを聞いて二人とも首を傾げて考え込んだ。同じ仕草が揃っていて妙に可愛い。
「追手をちゃんと撃退できれば良さそうに思えますね」
「でも、資金面は大丈夫なんですか?」
「1700万エネルあるから資金面は問題ない」
「……えっ?」
俺の言葉を聞いてクリスが絶句した。いくら貴族の子女と言ってもポンと1700万エネルなんて金額を提示されるとびっくりするらしい。
「リゾート星系の滞在費は一週間で一人あたり一万エネルから三万エネルみたいだし。複数用意したとしても十分足りると思う。かかった経費はクリスの護衛料と合わせてダレインワルド伯爵に請求するつもりだ」
まぁ、滞在費に関しては上を見ればキリがない感じだったけどな。
「複数用意しなくても、一つで良いんじゃないですか? 追手を倒してしまえば私達がどのリゾート星系に滞在しているのかを追うのは難しいですよね?」
「普通ならな。でも、相手がなりふり構わず何でもしてくるってんならどうだろうな。イリーガルな手段で俺達の滞在先を旅行会社から入手するかもしれない。そのためにもやっぱり滞在先は複数用意してデコイをたくさん作ったほうが良いと思う」
「そうでしょうか? ハイパーレーンでの移動中は相手も手出しすることができませんし、むしろハイパードライブを何度も使ってハイパーレーン内にずっと居るほうが安全じゃないですか?」
ミミが首を傾げてそう言う。ハイパーレーン内に潜伏という手は確かにアリだな。その発想は無かった。俺の認識はどうしてもステラオンラインの知識に引っ張られるんだよな。
ステラオンラインでは一瞬で終わっていたハイパードライブを使っての移動も、この世界では普通に十数時間、場合によっては数十時間かかる。超光速ドライブでの移動と違って、ハイパードライブでの移動がインターディクトされることはない。時間稼ぎにはもってこいといえばもってこいではある。
「確かにその手は安全だけど、補給の問題があるな。アレイン星系で補給してからシエラ星系に来るまでクリシュナは無補給で来ただろ?」
流石にこんな自体は想定していなかったし、とっととシエラ星系でバカンスを楽しみたかったので途中でステーションやコロニーに寄ることなくアレイン星系から直行してきたからな。
「むぅ……確かに、今の備蓄で二週間以上は厳しいですね。じゃあ、物資を補給してからでは?」
「このコロニーでの物資の補給自体がリスキーなんだよな。でも、隣の星系にでも行って、そこで補給するって手もあるにはある。あと、ハイパードライブを使っての移動中に襲撃されることはないけど、ハイパードライブ終了時に待ち伏せされる可能性はある。それこそ、この星系に来たときみたいにな」
「うっ、確かにそれはそうですね」
このシエラ星系に来て早々に宙賊どもにインターディクトされたことを思い出したのか、ミミが顔をしかめた。それでクリスに出会えたのは良かったのかどうなのか……まぁ、出会えなかったらクリスは酷い目に遭っていた可能性が高かったし、良いことだったんだろうな。
「むむ……お二人の会話に入っていけません」
クリスはそんなことを言いながら悔しそうな顔をしている。まぁ、クリシュナに乗って暫く経っているミミと違って、クリスは今まで傭兵稼業なんかとは全く無縁のお嬢様だったわけだからな。こういう会話に参加するのは無理だろう。
「詳しいところはエルマが帰ってきてから詰めた方が良いだろう。しかしアレだな、生身での白兵戦が起こる可能性も考えないとダメだな。俺はちょっと装備の確認と点検をしてくるぞ」
「私もお手伝いします!」
「え、ええと、私もお手伝い致します!」
二人が揃って手を挙げる。いや、扱いを間違えると危ないものも多いし遠慮してもらいたいんだが……でも、そのうちミミも使うことになるかもしれないし、遠ざけておくのもちょっと違うか。少しずつ慣らしていかないとな。
「ミミはともかく、クリスもか?」
「私もいざというときには戦いますから!」
クリスが拳を握りしめ、グッと気合を入れている。いや、そんな状況に陥らせるようじゃ俺達は護衛失格なんだが……まぁ、扱いの簡単なものくらいは教えておくか。何がどこで役に立つかわからないしな。
二人を引き連れてカーゴルームへと向かう。クリシュナのカーゴルームは文字通り貨物室なわけだが、ここは武器庫も兼ねている。俺がアレイン星系のバイオテロ騒動の時に使ったパワーアーマーやレーザーランチャーのような武器を始めとして、その時にエルマが警備用に持ち出したレーザーライフルやその他白兵戦用の武器なども保管してあるのだ。
