#507 「激ヤバですな」
え? 前回のタイトルの数字が間違っていた? 知りませんね( ˘ω˘ )(こっそり
それからの数日は実に穏やかな日々であった。ヴェルザルス神聖帝国の聖堂とゆるく「今日は船で休むね! 明日まだ迎えが来ないようなら遊びに行ってもいいかな?」といった旨の連絡などをゆるくやり取りしてのんびりと……え? もっとこう、血湧き肉躍るバトルとか、宙賊を蹂躙してヒャッハーとか無いのかって?
言いたいことはわからんでもないがな、このニーパック星系というのはセキュリティレベルが最高の星系なんだ。つまり、宙賊なんぞは入って来た瞬間過密スケジュールで星系中を巡回しているゲートウェイ防衛部隊に発見されて即座に殲滅されているし、傭兵としての仕事なんてのもほぼ交易船の護衛依頼オンリーなんだよ。つまり、ヴェルザルス神聖帝国からの迎えを待っている俺達が受けられる依頼は無い。
一切無いってわけでもないが、怪しげな失せ人探しだの、盗まれた積み荷探しだの、密航ブローカーを探し出して始末しろだのといった面倒で危険もありそうな割に報酬が2000エネルだのなんだのっていう端金しか入らない仕事なんてやりたくない。それですら解決前にヴェルザルス神聖帝国帝国からの迎えが来たら途中放棄って形になって何も良いことが無いし。
「随分と……豪華では?」
「わぁ……贅沢な空間の使い方ですね」
「おお、これは開放感がありますなぁ」
というわけで、本日のゲストはこちらの御三方。ブラックロータスを初めて訪れた人々がするテンプレート的な反応を返してくださっているコノハとモエギ、それにフウシンの三人である。
え? そこはランシンじゃないのかって? 聖堂護衛官が三人とも聖堂を離れるのは不用心。さりとて男の俺の船に女性二人で向かうのは外聞を考えるとよろしくない。それじゃあ護衛官の二人を供として聖堂長のフウシンが、という話になったわけだ。
「ようこそ。まぁ好きに見て回ってくれ痛い!」
「おもてなしくらいちゃんとしなさい」
適当な歓迎をしたらエルマに脇腹をキュッと抓られた。とても痛い。
「イエスマム……しかしそう言われてもな。まずは駆けつけ一杯? 痛い!」
「真面目にやりなさい」
「だからそう言われても歓迎方法が思いつかないんだよ……機関部やコックピットに案内はできないし、私室に招き入れるってのも違うだろう。メディカルベイに用事はないだろうし。ああ、希望するならクリシュナがあるハンガーに案内しても良いけど」
そう提案すると、意外なことにフウシンがハンガーの見学を希望した。
「ほっほっほ、実は恥ずかしながら戦闘艦鑑賞が趣味でしてな。ヒロ殿のドキュメンタリーも全て見ております」
「さ、左様ですか……俺自身は小っ恥ずかしくて見てられないんですがね、あのドキュメンタリー」
好々爺めいた笑みを浮かべながらしっかりとした足取りで俺の後ろをついてくるフウシン殿にそう言いながら彼をハンガーへと案内する。
あのドキュメンタリーなぁ……編集の妙とでも言えば良いのか。なんか俺がストイックで意識の高いヒーローみたいな感じに見えるようになってるんだよ。もう見てて小っ恥ずかしいのなんのって……一度ミミに誘われて一時間ほど鑑賞したんだが、耐えられずに逃げ出すことになった。
「ヒロ殿は高潔な心をお持ちですな。私も見習いたいところです」
「全然そういうのじゃないから……本当に。ああ、着きましたよ」
どうしてこんなにヨイショしてくるんだ、この人……明らかに俺より年上で貫禄もあれば人徳もありそうな人にそんなにヨイショされても居心地が悪いだけだよ。勘弁してくれんか。
「おー、兄さん……と、フウシンさん、やったっけ?」
「フウシン殿、だよお姉ちゃん。すみません、姉が失礼な口をきいて」
「ごめんなさい」
「いえいえ、私も堅苦しいのは苦手でしてな。聖堂から出ればただの爺ですから、さん付けで十分ですとも。それよりも興味本位でお仕事場にお邪魔して、こちらこそ申し訳なく思います」
整備士姉妹と和やかにコミュニケーションを取っているフウシンを横目に見ながら、小型情報端末を操作してクリシュナのタラップを開放する。
「なんと、中を案内して下さるので? 見てはいけないものなどもあるのでは?」
「居住空間の共有スペースとかコックピットくらいまでなら大丈夫ですよ」
ブラックロータスのコックピットはセキュリティ上見せるわけには行かないが、クリシュナのコックピットは市場にも流通しているコックピットブロックだからな。特に見られても問題はない。居住空間も同じく市場に流通しているモデルだし。流石にミミやエルマの私室とか、白兵戦用の武器が置いてあるカーゴブロックとかは見せられないけども。
「ほう……おお……確かにこれはドキュメンタリーで見た……」
フウシン殿のようなおじいちゃんが感動して言葉を失っている絵面ってのはなんか新鮮だな……映画やドラマで見たそのまんまのロケ地とかに聖地巡礼したような感覚なんだろうか。
「それにこのコックピットは……」
と、何かを言いかけたフウシン殿が急に固まった。いや、固まったのは一瞬だけだ。何を思ったのか、急にコックピットの床に這いつくばって無言になった。いや、何してんだこの爺さん。
「急に気分でも悪くなったか……? 簡易医療ポッドに運ぼうか?」
思わず丁寧な言葉遣いを忘れて素が出てしまう。
「いえ、そういうのではなく……すみませんが、もう少し……」
這いつくばるフウシン殿の横にしゃがんで彼の顔色を確認してみると、特に体調を崩しているような感じでは……ああいや、なんだか急に顔から血の気が引いて、ダラダラと脂汗を流し始めているような。やはり体調不良なのでは?
