#064 傭兵ギルドランク
ぽんぽんぺいん……でも明日には、明日にはAmazonで注文したものが届くから……楽しみ……_(:3」∠)_(ラルドとかいう悪魔の食物
「クリスティーナと申します。どうかクリス、とお呼びください」
「私はミミです! クリスちゃん、よろしくね!」
「エルマよ。よろしくね、クリス」
俺がクリスを連れてクリシュナに戻ると、船で待機していたミミだけでなく傭兵ギルドに行っていたエルマも戻ってきていた。
食堂で初顔合わせとなったわけだが、ミミは同年代のクリスが船に来たのが嬉しいようで、輝くような笑顔を見せている。俺もエルマも同年代とは言い難いものな。エルマに至っては同年代どころか一世代上と言っても良い。年齢的には。
「……何よ?」
「なんでも」
俺の不穏な思考が伝わりでもしたのか、エルマが剣呑な視線を向けてくる。その耳は色々な意味で感度が良いだけでなく、他人からの邪な思念も受信するようにでもできているのかね? 怖いわ。
「あの……お二人は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ。二人ともとっても仲良しですから。今はヒロ様がゴールドランクに昇級したことにエルマさんがちょっとモヤモヤしているだけです」
俺とエルマが微妙な雰囲気になっているのを見たクリスが心配し、ミミがその心配を払拭するかのように朗らかに笑う。
「……別にモヤモヤなんてしてないし」
そう言うエルマは俺から顔を逸らしてわずかに頬を膨らませていた。つつきたい、そのほっぺ。やったら指をへし折られそうだから自重するけど。
「その、ゴールドランクというのは……?」
クリスが首を傾げた。なるほど、貴族のお嬢様が傭兵のランクについてなんて知るわけもないか。じゃあ傭兵ギルドのランク制度について説明しよ……してもらおう。
クリスの言葉を聞いてエルマが物凄い速度で彼女に向き直ったので俺はおとなしくしておくことにする。
「傭兵ギルドのランクは五階級に分かれているわ。アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、そしてプラチナランクの五つね」
エルマの細い指が一本ずつ立てられて行き、最終的に手を開いた状態になる。
「アイアンランクは成り立てのペーペーよ。実戦の経験数も少ないし、正直アイアンランクの時点だと船も大した性能のものは持てていないはずだから、まぁ商船の護衛の数合わせとか、ちょっとした輸送任務をすることが多いわね。まずは色々なタイプのステーションに出入りして、宇宙を飛び回る経験を貯めるって段階よ」
「なるほど……」
クリスはエルマの説明を熱心な様子で聴き始める。
ちなみに、クリスの事情についてはまだ説明していない話すタイミングがね? まぁ、エルマの傭兵ランク講座が終わってからで良いだろう。俺は熱心に聞き入るクリスを食堂の席に着かせて軽食を用意し始める。クリスのお腹の調子がどんなものかわからないので、消化の良いものにしたほうが良いだろう。
うーん、カスタードプリンが良いか。我が家の高性能自動調理器テツジン・フィフスはデザートの味も絶品だからな。紅茶とカスタードプリンを人数分オーダーしながら俺もエルマの傭兵ランク講座に耳を傾ける。
「ブロンズランクになってようやく駆け出し扱いね。ブロンズランクに上がる頃には船も戦闘に耐えられるものにグレードアップしていることが多いし、ある程度まともな戦力として数えられるようになってくるわ。とは言っても単機で複数機の宙賊を相手にするのは厳しいから、普通は数人で固定の船団を組むか、討伐に行く際に臨時の船団を組むことが多いわね」
「ヒロ様はブロンズランクの頃から単機で宙賊を沢山倒してましたよね?」
「そいつはランク詐欺だから」
ジトリとした視線を向けてくるエルマに肩を竦めてみせる。ランク詐欺とか言われてもなぁ。クリシュナの性能のおかげとしか言いようがない。今の所シールドを抜かれてすらいないしな。まぁ、シールドを抜かれるような立ち回りはそもそもすべきではないのだから当たり前なのだが。
「で、シルバーランクね。シルバーランクは層の厚いランクよ。ブロンズランクで経験を積み、一人前と認められた傭兵がシルバーランクに昇級することができるわ。ただ、成り立てのシルバーランクとベテランのシルバーランクの間には大きな力の差があるわ。経験もそうだし、長く傭兵を続けている人ほど強力な船、強力な装備を手にしている事が多いから。シルバーランクを更に分けるべきじゃないか、もしくはシルバーランクへの昇級条件をもっと厳しくしたほうが良いんじゃないか、なんて意見もあるわね」
