#521 「俺はまだ常識的なイキモノだと思わんか???」
聖遺物というか、法力技術――所謂サイオニックテクノロジーに興味のない面々は急造の格納庫から離れ、例の和風建築とコンクリート建築が奇妙に融合したような施設へと案内された。
どうやらこの建物はある種の研究施設か何かのようで、実験衣なのか白っぽい着物や作務衣のようなものを着ている人達が多い。その全員がもれなく様々な獣耳や角や尻尾や羽やらを生やしているので、なかなかに興味深い。それはあちらにとっても同じようで、こちらもかなり注目されている。
「不躾な視線、申し訳なく思います。何せ我々は他国の方々と接する機会が大変に少ないもので」
ブーボ氏はクリシュナを研究するために急造の格納庫の方に残ったので、俺達は別の研究者にこちらの建物へと引率されていた。
「そういえば、自己紹介がまだでした。私はフグルマと申します。この大社附属研究所で落ち人に関する研究を行なっている者です。そちらのイナバは私の教え子ですね」
そう言って俺の横に並んだ彼女は微笑みを浮かべてみせた。イナバが彼女の教え子ということは、彼女はイナバよりも恐らく年上なのだろうが……見えん。年上に見えん。というか、ミミとかクギと同い年くらいにしか見えん。恐らくコノハと同じ狸系の獣耳だと思うんだが、彼女は獣耳も髪も尻尾も真っ白だ。
「ヒロ殿、見た目に騙されないでくださいね。この妖怪婆は普段から落人と蕩けるような恋をしたいと公言し、過去の落ち人関連の記録を読み込んでは自分が落人と恋に落ちる夢小説を書き散らかしている色ボケ若作り婆ですから」
「ちょっとそれはライン超えてねぇ?」
イナバの容赦ない密告に思わず真顔で突っ込む。怖いのでフグルマの方に視線を向けてはいないのだが、物凄いプレッシャーを感じる。負のサイオニックパワーで建物が鳴動しそう。こわい。
「これくらい言っておかないとその婆は何をするかわからないので……気がついたらその若作りと朝チュンしてたとか怖くありませんか?」
「朝チュンって言葉知ってるんだな。というか、あるんだな……それはそれとして、結婚前の最後の小旅行で愛人一人追加だとか、現地妻作ってきましたとか普通に外聞が悪いんで、配慮してくれると助かる」
「ぐぬぬ……わかりました、一旦諦めましょう」
多分俺を含めたこの場の全員が一旦なのかよ、と思ったのだろうが、藪を突いて蛇を出してはたまらないので聞かなかったことにしておく。
☆★☆
広めの応接間のような場所に案内された俺達はいくつかのグループに分かれて研究者達と面談というか、聞き取り調査を受けることになった。
俺は主にこの世界に来る前の世界――つまり地球の情報や、この世界に来てから今に至るまでの話を根掘り葉掘り聞かれた。無論、聞かれる一方ではなくこちらからも脱線しすぎない範囲で質問をしたりもした。
例えば地球の情報を収集してどうするのか? といったような話だ。聞くところによると、落ち人の故郷というのは皆てんでバラバラであるらしい。例えば俺の場合は天の川銀河の外縁部、太陽系第三惑星の地球――或いはソル星系弾三惑星ソルⅢということになるわけだが、現在ヴェルザルス神聖帝国に住んでいる他の二人の出身地は全く別の銀河系、星系であるらしい。
ただ、出身地の文明発展度は概ね似通っているようだ。また、更に興味深いこともわかった。
「何かしらのゲームという形でこちらの世界の情報を知っていた、ね」
「はい、ヒロ殿と同様に。ヒロ殿の場合はすてらおんらいん、でしたか。規模や形は違いますが、現在我々の国に滞在している二人の落ち人もえふぴぃえす? だとかあーるてぃーえす? だというジャンルのゲームという形で、こちらの世界の情報をある程度j知っていたようです」
「FPSとRTSか……まぁ、ありそうな話だな」
こちらの世界に来てからのことを考えれば、本当にありそうな話だ。どこかの星間帝国間戦争だとか、未知の勢力による侵攻だとか、未開惑星に漂着だとか、そういう感じのものに巻き込まれる体でFPSだのRTSだのといったゲームジャンルに当てはまるシチュエーションに突如放り込まれる。そんな落ち人が居てもおかしくはない。
兎角この世界はどんなゲームの題材にもなり得るからな。航宙艦やレーザー兵器のようなハイテクから、サイオニックパワーやサイオニックテクノロジーみたいなトンデモ技術、それにエルフにドワーフに獣耳種族、その他よくわからん様々な容姿の宇宙人に、生身の人間にとっては存在そのものがラスボスみたいな宇宙怪獣ども。未開の惑星だって盛りだくさん。題材には事欠かないことだろう。
「落ち人同士が出会ったら殺し合いになるとか、そういう恐ろしい仕組みとかは無いよな?」
もしそんな運命というか、ならわしというか、予定調和じみた何かがあるなら今すぐグラッカン帝国に帰りたいんだが。
