#538 「一応他で試さないか?」
原稿期間に突入ーッ!( ‘ᾥ’ )(しばらくお休みします!許してね!
俺の中でヴェルザルス神聖帝国の民に対する神秘的なイメージが崩壊し、不定期でとんでもないうっかりをやらかす危なっかしい連中というイメージが定着したその翌日。
「まぁ……その……強く否定することはできんの」
「やっぱりか」
「儂がこうなってしまったのもそういう気質のせいじゃと言われるとぐぅの音も出んからの……」
折角の美人が台無しになるくらい気力が抜け落ちた表情をしながら九尾美人さんが煙管を吹かす。
ああ、あんたが昇華だか昇格だかして俺みたいなちょっと特殊な人間にしか認識されなくなった経緯もそんな感じだったのか。あれだな、ヴェルザルス神聖帝国の民ってのは『これいけんじゃね!? やってみるしかなくね!?』みたいなことがあると後先考えずとりあえずやっちゃうんだろうな。で、後から後悔すると。
「全員が全員そういうわけでは……いや儂はそうなんじゃけど……これ以上儂の心の傷を抉るのはやめんか?」
「ナチュラルに心読みながら不貞腐れるのやめてもらって良いすか?」
またもや尻尾をブラッシングしているのだが、ブラッシングしていない尻尾で俺の顔をぺしぺしもふもふするのをやめて欲しい。単純に前が見えない。気持ち良いけど。
「で? お主はそうやって儂をいじめながら尻尾の世話をするというある種倒錯的な状況を楽しむために儂を呼んだんかぇ? ん?」
「あんたの言う通りに宇宙怪獣どもを片付けてきたから、一応その報告だよ。あと会うって言ったら色々貢ぎ物を渡されたけども」
そう言って俺が用意してきた風呂敷包を差し出すと、九尾美人さんは特に面白くもなさそうな顔でそれを受け取って包みを解き始めた。
「まぁ貢ぎ物は大社に用意されておる儂の部屋にも定期的に届けられておるし、特に代わり映えは――っておい、なんじゃこの面妖な物体は」
「ああ、それな。うちのクルーが趣味で買い集めてる他所の国のレーションとか珍味の詰め合わせ。一応実食した上で美味しかったものをチョイスしてきたぞ」
「これを? たべた?? これを???」
「その信じられないものを見る目を俺に向けるのやめんか? 受け入れよう。食の多様性を」
どう見てもフ○イスハガーにしか見えない怪生物の真空パックを、指先で摘むように持ち上げながら俺の顔を二度見三度見するんじゃない。見た目は最悪だけど美味いんだぞ、それ。凄くクリーミーで。
「ま、まぁ貢ぎ物を無碍にするのもなんじゃから貰っておくかの……それにしてもお主も大概変人じゃよな。これ以上妙な力を手に入れて人の枠を超えるのは嫌だと言いつつ、こうして第三法力の修練を受けに来るのはおかしいと自分でも思わんか?」
「実際に嫌ではあるんだけど、手に入れられる力を手に入れないのはディスアドだから……」
「そんな貧乏性じみた考えで第三法力の修練をしておるのは後にも先にもお主だけじゃろうなぁ……第三法力は此の世の理に干渉する、儂らが習得でき得る法力の中では最も強力な法力なのじゃが」
「どんな強力な力だろうと力は力、道具と同じだろ。習得したものをどう使うか、そもそも使うか使わないかは俺次第だ」
俺がそう言うと、九尾美人さんは若干憐れみを感じさせるような視線を俺に向けてきた。
「そう簡単に考えた結果がこのざまじゃよ。まぁ、お主ならば儂のようにはならんかもしれぬがな」
「えー、こっち側に来るのは勘弁なんだが」
「こちらとあちらを自由に行き来できるお主なら大丈夫じゃろ、多分。八割方は」
「二割は怖ぇなぁ……まぁやるけども」
もし俺が九尾美人さんのようにあちらに帰ることができなくなったら、その習得した第三法力を駆使して無理矢理にでも向こうに戻れば良いだけの話だ。
「そもそもここはどういう場所なんだ? 俺とあんた以外の時間が止まっているような感じがするんだが」
「ここは此の世と彼の世の境界、その中でも限りなく此の世側に近いとこじゃの。位相がズレとるんじゃよ」
「わかるようなわからんような……」
実は自分でもよくわかっていなくて適当に煙に巻いてるじゃあるまいか?
