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#057 旅立ちの朝

滑り込みアウトォ!_(:3」∠)_(居眠りをしたのがいけなかった

「うー……」

「調子に乗って飲み過ぎだよ、お前は」


 セレナ少佐を簡易医療ポッドにぶちこんで一時間ほど。調子よくカパカパと盃を空け続けた我がエルフのお姫様が見事に撃沈なされていた。

 俺は一時間ほど前にやったのと同じようにエルマを背負い、医務室へと移動中である。一時間も打ち込んでおけばとっくにセレナ少佐から酔いは抜けているはずだからな。セレナ少佐を起こして、入れ替わりでエルマを簡易医療ポッドに打ち込むつもりである。

 医務室に入ると、簡易医療ポッドの中でスヤスヤと眠っているセレナ少佐の姿が見えた。バイタルチェックの結果は良好となっているので、簡易医療ポッドを操作して覚醒を促すことにする。すると、程なくしてセレナ少佐が簡易医療ポッドの中で目を覚ました。

 少しの間、虚空に視線をさまよわせた後びっくりしたかのように目を見開き、勢いよく起き上がろうとして――。


「~~ッ!?」


 ガツン、と艦に医療ポッドのガラスのような透明な蓋に頭を打って涙目になっていた。少佐殿、酒が抜けている筈なのにポンコツっぷりが抜けておりませぬ。少佐殿。

 コンソールを操作してポッドの蓋を開けてやる。勿論、俺がしなくても内部から蓋を開けることはできるのだが、ポンコツ度が上昇しておられる少佐殿には難しい作業だったらしい。


「とりあえず、出てくれ。こいつを放り込むから」

「え、ええ……」


 額をさすりながらセレナ少佐が簡易医療ポッドから出てくるのを見守ってから入れ替わりでエルマを簡易医療ポッドに放り込み、コンソールを操作して体調を快復させるようにセットする。


「ええと……?」

「少佐殿は酒を飲みまくって胸中の不平不満その他諸々を穴の空いた酸素ボンベの如く撒き散らしてお眠りになられましたので、僭越ながら簡易医療ポッドに打ち込ませていただいた次第でございます」

「……」


 俺の口上を聞いたセレナ少佐の顔が赤くなり、気まずげに逸らされる。まぁ気まずかろう。構ってくれ! と相手の迷惑を顧みずに船に踏み込んで、振る舞われるがまま正体を無くすほどに酒をかっくらい、眠りこけて簡易医療ポッドに打ち込まれる。まともな神経をしていれば申し訳ないと思うくらいの失態だろう。


「そ、その、ごめんなさい」

「いや、たまにはこういう風に羽目を外すのも良いんじゃないですかね。随分とストレスが溜まっていらっしゃったようですし」

「うぅ……」


 セレナ少佐が両手で顔を覆って俯く。相当効いているようだな。


「それに二度目ですし」

「うぐぅ……!」


 この前も飲みすぎて同じようなことになってたしな。


「お酒に関しては自重なさるか、良い感じにしてくれるナノマシンでも導入されてはどうかと。というか、俺みたいな傭兵の船に乗り込んだ挙げ句、正体無くすまで呑むのは流石にお貴族様の子女として無防備すぎやしませんかね」


 こんなに技術の進んだ世界なら不可逆的に精神を良いように操作できてしまうモノの一つや二つはあるだろう。身体の自由を奪うだけなら手足の腱を切るという原始的な方法だって取れる。それに、セレナ少佐が眠りこけている間に船を出して遥か彼方に飛び去ってしまうなんて方法もある。

 ベレベレム連邦にでも行ってセレナ少佐を売り払うなんてことだってやろうと思えばできてしまうだろう。セレナ少佐は若くて美人で貴族だということで血筋も良い。大金を払ってでもその身柄を買い取り、その身体を、あるいは精神を思うがままに貪りたいという輩はいるはずだ。


「反省しております」


 セレナ少佐が小さくなってシュンとしている。可愛――いや待て待て、騙されるな。眼の前にいるのは誰だ? セレナ少佐だ。酔いの抜けた、正常な状態のセレナ少佐だ。彼女は俺に説教をされてシュンとしているように見えるが、本当にそうなのか? 本当にそうなのかもしれない。でも、違うかもしれない。疑ってかかるんだ、俺。


「まぁ反省していらっしゃるのであれば俺からこれ以上は言わないでおきましょう。そもそも、俺はセレナ少佐に説教できるような偉い人間でもなんでもありませんし」


 壁に立てかけてあったセレナ少佐の剣を手に取り、彼女に差し出す。


「そろそろ船に戻られたほうがよろしいかと。変な噂を立てられては困るでしょう。お互いに」

「そ、そうですね。ええ」


 剣を受け取ったセレナ少佐がいそいそと立ち上がる。

 ミミはどうしたって? ミミはエルマとの延長戦中に目を覚まして、今は食堂の片付けをしてくれているよ。結果として一番の若年者であるミミが一番自分をコントロールできているのではという。

