#055 なんだこいつめんどくせぇ!
「逃しませんよ」
「Oh……」
準備を始めて三日後。食料品やその他備品の手配もほぼ終わり、艦とパワーアーマーの整備も完了して、さぁ後は出発するだけ! という段階でセレナ少佐がクリシュナに乗り込んできた。
私服姿で。
「あーあー困りますお客様。お客様お客様お客様。あー、お客様。困りますお客様。あー」
「なんですかその感情の篭っていない対応は!? ちょ、ぐいぐい押さないでくださいっ! 不敬! 不敬ですよ! 私はホールズ侯爵令嬢ですよ!?」
「ちっ、めんどくせぇなぁ」
「舌打ち!? めんどくさい!?」
俺の本音にセレナ少佐が口をあんぐりと開けて愕然とした表情をする。お? なんだ? 貴族特権を振りかざして斬り捨て御免でもするか?
「あの、ヒロ様……その対応はいかがなものかと」
「恐れ知らずにも程がある……」
セレナ少佐に対する俺の対応を見たミミがちょっと顔を青くしながら俺を諌め、エルマは手で顔を覆って天を仰いでいる。いやいや、良いんだよこれで。お貴族様だかなんだか知らんが、このクリシュナは俺の船だ。船の中では俺が王様なのだ。
「なんなんすかねぇ? 強引な勧誘とかはもうしないって約束じゃありませんでしたっけ?」
「うぐっ……そ、それはそうですけど」
「けどぉ?」
「ズルいじゃないですか! 私がこんなに忙しいのに貴方達だけシエラ星系でリゾート三昧だなんて! ズルいですよ!」
セレナ少佐がビシィッ! と俺を指差して声を張り上げる。なるほど。
「なんだこのめんどくさい女」
「まためんどくさいって言った!?」
ガーンと擬音がつきそうな表情をしているセレナ少佐を無視して溜息を吐く。だって面倒くさいを言う他ないじゃないか。出発しようかというタイミングを見計らって邪魔しに来るとかそれ以外にどう表現しろと?
「なんというか、ヒロにしては辛辣な対応ね。あんたって女には結構優しい対応するのに」
「軍のお偉いさんってだけならまぁいいけど、侯爵令嬢だからなぁ。下手に優しくして懐かれても困るし?」
「なつっ……!? 私は愛玩動物の類ではありませんのですけれどっ!?」
「……逆効果じゃないでしょうか」
怒りのあまりか口調が崩れ始めるセレナ少佐と、その様子を見ながら不穏なことを呟くミミ。おいおいやめろよ、こんな辛辣な塩対応されて余計懐くなんてことがあるわけがないだろう? ないよな?
「それで、結局のところなんなんです? 俺達はこれからシエラ星系に移動してヴァ・カ・ン・スがてら宙賊退治をして過ごす予定なんですがねぇ」
「それはですね……そう、不謹慎だと思います」
「不謹慎?」
「そうです。今、アレインテルティウスコロニーは先日のバイオテロで大きな被害を受け、沢山の人が亡くなりました。そんな中でリゾート地でバカンスを楽しむなどというのは不謹慎ではありませんか?」
「なるほど」
「ふふふ、わかってくれましたか。ではもう少しここに滞在して――」
「俺達には関係ないんで。さぁさぁ俺達はシエラ星系に行くんで邪魔なんで出てってください。というかそれをネタに俺達を引き留めようとする方がよっぽど不謹慎だと思います」
「あーっ! あーっ! だめですよ! だめですよ! 嫁入り前の貴族の娘に男が触れるなんてだめですよ! あーっ! 無礼討ちです無礼討ち! 斬り捨て御免ですよ!」
「なんだこいつめんどくせぇ!? 素面なのに酔っ払ってんのか!?」
ぐいぐいと押して食堂からセレナ少佐を追い出そうとするが、セレナ少佐も食堂の出入り口ドアで四肢を突っ張って全力で抵抗する。くそっ、誰かパワーアーマー持ってこい! このじゃじゃ馬を船の外に放り出してやる!
