#574 「もうアンタ一人で良くない?」
「もうアンタ一人で良くない?」
「殲滅速度とかから戦力値算定したら、クリシュナ一隻で標準的な帝国一個艦隊と同等かそれ以上って出たんですよね。一個艦隊って戦艦一隻、巡洋艦四隻、駆逐艦十二隻、コルベット三十六隻、その他戦闘機多数って感じなんですけど、どう思います?」
ルシアを引っ立てながらブラックロータスの休憩スペースに戻ったら、エルマとセレナに先の戦闘について文句的なことを言われた。そんなの俺に聞かれても困る。さっきの戦闘で全力全開の戦闘だったか? と言われると実はそうでもないし。念動光輪は思念波誘導で素直に飛ばしてたけど、実は念動光輪そのものも転移で目標に飛ばせるし、そもそも分裂させすにデカいまま飛ばすこともできる。念動衝撃砲にはより広範囲を攻撃する拡散衝撃砲モードがあるし、重力子砲は四門の同期発射で対艦極太ビームを撃つこともできる。そもそも転移魚雷管に至っては使ってすらいない。
「多分その戦力算定、まだだいぶ過小評価してると思うぞ。俺が言うのもなんだけど」
「確かに過剰評価にならないようにはしましたけど……え? まだ隠し玉があるんですか?」
「どの武装も基本的な使い方しかしてないからなぁ……さて、ルシアはそこで正座。足が痺れてもトイレに行きたくなっても正座。今から二時間な」
「えっ……あの、おトイレに行きたくなったら……?」
「我慢。我慢できないならそこで漏らしてね」
そう言いながら俺はルシアの首に『私は周囲の迷惑も顧みず自分の楽しさを優先したクズです』と書かれたボードをぶら下げてやる。
「殿下あぁぁ! 殿下あぁぁぁ!? お前えぇぇぇおああぁぁぁ!?」
無能四人が休憩スペースに駆け込んできた上にルシアを正座させている俺に突撃しようとしてきたので、四人まとめて念動力で転けさせてから上から圧をかけて押し潰してやる。ギリギリ内臓とかそういうものは出ない力加減だ。指一本動かせないと思うが。
「この無能の案山子どもがよぉ……この無軌道クソ皇女様の首に縄をつけてでもきちんと管理しとけやゴミクズが。てめぇらがキレるべきのは俺じゃなくてちゃんと皇女殿下をお守りできなかった自分達自身に対してだろうが? 雁首揃えて役立たずどもが逆ギレしてんじゃねぇぞ」
潰れたカエルみたいになっているイゾルデの目の前にウンコ座りして見下ろしながら散々に罵倒してやる。一番悪いのはこいつらの護衛を振り切ってミミ達に乗船を強要したルシアだが、そのルシアに振り切られて見失い、本来の任務を果たせなかったこいつらは本来腹を切って死ぬべき状況である。不本意ながら、結果的にルシアを守った俺に当たってくるとか言語道断も甚だしいと思うんだ。
「オラ、てめぇらもルシアの横に並んで正座しろ。とっとと立て。立てないなら這いずってでも横に並べ。できないなら転がしてやる」
四人とも念動力に押し潰されたダメージが大きいのかすぐには立ち上がれなさそうなので、念動力で少し持ち上げてから足で蹴ってルシアの横に並べ、全員の首に『私は護衛対象を見失って責務を果たせなかったウスノロの間抜けです』と書かれたボードをぶら下げてやる。
ちなみにルシアの首にかけているものも含め、全て格納庫でティーナとウィスカに作ってもらった。航宙艦の部材を出力できるデュプリケーターにかかればこれくらい一瞬である。
「容赦ないわねぇ……」
「もう少しこう、手心というか……」
そんなものはねぇ。売り切れだ。
「そういやこんなことして大丈夫かな? 俺、あんまり深く考えずにこれしてるけど」
正座しているルシアの頭をペシペシと叩きつつ、首を傾げる。まぁ、これで不敬だ死刑だとか言い出したらクリシュナ単艦で戦争してやるがな。今回進化したクリシュナをぶん回してみてわかったが、多分帝国航宙軍の艦隊じゃクリシュナは止められないと思う。油断さえしなければ相手がゲートウェイ防衛艦隊だろうが完封できるだろう。マジで。
「船の中では船長がルールです。これは相手は帝室の人間だろうと変わりません。なので、普通帝室の人間が船に乗る場合は、船の所有権を帝室の人間に移すのですが……」
