#502 「駄目です」
天気が悪くて捗らねぇですわ!!_(:3」∠)_
「いえ、何もかも此の身の不徳が招いたこと。慰めて貰うなどというのはあまりに惰弱というものです」
ヴェルザルス神聖帝国への対応についての話し合いを終えた後、クギをフォローしようと思ったのだが、彼女は気丈にそう言った。頭の上の狐耳もピーンと立っている。やる気だ。
しかし彼女の三本の尻尾はしょんぼりと萎え萎えになっていた。だらーんと垂れている。どう見ても空元気というやつである。
「俺が悪かった、と言ってもクギはそう簡単に納得しないだろうな」
「いえ、此の身の身から出た錆ですから」
クギはこれでかなりの頑固さんなので、口で言ってもそうそう容易くは納得してくれないだろう。というか、聞いての通り納得してくれる気配がない、
なので、俺は強硬手段を取ることにした。
「そうだよな。クギはそう言うよな。というわけで――」
息を止め、時間の流れを鈍化させる。
クギはまだ完全に無警戒状態。意思の強さを感じさせる瞳で俺の顔を正面から見つめてきていた。
鈍化している時間の中で、素早くクギの頭に両手を伸ばして抱え込み、そっと彼女の額に俺の額を接触させる。当然、クギは俺のこの急な動きに反応することすら出来ない。
「――こうするぞ」
「へっ……?」
本来、第二法力――つまりテレパシーだの精神干渉だのといったサイオニック能力はヒトが放つ精神波を様々な方法で活用するものだ。その行使に身体的な接触は必要ではなく、寧ろ身体的な接触なしで、能力の行使を感知されることすら無く影響を及ぼすのが最上とされている――と、クギが言っていた。
しかし、こうして身体的な接触を介して能力を行使することにもちゃんとメリットがある。
「んピィッ!?」
クギが今までに聞いたことがないような悲鳴を上げ、視界の隅に映る彼女の尻尾がブワっと膨らむのが見えた。
精神波を介して相手に影響を及ぼすのが第二法力と呼ばれるサイオニック能力の定義なのだが、こうした身体的接触――特に脳味噌が入っている頭部同士の接触を介した場合、その威力というか貫通力というか、そういったものが格段に上がる。つまり、精神波を伝えやすくなる。
「……」
「ワ……ア……ァ……?」
というわけで、クギにはこうして俺がどれだけクギを信用し、信頼しているのかという思いの丈をぶつけた。ぶつけたのだが……。
「あの、ヒロ様? クギさん鼻血出てますよ!?」
「んん?」
「ぴゃー……」
なんかクギが鼻血を垂らしながら人様には見せられない表情になってしまっていた。おかしい、俺はただクギに俺の想いをわかって欲しかっただけなんだが。
「……加減を間違えたかな?」
「間違えたかなじゃないですよ!? クギさん? クギさんっ!? ショ、ショーコ先生を呼んだほうが良いですかね!? これ!」
「へ、下手に揺らさないほうが良いかもしれない」
わたわたと慌てるミミを落ち着かせながら俺は小型情報端末を取り出した。と、とりあえずショーコ先生を呼ぼう。あと、メイも。
☆★☆
「エンドルフィンをはじめとして脳内の報酬系に作用する脳内麻薬がドバドバ出て危ない状態だったねぇ」
「……つまり?」
「もう一歩で戻ってこれなくなってたかもね。二度と同じことをしないように」
「はい」
ショーコ先生にガチトーンで注意された俺は素直に頷いた。今の今までショーコ先生からの診察と治療を受けていたクギは簡素な手術着のようなものに着替えさせられている――どうして着替えさせられる必要があったのかは聞かないでくれ――のだが、まだ他人様にはお見せできない表情のままである。鼻血は止まったけど。
「一体何をしたらこうなるんだい? 宙賊から鹵獲した快楽系のドラッグでもキメさせたのかい? 全く感心できないんだけど」
「いや、そんな恐ろしいことはしてないって。ちょっとこう」
「こう?」
「おでことおでこをくっつけて、テレパシーでクギへの信頼とか好意とかそういうものをぶつけてみただけで」