「エルマさんもシルバーランクでしたよね」
「そうよ、シルバーランクのベテランよ」
ふふん、とエルマが誇らしげに胸を張る。
「今は自分の船を失って俺の船のクルーだけどな」
「……そういうこともあるわよ。死んでないんだからなんとでもなるわ」
エルマがそっと目を逸らす。まぁそうね。
「それで、ゴールドランクというのは?」
クリスが話の先を促すと、エルマは気を取り直して説明を続けた。
「ゴールドランクの傭兵はベテランを超えた存在よ。シルバーランクで経験を積み、多くの宙賊を撃破し、多額の賞金を稼ぎ、シミュレーターを使った厳しい昇格テストをクリアしたごく一部の、一流の傭兵に与えられるランクよ。ゴールドランクに昇級できる傭兵は数いる傭兵中でもほんの一握り、傭兵全体の5%にも満たないわ」
「ほう、5%。俺もなかなかのものだな」
でも全体の5%って言っても、傭兵が全部で何人いるかで凄さが全然違う気がするよな。
「……ええ、なかなかのものよ。ゴールドランクは言わば傭兵ギルドからのお墨付きを貰った一流の傭兵、凄腕の傭兵ということよ。傭兵という職業の社会的地位は決して低くはないけれど、ゴールドランクとなると貴族や軍人、役人も一目置く存在と言えるわね。一般的には三十隻以上の規模を誇る大規模宙賊団を単機で殲滅できる装備と腕を持っているという評価になるわ」
「それくらい余裕のぷーですわ」
「ヒロ様なら五十隻以上でも行けるんじゃないですか?」
「まともに真正面からやるんじゃなければいけないことはないな」
いくらクリシュナのシールドが分厚いとは言っても、限度というものがある。五十隻からタコ殴りにされると流石に危ういから、的を絞らせないように敵を引き伸ばしつつ中型艦を潰して、小型艦を削っていくって感じになるだろう。
「最後にプラチナランクね。今は十三人いるらしいわ。ゴールドランクの傭兵の中で、際立った活躍をした傭兵が昇級すると言われているわ。ゴールドランクもそうだけど、プラチナランクも昇級条件とかは特に公開されていないわね。ただ、どんな戦場に投入しても大戦果を上げて無事に戻ってくるような傭兵がプラチナランクと言われているわよ」
「ヒロ様もそのうちなりそうですね?」
「そのうちな、そのうち」
「プラチナランク傭兵ともなると、その発言力は非常に大きなものとなるわ。嘘か本当かはわからないけれど、過去に権力に物を言わせてプラチナランクの傭兵を好きにしようとした貴族がいて、逆に潰されたなんて話もあるわね」
「嘘くせぇ」
いくら傭兵ギルドの最高ランクの傭兵とは言え、そこまでの権力を持つことができるものだろうか? 想像もつかないな。
「あんたね……まぁいいわ、とにかくあんたは今日からゴールドランクって事になったのよ。おめでとう」
「街を焼き払うくらい怒り狂ってたんじゃないのか?」
「別に怒ってないわよ! 悔しいだけよ!」
「やだなぁ、仮に俺の方がランクが高くなってもエルマが俺の先輩であることには違いはないじゃないか。なぁ、セ・ン・パ・イ?」
「煽ってるの? 煽ってるのね? いい度胸だわ」
「があぁぁぁぁっ!?」
蛇のように伸びてきたエルマの腕が俺の腕を絡め取り、一瞬でアームロックを極めてくる。速過ぎる……全く抵抗できなかった。
「エルマさん、それ以上は……」
「な、なかよし? なんですね?」
ミミがエルマを宥めにかかり、クリスが苦笑いを漏らす。助けて。
「チッ! 調子に乗るんじゃないわよ! あんたは操艦技術もパワーアーマーでの戦闘も大したものだけど、生身での戦闘能力はそんなに高くないんだからね!」
「肝に銘じておきまする……ところで、話している間にちょっとしたスイーツなどを用意したのでご賞味いただけませんか、エルマ様」
「苦しゅうないわ。用意なさい」
「ははぁ」
ふふ、今はそうやって良い気分になっているが良い。今夜にでも逆に泣かせてやるからなぁ……と仄暗い復讐心を心に秘めつつテツジンに用意させていたカスタードプリン(のようなもの)と紅茶を用意して食卓に並べる。
「食事には少し早いからおやつタイムってところだな。食べながらクリスの事情も話すとしようか」
「はい」
「事情?」
「???」
俺の発言にエルマは訝しげな表情を、ミミは頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げた。うん、実は特大級の面倒事なんだ。覚悟をして聞いて欲しい。
☆★☆
「うっ、うぐぅぅぅクリスちゃぁぁん」
「んーっ!?」