「は?」
俺の許可なしに勝手にブラックロータスやクリシュナの所有権が帝室に移ってるってことか? 許さんが? 今すぐ帝都に戻って帝城を襲撃してやろうかな。
「それをやるとヒロが反発するのがわかってたんでしょうね。だから今回はそういう手続きはしてないわ。ルシアーダ皇女殿下も公式には帝城に留まっている事になっている筈よ」
「なるほど、なら良いか。しかしそれはそれで問題じゃないか? 例の慣習もあるだろ」
例の慣習というのは男が所有する船に女が乗ると、船の所有者である男の情婦扱いになるとかいうアレだ。身分を隠して『ルシア』という別人になっているルシアーダ皇女殿下はギリギリその慣習から逃れることができるかもしれない。理屈上は。しかしイゾルデ達はアウトでは? エデルトルートもだな。
「ふ、ふふ……」
正座をしたまま俯いていたイゾルデが昏く笑う。なんだよいきなり。怖いんだが。
「近衛騎士だなんだと言ってもどうせ私達は嫁き遅れです。今更貴方の情婦扱いされたところで何も変わりませんよ……同僚の男性近衛騎士は例外なく既婚者ですし、仮に既婚者じゃなかったとしても自分と同じくらい強い猛獣はちょっと、とか言いますし。同じ理由で帝城の男性陣には避けられますし。今回の任務から帝城に戻ったら帝城の女性既婚者には『あら良かったわね。巷で話題の傭兵のお手つきになれたんでしょう?』とか言われるんです。物理的に畳んでやりますけど。というか今回の失態で私達は御役御免でしょうけど」
暗黒オーラを垂れ流しながらイゾルデが愚痴る。突然陰の者にクラスチェンジするじゃん。帝室護衛の女性近衛騎士とかバリキャリっぽいというか、キラキラしてる感じに見えるんだけど実態はこんな感じなんだなぁ。
「ふふ……女性近衛騎士なんて言ってもその実態は様々な理由で結婚ができず、腕っぷしだけは強い貴族女子の吹き溜まりみたいなものですからね。ふふふふ……」
俺の想定以上にメンタルがぶち折れてしまったのか、イゾルデが陰気に笑いながら指先で床にのの字を書き始めた。文字も文化も違ってもいじける時にやるジェスチャーってなんか似通った感じになるんだなぁ。しかし今は反省させている最中なので、フォローするわけにもいかない。いや、どうフォローして良いのかもわからんが。
と、なんとも言えない表情で頭からキノコでも生やしそうなイゾルデ達を見下ろしていると、スタスタとコックピット方面からメイが現れた。その首には『私はご主人様の許可を得ずに独断でクリシュナに部外者を乗せました』という札がぶら下がっている。そして既に床に正座しているルシアとイゾルデ達の前に正座した。自主的でよろしい。
「ご主人様、今回の件は全て私の責任です。どうかルシアーダ様とイゾルデ様達をお許しください」
「全て……ルシアがイゾルデ達を振り切ることができたのもメイが何かしらの方法で手助けしたからってことか。理由を聞かせてくれ」
「はい。ご主人様の乗るクリシュナにお乗り頂くのが総合的に見て一番安全であると判断したからです」
「メイ、それはお前……そう、か?」
いの一番に敵集団に突っ込むクリシュナが一番安全なわけないだろ! という言葉は口から出かかったのだが、メイにそう言われるとそうかもしれないという気もしないでもない。
まず、今のクリシュナに追いつける船が存在するのか? という話だ。
過去には帝国航宙軍驚異の兵器であるサプレッションシップ――敵艦に文字通り突っ込んで白兵戦で制圧するというトンデモ兵器――に遅れを取ったクリシュナだが、今なら全力を出せば余裕でサプレッションシップをぶっちぎれるだけの速度性能がある。加えて言えば、六枚の機動光翼を発現させている現状、クリシュナはやろうと思えば長距離のサイオニックジャンプを行うことも可能な筈だ。まだ試したことはないが、理論上はゲートウェイを通過した先のこの宙域から帝都までひとっ飛びすることも可能な筈である。
戦闘面に関しては言うまでもない。仮に相手が宙賊から結晶生命体だの、どこぞの貴族の私兵軍だの、帝国航宙軍の離反艦隊だのに変わったとしても、生存性が一番高いのはクリシュナである。
