#054 リザルト
間に合わなかった!_(:3」∠)_
いかにも清潔そうな白い空間と、そこに設置されたいくつかのテーブルと椅子。遠くから機会か何かの駆動音や、残響と化した人の話し声らしきものが聞こえてくる。
そんな白い空間に設置された席の一つに俺は着いていた。パワーアーマーの窮屈さから解放され、実にさっぱりとした気分だ。
「いやぁ、本当に助かったよ。宙賊に襲われた時もダメだと思ったけど、今度ばかりは私の命運も尽きたかなと考えていたんだ」
ショーコ先生がそう言いながら俺に何かの飲料ボトルを差し出してくる。よく冷えている、少し白く濁った液体だ。粘性は特に無いようで、スポーツドリンクのように見える。
「これは?」
「経口補水液のようなものさ。比較的飲みやすい味だよ」
本当にスポーツドリンクのようなものだったらしい。折角だからということで素直にボトルのキャップを外して一口飲む。うん、ポ○リだこれ。
「お疲れ様だったね。大変だったろう?」
「それなりには。まぁ、パワーアーマーのおかげで危険を感じる場面は少なかったですね」
対クリーチャー用ナノマシンの研究が終わった後、総合病院の中に招かれた俺はパワーアーマーを脱いで病院の施設でひとっ風呂浴び、ショーコ先生に歓待されていた。俺と知り合いだということで彼女が歓待役に抜擢されたらしい。
何故とっとと船に帰らずに総合病院に滞在しているのかと言うと、クリーチャーどもの体液を浴びに浴びまくったパワーアーマーを浄化もせずに船に帰るのは危険だろうと判断されたからだ。どんな病原体を持っているかわからないからな。
念の為に浄化と、あとパワーアーマーにこびりついている体液や肉片を採取して対クリーチャー用ナノマシンの完成度を高めようという意図もあるらしい。
「ショーコ先生はもう開発の方は良いんですか?」
「うん、もう完成してるしね。君のパワーアーマーから採取したサンプルで若干の修正は入る可能性もあるけど、まぁ微々たるものだろう。私が関わる必要は無いね」
そう言って彼女はヒラヒラと軽く手を振った。命の危機を脱した直後だからか、若干精神状態が不安定というか、躁の方向に揺れているようである。
「しかしショーコ先生もなかなかに運が悪いですね。一ヶ月もしないうちに二回も命の危機に曝されるっていうのは」
「まぁそうだね。確率論的に言えば異常値だね。どちらもヒロ君のおかげで命拾いしたっていうのには少し運命を感じちゃうけれど」
「そういうの信じる方なんですか?」
あんまりオカルトとかを信じ無さそうなタイプの人に見えたんだが。
「いいや、まったく。でも短期間にこうも続いてしまうと宗旨変えも已む無しかな?」
「なるほど? じゃあ運命に従ってうちの船医にでもなります?」
俺の誘いにショーコ先生はキョトンとした顔をした後、クスリと笑みを漏らした。
「それも悪くないけれど、傭兵の船となると船医までは必要ないだろう? 基本的にコロニーの近くで活動する君達傭兵は急病時にはコロニーの医療施設を使えるし、それ以外の軽度な傷病であれば簡易医療ポッドだけで十分なはずだ。コロニーから遠く離れて活動する開拓移民船や深宇宙探査船――所謂冒険船とかならともかく。私としても満足な研究設備も研究対象も無いような船には、ね?」
「そりゃ残念」
ショーコ先生は魅力的な女性だから本当に残念だな。えぇ? 動機が不純だって? 男なんてそんなものだろう? ミミ並みの胸部装甲を持つ眼鏡美人さんだぞ? 一回くらいお相手願いたいと思うのは健全な男性の自然な発想だろう。
「ふふ、目つきがやらしいよ?」
「それだけ俺が健全な男性であるということですよ」
「そんなにいいものかな? これ。肩が凝るしジロジロ見られるから私はあまり好きじゃないんだけれどね?」
