#500 「そうかな……? そうかも……?」
ちょっと身内のペットに不幸があって遅れました( ˘ω˘ )
「こりゃまたファンタジーというかなんというか……」
ヴェルザルス神聖帝国の聖堂とやらに辿り着いた俺は、その威容――というよりは前庭に存在する『あるもの』を見上げて思わず呟いた。宙に浮かんでいる直径2mほどの球体だ。その球体は紫色の煙、もしくは炎のようなもので構成されており、その実態は何かというとサイオニックパワーの塊のようなものである。一体どういう用途で、何のためにこんな場所にサイオニックパワーを集中させているのだろうか。
「気になりますか?」
「そりゃね。ありゃ何なんだ?」
声をかけてきたモエギに聞いてみると、彼女はあっさりとその正体を教えてくれた。
「あれは法力通信機用の法力貯蓄器なんですよ。ほら、あそことあそこ、それにあそこにも装置があるでしょう? あれらの装置で聖堂によって増幅された法力を空間に固定して貯蓄しているんです。ここから本国に直接通信するとなると、流石にヒト一人分の法力ではどうやっても届きませんからね」
「なるほど……? 空間に固定ってそんなことができるのか。すげぇな」
エネルギーを空間に固定して貯蓄できるって物凄いことでは? どれくらいのエネルギーを貯蓄できるのかわからんが――って、早速うちのエンジニアや研究者が目を輝かせている。
「ヴェルザルス神聖帝国に行けばその辺りの技術的な理論を学ぶ機会もあるだろうから、好奇心は抑えておこうな」
「えー」
「ぶーぶー」
ブーイングが飛んできたが、無視だ無視。よくわからないスキャナーっぽいものを貯蓄器――キャパシタに向けるんじゃない。というか、どこから取り出したんだよそれ。持ち歩いてるのか?
「はいはい、見るにしても後でな。後で。すまん、案内してくれ」
「ふふ、はい。どうぞこちらへ」
モエギが足を止めた俺達を聖堂の入口で待っていたランシンとコノハの元へと先導してくれる。
そしてそのモエギにホイホイとついていく俺の服の裾をまたクギとミミが引っ張って抗議している。いや、別にモエギがおっとり系美人お狐お姉さんだからホイホイついていってるわけじゃなくて、単に早く用事を済ませようとしているだけだから。
それ比べて見ろ、あのエルマの落ち着きようを。
「……」
平静を装っているけど、耳の角度があまり機嫌が良くない時の角度だ。少し後ろめにキュッてなるんだ。俺は知っているぞ。ティーナとウィスカ、それにショーコ先生はそれどころではなくサイオニックテクノロジーに夢中だな。メイは……メイはいつも通りだな。ネーヴェはショーコ先生の傍でポッドに入ってて様子がわからん。
あー、目の前でフリフリしてるもふもふキツネしっぽだけが俺の今の心の癒やし――モエギの尻尾は一本なんだな。クギは三本なのに。個人差なんだろうか?
「我が君、尻尾を凝視するのはマナー違反ですよ。あれです、せくはらです」
「そうなのか……難しいな、神聖帝国のマナーは」
どうしてだろうと考えていたらクギに注意されてしまった。尻尾を凝視するのはおっぱいやおしりを凝視するのと同じくらいのレベルのセクハラなのだろうか。それともそれ以上なのだろうか。わからん、何もわからん。
「履物は脱いで上がってくださいね」
「了解」
聖堂の入口、というか玄関というか土間のような場所でコノハにそう言われたので、素直に靴を脱いで板の間に上がる。うーん、どことなく日本家屋っぽいというか、神社っぽい雰囲気があるな。クギと、あとエルマとミミは特に手間取ることもなく靴を脱いで板の間に上がってきたのだが、他の面々はあまり靴を脱いで板の間に上がる文化が無いからか、少し手間取っている。そういやエルフもどことなく和風っぽさというか、アジア系の文化っぽさを感じさせる雰囲気があったな。
ミミが慣れているのはなんでだ?