ブラックロータスやドナーの方が構造としては大きく、装甲も厚く、頑丈に見えるかもしれないが、クリシュナのシールドは光学兵器を歪曲して受け流す能力を獲得しているので、光学兵器が主体となっている航宙戦においては寧ろクリシュナの方がそれら二隻よりも『硬い』まであるのだ。
もしルシアがブラックロータスやドナーに乗っている状態で戦況が悪化した場合、デカくて鈍足なブラックロータスやドナーでは逃げ切れない。いや、ドナーは高速巡洋艦というだけあってブラックロータスよりは足が速く、それどころか標準的な駆逐艦よりも速いくらいなのだが、それでも小型艦に纏わりつかれると超光速ドライブも起動することができなくなってしまう。つまり、ドナーも逃げるのは難しい。そういう状況になったら詰むということだ。
「なるほど、納得はした。でも抜き打ちというかいきなりはダメだろう……」
「申し訳ございません、伝達ミスです。弁明のしようもございません。まさか道中でこのような襲撃は起こる筈もないだろうと考えていました。確率的には0.01%未満かと」
「それは本当にそう」
「普通、あからさまな大型戦闘艦に護衛されている大型輸送艦に襲いかかってくる宙賊なんていないものね……」
「インターディクトしなくともドナーが巡洋艦なのはわかりますからね。駆逐艦級が三隻、それに加えて小型、中型艦多数ともなれば確かに袋叩きにすれば勝機はあるかもしれませんが……」
インターディクトしてよく観察しないとブラックロータスが輸送艦に偽装した砲母艦であるということは確かにわからない。それはわかる。だがドナーが同行しているとなるとアホが見ても襲うにはリスクが高いということは分かる筈なのだ。なので普通は宙賊が襲いかかってくるようなことはない。メイが襲撃確率0.01%未満と言うのもわかる気がする。
「突然の襲撃、駆逐艦級宙賊艦が三隻、その他戦力多数、その状況では議論をしている暇も、俺を説得している暇もなく、ルシア自身は俺の船に潜り込むことに積極的だったので細かい説明をせずにイゾルデ達の追跡を妨害し、とにかく最速でルシアをクリシュナに乗せることを優先した。その結果が現状と。そういうわけだな?」
「はい、ご主人様の仰る通りです。どのような罰もお受けしますので、どうかルシアーダ様とイゾルデ様達への怒りをお収めください」
メイがジッと俺の顔を見上げてくる。背にルシア達を庇いながら。
メイが積極的に妨害に回ったブラックロータスの艦内でルシアを追うことができるか? と言われると多分無理だ。いや、俺なら恐らくできるが、イゾルデ達には不可能だろう。メイが本気で妨害に回ったというなら、物理隔壁で遮断し放題。艦内に隠されたレーザータレットなどの防衛兵器も起動し放題。下手すりゃ通路の一区画に閉じ込められて酸素を抜かれたりなんてこともありうる。イゾルデ達の場合物理隔壁を降ろされて閉じ込められた時点でほぼ詰みだ。船の施設を傷つけたりなんかしたら俺が激怒することは目に見えているからな。
「……わかった。イゾルデ達への暴言を撤回する。悪かった。殴って気が済むなら一発でも二発でも殴ってくれて良い。俺はそれだけのことをした。心から謝罪する」
「いえ……皇女殿下を見失って護衛の任を果たせなかった無能という言葉は事実ですから……」
イゾルデ達は俺から目を逸らし、自嘲するような昏い笑みを浮かべる。
「メイも事情はわかった。状況を鑑みて罰は与えない。寧ろ緊急時の対応については俺が率先して相互認識をすり合わせておくべきだったと思う」
「……ご主人様」
メイが俺の顔を見上げてくる。いつもの無表情だ。だが、心なしか表情が明るく見える。
「だがルシア、てめーは駄目だ。たまたまメイの思惑に合致して、たまたま自分の身を守る最適な行動になってただけで、本質的には周囲の迷惑も顧みず強引にクリシュナに忍びこんでたってことだろうが。お前は許さん。反省しろ。きっちり二時間正座しろ」
「……あれぇ?」
流れ的に自分も許されると思ったか? そうは問屋が卸さねぇよ!




