#061 眠り姫
シエラプライムコロニーは俺とミミやエルマが出会ったターメーンプライムコロニーと同じトーラス型……いや、移動用エレベーターと中心部の低重力港湾区画も加味するとタイヤのような形のスペースコロニーである。
こちらの方が規模が大きくタイヤの直系も太さもターメーンプライムコロニーの二倍くらいはありそうだ。一体何万人の人間を収容できるのだろうか?
「ターメーンプライムコロニーと似てますね」
「同じタイプのコロニーだからね。中身は全く違うわよ」
ミミとエルマが話をしているが、ミミの声に少し元気が無い。故郷と同じタイプのコロニーを見て望郷の念にでも駆られたのかもしれない。
「ミミ、ドッキングリクエストを」
「あ、はい!」
俺の指示を聞いてミミがシエラプライムコロニーの港湾管理局にハンガーへのドッキング要請を送信する。程なくして港湾管理局から返信が来た。俺達がドッキングするのは三十二番ハンガーか。
「よーし、行くぞ。安全運転でな」
「そうね、安全運転でね」
エルマが少し遠い目をしている。エルマは暴走事故の果てに多額の借金を背負う羽目になったからな。まぁ彼女の過失責任はそこまで大きくは……いや大きいか。大きいな、うん。そういやこの世界ではあの暴走機能搭載スペースシップってどういう扱いなんだろうか? 自動車とかで考えると完全にリコール対象だよな、あれ。今度調べてみるか。
さて、ここもまた交通量の多い港だったが、特に事故を起こすこともなくドッキングに成功した。まぁ俺にかかればこれくらいは手慣れたものだ。ステラオンラインの初心者はなかなかうまくドッキングできずにハンガーの辺りであっちにふらふら、こっちにふらふら、時には腹を擦ったり機体を傾けすぎて擦ったり、前進後退の出力をミスって壁なりなんなりの構造物にぶつかったりするんだよな。
慣れてくるとスッとハンガーにドッキングできるようになってくる。俺のように。まぁ、つまりオートドッキング機能を使うんだけどね。
「オートドッキングなんて邪道よ……」
「お前はオートドッキング機能に親でも殺されたのかよ」
「ま、まぁ便利ですから」
何故かオートドッキング機能に毒を吐くエルマをミミが宥める。本当にエルマのこのオートドッキング嫌いは何なんだろうな。過去に嫌なことでもあったのだろうか。
「コールドスリープポッドの件はどこに連絡すれば良いんだ?」
「港湾管理局で良いわよ。航宙法関連はあそこの管轄だから」
「なるほど。ミミは滞在申請を進めてくれ。俺はコールドスリープポッドの件で港湾管理局に連絡する。エルマは双方のサポートよろしく」
「はい!」
「はいはい」
はいは一回で良いぞ、とは口に出さずに港湾管理局の回線にコールをかける。すると、すぐに通信に応答があった。女性の声だ。
『こちら港湾管理局』
「こちら傭兵ギルド所属のキャプテン・ヒロだ。艦の名前はクリシュナ、三十二番ハンガーに停泊中」
『照合します……照合完了、何か問い合わせでしょうか? キャプテン・ヒロ』
「問い合わせっちゃ問い合わせだな。この星系に来てすぐに宙賊に襲われて撃退したんだが、その積み荷の中に未開封のコールドスリープポッドがあったんだ」
『なるほど、遭難者を救助なされたのですね。では開封の立会いですか。保護義務についてはご存知で?』
「ああ、一週間の保護が義務付けられているんだったか。その後、保護されたやつに行く宛がない場合はどうするんだ?」
『一週間の間にこちらで身元を確認しますので、ご心配なく。帝国臣民であればほぼ100%の確率で身元を確認できますから』
「……帝国臣民じゃなかったら?」
『その場合は帝国が対象を引き取ります。その後の生活を見ろとまでは言いませんよ』
港湾管理局員の女性が朗らかな声でそう言う。引き取られたあとどうなるのかは怖くて聞けなかった。コールドスリープポッドの中身が帝国臣民であることを祈っておくとしよう。
「具体的にはどういう手続きを? この船のカーゴで開封するのか?」
