#559 「急にホラーになってきた。続けて」
クリスの仕事量に関してなんとかならないかと考えた俺は、皆が集まっている今のタイミングで思い切って機械知性の導入というか参画について聞いてみることにした。とりあえず小声で。
「まったくしがらみのない、知識のない立場からの発言なんだが、クリスの星系総督の仕事に関して機械知性の力を借りるのは駄目なのか?」
エルマとセレナ、それにクリスとメイがいるこの場でなら俺の疑問について答えが貰えることだろう、とそう思って聞いてみたのだが、エルマとセレナとクリスの三人から返ってきたのは苦虫をまとめて何匹も噛み潰したかのような苦い表情であった。メイはいつも通りの無表情だが。
「前から思ってたんだけど、帝国の貴族とか貴族関係者って機械知性と距離を置いているというか、苦手意識が凄いよな。何か知らんがとてもセンシティブな話題だってのは俺も解ってる。それを押して話をちゃんと聞きたいんだ」
俺がそう言うと、エルマ達は互いに目配せと身振り手振りを交えてサイレントなやり取りをし始めた。物凄い速度で。傍目には高速でパントマイムでもしているかのように見える。これあれだな。なんか押し付けあってる雰囲気だな。
「メイに聞こうかなー」
「私は一向に構いませんが」
俺とメイのやり取りを聞いた三人がビクリと身体を震わせて固まる。そして再び始まった短いやり取りの末、エルマが小さく溜め息を吐いて項垂れた。どうやらエルマが説明役を務めることになったらしい。
「昔、帝国が機械知性と戦争した話は覚えてる?」
「ああ、覚えてる。シエラ星系で聞いたな。ミロから」
あのリゾート惑星を管理していた機械知性のミロは今も元気にやっているんだろうか。あいつはなかなか面白いやつだったな。機械知性のくせにメイドロイドの販売ノルマがあるとか行ってメイを売りつけてきたりして。
「あの結末、実は嘘でね」
「結末というと……あー、なんだっけ。なんか機械知性と解り合う人達が出てきて最終的に和解したとかそんな話だったっけ」
「そう、それ。和解したのは本当だけど、実質的に帝国は機械知性に敗北したの」
「……なるほど?」
言われてみればさもありなんという話ではある。当時の機械知性の演算能力がどの程度のものであったのかはわからないが、彼ら機械知性は一種の電子生命体だ。彼らはネットワークに繋がった電子機器でさえあれば、実質上どんなものにでも入り込めるし、操ることができる。
そして、恐らくだがそれらが確保できるどんな場所にでも逃げ込むことができるだろう。そこに彼らの『生存』に必要なだけの計算リソースとメモリが確保されてさえいるのであれば。
そんなものを相手に勝利することができるのだろうか? 俺には勝ち筋が全く見えない。機械知性を確実に殺す凶悪なコンピューターウィルスでも開発できれば可能性はあるのだろうが、そういった電子戦はむしろ彼らの領域の戦いだ。勝てるとはとても思えない。
「実は帝国が機械知性に負けていたって話と、帝国貴族が機械知性に苦手意識を持っているって話が俺の中で繋がらないんだが。かなり穏当な形に落ち着いたんだよな、和解そのものは」
「そうなんだけどね……あー、なんて言ったら良いのかしらね。監視されてるのよ。私達」
「監視などと仰られるのは大変遺憾です。私どもは影に日向に帝国の皆様を見守っているだけです」
大変歯切れの悪い様子で不穏なことを言うエルマにメイが静かに抗議する。オラ唐突な不穏ワードに胸がドキドキしてきたぞ。動悸的な意味で。
「急に不穏ワードが飛び出してきたんだが、監視って具体的にどういう……?」
「貴族がね、いわゆる私欲に走って領民を虐待とかするとどこからか警告が入るのよ。見ているぞ、ってね……」
「急にホラーになってきた。続けて」
「それでも無視してやんちゃを続けると、最初は些細な不具合があちこちで起き始めるの。その貴族の屋敷の家電製品が立て続けに故障するとかね。それでも続けると基幹産業の施設とか、電力網とか、インフラ関係とかにも謎の故障が発生し始めて、それでも無視すると突然個人資産のエネルが吹っ飛んだり……」
「怖い怖い怖い。完璧にホラーじゃん。いや待って? それだと滅茶苦茶やんちゃしてたイクサーマル伯爵家とかどうして大丈夫だったんだよ?」
「一応機械知性の監視を逃れる手は無くもないのよ。要は、外部ネットワークに繋がっていない環境を構築すれば良いわけ。後ろめたい仕事は全部その環境下でやれば、機械知性にはバレない。とは言っても、徹底は大変なはずなんだけどね。何かしらのカウンターテクノロジーを独自に開発していたんじゃないかしら」
そう言ってエルマは眉間に皺を寄せる。何らかのカウンターテクノロジーねぇ? 機械知性を出し抜けるほどのものとなると、俺には想像もつかんな。自分達に味方する不良機械知性でも囲ってたとか?
