#005 エルフ!? エルフナンデ!?
今日はここまで。
ご主サバの方と順番に隔日更新していく予定です_(:3」∠)_(少なくとも力尽きるまでは
「ほう……」
俺が寄港している貿易コロニー・ターメーンプライムはトーラス型……いや、ドーナツ型と言ったほうがわかりやすいか。ドーナツ型のコロニーである。
コロニーは常に回転しており、それによって生み出される遠心力で擬似的に重力を生み出しているようだ。遠心力で重力を生み出しているので、ドーナツの輪の外側が地面ということになる。
「うーむ、これはなかなか」
ある方向に視線を向けると、上り坂のように地面が果てしなく続いているのが見える。空を見上げれば遥か彼方にガラスのような素材でできた天井と、その先に見える宇宙やドーナツ状のコロニーの中央部分に見えるハブが見える。地上からは一定間隔で何本もハブに向かってエレベーターが伸びており、その様はまるで自転車のタイヤのスポークのようだ。
このスポークのように伸びるエレベーターやドーナツ状のコロニーの中心部にあるハブの存在も考えると、このコロニーはドーナツ型というよりは自転車のタイヤ型のコロニーとでも表現するほうが正しいのかもしれない。
「うむ、よし」
コロニーの光景というものを思う存分堪能したので、適当にぶらつき始めることにする。周りの人には変な目で見られたが、いちいち気にしてはいられない。俺にとっては見るものの大半が初めてのものばかりなのだ。
とはいえ、あんまりおのぼりさんムードを出しすぎるのも良くはない。このコロニーの治安の良さは『普通』だ。俺が元々住んでいた場所、即ち日本の治安をこの世界の治安の基準に当てはめると『最良』である。よそ者の俺がレーザーガンによる武装を許される時点でこのコロニーの治安の良さなんぞお察しというものだ。
しかも、よそ者の俺が立ち入ることのできる区画は第三区画と呼ばれる区画だ。スラムとまでは行かないが、治安のあまりよろしくない区画であるらしい。あまり長居はしたくないが、さてどうしたものか。
こちらに視線を送っていたちょっと雰囲気が野卑な感じの男達――有り体に言ってチンピラ達が何人か居たが、俺が脇に吊っているレーザーガンを見て関わるのをやめたようでつまらなさそうな顔をしながら路地裏へと消えていった。やはりこれ見よがしなレーザーガンは十分に効果を発揮してくれるようである。
「ハイ、新人。良い銃持ってるわね」
レーザーガンの威嚇効果を実感して内心で胸を撫で下ろしていると、後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、そこに居たのは銀髪の美女である。なんというか、見たこともないくらいの美人だ。目鼻立ちは異常なレベルで整っており、髪の毛は色素が非常に薄く、透き通るような銀髪のショートボブだ。身体つきは小柄だが、しっかりと肉はついていて華奢な印象はあまりない。
何より目立つのはその銀髪の間からぴょこんと横に飛び出した尖った耳だ。エルフ? 宇宙にエルフ? SFかと思ったら唐突にファンタジーぶっこんでくるね? ステラオンラインにはこんな奴は居なかったように思うが……?