そう言ってショーコ先生が自分のおっぱいを下から持ち上げてみせる。なんという眼福。エクセレント。なんまんだぶなんまんだぶ。
「拝むほどかい?」
「男にとって女体とはいくら探求しても探求しきれない神秘の領域なので」
「安い神秘だなぁ」
ショーコ先生がケラケラと笑って席を立つ。
「さぁ、サービスタイムは終了だよ。そろそろ浄化作業も終わっている頃だ」
「アイアイマム」
俺は席を立ち、サービス精神溢れるショーコ先生に敬礼した。
☆★☆
帰り道は非常に安全な道程となっていた。三人一組となったパワーアーマー装備の帝国航宙兵はあちこちを巡回して例のクリーチャーの処理をしていたから、俺の出る幕は全く無かったのだ。
とはいえ、こちらはパワーアーマーを装備した上に強力な武器を携行してうろついている不審者である。何度か帝国兵に呼び止められたわけだが、傭兵ギルド経由でイナガワテクノロジーの救援任務を受けて、今は任務を完了して船への帰投中だと説明するとすぐに解放してくれた。
「で、結局出処がどこなのかは判明したのかね?」
『今の所、そういう情報はないですね。ただ、各ハイテク企業が打ち出した様々な対処策で駆除は進んでいるみたいです?』
「各企業から様々? イナガワテクノロジーのナノマシンだけじゃないのか?」
『はい。軍用ロボット兵器メーカーのイーグルダイナミクス社はクリーチャー駆除に特化した戦闘ロボットを大量にコロニー各所に派遣したようです。それに化学薬品メーカーのサイクロンはクリーチャーにだけ猛毒性を発揮する化学物質の合成に成功し、化学薬品放射器と一緒帝国軍に提供したようですね。その他にも色々なメーカーが対応策を打ち出しているようですよ』
『帝国軍も駆除を開始したし、独立部隊も戻ってきたみたいよ。事態は収束に向かっていると見て良いわね』
「なるほど。しかし人騒がせな事件だったな……俺らはそれで金を稼いだけど、命を失ったり怪我をしたりした人はたまらんだろうな」
『そうね。あ、そうそう。今回の二件で稼いだ分は私達に分配しなくて良いからね』
「おん? どういうことだ?」
『船で稼いだなら私達も命を張ってるって意味で分け前をもらうけど、今回命を張ったのはあんただけでしょ? これで分け前を貰おうだなんて流石に虫が良すぎるわよ』
「そうか?」
二人にもオペやナビをしてもらったんだが。
『そうですよ。これくらいのことで命を張って戦ったヒロ様の分け前なんて烏滸がましいです』
「そうか……わかった」
二人がそう言うならそうしておこう。定めた決まりに反するのはどうかと思わないでもないが、二人の言い分も納得できる。俺がもし彼女達の立場だったらどうか? 同じ事を言い出すかもしれない。
「この様子じゃ暫くは混乱状態だろうな、このコロニーは」
『仕方ないわね。幸い、食料と水のストックは十分あるし、報酬を受け取ったらさっさと次の目的地に移動すれば良いわよ』
『それまでは外に出るのも危ないですし、艦内で待機ですね』
「そうだな。艦内でゆっくりするしかないな……ふふ」
ちょっと身体を動かして軽く命の危機――でもないけど、命のやり取りをしたせいか昂ぶってるんだよな。お二人には存分にお相手願おうかね。
『……手加減しなさいよ?』
若干怯えた声で通信越しにエルマが囁いてくる。
『何の話ですか?』
ミミは事態がよく呑み込めていないようだ。それもまたよし。
「二人とも疲れただろう? もうこっちは大丈夫だから、風呂にでも入っておくといい」
『んん……? わかりました。では、気をつけて帰ってきてくださいね、ヒロ様』
「ああ、いい子にして待ってろよ」
通信を切ってエレベーターへと乗り込む。エレベーターを降りたらもう一勝負だな。
☆★☆
嫌なタイミングで起こった謎の化物発生事件の影響は大きく、軍と港湾管理局から報酬が払われるまで五日もかかった。イナガワテクノロジーからの報酬はすぐに振り込まれたんだけどな。