「まぁイクサーマル伯爵家のことはいいや。貴族が機械知性に苦手意識を持っているのもわかった。でも統治に機械知性を利用しないのはなんでだ?」
「あー、つまりね。色々と手続きは踏むけど、最終的には機械知性に統治を乗っ取られるのよ。やんちゃし過ぎたり、まともに領地を管理できなかったりするとね。それが転じて貴族が統治面で機械知性に頼るのは無能の証明、みたいな風潮が貴族社会で醸成されていて、貴族としては安易に機械知性に頼れないのよ。そもそも、統治を機械知性に任せるなら貴族の存在価値とは? って話にもなるしね」
「わかるようなわからんような……」
俺は使えるものはなんでも使って楽をするのが良いと思うんだが、グラッカン帝国の貴族はそうは思わない、というか思えない雰囲気があるらしい。面倒な話だな。
「ご主人様、負けた相手に頭を下げて助けてくださいと言うのは自尊心をいたく傷つける行為なのですよ」
「なるほど。戦争には負けたけど統治でお前らに頼る必要なんてねーし。こっち方面では負けねーしって言いたいんだな」
「はいそこ、二人ともオブラートに包むように。色々敵に回すからやめなさいね」
メイの端的な発言は大変にわかりやすかったのだが、どうやら貴族的には大変危険な発言であったらしい。めんどくさいなぁ、貴族って。
「こう、クリスにそっくりなアンドロイドを作って影武者にするとか……」
「それは少々危険かと。機械知性が密かに貴族に成り代わって貴族の統治権を脅かしている、などと機械知性が嫌いな方々に勘違いされてしまうと、第二の戦争が始まりかねませんので。それに、ひと目で人間と区別がつかない筐体を作る、というのは条約に違反しますし」
「そっかぁ、ままならんなぁ」
まぁ確かによく考えてみれば機械知性が本物の人間を始末してアンドロイドを送り込む、なってのはSFホラーでありがちなやつではあるか。知らない間に家族や知人がアンドロイドに置き換わっている、なんて恐怖を煽りかねないのというのは確かにそうだ。
なら、発想を変えよう。
「不良貴族というか似非貴族の俺が機械知性を頼るのは別に問題ないよな」
「「「……えっ」」」
俺の発言にエルマ達が目を点にした。
「貴族としての強化手術を受けていない俺が、クリスのお手伝いをするために機械知性を頼る。真の貴族ではない俺ならお目溢しされるんじゃないか?」
俺はグラッカン帝国の爵位を持っているが、それはゴールドスターにくっついてきた名誉子爵位だ。つまり俺は一代限りの似非貴族。貴族の常識とも言える強化手術すら受けていない。そんな俺が妻を助けるために機械知性を頼ったとして、何の問題があるというのか。
「それは……そうかもしれませんが」
「ナシよりのアリかしらね……?」
「相変わらずこう、奇手を考えるのが美味いというかなんというか……ヒロの名誉は地に落ちますよ?」
「強化手術もしてない似非貴族に落ちる評判も何も無くね? 別に俺の評価が貴族として地の底だって俺は困らんし。クリスに迷惑がかかるんなら強行する気は無いが、俺の評判が落ちるだけでクリスが楽になるなら俺はやるべきだと思うぞ」
俺がそう言うと、三人は互いに顔を見合わせ、考え込んでしまった。
もし新たな機械知性を仲間にするならミロのところに行くのもいいな。前のバカンスは中途半端なところで終わってしまったし、今のメンバーで再びバカンスに行くのも悪くないだろう。
侯爵閣下も新婚旅行に行ってもらうとか行ってたし、ルートにシエラ星系を組み込むことができれば良いな。何より皆の水着が見たいし。よし、行こう。絶対に行こう。新婚旅行の行き先はシエラ星系だ。今決めた。もう決めた。面倒な結婚式なんて速攻で終わらせて、セレナの船を調達して新婚旅行にゴーだ。