クリスの身の上話を聞いたミミが泣きながらクリスの身体を抱きしめる。抱きしめるのは良いんだが、その大きなお胸に圧迫されてそのクリスちゃんが苦しそうなので許してやってほしい。
「超特大の厄介事じゃない……」
「ああぁぁぁぁクリスちゃぁぁぁん」
エルマが溜息を吐きながらクリスを救出し、クリスを奪われたミミがエルマに顔をぐいぐいと押されて泣きながら情けない声を上げている。
「で、最短で二週間? この子を預かるわけね」
「そうなるな。守るわけだな」
「絶対に巻き込まれるわよね?」
「そうならない理由が見当たらないな」
俺がクリスの叔父なら何が何でもクリスを始末するし、そのためには金も労力も糸目をつけずに注ぎ込むだろう。既にクリスの父母を手にかけているのだ。そこまでやったのだから、やりきらなければ身の破滅である。
「実はな、エルマに頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
エルマに頷き、クリスに視線を向けた。
「クリス、ホロ動画を記録した記憶媒体があったよな?」
「はい、これですね」
クリスが上着のポケットから薄い水晶板のようなものを取り出す。これが記憶媒体なのか。綺麗だな。
「これってコピー取れるか?」
「え? えぇ、複製はできると思うけど?」
「複数のルートを使ってクリスのお祖父様に届けたいんだ。港湾管理局からクリスのお祖父さんである伯爵にメッセージを送ってくれるって話だったが、途中で叔父にキャッチされて握りつぶされる可能性がある」
「なるほどね。それは絶対にないとは言い切れないわね。わかったわ、それをコピーして考えうる限りの全ての方法でダレインワルド伯爵に届ければ良いのね」
「ああ、そうだ。経費は俺につけて良いぞ。出し惜しみは無しだ」
「相変わらず甘いわね?」
「そうでもないさ。伯爵様とその孫に恩を売れるし、守りきれば報酬だって期待できるだろ?」
「はいはい、そういうことにしとくわよ」
そう言ってエルマは笑った。お見通しってか? ですよね。でもそういう性分なんだから仕方ないね。こんな可愛い子を見捨てるなんて俺にはできないからね。
「で、伝手はあるのか?」
「ええ、いくつかね。ただし、時間はかかるわよ」
「それは仕方ないな。どれか一つでも届けば俺達の勝ちだ」
「初手としてはまぁ、ベターよね。ベストかどうかはわからないけど」
「まずは、な。その手が通じそうにないなら他の手を考えよう」
一番簡単なのは追手を全部撃破することなんだけどな。できればクリスを狙っている叔父ごと。まぁそう上手くは行かないだろう。
「まずは一手、向こうはどう出るかね?」
少なくとも、クリシュナの中に引き篭もっている分には安全なはずだ。リアルタイムで連絡が取れればもっと簡単なんだけどな。宇宙に進出している世界で通信の不便さに悩まされるとは思わなんだ。もっとこう、何千光年何万光年先の星とリアルタイムで通信できるようなトンデモ技術とかないものかね。
「なりふり構わずってことならクリシュナに引き篭もってても絶対に安全とは言えないわよ。注文した飲料水や食料品に毒を入れられる可能性もゼロじゃないし、物資に爆弾でも入れられたら一発だし」
「そこまでやるか……?」
「むしろやらない理由がないわよ。コロニーで仕入れるものより宙賊からの略奪品の方が安全かもね」
「食料やその他物資を求めて宙賊狩りとか新しいな……」
でもあいつら、結構な頻度で食料や飲料を落とすしアリっちゃアリなのか……? いっそ買い物をするために他の星系に移動するとかもアリなのかもしれんね、これは。
「いずれにしてもまずはこっちから手を打たないとね。行ってくるわ。クリス、その媒体預かるわよ」
「はい、よろしくお願い致します」
クリスの手から記憶媒体を受け取ったエルマがクリシュナを出ていく。こっちはこっちで何かやれることを考えるべきか。まずは……。
「ミミ、クリスの寝床を用意してやってくれるか?」
「はいっ」
クリスの世話をミミに任せて考えることにしよう。うーん……相手の土俵で戦うことはないよな。生身での戦闘とか、謀略とか暗殺とかは俺の得意とするフィールドとはとても言えない。
俺の得意とするフィールドといえば? 決まってるよな。
「さぁて、どうやって誘き出すか……」
考え込もうとしたその時、不意にミミの置いていったタブレットが目に留まる。そこに表示されていたのは、シエラ星系の誇るリゾート惑星の広告だ。それを見て思いついた案を検討する。
悪くないのではないだろうか?
「逆に考えるんだ。追手をかけられても良いじゃないか、と」
誰も居ない食堂で俺はそう呟いてほくそ笑んだ。




