#515 「本当に申し訳ねぇ」
「……迷惑かけるんじゃないわよって言ったわよね?」
「俺は何もしていない。誓って何もしていないから」
女性陣と別れたあと、祓えの儀とやらを受ける前段階の禊の儀とやらを受けたのだが、そこで問題が起こった。禊というのは罪や穢れといったものを流水で洗い流す、といったような意味の儀式であるらしいのだが、俺の身に降り積もった罪だか穢れだかが多過ぎたのか、俺を清める水源の方が禍々しい感じに汚染され始めたのだ。
それからはもう大騒ぎである。どこから沸いて出てきたのか、神主さんっぽい格好をしている人や、巫女さんっぽい格好をしている人や、そうでない人までわらわらと出てきて、総出でよくわからない神具めいた何かを持ち出してサイオニックパワー大放出である。
俺は俺で急に水量が増えて押し流されかけたり、なんか神々しい感じの光をバシバシとぶつけられたり――特に痛くも痒くもなかったが――と大変だったのだ。なんかあれだ、軍隊に攻撃される巨大怪獣みたいな気分を味わったよ。
そして、禊の儀がなんとか終わった頃にはびっしゃびしゃになった俺と、同じくびっしゃびしゃになってあちこちの床に倒れ伏し、息も絶え絶えになっている人々が残されることになったと。
俺は押し流されそうになるのを必死に堪えたり、四方八方から光をぶつけられていただけで何もしてないんだよ。本当に。
「こっちの方はエルマさんとネーヴェちゃんがちょっと大変だったくらいですかね? 私とショーコ先生も少し強めだったみたいですけど」
「私も実験動物とかを使うことがあったからねぇ。まぁ、ヒロくんが大変だったのは順当じゃないかなぁ?」
「つまり、穢れっちゅうんは人を殺したら増えるってことか?」
「人に限らず、殺生全般なんじゃないかな?」
うちの技術者連中は禊に手間がかかった人物の特徴から、どんな行為によって穢れとやらが増えるのかを類推している。なるほどなぁ。確かに俺は宙賊をぶっ殺しまくっているし、歌う水晶を使ってベレベレム連邦軍を壊滅させた。生き物を殺したというならコロニーを襲っていた白い化け物だの、結晶生命体だの、ツイステッドどもだのも該当するだろう。確かに殺生塗れだわ、俺。
でも、傭兵ってそういうものだからなぁ。穢れだの罪だのと言われても困る。
そうやって合流した女性陣と話していると、最初に俺達を案内してくれた面々が姿を表した。こころなしか髪の毛や獣耳、尻尾やら羽やら何やらがしっとりとしているし、服もなんだか簡素なものになっている。もしかしたら、俺の禊の場に増援として急行してきていたのかもしれない。
「お待たせ致しました……お互いに、大変でしたね……」
オオカミっぽい耳と尻尾を持つ眉目秀麗な神主っぽい男性――多分俺と同年代か、少し上くらいだ――が若干遠い目をして語りかけてくる。相当疲弊してるな、これは。
「ああ、うん。なんかすまんな」
「いえ、ヒロ殿に何か瑕疵がある話では……いえ、無いこともないのかもしれませんが、悪意がないことはわかっておりますので」
「本当に申し訳ねぇ」
だらんと垂れた彼の尻尾が力なく左右に揺れるのを見て思わず謝ってしまう。
「しかし、あれだけの穢れを身に宿していてもなんともないどころか、周囲に悪影響を及ぼしている気配もないのは流石と言うべきなのでしょうね」
背中に小さな白い翼のようなものを生やしている巫女さんっぽい人が疲弊しつつも感服した様子でそう言う。え、なにそれ怖い。沢山貯めてると悪影響あるのか? アレ。
「普通はあれだけの穢れを宿しているとどうなるんだ……?」
「大抵の場合は戦うために戦い、殺すために殺す修羅に堕ちたり、倫理や道理を捨て去った外道に成り下がったり、様々な欲を制御できなくなったりしますね。そして周囲の人間もその影響を受けて、同じようになると思います。大抵はその前に心を壊してしまう方が多いと思いますが」
「なにそれ怖……なんで俺は無事だったんだ?」
「ヒロ殿の極めて強いポテンシャルの影響かと」
「なんでもそれで解決してる気がするなぁ……」
つまるところ、俺の有り余るサイオニックパワーが本来であれば俺の心を蝕んでいたであろう穢れを押し留めていたと。なるほど。
考えてみれば、こっちに来てから妙にメンタルが強くなっているような気はしてたんだよな。助けを乞う宙賊を始末してもなんとも思わなかったし、普通なら怖気づきかねないような状況にも割と冷静に対処することができていた。ゲーム感覚が抜けてないんだろうなぁとか思っていたんだが、原因はここにあったということか?