「失礼なことを言うでないわ。第三法力を覚えたてのひよっこが。教わる立場でよう囀るのぅ?」
「だからナチュラルに心を読むのをやめんかい。はい、終わり」
九本もあると、しっかりブラッシングするだけでも一苦労だ。全自動尻尾ケアマシーンとか無いんだろうか? こう、独り身でもふわっふわに尻尾ケアできますみたいな。お菓子とかお茶とかお香とかよりもそういう便利家電めいたものの方が喜ばれるのと違うか? あとでモエギ辺りに聞いてみるかな。
「お主……儂を嫁き遅れの干物女か何かと勘違いしてやせんか?」
「究極の限界ボッチという意味では似たようなものじゃないか?」
「よし、喧嘩じゃな。買うてやるぞ。大丈夫じゃ、こてんぱんに伸して性的に喰ろうてやるだけじゃからな。死ぬような心配はせんで良いぞ」
「それなんか向こうに戻れなくなって詰むやつじゃん! ヤメロー! ヤメロー!」
九本の尻尾をざわざわと動かし、紫色の厄いオーラを放ちながら九尾美人さんが笑顔で一歩一歩近づいてくる。負けられない戦いの火蓋が切って落とされた。
☆★☆
「で、なんとか辛勝して戻ってきたってワケ」
「「「……」」」
俺の説明を聞いたクギ達が両手で顔を覆って天井を見上げたり、目頭を押さえて俯いたり、白目を剥いて固まったりしている。そりゃ皆の視点で見ると『ちょっと九尾美人さんと訓練してくる』と言って風呂敷包を持って立ち上がった次の瞬間、ボロボロになって疲労困憊しているという状況だからな。そりゃ意味がわからないよな。
「あの、その……あのお方はどうなったんですか……?」
「ああ、うん。最終的に格闘戦というか、取っ組み合いをしながら互いに互いのパワーを奪い合う泥臭い展開になったんだが……」
「だが……?」
「逆転の発想で全力でサイオニックパワーを流し込んでやったらこう、パーンと……」
「「「ひゅっ……」」」
これには流石にクギも顔を真っ青にして白目になってしまった。神祇省の神主さんと巫女さんは泡吹いて卒倒してるし、フグルマもクギと同じ状態だし、イナバは立ったまま失神している。
「まさかああなるとは思ってなかったんだよ……」
『そうじゃぞお主ぃ。ようもまぁやってくれたもんだの』
虚空から滲み出るように九尾美人さんが現れる。見た目は今までと殆ど変わらないが、よーく見ると身体が若干透けて見えるんだよな。そして、それを見たクギも卒倒してしまった。というか、意識を保っているのはすっげぇ遠くからこっちの様子を窺っている連中だけである。ちょっと離れたところでこちらの様子を窺っていたブーボすら白目を剥いて立ったまま気絶している。図太いから大丈夫そうなのに、意外と繊細だったりするんだろうか。
『おお、よりどりみどりじゃな。で、お主としっぽりやっとる従者はこの三尾か?』
「そうだけどさぁ……もう少しこう、言い方というものがだな」
『同じじゃ同じ。どれどれ……ふむ、まぁなんとかなりそうじゃの。なかなかの逸材ではないか』
ふわふわと宙を浮いてクギの額に指先を突っ込んだ九尾美人さんがニンマリと会心の笑みを浮かべる。その笑顔は比較的邪悪では?
「本当は事前に同意を取りたいんだが」
『まずはお試しってことで良いじゃろ。具合が悪いということであればほれ、そこらにも良さげなのがたくさん落ちとるし』
そう言う九尾美人さんの視線の先にはフグルマやイナバ、モエギやコノハが白目を剥いて転がっている。
「やめてさしあげろ……本当に危険はないんだな? 皇帝の話は俺も聞いてるんだが」
『儂があの考えなしのヘボと同じ轍を踏むものか。対策はしておるわ』
「一応他で試さないか? ほら、そこのブーボとか」
『其奴は男じゃろうが。流石に異性の身体に入って大丈夫かどうかの保証はできん。なに、この者は『供犠』なのであろ? ならば心配は要らぬさ』
そう言って九尾美人さんはベッと俺に舌を出して見せてからクギの中へと入っていった。
あー……クギには謝らないとなぁ。まさか事情を説明しただけで気絶するとは思わなかったから。




