#533 「ああ、その時は任せろ」
「セルフチェックプロセス開始。生命維持システム、ヨシ。ジェネレーター、兵装、機動装置、シールド、何故かヨシ!」
『お兄さん……何故かって言うのやめましょうよ。一応、一応私達がちゃんとチェックしてますから……気持ちはわかりますけど!』
通信越しにウィスカの抗議だか同意だかわからない意見が飛んでくる。
いや、だってなぁ……ジェネレーターの総出力が以前と比べ物にならない数値になっているし、搭載兵器は軒並み別物に近いものになっている上、作動原理がよくわからないものまで積んでるし、機動光翼に関しては文字通り生えてきてるからな。シールドジェネレーターも明らかに様子が変わっているという話だったし、新機能――それこそ以前一度だけ発現したレーザー砲の攻撃を偏向して弾くシールドが実装されていてもおかしくない。そこら辺の調査はできてないみたいだからな。
「すまん、ついな。そもそもクリシュナも俺の要望に応えて進化したんだろうから、俺がそれを揶揄するのは筋違いだよなぁ」
もしクリシュナに意思があったらへそを曲げてしまうかもしれない。俺もそろそろ覚悟を決めて新しいクリシュナと向き合うべきなんだろうな。
「レーダー他、観測機器や通信機器も問題なしです!」
「サブシステムも大丈夫です、我が君。シールドセル、緊急冷却装置、チャフ、フレア、全て問題ありません」
「出力の振り分けは必要なくなっちゃったよなぁ……」
「あはは……そうですね」
本来、航宙戦闘艦というものはジェネレーターの出力を攻撃に回すのか、防御に回すのか、それとも機動力に回すのかという調整を適宜行いながら戦闘を行うものなのだが、ブラックボックスと思われていたサイオニックジェネレーターが本格稼働したことでその必要がなくなってしまった。常に全力全開、全てのシステムに動力が行き渡っている状態である。まぁ、元々クリシュナは出力に余裕があったから、然程頻繁に出力振り分けをする必要があったわけでもないんだが。
『ご主人様、ハッチ開放よし。電磁カタパルトチャージ完了。いつでも射出できます』
「オーケー、こちらも準備完了だ。出してくれ」
『はい、ご主人様。クリシュナ、射出します』
メイの合図で電磁カタパルトによってクリシュナが急加速され、俺達の身体に急激なGが襲いかか――らなかった。不自然なほどGを全く感じない。クリシュナの慣性制御能力はそれなりというか、高い方だがそれでもこれは異常だ。
「慣性制御能力もアップしてるな、これ……そりゃそうか、あんなメチャクチャな機動をしても体に負担を感じなかったもんな」
「逆に気味が悪いですね、これ……現実感がないというか」
「まるでシミュレーターのようですね」
「まったくだ」
ミミの言うこともクギの言うことも本当にその通りというかなんというか……いや、悪くはないんだけどな。つまり、今後はどんな過酷な戦闘機動を行っても苦しい思いをせずに済むということなのだから。少し物足りなく感じるけど、そうでないと機動光翼を使った戦闘機動に俺達が耐えられない。
そんな事を考えながら軽く慣熟航行をしていると、展開している神聖帝国艦隊から通信が入った。
『こちらはヴェルザルス神聖帝国、第一即応艦隊の司令官、カシャだ。それが戦闘艦型の聖遺物、クリシュナか……あまり出番はないと思うが、よろしく頼む』
「ああ、こちらは傭兵のヒロだ。よろしく頼む。こちらとしても不測の事態で乱戦にでもならない限り出しゃばるつもりはないから安心してくれ。神聖帝国艦隊の基本戦術はアウトレンジからの打撃戦だろう? ソウルクラッシュに巻き込まれるのは俺も御免だ」
『理解してくれているなら安心だ。不測の事態が起こった時には協力してくれ』
「ああ、その時は任せろ」
