#528 「はいはいあざといあざとい」
「飲まなきゃやっとられんわ!」
「やっとられんわ!」
珍しくティーナだけでなくウィスカまで変なテンションになっているな。なんか同じような口調で話していると本当に双子の姉妹だなって感じがする。
本日のお宿もヴェルザルス神聖帝国風――つまりほぼ和風のお宿である。そんなお宿に俺とエルマの手によって連行された整備士姉妹は女性陣の手によって風呂で洗われ、上げ膳据え膳で山海の珍味や天然肉――この場合は所謂合成や培養ものではない畜肉を指す――を堪能し、更にその後は俺に左右からくっついて物理的な絡み酒という状態である。
「出来上がってるわねぇ……ここのお酒、美味しいから仕方ないか」
「そうだねぇ。呑み口が柔らかくて美味しいよねぇ」
姉妹に挟まれている俺の対面ではエルマとショーコ先生も一緒に酒を飲んでいる。もっとも、ショーコ先生は整備士姉妹やエルマほどの呑兵衛ではないので、本当にちびちびと呑んでいるだけだが。
「あああぁぁー……」
「これはクセになりそうな手触りだね、ミミちゃん」
「わかります」
そして、少し離れたところではクギがネーヴェとミミにモフられていた。ミミの膝枕の上に頭を乗せたクギの頭と獣耳を二人でふわふわなでなでしているのだ。二人の手でなでなでもふもふされるのが気持ち良いのか、クギの顔が見事に蕩けている。
「それでヒロくん、明日からの予定はどうなっているんだい?」
「明日も研究施設でクリシュナの稼働テストと第三法力の修練かな。ティーナとウィスカも同じく研究施設に来ることになるだろうし……ショーコ先生はどうするんだ?」
「私かい? 私も明日は研究施設にお邪魔するよ。ヴェルザルス神聖帝国の民の皆様からDNAのサンプルを頂けないか交渉をしてみるつもりでね。どうもこの国は生物工学系の技術についてはあまり発展していないみたいなんだ。それなら色々と交渉の余地があるから……ブラックロータスの施設や備蓄の医薬品については利用しても構わないよね?」
「そりゃ勿論構わないけど、単独行動するならメイをサポートにつけるよ。交渉にせよ何にせよ、メイがいれば安心だぞ」
「それは助かるね。メイくんも良いかな?」
「はい、ドクター。ご主人様がそう仰せであれば、最大限サポートさせていただきます」
そういうわけで、明日はショーコ先生とメイがペアで動くことになった。交渉って何をするつもりなんだろうな? 病気や怪我の治療とかを対価にするのだろうか? まぁショーコ先生なら心配はいらんか。メイも一緒だし。
「私はヴェルザルス神聖帝国外の潜在的なサイオニック能力所持者ってことで研究への協力依頼が打診されてるのよねぇ」
「昨日の俺みたいな無茶振りがあったらすぐに言えよ。叩き潰すから」
「そうするわ。流石に今日やらかして明日また同じような失敗をするとは思えないけど」
そう言ってエルマが肩を竦め、緑色の硝子切子で作られたぐい呑みに酒を注ぐ。お前、さっきからカパカパとその酒器で酒を呑んでるけど、清酒って結構度数高いぞ? 二日酔いになっても知らんからな。まぁその時はクリシュナの簡易医療ポッドにでもぶちこむか。
「此の身は我が君に、あう、そこは……ああぁぁー……」
クギが何かを言いかけてまた蕩ける。まぁ、言いたいことはわかったので放置しておこう。
「クギさんはヒロ様についていく、と。私はどうしましょうか……?」
「ミミはヴェルザルス神聖帝国産の食料を確保できるように動いてもらいたいな。ほら、ヴェルザルス神聖帝国の聖堂の人達が食べていたような長期保存が可能なタイプのやつを。俺も食いたいし、クギも喜ぶと思うんだ」
「わかりました! 明日モエギさん達に聞いてみますね!」
「頼むよ。ネーヴェはどうする?」
「私の専門分野はあまり役に立ちそうにないからなー……誰かについて回れるほどの運動能力もまだないし、キャプテンやティーナ達の目が届きそうな場所で大人しくしておくよ」
「それなら私と一緒に行きませんか? ポッドに乗っていれば大丈夫ですよ。それに、モエギさん達に聞いてみるとは言っても、やっぱり一人じゃ心細いですし」
