#050 久々の戦場
「一〇時方向、俯角二〇、敵艦三!」
ミミのアナウンスに従って敵機をロックし、船首の方向を速度をチェックする。向かってきてるな。
「交差後反転、ケツを取る」
船首を敵機に向け、急加速して擦れ違う。レーザーとマルチキャノンを撃ち込まれたが、被弾は最小限だ。
「Gに備えろ!」
クリシュナの姿勢制御ブースターを噴かして艦の方向を180°回転させ、一気に加速して敵艦の後方を取る。回転と急加速で強烈なGが襲いかかってくるが、これは歯を食いしばって耐える。
「敵機正面!」
「全部持ってけ」
完全に後ろを取った。散開して逃げようとする敵機のうち左右の二機に重レーザー砲の連射を浴びせ、正面の敵艦に散弾砲の照準を合わせる。必死に逃れようとしているようだが、宙賊艦如きの運動性と加速性能でクリシュナを振り切ることは不可能だ。
「これで三つ」
コックピットの両脇に備えられた砲身が火を噴き、無数の弾丸が後方から宙賊艦に襲いかかった。弾丸は一瞬で敵のシールドを飽和させ、無防備なスラスターを、その先にあるエネルギ伝導管を、そしてメインジェネレータを食い破る。一瞬でスイスチーズの出来上がりだ。
爆散する三隻の宙賊艦を追い越して次の目標を探す。
「キレは落ちてないみたいね?」
「どうかな」
「三時方向、仰角二〇に敵艦多数、六……いや七です。中型艦が二隻います」
「突っ込む?」
「もちろん。チャフとフレアのタイミングは任せる」
「了解」
スラスターを噴かして敵集団へと船首を向ける。
『敵接近……なんだありゃ? 腕付き?』
『腕付き……? おい、画像回せ――この前の化物じゃねぇか! あいつはやべぇ! 逃げろ逃げろ!』
『逃げるっつったってどこに逃げるってんだよ!?』
『あんなもんやられる前にやっちまえばいいんだ!』
敵艦が七隻、一斉に船首を向けてこちらに向かってくる。中型艦二隻はミサイル支援艦に改造された輸送船のようだな。
「まずは中型から落とす」
「はいっ!」
「ええ」
『撃て撃て撃てぇ! ありったけぶちこめ!』
コックピット内に警告音が鳴り響く。熱源探知式のシーカーミサイルだ。誘導性能も高く、対シールドにも対装甲にも大きな攻撃力を発揮する。宙賊の使う武器として最も強力な部類のものだ。
「フレア展開」
エルマの宣言と同時にクリシュナから複数の熱源が発射される。二隻の改造中型艦から発射された大量のシーカーミサイルは囮の熱源に殺到し、目標を見失う。その隙に、クリシュナはシーカーミサイル弾幕を抜けていた。するりと。
『第二射……!』
『近接防御!』
『止めろ!』
「間に合うものか」
既にこちらの射程内だ。改造中型艦がミサイルベイを開放するが、もう遅い。二門の散弾砲から連続で発射された無数の弾丸が中型艦のシールドを飽和させ、装甲に、船体に、そして開放されたミサイルベイに着弾した。
『うわあぁぁぁぁぁっ!?』
二隻の中型艦が文字通り爆発四散する。その光景に後ろで控えていた宙賊艦が竦んだ。
そのように見えた。
『や、やべぇ……』
『逃げっ――』
「逃がすわけないわよねぇ」
「勿論。宙賊は皆殺しだ」
慌てて逃げ出そうとする宙賊艦に重レーザー砲の連射を浴びせ、追いかけ回して散弾砲を撃ち込む。戦意のない敵を虐殺して楽しいのかって? 楽しいね! 宇宙のゴミクズが消える上に金まで稼げる。こんなに楽しいことはない。正義や大義というものはいつだって甘美なものだ。
『たっ、助けっ――』
「嫌です」
たまにラベルの裏側を見てみないととんでもないことになったりするけど、まぁ宙賊どもに関しては心配要らない。こいつらは確実にこの世に存在しても百害あって一利なしの存在なので。
「エリアクリア。次の最寄りは一〇時方向です」
「向かおう」
「ええ」
俺達は頷き合い、クリシュナを次の戦場へと走らせた。
☆★☆
「戦況は」
「奇襲攻撃が効いたようです。反撃の規模は大きくありません」
「そう。各艦にはこの調子で冷静に任務をこなすよう通達を」
「ハッ!」
戦況は圧倒的にこちらが優勢だ。初撃で宙賊基地のハンガーを叩けたのが大きかった。出港前に叩いてしまえばどんなに強力な船も木偶でしかない。