「いえ、そういうのはないですね。ちなみにですが、他のお二人に会いたいということであれば、手配することも可能ですよ」
「あっちが会いたいってことじゃなければ良いかな……向こうがその気なら拒む気はないけど」
ちなみにFPS出身の落ち人の名前はセルゲイ。生身で特に何の強化もなく三メートルのの垂直跳びをしてみせたり、無限に全力疾走してみたり、初めて見る武器でも当然のように使いこなしてみせたり、普通死ぬような攻撃でも最低一発は理不尽に無傷で耐えてみせたり、万が一死んでも少し離れた場所にリスポーンしたりするらしい。リスポーンってなんだよ。ゲームかよ。
もう一人のRTS出身の落ち人の名前はメイヤー。本人の身体能力に特に際立った点は無いが、どんな攻撃でも傷つかないらしい。ちょっと何言ってるかわからない。
直接的な攻撃は勿論のこと、毒やら気圧変化なその環境要因でも死なない。苦しみもしない。宇宙船から宇宙空間に放り出されても平然としている。ただし身体能力は一般人と変わらない。
特異な能力としては自分を中心に広範囲を神の目で見るように俯瞰で捉えることができるのと、リソースに応じて建築物を生やしたり、逆に破壊したり、制約はあるものの味方ユニット――味方ユニットってなんだよ――を自由に配置したりできるらしい。
「二人に比べたら俺はまだ常識的なイキモノだと思わんか???」
「どうでしょうね。お二人は基本死にませんから安全ですけど、ヒロ殿は死ぬかもしれませんし、死んだら星系を複数巻き込んで爆発しかねませんし、何より身に秘めた法力のポテンシャルがお二人とは雲泥の差というか」
「死ぬかもしれないって、人を死なない化け物かもしれないみたいに言うのやめよう?」
「そうは言いますが、すてらおんらいん? とやらではどうだったのでしょうか? そのゲームでは一度撃墜されたら死んでそこで終わりなのですか? データも全て消去されて最初からやりなおしなのですか? それとも、どこかでリスポーンするのですか?」
フグルマにそう言われ、俺は思わず黙り込んでしまった。ステラオンラインではもし船を撃墜された場合、全損した船と一緒に最後に寄港した宇宙ステーションでリスポーンすることになる。白兵戦で倒れた場合も持ち込んだ装備をロストするだけで、やはり同様にリスポーンする。もしかすると俺もこの世界で死んだ場合、ゲームと同じようなことになるのかもしれない。
「……試しに死ねとは言わないよな?」
「まさか! 絶対に大丈夫だという確信があったとしてもそんなことしませんよ」
本当か? 信じるぞ? 信じるからな?
☆★☆
一時間半ほどをかけた聞き取り調査を一旦切り上げ、休憩することになったのでうちのクルー達で集まってお茶を頂くことにした。ティーナとウィスカ、それにショーコ先生は格納庫の方でまだなんかガチャガチャとやっているらしく、ここにはいない。
「私はグラッカン帝国について色々聞かれましたね」
「私はエルフの使う魔法や文化について聞かれたわね」
「此の身は外での生活や見聞きしたことについて聞かれました」
「私はファッキンベレベレム連邦について聞かれたね」
ネーヴェの祖国に対する敵意が凄いな。一体どんな話をしたのか気になる。
「俺も似たような感じだな。ここに来る前の故郷の話とか、こっちに来てからの話とか」
ちなみに、傍に控えているメイは特に何も聞かれていない。ヴェルザルス神聖帝国の民にとって精神の波動を一切感じられないメイはかなり不気味な存在であるらしい。不憫な。
「そういえば、ヒロ様のドキュメンタリーとかテツジンに興味を示してましたよ」
「基本的に国の外の情報や娯楽に飢えてる感じよね」
「外からの情報は入ってきにくいので……」
俺達の会話を聞いたクギがそう言って苦笑する。娯楽作品が無いわけではないが、ヴェルザルス神聖帝国の民は自分達でコンテンツを作るようなことは苦手というか、そんなことにかまけている暇はないという精神性というか、風潮があるようだ。しかしそれはそれとして娯楽は欲しいと。難儀な国民性というかなんというか……。
「ストイックなんだかなんなんだかよくわからんな……俺が持ってるホロムービーのデータでも提供するか?」
「はい、我が君。喜ばれると思います」
ちなみに、この場合の俺の利益というのはホロデータ売買時に上乗せされる元の値段の1%分だけで、その他の金額はちゃんと著作権者に入ることになるとかなんとか。詳しいことはわからんが、星系を超えた著作権保護の仕組みがちゃんとあるようだ。
「そういやテツジンにも興味を示してたって話だったな。メイ、フードカートリッジの在庫は十分だよな?」
「はい、ご主人様。多少振る舞っても問題ない程度には。ブラックロータスにも備蓄はしてありますので」
「なら、希望者に振る舞ってみるか」
そうする意味が何かあるわけじゃないが、向こうには色々と手間をかけて対応してもらっているわけだしな。些細なお返しをしてみるのも良いだろう。