『いいえ、専用のスペースがありますのでそちらで。貨物移送の手続きで送ってください。移送コードは……』
港湾管理局員が指示する移送コードをコックピットのコンソールに打ち込み、コールドスリープポッドの移送を開始する。これでコロニー内の物資移送システムを介して荷物が指定の場所に届けられるわけだ。中に(多分)生きている人間が入っているコールドスリープポッドを荷物扱いするのもいかがなものかと思わないでもないけど。
『移送手続きを確認しました。今からこちらにいらしてください、早速コールドスリープポッドを開封致しますので』
こちらの都合はお構いなしだな! まぁ、コールドスリープは長くすれば長くするほど記憶障害が酷くなることが多いらしいし、一秒でも早く開封したほうが中の人のためなのだろう。
「聞こえてたな? そういうわけで、俺は港湾管理局に行ってくる。どっちかついてきてくれ」
「エルマさんが良いんじゃないでしょうか? 何があるかわかりませんし、対応力の高いエルマさんのほうが良いと思います」
「それはそうかもしれないけど……そうね、そうしましょう」
エルマは少し考えた後に頷いた。何を考えていたのかはわからないが、別に面倒くさいから行きたくなかったというわけでは無さそうだ。
「じゃあ行ってくる。略奪品と積荷は適当に処分しておいてくれ。任せたぞ」
「はい、任されました!」
俺にクリシュナと積荷、略奪品について任されたミミが笑顔を浮かべる。積荷というのは、ハイテク星系であるアレイン星系で仕入れてきたハイテク製品である。俺には使い方の想像もつかない品々だったが、リゾート星系であるこのシエラ星系で値が付きそうなものをミミとエルマが選んで買ってきたらしい。
あまり大きくはないが、クリシュナにも荷を積めるカーゴがあるので、それを遊ばせておくのはもったいないだろう、ということでミミとエルマがカーゴの空き容量を使った貿易を始めたというわけだ。船主の俺に純利益の五割を収め、残りの五割をミミとエルマで分けるらしい。
俺の取り分に関してはもっと少なくても良いと言ったのだが、俺のクリシュナがなければ成り立たない商売なんだから、それくらいの配分は当たり前と言われた。すったもんだの挙げ句俺が折れたわけだ。
コックピットから出た俺達はクリシュナを降りてエルマと一緒に港湾管理局へと向かう。
「さっき、何を悩んでたんだ?」
「これから先、こういうこともあるかもしれないからミミに経験を積ませようと思ったのよ。でも、先にあんたに経験を積ませて、それから次の機会があったらあんたにミミを教育させたほうが効率が良いと思い直したわけ」
「なるほど。ではご指導ご鞭撻のほどよろしくおねがいしますよ、エルマ先輩」
「あんたにそう呼ばれるのは久しぶりね」
そんな話をしながら歩いているうちに港湾管理局に到着した。
「どこの建物も似たようなのばっかだよな」
「効率の問題ね。ユニット化して製造、組み立てて完成だし。自分だけの『特別』ってのは案外贅沢なのよ。宇宙では限られた資源、限られたスペースを有効活用しないとね」
「なるほどなぁ」
ゲームの世界が元になっているからコピー&ペーストしたような画一的な建物が多いのかと思っていたのだが、そういう理屈があったわけか。
港湾管理局に入ると、広いカウンターとそこに詰めている職員、それと様々な格好の訪問者の姿があった。俺達のような傭兵風の格好の者もいれば、カウンターの職員達と同じようなスーツ姿の者もいる。流石にパワーアーマーを着ているやつはいないな。
「コールドスリープポッドの件で連絡していたキャプテン・ヒロだ」
「コールドスリープポッド……はい、確認しました。既に到着しているようです。あちらの通路を進んだ先にある第一開封室に移動してください」
「第一開封室ね」
職員に指示された通路に進み第一開封室に入る。開封室の中には既に数人の港湾管理局員が待機していた。コールドスリープポッドになにやらコードを接続してコンソールを操作している人もいる。
