#576 「そうだと良いんですがね」
てんきがわるくてはかどりませんでした( ‘ᾥ’ )
ウェリック星系を抜けたらコーマット星系だ。ここは現在クリスが統治している星系で、テラフォーミングが終わったばかりの居住惑星が一つ、テラフォーミング中の惑星が一つ、その他資源が取れる小惑星帯やガス惑星などで構成されている。未だに入植の好景気が継続中で、クリスはその太守として忙しく働いているというわけだ。
そんなクリスも結婚披露宴のためにデクサー星系へと向かっているわけで、今日ばかりはその重責から解放――されているわけもなく。
「コーマット星系にいる間にできる仕事を進めておかないと……!」
「がんばえー」
「ヒロ、貴方も手伝ってくれても良いんですよ?」
「脳の処理速度を強化したクリス達がてんやわんやするような仕事を、未強化かつ凡人で仕事の勝手もわからない俺が手伝っても効率が落ちるだけだと思うんだ」
クリスとセレナが怒涛の勢いでホログラムキーボードに指を走らせるのを見ながら、俺はそう言って彼女達から目を逸らした。ちなみにここにはいないがメイもブラックロータスのコックピットから仕事の処理を手伝っている。
「しかし、結婚披露宴を控えているっていうのに容赦なしだな」
「通信に関しては技術的ブレイクスルーが暫く起きていませんからね。星系内なら超光速通信でリアルタイムでの通信も可能ですが、ハイパーレーンを挟むとどうしても情報遅延が起こりますし」
「通信の技術的ブレイクスルー、ねぇ……」
ヴェルザルス神聖帝国には第二法力――つまりテレパシーなどの精神感応能力を応用した通信技術があるようだった。運用には相応のサイオニックパワーが必要そうな感じだったが、アレを使えば遥か遠いグラッカン帝国の拠点とヴェルザルス神聖帝国との間でもリアルタイムで通信ができるっぽかったんだよな。
まぁ、あの技術をグラッカン帝国で使うのは難しいか。技術的な土台が違い過ぎるし。
「ヒロ様、何か心当たりがあるんですか?」
「無いこともないけど、サイオニックテクノロジーは無理だろ」
「それは無理ですねー……神聖帝国の技術ですか?」
「そうだな。そっち関連に関しては俺よりもティーナとかウィスカとかショーコ先生に聞いたほうが確実だぞ」
あの三人はヴェルザルス神聖帝国で色々と技術的知見を向こうの研究者と交換してきているからな。
「どちらにせよすぐに使えるものではなさそうですね……うーん、メイさん優秀ですね。仕事が物凄く楽です。セレナさんも手伝ってくれているおかげで、いつもの五分の一くらいの労力で仕事が進んでいるように思えます」
「昔の帝国人が機械知性におんぶに抱っこで頼り切りになってしまった気持ちがよくわかりますよね……」
生粋の貴族二名が複雑な表情を浮かべている。グラッカン帝国は過去に機械知性と戦争をやらかしているらしいからなぁ。一応和解したってことになってるらしいけど、どうも実質的に帝国は敗北して機械知性は帝国人に奉仕する体勢を表向き取りつつ、実際には裏ボスと化している説が俺の中で濃厚だ。それで社会が上手く回っているなら、それはそれで良いんだろうけども。
☆★☆
クリスとセレナ、それとメイの三人がクリスの惑星統治業務を手伝っている間にもブラックロータスとドナーはコーマット星系を飛び続け、遂に目的地のデクサー星系へのハイパーレーンへと突入することに成功した。ここまで来ればこれ以上のトラブルは起きようがない。完全に安全地帯である。いや、クリスがしっかりと統治しているコーマット星系も安全だったけどな。きっちりと星系軍のエスコートがあったし。
「久しぶりだな、キャプテン。いや、今はもう婿殿と呼んだほうが良いか」
「お久しぶりです、伯爵閣下」
で、今どこにいるのか? というとデクサーⅢのダレインワルド本家である。特に審査も何もなく、そのままストレートにダレインワルド伯爵家の本家があるデクサーⅢに降下した俺達は、そのままダレインワルド本家にてダレインワルド伯爵と面会していた。一対一のサシで。
「ふむ……」
ダレインワルド伯爵が俺のつま先から頭の天辺までを睨め回す。どうにも苦手なんだよな、伯爵閣下は。口数は少ないし、目力も強い。なんというかいかにも厳格って感じがして。実際に厳格でもあるようだし。
「初めて出会った時にはこうなるとは……いや、何か予感めいたものは感じていたか」
そう言って伯爵は短く息を吐き、眉間を揉み解す。色々と思う所はあるんだろうな。自分の息子の忘れ形見が俺みたいな根無し草に引っかかって、最終的に結婚にまで至ってしまったという事実に。
「今日、この日までお前を……婿殿をどう扱って良いものか私には決められなかった。お前は領地貴族の婿という型に嵌まるような存在でも、嵌められるような存在でも無いだろう」
「自分で言うのもなんですが、そうですね」
伯爵の言葉に素直に頷いておく。道理を考えれば、クリスの婿としてダレインワルド伯爵家に入る以上、ダレインワルド伯爵家の婿として家の中に収まり、貴族としての生活を送るのが道理というものなのだろう。
ただ、俺自身がその生活に適応できるか? と言われると首を傾げざるを得ないし、それを強制されるとなると、じゃあクリス攫って逃げますねという結論に至らないという自信がない。
もう伯爵家の婿として金に困ることも、住む場所に困ることも無いんだし、悠々自適の左団扇ライフを送れば良いんじゃないか? と思わなくもないんだが、今更そんな生活ができる自信が無いんだよな……最初の一ヶ月か二ヶ月くらいは楽しく過ごせると思うんだが、それ以上となると退屈になって宇宙に飛び出していく予感しか無い。子供でもできれば考えも変わるかも知れないが、どうだろうな。
「とにかく、クリスティーナを大事にしてやってくれ。私の至らなさがあれから全てを奪ってしまった。私にできることはあれに次期伯爵としての教育を施すことと、婿殿に関する無理を通すことくらいなのだ。情けないことだがな」
疲れ切ったような声で伯爵はそう言い、俺の肩に手を置いた。無理を通す、ね。まぁ相当な無理を通したんだろうとは思う。何せ俺は一代限りの名誉子爵だ。本物の貴族からは陰で似非貴族だとか貴族もどきだとか言われるような身分だからな。一応皇帝陛下の権威のもとに任命されるものだから、表立ってそういう事を言うと、言った方が痛烈に批判されるような風潮があるようだけども。
「俺にできる範囲で最大限、命を張って大事にします。今まで以上に」
「……そうか」
「ええ。と言っても、俺にできることは暴力を振るうことくらいなんですがね」
そう言って肩を竦めてみせると、ダレインワルド伯爵は微かに口元を歪めて見せた。この爺さんが笑うのを見たのは初めてかもしれない。
「ふっ……そう卑下するものでもない。貴族などと言ってお上品に気取っても、最終的に物を言うのは力だ。その点、婿殿は申し分ない。思っている以上に上手くやれるだろう」
「そうだと良いんですがね」
何でもかんでも暴力で解決できるなら楽なんだけどなぁ、本当に。




