#575 「気にならないからそれ以上何か言うのはやめようか」
あけおめ! 今年も頑張るぞい!( ˘ω˘ )
「お、乙女の尊厳が危機でした……!」
きっかり二時間後、正座から解放されたルシアはトイレへとダッシュして決壊の危機からなんとか逃れることができた。尿意に駆られてダッシュをキメた時点で乙女の尊厳は半分がた崩壊していると思うのだが、武士の情けで指摘はやめておいてやる。
というか、筋肉や循環器系、神経系を強化しているルシア達のような強化人間達にとって正座そのものは動けなくて暇以上の効果は何もなかった。そんなに身体強化をしていても尿意には勝てないというのもちょっと面白いけどな。
「結局お前達も付き合うのな」
「ルシアーダ皇女殿下が罰を受けているのに、私達護衛が何もしないわけにはいきませんので……」
「半分がたは私の独断専行が招いた事態なので」
イゾルデとメイも立ち上がって平然としている。イゾルデ達もルシアと同じ理由で正座は効かなかったらしい。メイはそもそもメイドロイドなので正座が足に効くわけがないのだった。
「で、イゾルデ達は俺を殴らなくて良いのか? 結構な暴言を吐いてしまったと思うんだが」
「いえ……ほぼ事実ですから。機械知性による妨害があったというのは言い訳になりませんので」
「そうか……そう言うならそれで良いけど、一応借りってことで。何か要望があったら言ってくれ、可能な限り応えるから」
本来ならば近衛騎士である彼女達の尊厳や誇りといったものを真正面から貶める暴言だ。緊急時であったとはいえ、メイが彼女達に妨害を仕掛けたのがことの発端でもある。その管理責任者の俺がメイの行動を把握していなかったのは明確な落ち度だし、その行動を把握していない状態で彼女達を面罵したのだから、彼女達には怒るだけの正当な理由があると思うんだが……イゾルデ達がそう言うのなら、まぁそういうことにしておこう。その分、こちらにとっては借り、あちらにとっては貸しってことにしておくけどな。そうでないと俺が困る。謂れのない誹謗中傷をしてしまったんだからな。
「貴方がそう言うなら、そうですね……何か考えておきます」
「じっくり考えられた方が怖いけどなぁ……まぁ、自分で蒔いた種だ、甘んじて受けよう。それよりもゆっくり話していて大丈夫か?」
「警護で半日以上立ちっぱなしということもありますから、これくらいは別に。ですが、心配をして下さるならお言葉に甘えましょうか」
そう言って微笑み、イゾルデ達は走ることもなく悠然とこの場から去っていった。その後姿を見送っていると、そっと傍に寄ってきたメイが俺の耳元で囁く。
「……そういうプレイが気になるのであれば」
「気にならないからそれ以上何か言うのはやめようか」
性癖の一つとしてそういう傾向があるのは知っているし、理解もしはするが俺にそういう趣味は無いから。無いったら無いからな。というかメイはそういうプレイできな……いやできるわ。できたわ。そういやそういう機構がついてた気がするわ。やらないけど。
☆★☆
さて、宙賊による不意打ちを撃退はしたわけだが、今回の場合は撃退したからはい終わり。スカベンジャー達にサルベージ権売り払って終了。解散! ということにはならないのである。
『この度は誠に申し訳なく……』
「我々の撃破が異常に早かったのは事実ですが……随分と後手後手の対応ですね? 航路も時間も予定通りだった筈ですが?」
『それにつきましてはその、他方で起きた襲撃事件により哨戒戦力がですね』
自領で他領の貴族やその継嗣が宙賊に襲撃される、などというのはその領地を治める貴族にとっては恥の極みである。それも、通行に関しての通知などを全くしていないお忍びでの行動ならともかく、今回の場合はダレインワルド伯爵家から公式に通知をした上での通行だ。
ゲートウェイを通過した時点でクリスが手を回し、デクサー星系までの航行計画を道中で立ち寄る星系に通知していたのだ。
自身がダレインワルド伯爵家の継嗣であるし、それだけでなくセレナやエルマも乗っているわけだし、何よりお忍びではあるがルシアまでもがブラックロータスに乗っているわけなので、万が一のことがあってはならぬというわけでクリスが行動をしていたわけだな。一応結婚披露宴という公式行事のための移動だからな。こそこそお忍びでというわけにもいかなかったとかなんとか。
