#529 「久しぶりじゃな、儂じゃよ♡」
「つまり時の流れというものは須臾の集合体、紡がれ続ける糸のようなもの。一度紡がれた糸は解けることはなく、観測された過去は覆らない。時空間を操るということは、その須臾を掌握し、その紡がれる時の流れに介入するという――」
「運命を操る能力というのは訪れる未来を選定する能力。それは先程話した紡がれ続ける糸、それをどのように組み合わせ、どのような未来という絵図を織るかという――」
真っ白くて毛深い、ちょっと猿っぽい感じのお爺さんとか、眼帯のようなもので目を隠したミステリアスな美人さんとかが俺に一生懸命時空間を操る能力や運命を操る能力といった第三法力と呼ばれる力の解説をしてくれる。してくれるのだが。
「……ほげー」
難解な解説に白目を剥きそうになる。というか剥いた。もう少しこう、簡単に。簡単になりませんか? なりませんかね? ならない? そっかぁ。
俺なりに要約すると、時空間を操る能力というものは時間の最小単位に干渉し、それを拡大したり、圧縮したりして意のままに操るということ。
俺が息を止めて時間の流れを鈍化する能力というのが時間の最小単を引き伸ばし、拡大している状態なんだそうだ。普通の人は一秒で一秒しか行動できない。当たり前だな。しかし俺は一秒を十秒に引き伸ばし、一秒で十秒の行動ができると。うん。自分で言っててもうわけがわからんな。
熟達すれば、須臾――百兆分の一秒――を永遠に引き伸ばし、実質的に無限の行動を起こすことも可能だとかなんとか。それはもう完全にニンゲンの枠を超えた何かなんよ。時間停止モノの一割さんになってしまう……。
「運命を操る能力は説明を受けてもなんもわからん……そんな糸とか織物とか言われても、そんなものを俺は認識してないぞ」
「運命の糸でできた織物という表現も一つの捉え方でしかありません。要は、無限に近い未来の分岐の中から望む未来を手繰り寄せる力なのです」
「望む未来を手繰り寄せる……」
「我が君、なんというかその、凄い顔になっています」
よほど渋い顔をしていたのだろうなと思う。俺の運命を操る能力とやらは本能的というか無意識的に働いているということなのだが、いつもいつもトラブルを引き寄せてくる。つまり、俺は無意識的にトラブルを好んで引き寄せていたと? 薄々そうじゃないかとは思っていたが、そんなことは知りとうなかった。
「力の修練方法といえば、やはり繰り返し使うことですな。幸い、ヒロ殿は発動自体は安定して行えるようですから、こういったものを使うのが良いかと」
そう言って白い老爺が取り出したのは砂時計であった。
「自らの力がどの程度、時を引き伸ばしているのか。それをわかりやすく視覚化するツールとしてはこういった原始的な時計を用いると良いですぞ」
「なるほど……実のところ、よくわからない力というか、原理がわからないからよほど必要じゃなければ使わないようにしていたんだよな。なんか世界そのものとか身体とかに悪そうだし」
「その感覚はある意味では正しいですな。自分でもよくわからない力をみだりに使わないようにする、というのは法力使いとしてはとても正しいことです。しかし、ちゃんと理解したうえで使いこなす分には問題はありませぬ。身体への影響も心配することは無いので、こちらに居られる間に存分にお試しくだされ」
「本来、第三法力といえばあの方に助力を請うのが一番なのですけど……」
「ああ、それはそうですな……しかしあの方はなぁ……」
そう言って白猿の老爺と首筋に白い鱗を持つ眼帯の美人さんが溜息を吐く。あの方、あの方ねぇ……? 時空間に干渉できる名前を呼べないあの方って言ったら例のゴージャス九尾美女しか思いつかないんだが、あの人か?
そうそう、そこでにこにこしながら俺に手を振っている――ってオイ。
「急に出てくるのやめてもろて……あーあー、この前のもこういう感じだったのか」
辺りを見回すと、俺と九尾美女以外の全員がまるで時でも止めたかのように固まっている。実際、殆ど時が止まっているのと同じ状態なんだろう。眼の前の美人さんが須臾とやらを拡張し、俺をそこに引き込んだわけだ。
「久しぶりじゃな、儂じゃよ♡」
「儂じゃよじゃないんだよなぁ……あんた美人過ぎてコロッとやられそうだからあんまり出てこないでくれ」
「お主それ褒めようとしておるのかディスろうとしておるのかどっちなんじゃ……?」
「どっちもかなぁ……」
微妙な表情を向けてくる九尾美女にそう返す。しかし本当に凄い美人なんだよな、この人。自ら光を発してるんじゃないかってレベルの金髪に、文字通り絹のようなシミ一つ無い白い肌。花魁めいた雰囲気すら感じさせる豪華な巫女服を着崩していて、胸元は谷間が見えるくらい露出している。もうぷるんぷるんのぽよんぽよんよ。絶対に抱いたらアカンって雰囲気が無ければ本当にコロッとヤられていたと思う。
「それで、このタイミングで出てきたってことは第三法力についてご教授頂けるとか?」
「儂としっぽりすればそんなことせんでも全部解決なんじゃが、どうじゃ?」
「のーせんきゅー」
魅力的な誘いだが鋼よりも堅い意思で断固拒否する。いくら美味そうに見える果実が目の前にぶら下がっていたとしても、それが食ったら即死する毒とわかっているのに食うほど俺はチャレンジャーじゃないんだよ。
「ちょっとだけ、先っぽだけでええから!」
「必死過ぎて逆に怖いわ! 一体何がそこまであんたを駆り立てるんだよ!?」
「他人の男を寝取るのって最高に楽しいじゃろ?」
「ちょっと俺の趣味とは合わないかなぁ……そういうのが好きな人を否定しようとは思わんが、誰も幸せにならないのはちょっと」
こいつが名前も呼ばれないくらいにアレな扱いを受けているのは、強大な力を持っているとか上位存在に片足を突っ込んでいるとかそういう事情よりも、こういった性格破綻者的な面が原因だったりしないだろうな……? 有り得そうだなぁ。
「儂が幸せになるからヨシ! じゃな」
「どこもヨシじゃないんだよなぁ……与太話はこのくらいにしない?」
「なんじゃい。性急で淡白な男は嫌われるぞ?」
「俺にそっち系のネタでマウント取ろうとするのは不毛だからやめんか?」
伊達に七人も取っ替え引っ替えしてないぞ。お互いの体調もあるし別に毎晩ってわけでもないが、それでも七人相手だからな。頻度は推して知るべしだ。
「くっ……からかい甲斐のない奴じゃの」
「はいはい、そりゃどうも申し訳ござんせんね。で、本題に入ってもらって良いか?」
「本当に可愛くない奴じゃのう……いつか躾けてやろうか」
「勘弁してくれ」
こいつが言うとマジで洒落にならん。下手するとわけのわからんうちに虜にされてゲームオーバーになりかねん。
「で、まぁお察しの通り第三法力の手解きをしてやろうと思って来たわけじゃが」
「うん、それは単純に有り難い。身体とか精神とか魂とか労働以外の即物的な方法で出来うる限りの礼をする」
「お主、ちょっと先回りしすぎじゃぞ? あまり可愛げがない対応をすると儂、拗ねるぞ? 拗ねた儂は滅茶苦茶面倒くさいぞ?」
「わかった、わかった。俺に呑める範囲なら呑む、先に条件の交渉をしよう」
この九尾美人さん相手に曖昧な契約を結ぶと取り返しのつかないことになりそうだからな。