「クギさんのお部屋にお邪魔することが結構あるので!」
「なるほど」
そういえばクギの部屋は入口部分以外は畳敷きっぽくしてあって、入口の所以外は土足厳禁にしてるもんな。ミミは普段からクギの部屋に遊びに行くことが多いから、慣れてるのか。
「そういやうちらはあんまりクギの部屋に遊びに行くこと無かったなぁ」
「クギちゃんがよく遊びに来てくれるから」
「私もないねぇ……私はいつも研究室にこもってるから」
「いつでも遊びに来てくださいね」
『ドクターはもう少し部屋から出たほうが良いと思うけどね』
そんな話をしながら護衛官の三人に案内されてぞろぞろと聖堂の奥へと進んでいく。うーん、やっぱりなんかこう、神社とかお寺とかそれっぽい感じがするな……それに、なんだろうか。なんか建物全体にサイオニックパワーの残滓――いや、残滓というのは違うな。これは現在進行系で何か動いているというかなんというか。サイオニックパワーの回路が建物全体に張り巡らされている?
というか、俺の勘違いじゃなければ壁の装飾っぽいものとか色々なものが青紫色に発光している。
「……気になりますか?」
気がつくと、またもやモエギがいつの間にかすぐ近くに寄ってきていた。俺が若干上の空になってきょろきょろと建物を見回しながら歩いているのに気がついたようだ。しかし次はないとばかりにクギがインターセプトしてくる。物理的に。具体的には俺の腕に抱きつくという形で。
「我が君、この聖堂には聖堂内にいる人員から増幅された余剰の法力を吸い上げ、先程の法力貯蓄器に貯蓄するという機能や、聖堂自体の保護機能などがあります。その法力結界が建物そのものに組み込まれているので、建物全体から法力を感じるのです」
「なるほど。建物自体にサイオニックテクノロジーが組み込まれているわけか。あれ? それ大丈夫か? 俺から吸い上げるとオーバーフロー起こしたりするんじゃないか?」
「大丈夫、と言いたいところですが……少し大変みたいですね。すみません、隊長。私は制御の手伝いに行ってきます」
「そうしてくれ。案内は俺達だけで十分だ」
ランシンがそう言ってモエギを送り出す。直前にテレパシーで交信したっぽい様子だったから、管理部署辺りから応援要請でも入ったのだろう。すまんな、俺がサイオニックパワー垂れ流しマンというか、強すぎるマンで。クギとの修行で大分制御できるようになって、俺のサイオニックパワーは垂れ流し状態ではなくなったわけだが、それでも潜在的な力の強さが変わったわけではない。
吸い上げるサイオニックパワーの量が例えばほんの数%だとしても、俺が持っているサイオニックパワーの総量は桁違いらしいからな。何せ星系を複数消滅させるような規模のサイオニックパワーだ。吸い上げ、貯蓄機構が何らかの不具合を起こしても不思議ではない。
「なんか来るだけで面倒をかけてすまんな」
「ヒロ殿が気にされることではない。こちらの想像以上のポテンシャルに寧ろ敬服致した。しかも、その溢れ出んばかりの法力をしっかりと制御し、内に留めておられる。ヒロ殿は剣も使われるとか? 是非一手お相手願いたいところなのですが」
「隊長」
「わかっている。いやはや、実に残念無念。某達のような者達が全力で戦うにはこのコロニーは脆過ぎる」
「そうかな……? そうかも……?」
この角つきのおっさん、本気で戦ったらコロニーが壊滅すると暗に言ってるぞオイ。いくらなんでもそんなことは……ある、か? あるかもしれんな。俺もサイオニックパワーを全開にするとメイとの剣技訓練場にしているブラックロータスの格納庫がぶっ壊れかねないってことで、サイオニックパワーを使ってメイと模擬戦をする時には力を抑えてやってるしな。
そんなことを考えながら少し歩くと、どうやら目的の部屋に辿り着いたようだった。結構奥まったところにある部屋だな。
「聖堂長、ヒロ殿とセイジョウ殿、それに連れの方々をお連れ申した」
「どうぞ、入ってくだされ」
中から聞こえてきた声に応じてランシンが襖のような引き戸を開ける。中に入ると、そこには一人の男性が待っていた。なんか神主っぽい格好をしているな。頭の上の耳はコノハのような丸っぽい感じだ。クマ? タヌキ? いや、イタチとかか? わからんな。
「お初にお目にかかります。私は当聖堂を預かっているフウシンと申す者」
「これはご丁寧にどうも。俺は傭兵のキャプテン・ヒロだ。知っているかもしれないが、巫女のクギと、俺のクルー達だ」
そう言って一人一人紹介し、用意されていた座布団に腰を落ち着ける。俺はあぐらでクギは正座をしているが、普段床に座る習慣がないミミ達は思い思いの格好で座っているな。いや、その中でもミミは正座で座ってるんだけど。クギに教えてもらったのかな?
