#511 『完全にスルーっていうのも腹が立つね』
暑くて捗らない!!!( 'ᾥ' )
俺達の出港準備はほぼ終わっていたので、特に何のトラブルもなく翌日にはグラッカン帝国を発つことになった。俺の提案した取引に乗ることに決めたイナバさんは昨日のうちにブラックロータスに移乗してきており、ミミやクギと一緒に俺の出演するドキュメンタリーを見て大変満足な様子である。
ただ、俺としては休憩スペースで鑑賞するのだけはやめて欲しかった。あんな小っ恥ずかしいものが上映されていては休憩スペースに近づけんのだよ。
「それで、ここに入り浸っているってわけかい?」
「そういうわけなんだよ」
少し呆れた様子のショーコ先生にそう答え、ショーコ先生の研究室に備え付けられているスツールに座ったままくるくると回転する。こういう座面が回転するスツールってなんかこうしたくなるよな。あんまりやると目が回るけど。
『私のセクシーな裸体が見られ放題な件について、何かコメントはないのかい? キャプテン』
「特に無いっすね。頑張って健康になろうな」
『完全にスルーっていうのも腹が立つね』
俺とショーコ先生の目の前、いかにもSFチックな人一人がすっぽりと入る水槽のような装置の中からネーヴェが不満げな声を上げる。全裸の彼女は装置の中に満たされた黄緑色の液体の中に浮かんでおり、身体の各所にはコードのようなものが張り付いていた。これが治療と言われても、何をしているのかまったくわからんな。
「私としてもレディの裸をタダ見するのはどうかと思うけどねぇ?」
「だって一人で部屋にこもってるのはつまんないし……」
『皆と一緒にキャプテンの大活躍を振り返っていればいいじゃないか。きっとチヤホヤしてくれるよ?』
「そんなん羞恥プレイにも程があるだろう……」
それならここでネーヴェの裸でもぼけーっと眺めていたほうが幾分か有意義だ。触れるだけであちこちの骨がポキポキと折れそうだった彼女の身体だが、今は多少骨格がしっかりとしてきたように思うし、骨と皮だけみたいな状態も改善されて少しだけ肉がついてきたように見える。
「治療の進みはどうなんだ?」
「ようやく健康体になるための基礎が整ったってところだねぇ。特に滅茶苦茶だった臓器の修復が終わったのが大きいよ。あとは骨格を強化しながら適宜筋肉量を増強していけば良いだけだから、もうすぐさ」
『やったねキャプテン。身体が治ったら約束通りキャプテンの子供をたくさん生んであげるね』
「それはおいおいでいいかなぁ……」
いくらネーヴェが見た目通りの年齢ではないとしても、流石になぁ……いや、ティーナやウィスカにも手を出している俺が言っても何の説得力もないんだが。
「流石に主治医としてもすぐに、というのは推奨できないねぇ。体調が完全に安定するまではちゃんと避妊してくれたまえ」
『ちぇっ。でも避妊すれば――』
「はい、やめ。この話はここでやめよう。な? それよりも何か食ってみたいものとか無いか? 可能な限り要望に応えるぞ」
「露骨な話題転換だねぇ……」
ショーコ先生が苦笑いしているが、これ以上そっち系の話題を続けると大変なことになりそうだからな。急ぐ話ではないだろうし、ネーヴェにはまず身体を大事にして欲しいと思う。
☆★☆
旅程そのものは実に平穏無事というか、トラブルに見舞われようのないものだ。ニーパックプライムコロニーから出港した後はヴェルザルス神聖帝国艦隊との同期航行でゲートウェイを通過する。
そうしたらもうそこは既にヴェルザルス神聖帝国領である。
「私どもの船だけであれば空間跳躍航行を使って旅程を短縮できるのですが……」
「ブラックロータスにそんな便利なもんはついてないなぁ……というか、後付でつけられるものなのかね?」
俺が言った通りブラックロータスにはサイオニックジャンプドライブなどという便利なものはついていないので、普通通りにハイパーレーンを使う他に恒星間を移動する集団がない。なので、ジャンプドライブを搭載しているヴェルザルス神聖帝国の護衛艦隊もブラックロータスに付き合ってのんびりとハイパーレーンを伝って目的地――ヴェルザルス神聖帝国の中枢星系――へと移動中だ。
「どうでしょう……? もしつけられたとしても、動かせるものなのかどうかは……あれは船に乗っている兵達の法力を普段から船に貯めておいて、必要に応じて貯めておいた法力を引き出してやっと使えるものらしいので」
イナバさんが首を傾げる。その横ではうちの技術者連中が難しい顔をしていた。
「んー……神聖帝国のジャンプドライブユニットの大きさ次第やけど、稼働にサイオニックパワーが必要ってことになると、一つの船に二つのエネルギー系統を共存させるってことになるやろ? 流石のスキーズブラズニル級でもキツいんとちゃう?」
「カーゴスペースを減らせば出来ないこともなさそうだけど、そうすると船体重量の方がねぇ……ヴェルザルス神聖帝国に今使っているものより高出力で低燃費のスラスターとかあれば良いけど」
「でも、それで解決したとしてメンテナンスはちゃんとできるのかい? 技術系統が違うとなるとその辺りも大変だろうし、そもそもこの船に搭載しているレプリケーターで修理資材を作れるかどうかも問題なんじゃないかな」
技術者達はブラックロータスと船団を組んで超光速航行を行っているヴェルザルス神聖帝国艦隊を眺めながら議論を繰り広げている。どうやら議題はブラックロータスの改造計画のようだが……そこまで改造したらもうスキーズブラズニル級とは言えなくなりそうなんだが、大丈夫か? スペースドウェルグ社との独占契約とか。
「これがほんもののいなりずし……」
「はい。甘いおあげと酢飯が口の中で渾然一体となって……美味しいですね!」
「お酒のおつまみにはちょっと微妙かしらねぇ」
少し離れたところではミミとクギ、それとエルマがいなり寿司を摘んでいた。あの胡散臭い護衛艦隊の長、カラスからの差し入れであるらしい。暫く故郷を離れていたクギへの配慮だと言っていたらしいのだが……どうしてこう、胡散臭く感じてしまうんだろうな。
まぁ、恐らくだが純粋な善意ということもあるまい。実際にクギが大層喜んでいるので、俺としては何か頼み込まれた場合一定の配慮をしようと思ってしまっているしな。
「しかしなんだ、いつになく静かというか平和というか……」
「ちょっとヒロ? やめなさいよ。そういう事を言うのは」
「ヒロ様、実は結構トラブルを楽しんでませんか?」
エルマとミミから速攻でツッコミが飛んでくる。いや、そういうわけではないけどさ。あまりにも平和な時間が続くといつ来るかいつ来るかと不安になるだろ? 大体いつもこういうタイミングで何かしらのトラブルが起こるし。
『ご主人様。護衛艦隊が何かを見つけたそうで、超光速航行を停止するそうです。あちらで対処するとのことですが、念の為ご注意下さい』
と言っていたら、本当に何か起こったらしい。休憩スペース中から俺に向かって視線が集まってくる。
「ごめんなさい」
時には素直に謝るのも大事だよな。