「どーも。おたくがキャプテン・ヒロ?」
声をかけてきたのは中年のおっさんだった。恐らく三十代半ばから四十代といったところか。口調は緩いが、身体は引き締まっていて、弛んだ様子はない。ちょい悪っぽいおっさんだ。
「そうだ、あんたは?」
「しがない港湾管理局員だよ。ブルーノだ」
握手を求めてきたので、素直に応えておく。なかなか力強い手だな。
「そちらの美人さんは?」
「エルマだ。俺の船のクルーだよ」
「……へぇ。羨ましいこった」
ブルーノはエルマを見て心底羨ましそうな声でそう言った。傭兵である俺の船のクルーだということは、つまりそういうことだからだ。もう一人、ロリ巨乳美少女が乗っていると知ったらこの男はどんな反応を示すのだろうか。
「それで、早速本題だが……まぁ中身は無事みたいだな。今解凍中というか蘇生処置中だ。どうも女の子みたいだな」
「女の子ねぇ……まぁ、エルマもミミも居るし面倒を見るのは問題ないか」
「そうね。私達としても女の子なら安心だわ」
逆に屈強なおっさんとかだと扱いに困ったかもしれんな。なんだかんだ言ってクリシュナの中ってのは密室だし。いや、別にそういうことならミミとエルマをこのコロニーの宿泊施設に泊まらせて、俺がおっさんと二人でクリシュナに籠ればよかったか。逆でもいいけど。
「他に情報は?」
「そうだな。この脱出ポッドは三ヶ月前に宙賊に襲われた高級旅客船の脱出ポッドだな。高級旅客船というだけあって、乗員は基本裕福な商人とか貴族だ。その子女である可能性が高い」
「……面倒事だな?」
「ご愁傷さまだな。ただ、そういったとこのお嬢様を助けたということであれば謝礼には期待できると思うがね」
ブルーノはそう言って肩を竦めた。これで出てくるお嬢様が素直ないい子だったら良いのだが、わがまま放題のクソガキが出てきたりしたら面倒なことこの上ないなぁ。
「まぁ、女の子だからエルマとミミに任せるよ」
「ちょっと」
「任せるよ」
「あのね」
「任せるよ!」
「……」
強引にゴリ押ししたらエルマにジト目を向けられた。だって仕方ないじゃない。素直な良い子であろうとなかろうと、男の俺がそんなお嬢様に親しく接するのはまずかろうよ。
「バイタル安定、開封可能です」
「よーし、んじゃご対面だ。覚悟は良いか? キャプテン」
「いつでも。もったいぶっても仕方がないしさっさと終わらせよう」
「そりゃご尤も。開封開始だ」
「はい、開封開始します」
ブシューッ、と円筒形のコールドスリープポッドから白い煙が吹き出し、ポッドの蓋が持ち上がってスライドする。近寄ってポッドの中を覗き込むと、ポッドの中に入っていたのは黒髪おかっぱの可愛らしい顔の少女だった。
目覚めて最初に目にするのが俺の顔というのも可哀想だな、と思って離れようとする。
「っ!?」
そうしたらポッドから少女の手がにゅっと伸びてきて、俺の服の裾を掴んだ。流石にびっくりして体がビクリと震える。
「お父様、行かないで……」
「へっ?」
「行っちゃやだ……」
俺の服の裾を掴んだまま目に涙を浮かべ始める少女を前に困り果てる。エルマやブルーノ、その他の港湾管理局員にも助けを求める視線を向けてみたが、肩を竦められたり苦笑いされたりした。誰も助けてくれるつもりはないらしい。
「……はぁ。わかったよ」
服の裾を掴む少女の小さな手にそっと手を添えてやると、彼女は俺の手をしっかりと掴んで微笑み、そのまま気を失うかのように眠ってしまった。俺の手を握ったまま。
「……どうすればいいんだ、これ」
「起きるまでそうしているしかないんじゃない? さ、ブルーノ。手続きを進めましょう」
「そうだな。保護者と保護対象の関係も良好のようだし問題ないだろう」
俺の手をしっかり握ったまますやすやと眠る黒髪のお姫様を前に俺は天井を仰いだ。
どうしてこうなった。
鉄板というものは良いものだと思います_(:3」∠)_(負け惜しみ




