#517 「なんでだよ。助けろよ」
とにかく九尾美人に関しては気にするだけ無駄。なるようにしなからないので諦めて下さいと言われてしまった。諦めてくださいってなんだよ。諦めてくださいって。俺は一体何に巻き込まれるんだよ。
「はぁ……で、結局このどったんばったん大騒ぎな一連の儀式は一体何のために行われたんだ?」
いつも通りの服に着替え、落ち着いた感じの和室――のような部屋に案内された俺達はお茶と一緒に出されたお菓子を頂いていた。ちなみに、出されたお菓子は羊羹である。どう見ても羊羹だし、クギ達も羊羹だといっていたのでこれは羊羹だ。ミミ達は黒くて四角い謎の物体を前にこれは何なのだ? という顔をしていたけど。見ようによってはなんかディストピア飯めいた物体に見えるよな、羊羹。
「私から説明致しましょう」
そう言ってイケメン狼神主が声を上げる。まぁ説明してくれるなら誰でも構わないよな。どうも俺の反応を待っているようなので、首肯しておく。
「ヴェルザルス神聖帝国が版図を築くこの一帯は、此の世の境界線が極めて薄くなっている特殊な領域なのです。そういった領域で穢れ――つまり呪の類を濃く身に纏っていると、あちら側から良くないものを呼び寄せやすくなってしまうのですよ。それで、ヴェルザルス神聖帝国の領内で行動する前に、真っ先にこの度の禊の儀と祓の儀を執り行ったというわけですね」
「此の世の境界線が薄くなっているとか、あちら側とか、良くないものとか、気になるというかよくわからんワードがどんどん出てくるな……」
「ああ、そうですね……話が長くなりすぎない程度に説明しましょう」
と彼は言ったが、まぁそこそこ長い話ではあった。話はヴェルザルス神聖帝国が発祥したその時まで遡る話になるが、そこから話し始めるといつまで経っても話が終わらないので大幅に端折って貰う。
ヴェルザルス神聖帝国の祖先は過去のやらかしでこの宇宙と他の次元世界との境界線を破壊しかけた。俺達にわかりやすく言えば、ハイパースペースのような全く法則が違う世界との境界を解れさせ、世界を滅ぼすところだった。
その事態はなんやかんやあってなんとか避けられたが、依然として大穴が開きかけた宙域は不安定なままで、ヴェルザルス神聖帝国の民はその不安定な領域を守護するために今の版図を築き上げた。
他国の船の航行を制限しているのも、穢れを纏ったままの人々が宙域を航行すると、道中で出くわした光子生命体のような他次元の生き物に襲われかねないからということらしい。俺達の推測が殆ど当たっていたというわけだな。
で、ここからが本題なのだが。ヴェルザルス神聖帝国内には出るらしい。何がって?
「お、お化けがでるんですか!?」
「まぁ、本物の幽霊や死霊の類ではありませんが、似たようなものが出ますね。皆さんは禊や祓の儀を済ませたので、そうそう遭遇することはないと思いますが」
顔を青くするミミにイケメン狼神主が平然と答える。ああ、ミミの顔色がどんどん悪くなっていくな。ミミは意外とスプラッター系とか物理的なパワータイプのホラーはあまり怖がらないけど、未知の何かとか見えない何かに追い詰められる系のホラーは苦手だからな。
「うち、ホラーは苦手なんやけど」
「私だって苦手だよ……その、大丈夫なんですか?」
「ウィスカさん、大丈夫ですよ。いざとなれば此の身が法力でお守りしますし、我が君の側にいれば物の怪の類は近寄ることも難しいです。それに、モエギ様やコノハ様も護衛に付いて下さりますから」
「はい、お任せ下さい」
「そこらの物の怪など鎧袖一触にしますから」
モエギとコノハが綺麗な正座をしたまま、脇に置いてある刀に手を置く。うむ、頼もしいな。今までで一番頼もしく見えるかもしれん。
「じゃあその時は俺も助けてくれ」
俺がそう言うと、 モエギとコノハはわけが分からないという顔をして左右に首を傾げた。二人とも同じタイミングで、逆方向に。
「ちょっと何を言っているかわからないですね」
「貴方を助けるとか何の冗談です?」
「なんでだよ。助けろよ」