 船のハッチを開放し、タラップを降りていくセレナ少佐を見送る。その途中でセレナ少佐が振り返った。


「また会えますか?」

「少佐が宙賊を追うなら、また会うことになるでしょう。俺にとっても宙賊共はメシの種なんで。それに、貸しもありますからね」


 そう考えると、俺は宙賊の命を糧として生きている人食い野郎ってことか。うーん、ある意味事実なんだが、もう少しマシな存在であると思いたい。同情の余地のある宙賊なんて存在しないわけだし。


「そうですか……そうですね。では、また」

「ええ、また」


 最後にふわりとした微笑みを浮かべてからセレナ少佐は去っていった。その姿を見送ってからクリシュナの中へと戻り、溜息を吐く。


「また会えますか、ね」


 そんなことをあんな捨てられた子犬か何かみたいな目で言われても困る。俺に一体どうしろというのか。セレナ少佐は俺が背負うには少々重すぎるんだよなぁ。

 まぁ、縁があればまた会うこともあるだろう。何にせよ、出発は明日に持ち越しだな。


 ☆★☆


 翌日。


 昨日の飲み会で浪費した物資は微々たるもの(酒はエルマの私物で、出された食べ物の大半はミミの私物であった)だったので、出発しようと思えばいつでも出発は可能だ。

 昨晩は酒のせいで弱っているだろうということでお楽しみもなしだったので、俺は朝からササッとトレーニングを済ませ、風呂に入ってコーヒーを飲みながら優雅に情報収集をしていた。

 情報収集とは言っても別にこれから向かうリゾート星系の情報や、その道中の情報を調べているわけではない。先日の触手生物騒ぎ――バイオテロに関する情報だ。

 あれから数日が経ち、事件の全貌が明らかになってきた。

 例の生白い触手生物は、やはり培養肉の製造工場などで作られている生物が基になったもので、特定の条件下――つまり肥育環境から脱走した場合の自死機能を遺伝子操作で無効化し、攻撃性を高めたものであったらしい。

 今回のバイオテロに関しては既にとある組織から犯行声明が出ているらしく、帝国政府はテロ組織の撲滅を帝国軍に指示したと記事には書いてある。

 テロ組織の名前は人工生物保護協会。

 人間の勝手な都合で生み出され、勝手な都合で殺され続ける人工生物、人工生命体の類の権利を守り、保護するために活動しているというわけのわからんやべー奴ららしい。自然保護団体とか動物保護団体の未来版ってやつだろうか? あまり関わり合いになりたくない奴らだな!


「おはようございます、ヒロ様」

「おはよう」


 記事を読み終わった丁度良いところでミミとエルマが食堂に入ってきた。


「おはよう、二人とも。さ、朝飯を食って次の目的地に移動しようか」

「今日は邪魔は入らないでしょうね?」

「流石にセレナ少佐も二日連続では……」


 エルマの言葉にミミが苦笑いを浮かべる。ミミの中でセレナ少佐は『そういう枠』の人間として認識されたようである。そういう枠っていうのはつまりアレだ。トラブルメーカーとかそういうアレだ。


「まぁ、大丈夫だと思うけど急ぐ旅でもないしな。一日二日は誤差だよ、誤差」


 それだけ滞在費もかかるわけだが、1700万エネルもあると多少のことでは動じない。無理やり日本円に換算すると17億円相当だもの。


「それよりもメシだメシ。今日のシェフおまかせメニューは何かなー」

「お腹が空いているので、私はガッツリとしたものが食べたいです」

「私は軽くでいいわ。朝はあんまり食欲が無いのよね」


 ワイワイとやりながら賑やかに朝食を摂り始める。

 新天地へと向かう朝。そんな朝でも変わらず、俺達はいつも通りの日常を過ごすのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >私は軽くでいいわ。朝はあんまり食欲が無いのよね お前こないだ朝からステーキ食ってたやろがい! 女の子アピかね?ん?
[気になる点] コロナの暇潰しに読み直していて気になった所なのですが #057 の気になる所 #048話で医務室の簡易医療ポッドにセレナ少佐を放り込み、後をミミとエルマに任せる。流石に服を着たままでは…
[一言] ・ガツン、と艦に医療ポッドのガラスのような透明な蓋に頭を打って涙目になっていた。 →艦に?ちょっと意味が分からないです?
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