メインスクリーン越しに頷き合い、通信を終える。あちらとしては俺が無秩序に動いて連携を乱されるのは嫌なんだろうな。それもそうだろう。俺が勝手に前に出た結果、ソウルクラッシュを全力で斉射できなくて討ち漏らしが出たりしたら大変だ。俺が逆の立場なら標的ごとソウルクラッシュで消し飛ばしたくなる。そういうわけにもいかんだろうが。だから、俺はあまり出しゃばらずにいるのが良いだろうな。あくまでもこちらはお客さんってわけだ。
「良いんですか? クリシュナの実戦テストできなくないです?」
「それならそれでも良いさ。戦闘とは関係のない後方で機動関連のテストをするだけでも十分だ。どうしても武器をぶっ放したいってことなら、前みたいに周りの影響が少ない小惑星帯にでも行って思う存分試射すれば良いだろう」
シミュレーターでは念動光輪や念動衝撃砲が再現できないんだよな。だから実機でどうにかするしかないわけだが……あの九尾美人さんが俺をこの戦いに同行させたってことは、俺が必要になるシーンがどこかにあると思うんだよな。意識を同調させてわかったが、あの人の目には未来が視えている。こうして俺を行動させているということは、恐らくそういうことなのだ。
「ブラックロータスとも連携しつつ、神聖帝国艦隊に追従する。ミミ、同期を頼む」
「はい、ヒロ様!」
さて、どうなるかな? 然程酷いことにはならんと思いたいが。
☆★☆
『水平九時方向直近に時空震! 第十一波来ます!』
『規模は!?』
『数多けれど小型種のみです!』
『迎撃戦闘! 甲種護衛艦を向かわせろ!』
「クリシュナも向かうぞ」
『頼みます!』
然程酷いことにはならんと言ったな? あれは嘘だ。
いや、最初は良かったんだよ。予想よりも大型だという上半身だけの紫色のオーラで構成された怪獣めいたものが出てきた時にはびっくりしたが、ソウルクラッシュの斉射で片付いたし。
問題はその後だ。最初に出てきた上半身だけの紫モヤモヤ怪獣を皮切りに、中型艦サイズのイカめいたエネルギー生命体の群れだの、見覚えのある結晶生命体の群れだの、どでかい恒星クラゲだの、光子生命体だのが湧き出てくること湧き出てくること。
俺達が事態を静観できたのは第三波までで、第四波以降はクリシュナも出張って小型から中型の宇宙怪獣相手にドンパチを繰り広げている。当初は戦闘に参加しない予定だったブラックロータスも、結晶生命体のような実体のあるタイプの宇宙怪獣相手に戦闘を行う羽目になっているし、エルマのアントリオンも出撃して同様に結晶生命体とか肉の塊みたいな宇宙怪獣をレーザービームエミッターで焼き払ったりしている。
「エルマ、敵が出てきたらジャマーを展開してくれ」
『冷却が間に合ってないからあんまり長時間は展開できないわよ?』
「出鼻を挫くだけで十分だ」
意外といったらアレなのだが、アントリオンのグラヴィティジャマーが殊の外活躍していた。全ての敵に効くというわけではないのだが、宇宙怪獣の中に重力を利用した推進能力を持っているものが多いようで、グラヴィティジャマーの干渉を受けると動きが鈍る個体がそれなりに多かったのだ。
「帝国はこの効果を把握しているのかね?」
『してないんじゃない? 宇宙怪獣相手にグラヴィティジャマーを使う理由も無いだろうし』
「帰ったらセレナを通じて報告してもらうか……」
神聖帝国艦隊に守られているブラックロータスの直掩機として側に待機しているアントリオンのエルマとそんな会話をしつつ、第十一波の出現中域へと向かう。
神聖帝国艦隊の主力は第九波の残党と第十波の相手をしているので、こちらは神聖帝国で甲種護衛艦と呼ばれているコルベットや駆逐艦級の比較的小型の艦艇を中心とした機動力の高い艦で対処することになった。クリシュナもそれに参加するわけだな。
『時空震パターン解析完了、結晶生命体です!』
「結晶生命体相手ならブラックロータスのEMLが有効だ。大型種が出たら砲撃させるから、射線に入らないようにしてくれ」
『『『承知』』』
虚空が歪み、穴が開いてその中から多数の結晶生命体がワープアウトしてくる。標的としては手頃な相手だ。精々暴れさせてもらうとしよう。
 




