#532 「でも兄さんはその区分で言ったら確実にスーパー系やん?」
動くと決まったからにはヴェルザルス神聖帝国軍の動きは迅速であった。翌日の朝――つまり現時点で即応艦隊の招集が完了しており、クリシュナとブラックロータスもまた同様に宇宙へと上がることになったのだ。
うちのクルー達もその辺りは弁えており、朝起きるなりすぐに身支度をしてクリシュナに集合。学者連中も含めて結構ミチミチにクリシュナの中に詰まったまま宇宙港のブラックロータスへと着艦し、発進の準備と並行して同乗者への部屋割りなどを行った。
「すまんな、相部屋にすることになってしまって」
「いえ、お気になさらず」
「武官の私達は慣れているので」
モエギとコノハはそう言ってくれたが、学者連中はというと。
「内装が随分と良いですね。他国の船も侮れません」
「高級なホテルのようで良いね。思ったよりも部屋も広かったし」
船舶技師のアメノはブラックロータスの内装にいたく感心しており、聖遺物研究者のブーボも特に不満などは抱いていないようだった。
「イナバくんと同じ部屋かぁ……」
「先生を個室にすると絶対にろくなことにならないでしょう?」
フグルマは不満げだが……イナバが妙なことを画策するのを止めてくれるならありがたい。とはいえ、フグルマがどのような手段を取ろうとも、メイの監視を掻い潜れるとは思えないが。ブラックロータスはいわばメイの腹の中のようなものだからな。メイがその気になれば一挙手一投足すら
完璧に監視することが可能だ。いくらフグルマがサイオニックパワーで誤魔化そうとしても、メイの目からは逃れられまい。いや、そのようなことに使えるサイオニックパワーがあるのかどうかは知らんが。
その他にも同乗する人々――彼らの同僚や助手など――がいたが、特に大きな不満は無いようであった。
「然程長い遠征にはならないと思うが……補給物資に関しては大丈夫か?」
「はい、ヒロ様。幸い、ヴェルザルス神聖帝国のレトルト食の搬入が間に合ったので少なくとも食事がないだとか、水が足りないということは無いと思います。生命維持システムの容量的にも問題ないですよね?」
「はい、ミミ様。ブラックロータスの生命維持システムの容量にはまだまだ余裕があります。食料品の備蓄も、現状の人員で特に節約などをせずに消費したとしても、無補給で四五日ほどは活動が可能です」
水や空気に関しては艦に装備されている生命維持循環システムでかなりの高効率リサイクルが可能だから、然程問題はないようだ。それでも無補給で永遠になんとかなるわけではないが。
「その辺の経費はヴェルザルス神聖帝国持ちになるのかね? 後で一応確認しておくか……」
「では、私が後で問い合わせておきます。物資消費の計測についてもお任せください」
「すまんが頼む。神聖帝国の艦隊はもう宇宙に上がっているようだから、可能な限り迅速に船を出せるよう準備を進めてくれ。俺はクリシュナの様子を見に行く」
「はい、ヒロ様!」
「はい、ご主人様」
発進準備や補給に関してはミミとメイに任せておけば問題ないだろう。その他艦内の統制に関してはエルマに投げておけば上手くやってくれるだろうから、俺はハンガーに向かうか。
☆★☆
「はろーぜー」
「はろーぜーってなんやねん」
「挨拶的なナニカかな。それで、クリシュナが問題なく大気圏内を航行できるのはわかったが、航宙戦も問題は無さそうか?」
ヴェルザルス神聖帝国の技術者と一緒にクリシュナの整備をしていたティーナにクリシュナの状態を聞いておくことにする。
「別にバラしてたわけでもなし、いつでも戦闘は可能や。ただ、機動光翼の追加で推力バランスとか変わっとるやろ? 兄さんこそロクに慣熟航行もせずにぶっつけ本番で大丈夫なん?」
「宇宙怪獣どもの出現まではまだ時間があるはずだから、隙間時間で慣熟航行をするさ。どこにいつごろ出現するかは予測済みって話だし、ジャンプ航行ができないブラックロータスが居ても余裕がある日程を組んでるそうだ」
「ならええけど。そういやクリシュナの光翼は六枚やん? 長距離ジャンプもできるはずやけど、その辺もそのうちテストするんよね?」
「いずれな。まずは宇宙怪獣の撃滅からだ」
「あい、りょうかーい。それもこっちにいるうちに済ませてしまわんとなぁ……」
「ああ。それで、アレは何をやっているんだ?」
俺が視線を向けた先には見覚えのない機械をヴェルザルス神聖帝国の技術者と一緒になって囲んでいるウィスカとショーコ先生の姿があった。
