#520 「あはは、私もあっちに行ってくるよ」
白米に味噌汁、卵焼きに焼き鮭、菜っ葉のお浸しのようなもの――流石に納豆は無いが、概ね純和食めいた内容の朝食メニューである。
朝から重い話を聞くことになったが、それでも腹は減る。それに、今日はクリシュナを聖遺物研究施設とやらに持っていく用事もある。クギの過去に関しては思うところもあるが、過去を変えることはできないし、そのことで一人で悩んでいても仕方がない。なので、俺は周囲に思い悩んでいることを気づかれないように粛々と食事を進めていた。
「なにか様子が変じゃないですか?」
「ヒロは一人でドツボにハマるタイプじゃないから大丈夫でしょ」
ミミとエルマにはバレバレだった。どうして。
まぁ、思い悩んでいることを本気で隠そうとしているわけでもなし。思い悩むと言ってもこれからどうやってクギを甘やかしてやろうかというような内容なので、そこまでひた隠しにするようなものでもないのだが。ごはんおいしい。
「そういえば修行仲間とかお世話になった人に挨拶をしたいって言ってたよな」
「あっ……はい、我が君。でも、クリシュナを聖遺物研究施設に移送することを優先した方が良いかと」
「……そうか?」
「はい、気にかけて下さるのはとても嬉しいのですが、あちらはあちらで人も物も動かしての話ですから」
「そうか……」
気を遣いすぎるのも良くないのかもしれん。うーむ、ままならんな。確かにクギの言う通り、クリシュナの調査は俺から言い出したことだし。それを突如予定変更して放り出すのも良くない。確かにそれはそうだ。
「あっちの件が落ち着いたら改めてご挨拶にいこうな」
「はい!」
今更事情を知ったからって態度を急変させるのもおかしいか。ほどほどに、ほんのり優しく接するように心がけよう。うん。
なんかミミとエルマが更に「何かあったな」みたいな顔をしているが、スルーしておこう。どうしても抱えきれなくなったら打ち明ける方向で。
☆★☆
食事を摂ったら少し食休みをして聖遺物研究施設とやらへの移動を開始する。クリシュナに全員で乗ること自体はなんとかできた。コックピットに六人、食堂兼休憩スペースに六人でギリギリだが。そもそもこんな大人数で乗る船じゃないからな!
ちなみにコックピットに乗り込んだのは俺とエルマ、ミミとクギ、それと専用のツインシートにティーナとウィスカの六人。
食堂兼休憩スペースにはメイとショーコ先生、ネーヴェ、あとは同行者であるモエギとコノハ、イナバの六人。詰め込もうと思えば更に俺とかミミ、クギの部屋、あとカーゴスペースに詰め込めるけど、そこまで詰め込むと生命維持装置のキャパシティを超える可能性があるからオススメできない。
ああ、そうだ。クリシュナにあったエルマの部屋はアントリオンに移した。どっちにしろクリシュナやアントリオンの私室はあくまでもブラックロータスに戻れない状況で寝起きするためのもので、メインの私室はブラックロータスの部屋の方なんだけどな。
「ナビゲーションデータの設定完了、いつでもいけます!」
「了解、それじゃあ只今より発進する。揺れとかは殆ない筈だが、一応転倒とかはしないように座っているように」
コックピット内だけでなく、休憩スペースにも聞こえるように艦内放送でそう呼びかけてからクリシュナを発進させる。そしてナビゲーションデータを使った自動航行を開始する。俺は楽ができるなら楽をする主義なんだ。
「あんたって操縦のセンスずば抜けてるくせにオートパイロットとかオートドッキングとか躊躇なく使うわよね……」
「それはそれ、これはこれ。楽ができるならそれに越したことはないだろ。自動操縦を使っていても気を抜けるってわけでもないし」
基本的に指定座標に真っ直ぐ向かうことになるんだが、途中で障害物や他の機体と衝突したりすることもあるからな。自動操縦に任せきりにして大事故発生、なんてことも世の中にはよくあることなのだ。俺もSOLでやらかしたことは何度かある。自動操縦に任せて飲み物を用意したりとか、目を離した時に限って事故るんだよな。
そんな事を考えながらセンサー情報に目を凝らして自動操縦で飛び続けること数十分。目的地周辺へと到着した。
「こちらクリシュナ。着陸地点へのガイドを頼む」
『あっ!? その船が例のやつですね!? はやく! 早く下ろして! うわおっきい! 飛んでるゥ!?』
「そりゃ航宙艦なんだから飛ぶに決まってんだろ……良いから早くガイドビーコン出してくれ」
『わかりましたァ!』
やたらとテンションの高いオペレーター……オペレーターかな? なんか違いそうだな? まあいいや。誘導員がガイドビーコンを起動してくれたので、そのビーコンに従って和風建築とコンクリート建築が奇妙に融合したような建物のすぐ隣に用意されていた着陸地点へと降下する。
「着陸完了だ。降りよう」
「「「アイアイサー」」」
☆★☆
「待っていたよ! 待っていたとも! ああ、なんという大きさ! なんという巨大な聖遺物反応! この航宙艦型聖遺物の反応はこの惑星に降下してきたその時からキャッチしていたんだ!」
クリシュナから降りると、すぐさま興奮した様子の男性に出迎えられた。頭に小さな翼のようなものが生えていて、しきりにパタパタと動いている。なんだろう、鳥系の人なのだろうか。あの胡散臭い艦隊の長は背中に結構な大きさの翼が生えていたんだが。
「歓迎頂いてどうも。この船の所有者のキャプテン・ヒロだ」
「ああ、歓迎するよ! 私の名前はブーボ、これでも聖遺物研究の第一人者と呼ばれていてね! いや、自分で言うのもなんだとは思うんだが、事実としてね! ああ、それに可愛らしいお嬢さん方も歓迎するよ!」
ニコニコと大変に機嫌の良い様子でブーボ氏が自己紹介をしてくれる。確かに自分で自分のことを第一人者と言うのはどうなんだと思わなくも無いが、他の人が否定したりはしていないので、恐らく事実なのだろう。
「この場には私のような聖遺物の専門家だけでなく、我が国の艦船技術の専門家や、法力学、法力技術の専門家、それに落ち人の研究者なども集まっているんだ! きっと君達から話を聞きたいという人もいるはずだから、手間でなければ彼らにも構ってあげて欲しい! ああ、そういえばこの船を整備しているというドワーフの技術者がいるという話だったね!? 君達だね? 君達だよね!? 是非、是非こちらで話を聞かせてくれないかな!?」
ブーボ氏が整備士姉妹に詰め寄っていったので、連れて行ってヨシ! と許可を出しておく。
「ちょ、兄さん。ちょっと怖いんやけど!?」
「大丈夫だ、きっとティーナ達のお仲間だからすぐ馴染むさ」
「ひえぇ……」
「あはは、私もあっちに行ってくるよ」
ブーボ氏に手を引かれて歩いていく整備士姉妹の後を追ってショーコ先生も一緒に歩いていく。ショーコ先生も一緒なら放っておいて大丈夫だろう。あっちには向こうの技術者も集まっているようだし、有意義な体験になるはずだ。多分。