「なんということだ……これは、まさか、いや、間違いない……だが、いや、そういえば報告で……」
冷や汗を顔中に浮かべたフウシン殿が横にしゃがみこんでいる俺にゆっくりと顔を向けてくる。なんか首の辺りからギギギ……と金属音でも鳴りそうな感じだな。
「あの、ヒロ殿。巫女のセイジョウ殿はこの船について何か言っておりませんでしたかな?」
「え? いや、特に何か言っていた記憶はないけど……何か問題が?」
クギとは何度もクリシュナで一緒に出撃しているが、今のフウシンのように動揺しているような様子を見せたことは一度もなかったように思う。
「この船は……この船は、此の世のものではありません」
「えっ? いや、まぁそれはそう」
俺がこの世界に落ちてきた時に生成されたか何かしたものなのだろうから、言った通りそれはそうだろう。SOLの突発イベントで手に入れたユニークシップだし。ゲームの中の架空の船が実体化したプロセスは全く不明だけど。この動揺の仕方を見るに、尋常なモノではないとフウシン殿は判断しているようだな。
「もしかして、この船ってサイオニック的な観点から見ると、かなりヤバい代物だったりする?」
「ヤバいかヤバくないかで言うとだいぶヤバいですな。激ヤバですな」
フウシン殿が真顔でそう言う。好々爺めいたじいちゃんが激ヤバとか言うのちょっと面白いな。意外とノリが良い。
「どういう感じでヤバいのか一つご教授願えるかな?」
「そうですな、この船は一種の聖遺物、宝具と申しますか……ヒロ殿の力を増幅し、事を為すための焦点具……いや、もっと簡単に言えば、ヒロ殿専用の超兵器と表現するのが一番簡単でしょうな」
「超兵器……? いや、クリシュナはそんなトンデモ兵器じゃないが……?」
クリシュナのスペックは俺の頭の中に完全に入っている。武装も、シールド容量も、ジェネレーター出力も、各部のスラスター出力も何もかもだ。確かに一般的な小型戦闘艦と比べれば怪物と表現しても良いようなスペックを誇っているのは確かだが、例えばセレナ大佐の乗艦であるグラッカン帝国の最新戦艦、レスタリアスと正面から殴り合えば一瞬で消し炭になる程度のものだぞ。
「それはヒロ殿がこの船、クリシュナを『そういうもの』と定義しているからです。自ら枷を付けているようなものです。今までこの船に乗っていて不思議なことが起きたりはしませんでしたかな? 突然空間を飛び越えたり、想定以上の出力の攻撃を放ったり」
「いや、そういうのは無い……あ」
あった。一度だけだが、あった。直撃コースのレーザー砲撃を捻じ曲げて無効化していたことが一度だけあった。あれはいつだったか……そう、帝国のエルフの本拠地であるリーフィル星系を脅かしていた宙賊の基地をセレナ大佐と一緒に襲撃した時のことだ。
確か宙賊基地からの猛烈な迎撃レーザー砲火に晒されて、クリシュナのブラックボックスに隠されていた偏向シールドシステムが起動したんじゃないかって話に落ち着いたはず。結局、ティーナもウィスカもそういったものは見つけられなかったんだが。
「一度だけだが、あったな。ということは、俺の想像力というか、定義次第ではクリシュナはもっと化ける可能性があるということか?」
「正直、この私も戦闘艦の形をした落ち人の聖遺物などを目にするのは初めてなので……本国にも記録があるかどうか……」
フウシン殿が眉間に深い皺を刻んで唸る。
「ヴェルザルス神聖帝国ならクリシュナのことを調べられるのだろうか」
「恐らくは。落ち人の聖遺物、もしくは宝具と呼ばれるモノを研究している部署がありますし、こういった船もサイオニックテクノロジーの一種として分析は可能だと思います。大騒ぎになりそうですが」
「それはどれくらいの大騒ぎに? というか、どうしてそんなにこの船がヤバいのかがまだピンと来ないんだが」
確かにレーザーを捻じ曲げて逸らすのは滅茶苦茶に強いと思う。戦闘艦のメイン武装をほぼ無効化するってことだからな。それに、フウシン殿が言っていたように空間を突然飛び越えたり、常識では考えられないような出力の砲撃を放てるとなれば、クリシュナの戦闘力は飛躍的に向上することになるだろう。だが、その程度でランシン殿が激ヤバなどと言うとも思えない。
「想像もつきませんな。ヒロ殿が秘めているポテンシャルを十全に扱うだけの性能を有していた場合……もしかしたらですが、一隻で正規軍の艦隊を軽く一蹴するようなことも可能かもしれません」
「……弾幕シューティングゲームの主人公機かな?」
たった一隻で無数の敵を撃破したり、敵中枢に乗り込んで撃滅したりするのは、それはもうスペースコンバットシミュレーターというより弾幕シューティングゲームとか無双ゲーとかそういうジャンルなんよ。
あー、でも、まぁ、オンライン要素の無いソロゲーならあるあるではあるかな? リボン付きとか円卓の鬼神とかああいう感じの。あれはスペースコンバットシムじゃなくてフライトシューティングだけど。
「ちなみにだけど、俺がクリシュナに乗った状態で例の爆発を起こした場合、更なる大惨事になったりしない?」
「……医療ポッドをお借りしてもよろしいですかな?」
フウシンは胃の辺りを押さえながらそう言った。はい、みなまで言うなってことですね。わかります。