いや、でもよく考えてみればSFっぽい世界に耳の尖った人間似の異星人、なんてのは定番と言えば定番か。別に騒ぐほどのものでもない。
そして服装は……なんと言ったら良いのか。軍人っぽいようで少しラフな感じ。
エルフなのに肌の露出が多いわけでも、ひらひらした服を着ているわけでもなく、俺と同じような丈夫そうなズボンに地味な色の無地のシャツ、丈夫そうなジャケット。ヒップホルスターには俺のものよりは小型のレーザーガンらしき銃。
「何よ? 人のことをジロジロと」
「いや、いきなり知らない人に声をかけられたら警戒するでしょう。常識的に考えて」
「そう言われればそうね? でも、私は怪しい者ではないわよ。見ればわかるでしょう? 貴方と同じ傭兵よ!」
そう言って傭兵風銀髪エルフがドヤ顔で胸を張る。胸のボリュームは……ははは、自慢するほどのものではないように見えるな。無いわけではないようだけど。この世界はエルフの胸が貧しい世界線なのだろうか? いや、この残念そうな宇宙エルフだけを見て判断するのは早計というものだな。
「ちょっとアンタ、どこ見てんのよ?」
俺の視線に気付いた残念宇宙エルフが両手で自分の薄い胸を隠すようにして不機嫌そうな視線を向けてくる。
「自慢げに反らされた貧相な胸を見ていますが、何か?」
「何か? じゃないわよ。なかなかイキの良い新人ね」
残念宇宙エルフが据わった目で俺を睨みつけながら獰猛な笑みを浮かべる。流石に怒らせるのは危なそうだ。こいつもレーザーガンを持っているし。
「それにしても、よく俺が新人だとわかりましたね? なにか目印でも?」
「まず、その歯の浮くようなわざとらしい言葉遣いをやめなさい。鳥肌が立ちそうだわ」
「了解。それで?」
「まず、アンタのなりと脇のレーザーガンで傭兵だっていうのはひと目で分かるわ」
「なるほど」
確かに。よく見れば俺や目の前の残念宇宙エルフのように妙に丈夫そうなズボンやジャケットを着ている住人は見当たらないな。皆さして厚くもない生地の身軽そうな服を着ている。改めて見てみると俺達の格好は周りから浮いているな。
「そして、妙にキョロキョロしたり、コロニーの風景を感心したように見たりしていたでしょう? 今まで一度も自分の居留地から出たことがないやつの特徴的な行動の一つね」
「なるほど、残念宇宙エルフさんは頭が良いな」
「今なんつったお前」
「ナンデモアリマセンヨー。で、その頭の良い先輩傭兵さんは一体何の用で?」
一瞬本気の殺気のようなものを飛ばされた気がする。やはり貧乳相手に事実を指摘するのは危険だ。気をつけよう。
「……ふん、まぁ良いわ。私はね、暇なのよ」
「はぁ?」
「星系警備隊がきな臭い動きをしているのはわかっているんだけど、何の通達もなくて暇なの。何かありそうだからコロニーを離れるとバカを見そうだし、だからってこのコロニーには面白いものもないしね。だから、暇なの」
「……それで?」
「それでブラブラしてたらいかにも新人って感じの坊やが歩いてるじゃない。だから、からかって遊ぼうと思ったわけ」
「なるほど」
わかるようなわからんような。まぁ、折角向こうから話しかけてきてくれたんだから利用するとしよう。俺は情報を手に入れられる。向こうは時間と暇を潰せる。まさにWin‐Winな関係だな。
「じゃあ暇潰しに俺を食料の買える場所に連れて行ってくれよ、先輩」
「えー、どうしようかしら? ここのフードショップはお酒も置いてないし、面白くないのよね」
「酒? 酒ねぇ……」
そう言えば、宙賊の船から回収した醸造酒のコンテナが船のカーゴに入ったままだな。売っても大した金にはならないし、俺も酒は嗜まないし……使い所だな。
「俺の船のカーゴに宙賊からかっぱらった醸造酒のコンテナが一つあるんだ」
「へぇ? それで?」
「それをやるから俺を食料品店に連れてってくれ。あと、俺の質問に答えてくれたり先輩としてのアドバイスをくれたりすると嬉しいな」
「ふむ……」
残念宇宙エルフは考えこむかのように小首を傾げ、少ししてから頷いた。
「良いでしょう。暇も潰せそうだし、それでお酒が飲めるようになるなら悪くないわ。貴方に教えてあげるわ、傭兵の常識ってやつをね。この『先輩』の私が!」
なんだか妙に先輩という部分を強調するな、この残念宇宙エルフ。まぁ、こちらとしては先輩風を吹かされるくらいなんでもないので気にもならないけれど。見た目は良いし、反応も面白そうな女の子だからな。
「OKOK、じゃあそれで商談は成立だな。ええと、確か取引は端末でできたよな。登録するからIDをくれ」
「良いわ。悪用したらブロックするからね」
互いに小型情報端末を取り出して通信用のIDを交換する。どうやら彼女の名前はエルマという名前であるらしい。IDを交換したので、これで端末を操作して船から船への物資トレードが可能になる。