潰せたので一番大きいハンガーだけだったので、その他のハンガーからは宙賊どもが出撃しているようだが……傭兵達はよく戦ってくれているようだ。宙域から離脱しようとする宙賊艦も上手いこと封じ込めに成功している。
通常、一つの星系に存在する星系軍は一系統だけだ。哨戒任務を帯びた帝国航宙軍が寄港したりすることはあるが、そういった部隊は行き掛けの駄賃とばかりに見かけた宙賊を撃破することはあるものの、宙賊を狙って専門に軍事行動を行う部隊は長い帝国史上でも私達が初めてなのだ。
帝国軍が本気で宙賊を狙ってくるわけがない――そんな今までの常識を覆し、心理的な隙を突くことができた結果がこれだ。従来の星系軍の指揮系統から独立しているために宙賊に情報が漏れず、完全に不意を打つことができた。
「賞金額の伸びは……」
手元のホロディスプレイを操作して今回の作戦に参加している傭兵達の撃墜スコアを確認する。一位は――クリシュナ。彼の船だ。それを確認した私の口がにんまりと緩むのを自覚する。任務中に浮ついた気分でいるのは良くない。私は片手で口元を隠してにやつく表情をなんとか元に戻した。
ニヤついている場合ではない。不意のアクシデントに備えておかなくては。
☆★☆
「これで終わり、っと」
「エリアクリア、もう近くに反応は……ありませんね」
まだここから離れた宙域では戦闘が継続されているようだが、近辺にはもう敵機の反応がないらしい。俺もレーダーの反応をチェックしてみるが、確かにそれっぽい反応はかなり遠いようである。
「何隻殺った?」
「撃墜スコアは小型艦が三十三隻、中型艦が三隻ね」
「ターメーン星系ほどには稼げなかったか」
確かターメーン星系での討伐の時はもっと狩れてた筈だ。腕が鈍ったか?
「絶対数が少なかったから仕方がないわよ。それを考えると驚異的な戦果だと思うけど」
確かに、敵影が少し薄かったな。先制攻撃が効きすぎたか。
「それもそうか。ええと、小型艦一隻で五千、中型艦一隻で二万だっけ。そうなると討伐報酬だけで二〇五〇〇〇エネルか」
「それに作戦参加でプラス五万、それと賞金は別にカウントされるわね」
「小型艦一隻辺り一万弱、中型艦一隻辺り五万前後が相場だよな。参加報酬含めてプラス50万くらいか?」
「そんなところね。合計で約七十万くらいかしらね? それに積荷の略奪分ってところ」
「こりゃ略奪に精を出さなきゃならんね」
周辺宙域に敵影はないので、早速敵機の残骸漁りを始めることにする。狙い目は嵩張らず、価値の高いレアメタルやハイテク製品、酒やドラッグなどの嗜好品だな。勿論ドラッグはイリーガルな品が多いが、こういう軍公認の討伐で手に入れた分については軍で買い取ってくれるのでそれなりに実入りが良いんだ。何に使ってるかは知らんけど。
帝国政府としても売れないからって違法な薬物でスペースデブリとして漂ったままにされるのは困るのかもしれんね。俺達が回収しなかったらイリーガルなドラッグのコンテナはこの宙域に漂い続けるわけだし。そうなるとそのコンテナを狙って悪質なスカベンジャー――廃品回収業者が出没しかねない。
彼らは戦場跡などに現れては俺達傭兵や軍の取り零した様々な物資やジャンク品を回収して回るゴミ処理業者のようなものだ。彼らがスカベンジャー――つまり腐肉漁りだなんて呼ばれている理由は単純で、自分達は一切手を汚さずに俺達傭兵や軍人が命がけで戦った戦場のお零れを狙う存在だからである。
俺は別になんとも思わない。ご苦労なことだな、とは思うけど。大した稼ぎにもならないだろうしね。だが、傭兵や軍の中には彼らを蛇蝎のごとく嫌う連中もいる。悪質なスカベンジャーの中にはイリーガルな品を拾って売り捌くようなやつもいるしね。それも仕方のないことと言えば仕方のないことなんだろう。
「俺が警戒をするから、エルマはミミに回収ドローンの操作を教えながら作業をしてくれるか?」
「アイアイサー。ミミ、頑張るわよ」
「は、はいっ」
エルマが各種センサーを使って獲物の場所を探し始める。俺は彼女の指示に従って船を走らせるのだった。