「そう? きっと足手まといになっちゃうと思うんだけど……」
「そんなのは気にしなくて良いんですよ。私達は命を預け合うクルー同士なんですから」
そう言ってミミが左手で拳を作り、フンスと鼻息を荒くする。命を預け合うクルーね。そうだな、ミミは良いことを言うな。確かに俺達は一蓮托生、命を預け合うクルー同士なんだ。足手まといだからって見捨てたり切り捨てたりするようなものじゃない。
「ミミは良いこと言うわね」
「せやんな。流石は最古参クルーやで」
「からかってません?」
「俺も良いことを言うなって思ったよ。命を預け合うクルー同士、確かにそうだ」
酔っ払い二名に言われてジト目になっていたミミが俺の言葉で笑顔になる。俺は完全に素面だからな。酔っ払いの発言の信用のなさよ。
「というかウィスカが静か……寝てら」
適度に酔っ払って気持ちよくなったのか、ウィスカは俺に寄りかかったまま無防備な寝顔を晒して寝息を立てていた。うん、可愛い。
「かーっ、これやで。ウィーはあざといんよなぁ」
そう言いつつ、ティーナも俺に寄りかかって俺の身体に頬をすりすりと擦り付けてくる。犬か猫か何かかな? あざとさで言えばティーナもなかなかのものだと思うぞ。
「はいはいあざといあざとい。ウィスカも寝ちゃったし、今日は解散かしらね」
「そうだな」
なお、眠りこけたウィスカはメイの手によって運ばれていった。全く起こす気配もなく人一人を運ぶのはある種の妙技だな。
☆★☆
翌日。旅館で食事を頂いた俺達は再び研究施設へと足を運んでいた。そして、各々持ち場というか本日のタスクをこなすために散っていく。ティーナとウィスカはクリシュナの状態確認や整備手順の見直し、エルマはエルフのサイオニック能力の調査、ショーコ先生とメイはヴェルザルス神聖帝国の民のDNA採取に関する交渉、ミミとネーヴェはヴェルザルス神聖帝国産の食料の確保。
そして俺とクギは第三法力――時空間や運命といった高次元を操る能力について説明や修練を受けるためにヴェルザルス神聖帝国の法力学者や研究者、第三法力の使い手と会うことになっているわけなのだが。
「君達は俺についてくるのな」
「護衛なので」
「記録管なので」
「研究者ですから」
コノハとイナバ、それにフグルマが俺達に同行していた。モエギはミミと一緒にどこかに行ったみたいなんだがな。ミミにも護衛を付けてくれたのだと考えるとありがたい。尤も、護衛と言ってもヴェルザルス神聖帝国内で暴漢に襲われるとかそういうことはまず無さそうだが。
「……まぁ良いけども。今のところの俺の評価はどうなのかな? 記録官殿」
「怒らせると危険ですね」
「それは誰だってそうだろうと思うんだけどな?」
「ヒロ殿の場合は想定される被害がちょっと洒落にならないので……」
「昨日ヒロ殿がボコボコにした武官達はヴェルザルス神聖帝国の武官の中でも結構上澄みの方なんですよ。それを十数人もほぼ一方的に打ち倒したというのはちょっとした偉業です」
「あっちだって殺す気でかかってきてたわけじゃなし。ちょっと過激だったが喧嘩レベルの話でそんなことを言われてもな」
恐らくだが、あそこにいた武官の連中が周りの被害も顧みずに最初から一斉に、全力で殺しにかかってきていたら俺もどうなったかわからん。
「……それはヒロ殿も同じでは?」
「そうかもな」
俺もその場にいる全員を皆殺しにする気で暴力を解き放っていたら? それはその時にならなきゃわからんな。何が飛び出してくるかわからんし。だからこそ、殺す気なら容赦なく全員を押し潰すなり弾けさせるなりしていたと思うが。それに、伸びる剣。あれも殺す気なら文字通りに触れたものを削り取り、切り裂く剣にもできる。回避できずに当たってた連中は全員真っ二つだ。
「……ヒロ殿、剣呑な気配が漏れていますよ」
「おっと、すまんな」
互いに殺し合う気で戦っていたらどうなっていたかと考えていたら、少々剣呑な気配を放ってしまっていたようだ。失敗失敗。コノハはともかく、イナバとフグルマは非戦闘員だからな。怖がらせるのは良くない。気をつけよう。