「ああもう……二人とも落ち着きなさい。どうどう」
エルマが俺とセレナ少佐の間に入って両者を引き離しにかかってくる。ここで抵抗しても仕方ないので、俺は言外にお手上げだと言うために両手を挙げてから食堂の椅子に座り込んだ。そんな俺の隣の席にミミが座り、エルマに連れられたセレナ少佐が俺の対面に座る。エルマはその隣だ。
「で、もう一回だけ聞きますけど一体何なんです? 俺達はとっととこの星系から移動したいんですが。俺達の移動の自由を侵す満足な理由を言ってくれないなら、俺は船長としてこの二人にも命じて、三人がかりでセレナ少佐を船の外に放り出しますよ」
「うぐっ……」
セレナ少佐を睨むと、彼女はあからさまに怯んだ様子を見せた。そして俺から目を逸らしてミミやエルマにも目を向け、考え込みでもするかのようななんとも言えない表情で天を仰いだ後、溜息を付いてから誰もいない方向に顔を逸らした。
「羨ましくって、妬ましくて、絡みにきただけです」
「……は?」
「だから! 羨ましくて絡みに来ただけですっ! 文句がありますか!?」
「文句しかねぇよ!?」
「だってズルいじゃないですか! 私が毎日毎日毎日毎日気色悪い触手生物のホロ画像を何度も何度も資料として目にして対策会議をしたり報告書を書いたりしてるのに、貴方達はリゾート地に行くだなんて! 絡んで邪魔したくもなりますよ!」
「ストレートに迷惑! 本当にただの妬みじゃねぇか!」
「やだやだズルいズルい私もリゾート地でバカンスしたい!」
「軍人としての体面も貴族としてのプライドも捨てて駄々をこね始めた!?」
セレナ少佐がペシペシと食堂のテーブルを叩いて喚く。一体クールで理知的な軍人の彼女はどこへ消えてしまったのか……まさかここに来る前に一杯引っ掛けてから来たんじゃあるまいな?
「つまり、単に俺達が羨ましくて邪魔をしに来たと?」
俺の質問にセレナ少佐は上目遣いで俺を見ながらコクリと頷いた。俺は彼女に微笑む。彼女も笑顔を見せる。なるほどね。
「よし、放り出す」
「やあぁぁぁぁぁぁ! 正直に言ったのにぃぃぃ!」
「ストレートに悪意じゃねぇか! 同情の余地もねぇよ!」
テーブルにしがみついて抵抗するセレナ少佐とそれを引っ剥がそうとする俺。攻防の末、俺達の争いに終止符を打ったのはミミだった。
「あの、ちょっと良いですか?」
「なんだ?」
「あの、セレナ様もただ駄々を捏ねてもどうにもならないことは理解していると思うんです。ご自分の立場は誰よりも理解しておいででしょうし。私服姿ということは、今日は非番なのですよね?」
「……うん」
「つまりその、セレナ様は単に息抜きというか、鬱憤を晴らしたいだけじゃないかと。軍人としてのセレナ様も侯爵令嬢としてのセレナ様も無視してただのセレナ様として接してくださるヒロ様と遊びたいんですよね?」
「……」
セレナ少佐は沈黙した。この場合の沈黙というはつまりイエスということなのだろう。
「遊ぶっつったって……」
俺、困惑。一体どうしろと? このお嬢様を街に連れ出してデートでもしろというのか? 絶対に御免だ。こいつからはなんかヤバい気配がするし。
「それじゃあここで飲みましょうか。高級なオーガニック料理は出せないけど、テツジンなら美味しい食事を作ってくれるし。飲み物だって私のお酒があるわ」
「ああ、借金を返しもしないで10万エネルも使ってクリシュナのカーゴルームを微妙に圧迫してるアレな」
たっぷりと皮肉を込めてそう言ってやると、エルマは身体をビクリと震わせた。たまにこうして突いてやらんとこいつは借金を返しそうにないからな。
「ま、まぁそれは良いじゃない? あ、あんただってできるだけ長く私と一緒にいたいでしょ?」
「まぁ、それはうん」
それは素直に認める。エルマは良いやつだし、美人だし、可愛いところがあるからな。ミミは言うまでもないが。だがセレナ少佐、おめーは駄目だ。
「じゃあ、今日だけですよ。そしてまた貸し一つですからね、少佐」
「うっ……わ、わかったわよ」
どんどんセレナ少佐への貸しが増えていくな……このまま借りに借りまくって俺と関係を深めていこうという心積もりじゃないだろうな、この女。少し警戒しておくか。
「それじゃ、話も決まったところでパーっとやりましょうか。お互いの壮行会ってことで」
「はい! 実は私も通販で輸入品店から色々と新しい食べ物を買ったんですよ! お披露目しますね!」
ミミが聞き捨てならない事を言い始めた。なんか最近カーゴが狭いと思ったらいつの間に……ミミもエルマの薫陶を受けて抜け目なくなってきたということだろうか。強かになってきたミミの成長に胸中で複雑な思いを抱く俺なのであった。