「我が君ならそういった類のモノは指先一つで消し飛ばせるでしょうから、お二方の助けは要らないかと思います」
「なんだ、そんなに儚い存在なのか? なら心配することはないか」
だからお前ら二人はなんでそう「何言ってんだこいつ?」みたいな顔をするんだ。クギとイケメン狼神主まで苦笑いを浮かべてるし。
「強力な主砲とシールドを持つ戦艦が生身の人間は脆いなぁって言ってたらどう思います?」
「そこまで?」
「そこまでですね」
そっかぁ、俺は戦艦かぁ。そりゃそういう反応になってもおかしくないかなぁ……俺にその自覚が無かったんだから仕方ないだろ。もう少し俺に優しくしろよお前ら。
「事情は理解できた。俺達のために骨を折ってくれて感謝する」
「いえ、こちらも事情を説明する前に頭ごなしに儀式を半ば強制したので。何せ一刻も早く儀式を行う必要があるとの託宣があったもので」
「託宣ね……未来予測に近い占いの類もあるんだったな、この国には」
俺の言葉にイケメン狼神主が頷く。どういった仕組みなのかは全く理解していないが、的中率が八割から九割ほどもある占いの技術があるという話はクギから聞いたことがあるだよな。クギが俺と出会ったのもそういった技術の恩恵だとかいう話だったし。
「えーと、それじゃあここからは俺達の希望で予定を立てて良いのかな?」
「そうですね。まずはご要望頂いて、それから我々がその実現のために動くという形になるでしょうか」
「そうか。差し当たって俺からの要望としては、クリシュナの調査が第一かな。聖遺物とかいうものらしいから、専門家に見てもらいたい。ついでにと言っちゃなんだが、その調査にうちの技術者を加えてもらいたいといったところか」
これはこちらに来る前から話し合っていたことだ。ティーナとウィスカだけでなくショーコ先生もサイオニックテクノロジーには興味を示しているからな。特に、ショーコ先生は遺伝子工学や生物工学だけでなくナノマシン工学や材料工学まで修めている天才だし。何かしらの成果を手に入れてくれるんじゃないかと俺は期待しているんだよな。
「その話は伺っております。その件に関しては我々の国でもトップクラスの研究者や技術者を招聘しているところなので、準備が整い次第すぐにお知らせ致します。今まで運用に携わってきた方達の調査、研究への参加も大いに喜ばれるかと」
「それは助かる。あとはクギのご両親に挨拶をしたいと思って……え、何その反応」
俺の発言にイケメン狼神主は苦虫をまとめて十匹くらい噛み潰したような顔をしており、辺りを見回すとうちのクルー達以外の全員が同じような顔をしていた。クギは困ったような笑みを浮かべている。
「ええと、我が君。此の身は巫女に……セイジョウ・クギになった時に過去の全てを消却したので。そういった方は存在しないんですよ」
「……ほわい?」
ちょっと何言ってるかわかんない。誰か詳しく説明してくれ。
「きっと我が君にとってはあまり愉快ではない話なので、詳しくは聞かないで頂くのが一番良いかと思います。いずれにせよ、此の身は今幸せですから。皆さんに良くして頂いて、我が君の傍で日々見たこともないようなものを見聞きして、刺激的な日々を送っています」
それで良いではありませんか? とクギはそう言った。
「……クギはそれで納得してるのか? 諦めているとかでなく」
「はい。此の身は望んでそうしたのです。今はその望みが叶って、幸せに思っています」
「オーケー、なら俺はそこに深く踏み入らないことにする。それが一番良いんだな?」
「はい、それが一番良いと思います。ああ、でもそうですね。我が君がよろしければ、私が修行していた時にお世話になった方々にご挨拶はしたいです」
「それは良いな。それは是非そうしよう」
俺とクギとのやり取りを見て、ヴェルザルス神聖帝国の面々が露骨にホッとした気配がした。きっと闇の深い事情が隠されているんだろうな。だが、クギが望まないならそれを暴くことはやめておこう。闇雲に真実を暴くことが良いことだとは限らないからな。