「なんだいそれは……? でも、ヒロくんのサイオニックパワーは超新星爆発の数倍とか数十倍とかなんだっけ? そんな力をクギくんの頭に流し込んだら、そりゃこうなるんじゃないのかい?」
「そうかな……? そうかも……?」
そう言われるとそうなのかもしれない。もしかしたら、俺はクギにとんでもなく危険なことをしてしまったのか? 起きたらちゃんと謝らないとだな。というかこれは……うっかりでクギを殺しかけたのか? マジでか……いや、まさかそんなことになるとは思わなかった。背中にじんわりと冷や汗が湧き出てくる。
「ご主人様、これは上手く使えば非殺傷の制圧手段になるのでは?」
「なんという恐ろしいことを考えるんだ。いや、でも多分無理だぞ? クギがこうなったのは互いの好意というか、そういったものが作用してってこともあるだろうし。赤の他人、それも制圧しなきゃならないような相手には効かないと思う。いや、伝える感情というか、精神波の方向性次第かな……?」
「本当に反省しているのかい? あんまり反省の色が見えないようなら私にも考えがあるよ?」
「本当に反省しています。二度とやりません」
害意などというものは欠片も無かったとはいえ、迂闊に身内に俺の力を使ってはいけないな。本当に迂闊だった。心の底から反省している。
というか、ショーコ先生がどんなことを反省の薄い俺にしてくるのかがわからなくて怖すぎる。医者だけは、医者だけは敵に回しちゃなんねぇよ。本当に。人体に精通している医者という存在は、それを破壊することにも精通していると言えるのだから。
「それで、今日はどうするんだい? クギくんに関しては恐らく数時間で目を覚ますと思うけど」
「俺はクギの傍にいるよ……流石にこの状態にしてしまった責任があるし」
「そうかい? 他の面子はどうする?」
「フリーで。買い物に行くなりなんなりな。ただ、外に出るならメイがついて行ってくれ」
「承知致しました、ご主人様」
ニーパックプライムコロニーにうちのクルー達が欲しがるようなものがあるかどうかはわからないが、物資のやり取りが盛んなこのコロニーなら何か掘り出し物があるかもしれない。それに、買い物ってのは楽しいものだからな。
☆★☆
他人様に見せられないような表情で半ば気絶していたクギが目を覚まし、焦点の合わない視線を俺に向けて襲いかかってきたりしたが、それをなんとかいなすと彼女は今度こそ正気に戻った。
「……」
「本当に申し訳ない」
「……」
正気に戻ったクギは頭から布団を被ってメディカルベイのベッドに引きこもってしまった。まぁ、そうは言っても尻尾だけは布団の外に出ていて、俺の手に巻き付いているのだが。
ショーコ先生は正気に戻ったクギを軽く診察した後、席を外している。普段メディカルベイに入り浸っているネーヴェも今は他のみんなと一緒に買い物に出ているので、今のメディカルベイには正真正銘俺とクギの二人きりだ。
「前にクギが訓練を付けてくれた時にも俺の力は強いから、使う時は慎重にって何度も言ってたよな。言いつけを守らずにクギを危険な目に遭わせて本当にすまん」
「……」
俺の手、というか手首というか腕に巻き付いているクギの三本の尻尾が微妙に動いている辺り、俺の言葉は聞こえているのだと思う。しかし、クギは布団に閉じこもったまま顔を見せてくれない。相当に怒らせてしまったようだ。
「……反省してますか?」
「反省してます」
「……仕方がないので許してあげます」
俺の腕に巻き付いていた尻尾がシュルリと解けて、代わりにクギの手が俺の手をぎゅっと握ってくる。なんだか感触を確かめるかのようにニギニギと握られてちょっと気恥ずかしい。
「私ばかりというのは不公平、ですよね?」
「うん?」
「抵抗、しないでくださいね?」
「ちょっと待って」
「駄目です」
クギが俺の手を引くと同時にガバッ! と布団が跳ね上がり、クギのもう片方の手が俺の顔に向かって伸びてくる。その手は俺の後頭部に回り、クギの顔が近づいてきて――クギの額が俺の額に触れた次の瞬間、俺の頭に何かが流れ込んできて、俺は意識を失なうのだった。