それまでの五日間何をして過ごしていたのかって? 言わせんな恥ずかしい。いや、俺も超人じゃないから四六時中ずっとってわけじゃなかったぞ。取っ替え引っ替え好き放題したのは認めるけど。
エルマは最初は仕方ないなぁって感じだったけど最後の方はかなりノリノリだったし、ミミは戸惑ってたのは最初だけだったな。
「さて、清々しい朝だな」
「はいはいそうね」
「ミミ、エルマの対応が冷たいんだが」
「きっと照れているんですよ。エルマさんはちょっと素直じゃありませんから」
「~~ッ!」
ニコニコしながら悪気もなく図星を突くミミ。流石のエルマも邪気の欠片もないミミに噛み付くのは気が咎めるのか、顔を真赤にして黙りこくってしまう。
「ははは、エルマは可愛いなぁ。さて、やっと報酬が支払われたということで、分配するわけだが……今回の報酬総額は略奪品の売却分も含めて835464エネルだ。それに三〇日分の拘束費が150万エネル、出撃時の同伴ボーナスが全部で372514エネル。合計で2707978エネルが今回の一連の稼ぎだな」
「時間はかかったけど結構な金額になったわね」
「しゅごいです……」
エルマは満足げに頷き、ミミは想像を絶する金額だったのか目を点にして唖然としている。俺もまぁまぁの稼ぎだったと思う。健康診断も受けられたし、セレナ少佐とのコネと彼女に対する貸しもできた。最終的には悪くない結果だったんじゃないだろうか?
「そこからエルマへの分け前が81239エネル。ミミへの分け前が13539エネルだな」
そして俺の取り分が2613200エネル。総資産は17022017エネルか。ふーむ……新しい船を買うのもアリだな?
「何か考えている顔ね?」
「うん、俺の資産が1700万エネルを超えてな。ここらで母艦を買うのも一手だな、と」
「母艦、ですか?」
「小型船の発着艦機能を持つ大型艦よ。大型のカーゴも積んでるから、私達だけである程度輸送任務とかもこなせるようになるわね。でも、1700万じゃそんなにグレードの高い船は買えないでしょ? 改装費なんかも合わせると倍は欲しいわよ?」
「そうだよなぁ……うーん、もう少し金を貯めなきゃダメだな。1700万じゃ中途半端だ」
「1700万エネルって、普通はかなり現実味の薄い金額なんですけど……」
「船を売り買いする傭兵からしてもまぁ大金だけど、これくらいならまだ小金持ちレベルよね?」
「小金持ちレベルだな」
「金銭感覚が違いすぎます……」
ミミが頭を抱える。ミミが今回貰った13000エネルも、軍の一等准尉の月給が4000エネルと考えれば破格の金額だからな。稼ぎの0.5%でも一般的に高給取りである軍人よりも遥かに高い分け前なのだ。
「とりあえず、次はミミオススメのリゾート星系に行くとするか。そこでの稼ぎ次第で船を購入するかどうかを検討しよう。稼ぐなら母船があったほうが圧倒的に稼げるからなぁ」
目的の星系行きの荷物を運ぶだけで何十万、何百万と稼げる上に、船を狙った宙賊まで狩ることができる。一石二鳥で稼げるから投資したとしても随分とお得なのだ。母船をやられないだけの腕さえあれば、の話だが。
「混乱も若干落ち着いてきていると思うし、補給を済ませたら早速移動しようか」
「はい!」
「わかったわ」
早速ミミがタブレットを手に艦内の備品をチェックし始め、エルマは副操縦士のコンソールを操作して艦のセルフチェックを始める。俺は二人に発艦準備を任せて先日活躍したパワーアーマーのチェックだ。いざという時に動かなかったら目も当てられないからな。
こうして俺達は次の恒星系に向かうべく着々と準備を進めるのであった。
アラビア数字で統一してみるテスト_(:3」∠)_