「ああ、アレな。今後のクリシュナの修理に使うヴェルザルス神聖帝国産の素材を通常の素材から作る組成変換器やねん。リーフィル星系の精霊銀みたいな精神感応物質を通常の元素――つまり鉄とか銅とか銀とか、そういうのから作れるんや」
「……金のなる木では?」
「いや、それがそうもいかんみたいやね。クリシュナとかヴェルザルス神聖帝国の船みたいにサイオニックパワーを使う船とか機械に使って、一定期間サイオニックパワーを受け続けていれば問題ないみたいやけど、そうでなくただ素材として放置しておくと元の元素に戻ってしまうらしいわ。なんでも生まれたてだからすぐ死ぬとかなんとか」
「ははぁ……上手く出来てるもんだな」
「恒久的に組成変化させて固定する技術は開発中らしいけど、あんまり成果は芳しくないみたいやね。世の中なかなか上手く行かへんもんやわ」
そう言ってティーナが肩を竦める。それにしても組成変更した素材が死ぬ、ねぇ? もしや精神感応物質って無機生命体的な何かだったりするんだろうか? そう考えると、触れただけでパーンってしてしまった精霊銀製の鉈とか悪いことをしたな……今更だけども。
「それにしてもクリシュナがギリギリハンガーに入って良かった」
「せやな。ただでさえ小型艦と言い張るにはギリギリの大きさだったんやけど、本当にギリギリのギリギリ狙ったみたいな大きさやからな」
船幅や全長が極端に変わったわけじゃないのが良かったのかね。基本的にフォルムは大きく変わったわけでなく、なんかこう、痛そうな装飾というかスタビライザーめいた何かが生えてきたような感じだから。単にかっこいいから生えたわけでなく、何かしらの意味があるものなんだろうな、あれは。
「そういやシールドの検査ってどうなったんだ?」
「それが兄さんが乗ってない状態では特に差異は認められなかったんよね。機動光翼も兄さんが乗らんと発現せぇへんし、兄さんが乗ってないと機能しないのかもしれんのよ」
「そうか……地上でハンガーに止めたまま戦闘強度のシールドを展開するわけにもいかんし、宇宙に上がったついでにどこかのタイミングでテストするか……」
「その前に実戦になるんちゃう?」
「その公算が高いよなぁ……ぶっつけ本番かぁ」
とはいえ、以前よりも性能が低くなっているということもないだろうから然程気にする必要もないかもしれんが。
「ハンガーに停泊したままだと武装のチェックもできへんねんけど、兄さんが乗ってないと重レーザー砲と対艦反応弾頭魚雷以外はグレーアウトして無効化されてるみたいなんよね。恐らく武装も兄さんが乗ってへんとまともに使えんと思うで」
「まぁ、今はもう基本的に俺しか乗らんから別に良いんだが。念動光輪と念動衝撃砲か……いやマジで、どこのスーパー系だよ……どちらかと言うとリアル系だったはずなのに」
「すーぱーけい? りある系?」
「あー、ほら。暴れん坊エンペラーがリアル系、マジェスティックノーブルがスーパー系」
暴れん坊エンペラーというのは十代くらい前の皇帝陛下を題材にした映像作品で、市井に紛れた皇帝が主に汚職貴族相手に権力と暴力でその狼藉を正す勧善懲悪モノだ。
対するマジェスティックバロンはスーパーヒーローめいた特殊能力を持つ下級貴族の男爵が、やはり暴れん坊エンペラーと同様に汚職貴族を相手に切った張ったの大立ち回りをする勧善懲悪モノの作品だ。こちらは相手の汚職貴族も何かしらの特異能力をもっていたりするスーパーヒーローモノみたいなノリである。いや、ノリはどちらかといえばニンジャが出てきて殺すアレっぽいんだが。
「完全に理解したわ。でも兄さんはその区分で言ったら確実にスーパー系やん?」
「反論できねェ……」
マジェスティックバロンに出てくるスーパー汚職貴族相手でも勝てる自信あるわ、今の俺なら。クリシュナもそれに応じてパワーアップしたと思えば良いのか……?
「クリシュナの調子はよくわかったよ。あまり無理してぶっ倒れないようにな」
「その辺は心得とるから大丈夫や。でも心配してくれおおきにな」
そう言ってティーナはにっこりと笑った。うん、可愛いな。いつも「ティーナちゃん可愛いやろ?」とか言ってくるけど、本当に可愛い女だよ。ティーナは。
「な、なんやの? 急にそんなじっと見て」
「ティーナは可愛いなって思ってたところだ」
「もう……急に何なん?」
顔を赤くしたティーナが照れ隠しなのか、ジト目を俺に向けながら指先でビシビシと俺の腰を突いてくる。うーん、可愛い。昨晩は珍しく独り寝だったからな。今日はティーナとイチャイチャしようか。ゆっくり寝る暇があればだが。