「わぁ、なんだかすごいですね。これは全て武器なのですか?」
「まぁ、概ねそうだな。それだけでもないけど。危ないものが結構多いから、勝手に触っちゃダメだぞ」
「はい」
クリスが素直に頷くのを見てから装備のチェックを始める。パワーアーマーやレーザーランチャーはとりあえず飛ばすとして、まずはレーザーライフルだな。これはレーザーガンよりも強力な火力を持つ武器で、連射性能、出力、射程、全てにおいてこちらの方が上だ。倍率が自在に変更でき、暗視モードや赤外線センサーモードなども使うことができるマルチスコープも搭載しており、遠距離狙撃もできる。
レーザーガンに比べるとどうしても嵩張るから、これを街中で持ち歩くことはまず無いな。コロニーによってはコロニー内での携行を禁止としているところも多い。そうでなくとも、こんなものを持ち歩いていたら官憲にスタァァァップされて職質不可避である。明らかに自己防衛用と言い張るには過剰な代物だからな。
次にチェックしたのはボール型の物体だ。別に小型エイリアンに投げつけてゲットしたりするものではなく、これは一種のグレネードのようなものである。スタングレネード……というと音と光で視覚と平衡感覚を奪うアレになっちゃうな。ショックグレネードとでも言おうか。スイッチを押して投げると、このボールを中心として半径5mほどの範囲に強力な電撃をお見舞いすることができる武器だ。
宇宙船内やコロニー内で爆発を起こしたりすると大変危険なことになるからな。外殻に穴が空いて全員お陀仏とか洒落にならないだろう? そういうわけで、ステラオンラインでは他のゲームにおけるフラググレネードと同じような扱いでこのショックグレネードが主に使われているという説明が為されていた。この世界でも同じかどうかはわからないけど。
二人にレーザーライフルとショックグレネードの使い方を簡単に教えておく。流石に船の中で試射などをさせる訳にはいかないから、セーフティをかけた状態で構えさせてみたり、ダミーのグレネードを投げさせてみたりしただけだけど。
あとは武器じゃないけど救急ナノマシンユニットの使い方も教えておいた。
これはガンタイプの注射器で、負傷者に押し付けてトリガーを引くことによって激痛を大幅に緩和し、重大な負傷の応急処置をすることができる。
所詮は応急処置なので無理をすると命に関わるわけだが、即死さえしなければとりあえず命を取り留めるくらいのことはできる。使い方は知っていても損はない。こんなものを使う機会は無いに越したことはないけど、万が一ということもあるからな。
「とりあえず、救急ナノマシンユニットとショックグレネードだけでも使えるようになっておくと良いな。これで援護してくれるだけでも助かるし」
「わかりました。頑張って投げる練習をしておきます」
「私も練習しておきますね」
「障害物の後ろにいる相手に的確に当てられるようになると、とても強いぞ。扱いも簡単だし、下手にレーザーガンとかレーザーライフルを使おうとするよりも二人に合ってるかもしれないな」
近寄られると使えなくなるが、二人の場合はショックグレネードを使えなくなるような距離まで詰められた時点で負けだろうしな。
「保管場所を覚えておいて、いざという時は持ち出せるようにしておくように。でも、自分の部屋とかに持っていっちゃダメだぞ。危ないから」
「はい」
「わかりました」
素直に頷く二人。二人とも悪戯をするような性格ではなさそうだから、あまり心配はいらないだろうけど、一応な。
そうやって装備のチェックをしていると、小型情報端末から通知音が鳴った。ミミのタブレットからも音が鳴っているから、恐らくエルマからのメッセージだろう。ジャケットのポケットから小型情報端末を取り出し、メッセージを確認してみる。
『早速尾けられてるわ』
動きが早いな。もう俺達を特定したのか。まぁ、港湾管理局に監視を置いてたなら当然と言えば当然かもしれない。
『どうする? 迎えに行くか?』
『大丈夫よ、流石に向こうも人通りの多い道で仕掛けてくるのは無理だと思うから。でも、思ったより向こうの動きが早いわ。あまり猶予は無さそうね』
『物資の補給も危ないか?』
『リスクが高いわね。とにかく、急いでそっちに戻るわ。仕掛けられたら面倒だし』
『わかった。気をつけて、急いで戻れ。位置情報をオンにして、いつでもSOSを送れるようにしておけ』
『了解』
メッセージのやり取りが終わる。
さぁて、本当に思ったより動きが早いな。これは早めに手を打ったほうが良さそうだ。