俺としては貴族の間でそんな慣習があることを今知ったわけだが。俺も一応帝国の名誉子爵なんだが、そんな慣習なんて知らずにそこら辺を自由に飛び回ってたぜ。なんなら傭兵として仕事する時にその領地を運営している貴族に挨拶することすら稀だぜ。何か直接用事でも無い限り、挨拶に行くことなんて無かったな。リーメイプライムコロニーでパンデミックに介入した時くらいだ。
「我々も先を急いでいるのでその部分の真偽については問いませんが、ゲートウェイ交易路の治安が悪いとこちらにとっても困った事態になります。今回の件については領域保全省に報告しますので、そのつもりで」
『お、お待ち下さい! それは――』
「では、先を急ぎますので。失礼」
向こうが何かを言っているのを無視してクリスが一方的に通信回線を切断する。
「なんか向こうが随分と焦ってたけど、どういうことだ?」
「領域保全省というのは帝国領域の総合的かつ体系的な利用、開発および保全、ならびに領域交通の安全や治安の確保に関することを所管する省庁ですね。結構な力を持っている省庁で、そこに報告が上がって領域交通の安全や治安について適切な統治がなされていない、ということになるとその程度によって指導や処分が下ることになります。場合によっては星系の統治権を取り上げられて転封されるなんてこともありえますね」
俺が聞くと、セレナがすらすらと今のやり取りについて教えてくれた。
「私の対宙族独立艦隊の設立や運用に関しても深く関わる省庁だったんですよ。所管する業務の関係上、帝国航宙軍との関係も浅くはありません。傭兵ギルドにも同様に深く関わってくる省庁ですね。傭兵ギルドは多国間に跨る組織なので、下部組織というわけではありませんけど」
「つまりそこにクリスから報告を入れるってことは、場合によっては統治している貴族は領地を取り上げられて転封、星系軍の連中も最悪全員解雇で人員総とっかえとか?」
「あの方が公式にこの船に乗っていたら、それどころか最悪物理的に首が飛んだでしょうね。今回はお忍びなのでそこまでは行かないと思いますけど。ですが、非公式とはいえ乗ってますしね……あの後手後手具合だと星系軍にも宙賊が巣食ってるかもしれませんし、監査が入ればあるいは?」
「こわ……俺としてはこういう星系って居心地が良いんだけどなぁ」
「そりゃ獲物が沢山いる星系は貴方にとっては居心地が良いかもしれませんけど、帝国的には困ったものですからね? ここはゲートウェイ交易路でもありますし」
ゲートウェイ交易路というのは、最寄りの子爵家級以上の領地とゲートウェイを繋ぐ交易路のことを指し、今回の場合はダレインワルド伯爵領とゲートウェイを繋ぐハイパーレーンネットワークのことを指すという。途中で一箇所でもセキュリティの低い星系があると、ゲートウェイ交易路としての評価はそのセキュリティが低い星系が基準となって決まってしまう。
つまり、どれだけダレインワルド伯爵家が領内の治安維持を頑張っても、このウェリック星系の治安が悪いと帝都と行き来する交易商人が少なくなってしまいかねないというわけだな。ゲートウェイ交易路の評価が低いから。そうなると当然、ダレインワルド伯爵家としてはもっとちゃんとしろと言いたくなるわけだ。最悪、ちゃんと統治できないならうちでやるから星系寄越せみたいな話にもなりかねない。
「そうして起こるのが帝国領内における貴族家同士の小競り合いというわけですね。星系を統治している貴族にしてみれば、いくら治安が悪くても星系の統治権というのは飯の種です。ですが、その影響で交易に支障が出ている貴族にしてみれば、いい迷惑以外の何物でもありませんから」
「外敵もいるってのになぁ……」
「他国と領域を接している貴族にしてみれば、そこで争ってる暇があるなら船の一隻でも増援に寄越せと言いたくなるでしょうね。ですが、内地の貴族にしてみれば死活問題ですから」
「国がデカいと様々な問題があるもんだな。それを飯の種にする傭兵としてはなんとも言えない」
俺は宙賊狩りが専門であまりそういう紛争案件に参加することはないんだが、真っ当な傭兵からしてみればそういう貴族同士の小競り合いこそが活躍の場ってもんなんだろうしなぁ。世の中ってのはままならないよな。
「よりによってこんな時に! 私、怒っても良いですよね!?」
「あーうん、クリスは怒っても良いと思うよ。お仕事お疲れさん」
俺に突撃してきたクリスを抱きとめて背中をポンポンと叩いてやる。セレナ、そんなに羨ましそうな顔をしなくてもハグくらいいくらでもしてやるから。順番な、順番。