「本国では既にあらかた準備を終えているそうで、迎えの船団も既に待機中とのことですな。本国行きに関してはグラッカン帝国とゲートウェイの運用についての話し合いが終わり次第となりますが、さして時間はかからないかと」
「既に待機中って、随分と早いな」
「それはヒロ殿がセイジョウ殿を通じて予め帝都の大使館に訪問の旨を我々に伝えてくれていたからですな。十分な準備期間を設けられた結果というわけです」
「なるほど」
あの時点ですでに動いてくれていたわけか。そりゃ準備万端なわけだ。
「我々も今回の便で本国に帰還する予定なので、道中は一緒に行動することになりましょう」
「なるほど。そういえばついでに人員の入替えをするとか聞いたな」
クギからそんな感じの話を聞いていたことを思い出す。どうせ迎えの艦隊を寄越すなら、ついでに人員の入替えやら交易やらを行ったほうが効率的なのは確かだよな。
「そのの通りですな。数日中、遅くても一週間以内には本国行きの便が運行されることになるでしょう。その間は当聖堂にご滞在くだされ」
「あー、んー……いや、申し出は有り難いんだが、自分の船の方がリラックスできると思うんだが」
そう言ってクギに視線を向けると、クギもそれを肯定するように頷いた。
「はい。我が君の仰せの通りかと。とはいえ、船にずっといるのも退屈でしょうから、聖堂に顔を出すのはどうでしょうか? 此の身どもの国の文化について予め知ることもできますし、きっと我が君に取っても皆様にとっても面白いものがあると思います」
「なるほど……それは良い考えだと思うが、迷惑じゃないか?」
「いえいえ、そのような事はありませぬ。是非ともお越しください。正直なところを申し上げますと、本国に行く前にヒロ殿の力がどれほどのものなのか、ある程度目星をつけておきたいという事情がありましてな。この聖堂と同じように、本国には滞在者の法力を増幅し、蓄える機能を持つ建物が多いですから」
「ああ、なるほど。俺みたいなのがポンと現れると、今この聖堂で起こっているようなオーバーフローみたいなことが起きかねないと」
「そういうことで」
フウシンが好々爺めいた笑みを浮かべながらそう言い、頷く。なるほどな。まぁそういうことならあちらの思惑に乗っても良いか。特に悪意とかは感じないし。
もっとも、全面的に信じるというか、警戒を解くようなこともできないけどな。クギのことは信じているが、ヴェルザルス神聖帝国がどのような思惑を持つかはまた別の話だし。最悪、俺のことを捕らえて莫大なサイオニックエネルギーの供給源にしようとするかもしれない。
我ながら疑い深いにも程があるとは思うが、警戒を怠って取り返しのつかない事態に発展するよりはマシと思おう。