「祓の儀の準備に少し時間がかかりそうなので、もう暫しお待ちを」
「うっす」
きっと俺が引き起こした騒動のせいで段取りが崩れたんだろうなぁ、と若干申し訳なく思いつつ、揃いの薄手の白装束のようなものを着ている女性陣を眺めて時間を潰すことにした。ただ、メイだけはいつもどおりの格好だけど。機械知性のメイには魂が存在しないそうで、禊の儀は必要ないらしい。
☆★☆
禊の儀では水を使ったが、祓の儀では炎を使うようだ。
並んで座る俺達の前で大きな炎が燃え盛っていて、その炎の周辺でヴェルザルス神聖帝国の神職達が何かむにゃむにゃと祝詞めいたものを唱えながらサイオニックパワーを炎へと注ぎ込んでいる。
サイオニックパワーを注ぎ込まれた炎はその色を変え、紫色の炎と化していた。
「これ、俺達は何もしなくて良いのか?」
「はい、我が君。特別何もしなくても大丈夫です。ただ、最後に炎がこちらに伸びてきて燃え移りますので、驚かないようにしてください」
「あの、本当に熱くないんですか?」
「はい、本物の炎ではないので大丈夫ですよ、ミミさん」
紫色の炎を見て怖くなってきたらしいミミをクギが勇気づけている。まぁ、あの炎が向かってきて罪や穢れを焼いてくれるって言われてもなぁ。実感がわかないよな。あと、単純に怖いわな、普通に考えて。特に宇宙で済む人間にとって炎というのは恐ろしいものらしいし。
コロニーや航宙艦のような密閉空間で炎が燃え盛ったら、もうそれだけで大惨事だ。部屋ごとの密閉性が高いから一瞬で温度が上昇するし、酸素は欠乏するし、燃焼で発生した有毒ガスは致命的な脅威となる――らしい。俺だって火事は怖いが、この世界の一般的な人間――惑星上居住地に済んでいるような人間以外――はそれ以上に炎を怖いものと考えているのだそうだ。
「あれ、何がどうなっているんだろう……スキャンしたいねぇ」
「それな。あー、なんでウチはスキャナー持ち込まんかったんや」
「どれもこれも興味深すぎて片っ端からスキャナーにかけたいね」
「ドクター達はブレないなぁ」
ネーヴェの言う通り、うちの技術者連中はブレないなぁ……ちなみに、今のネーヴェは移動用のポッドに寝たままだが、カバーをオープンしている。免疫系はもう正常に働いているって話だし、移動ポッドもオープンタイプのものに変えても良いかもしれんなぁ。いや、その前に歩けるようになるかな?
「そろそろ終わりっぽいわよ」
「お、やっとか。また妙なことにならなきゃ良いんだが」
「私は諦めてるわ」
エルマがそう言った瞬間、燃え盛る紫色の炎から炎の筋が俺達に向かって迸ってきた。
おお、中々の早さだなぁ。などと考えながらクギが言っていた通りに何もせずにその炎が俺の身体へと伸びてくるのを眺める。やがて、紫色の炎は俺の身体へと到達し――。
「お、おぉー……」
身体の表面をなぞるように燃え広がっていく。温かくは感じるが、全く熱くはない。とても不思議な感覚だ。温かい感覚は身体の表面から内側へとじわじわと染み込んでくる。なんか少し気持ち良いな。あれだ、温熱マッサージとかそんな感じがする。
「……長くね?」
紫色の炎がメラメラとまだ燃えている。俺の身体を燃料にして。俺以外の面子はとっくに炎が消えているんだが。俺はまだ全身が燃えている。紫ファイヤーマンである。
「ええと……我が君、身体に異常は……?」
「特には無いかな……ポカポカして気持ち良い」
俺がそう言うと、クギは困ったような表情を浮かべ、祓の儀を執り行っていた中で一番豪華な衣装を身にまとっている女性――物凄い美人――に視線を向ける。
「ふむ……ここまでポテンシャルの高い落ち人というのも珍しいからの。正直、人の形を保っているのが不思議なくらいじゃし。まぁどうなったとしても危険なことはないじゃろ」
「ちょっと待って、今聞き捨てならないセリフが聞こえたような気がするんだ……が?」
突然俺の身体を包む紫色の炎の勢いが増した。先程までは身体の表面からうっすらと立ち上る程度だったのに、今は身体全体が燃え盛り、炎が噴出しているような状態だ。
「おお、よく燃えるのう。落ち人よ。この炎はな、お主の魂にこびりついた穢れと罪業を燃料にして燃え盛っておるのよ。一体何を殺したらこうなるんじゃ? 余程の罪なき大物を殺さんとこうはならんぞ」
「心当たりが無――あー、アレか? マザークリスタルか?」
「まざぁくりすたる?」
「結晶生命体の母体だ。滅茶苦茶でかい結晶のウニとか毬栗みたいな」
「なるほどのぅ……おお、ほれ。自覚したから一気に燃えるぞ」
豪華な衣装の美人がそう言って目を細めた瞬間、紫色の獄炎が俺の全身から噴出し、儀式場を紫色の光で埋め尽くした。
 