「ふーん、ヒロね。随分とシンプルな名前じゃない」
「ほっとけ。そういうあんただってエルマってシンプルな名前じゃないか」
「私のほうが一文字多いわ」
「そっすね」
なんでこの子はいちいち張り合ってくるのか。何故か俺が認めるとドヤ顔するし。もしかしたら寂しがり屋の構ってちゃんなのかもしれない。
早速端末を操作し、カーゴ内にある醸造酒のコンテナをエルマの船へと送る手続きをする。すぐに手続きは承認され、醸造酒のコンテナはエルマの船へと移っていった。
「これ、どういう仕組みで物資が移動するんだろうな」
「知らないの? 接続しているハンガーを通してコロニー内の物資輸送システムにアクセスできるようになってるのよ。物資輸送システム経由でお互いの船と物資をやり取りできるってわけ」
「ほー、なるほど」
どうやらこの宇宙時代では船からの荷の積み下ろしなどは全て自動化されているらしい。人間が自らの手で荷の積み下ろしをしたりするのはとっくに廃れてしまった仕事であるようだ。
「エルマは傭兵歴はどれくらいなんだ?」
「五年よ。この世界で五年はベテラン扱いね」
「ほーん、そうなのか」
傭兵歴五年ということは、テスラオンラインのサービスが開始されるよりも前から彼女は傭兵であったというわけだ。そういう意味でも確かに彼女は俺よりも先達で、先輩なのだろう。
「なるほど、本当に先輩だな。よろしく頼むよ」
「急に殊勝になったわね? まぁ、年長者を敬うのは良いことだわ」
「年長者?」
「私、これでも五十三歳よ?」
「……若作りだな?」
どう見ても二十歳にもなっていない少女にしか見えないのだが。
「アンタ達ヒューマンよりも長生きなだけ。アンタたちってどんなに長生きしても一五〇歳くらいまでしか生きないじゃない。私達は少なくとも五〇〇は生きるんだからね」
「なるほど、種族差なんてものがあるわけか……傭兵歴五年ってことは、四十八歳から傭兵を始めたんだな。それまではどんな生活をしてたんだ?」
「べ、別にどうだって良いでしょ!? 傭兵の過去を詮索するのはマナー違反よ!」
俺の質問にエルマは慌てながらそう言って、俺に人差し指を突きつけてまくしたててくる。どうやら聞かれたくない話題であるようだ。俺はえらい剣幕で怒る彼女に降参の意を示すように両手を挙げた。
「わかった、それを聞くのはやめるよ。興味本位で聞いて悪かった。でも、そんなに慌てると聞かれると都合が悪いって言っているようなものだぞ?」
「むぐっ……わ、わかったなら良いのよ」
よほど都合の悪い何かがあるらしい。あまりつついてへそを曲げられたら困るので、迂闊に触れないようにしよう。
気を取り直して歩き始めるエルマの横に並び、傭兵としての心得を聞き出すことにする。残念宇宙エルフという印象があったのでどんな突飛なことを言ってくるのかと実は少し身構えていたのだが、話の内容そのものは実に堅実なものだった。
「依頼を受ける時は必ず傭兵ギルドを通すこと。トラブルが嫌なら尚更ね」
「傭兵ギルドねぇ。そういや登録しないとなぁ」
「はぁ!? アンタ新人の上にモグリなわけ!? 食料品なんかよりも先に傭兵登録をしなさいよ!」
「あ、はい。すみません」
意外と強い力でジャケットの裾を掴まれ、引っ張られながら来た道を戻る。どうやらハンガーベイに続くエレベーターのあった場所のすぐ近くに傭兵ギルドの事務所があったらしい。エルマはプリプリと怒りながらモグリの傭兵というものがいかに危険な立場なのかということを説明してくれる。
曰く、傭兵ギルドに登録していないモグリの傭兵というのは下手をすると賞金がついてないだけの賊と同等の扱いをされることがあるらしい。場合によっては入港を拒否されることすらあるということだ。
「世知辛いなぁ」
「当たり前でしょうが! どこの組織にも属してない放浪者が一撃でコロニーやステーションに致命的な損傷を与えかねない船を乗り回してたら警戒されるに決まってるでしょ! 今までよく無事だったわね!?」
「いやー、そこは聞くも涙、語るも涙の複雑な事情があってなぁ」
そんなことを言っていると俺はエルマに引きずられて傭兵ギルドの事務所に辿り着いた。事情の説明はまた今度だな。
それにしても、俺の頭の中で想像していた傭兵ギルドの事務所より百倍は綺麗な建物である。
よくわからない光沢のある材質でできた床に、明るい照明。待合用のものか、背もたれのないクッション付きのスツールがいくつも並び、その奥にはカウンターがいくつか見える。
各カウンターの案内板が天井からぶら下がっていて、施設内の人はまばらだ。あまり繁盛はしてないのかな?
「なんか傭兵ギルドの事務所ってよりはお役所みたいだな?」
「似たようなもんよ。ほら、受付に行くわよ」
「へい、姐御」
俺はエルマ先輩に引きずられて受付へと向かうのだった。