#497 「え? 冗談だよね?」
「土地と建物に関しては任せてください! だから絶対に帰ってきてくださいね?」
笑顔でそう言うクリスに別れを告げ、ダレインワルド伯爵にも挨拶をしてから俺達はゲートウェイへと向かった。ヴェルザルス神聖帝国へ行くためである。
目的地となるのはニーパック星系。ダレインワルド伯爵領の中心星系であるデクサー星系からハイパーレーン経由で五つ先にある帝室直轄領である。そこに最寄りのゲートウェイが存在している。
「まずはニーパックプライムコロニーに向かうんだな?」
「はい、我が君。ゲートウェイが存在する星系の主要コロニーからであれば本国と連絡を取ることができますので、迎えを寄越してもらうことになります」
「迎えですか?」
「はい、ミミさん。実質的には迎えというよりは交代要員の派遣なのですが。此の身どもの国は外部との交易や船の往来を制限しています。帝国とのゲートウェイ接続なども定期的なものは行われていないので、こういった接続する機会があった時に外交に関わる人員や不定期の交易船などを一気に移動せさせるわけですね」
ニーパック星系への道中、ブラックロータスの休憩室に皆を集めてクギを中心にヴェルザルス神聖帝国行きについて話し合っている。
「どうして往来を制限してるん?」
「はい、ティーナさん。此の身は然程詳しくはないのであくまでも伝聞になりますが、他国から必要以上に警戒されないためということのようです」
「「「???」」」
クギの説明に一堂が首を傾げる。俺も首を傾げる。他国から必要以上に警戒されないために半ば鎖国みたいな政策を取っているっていうのはなんとも解せない。
「ええと、此の身どもの国の船や兵器、兵士達は他国と比べるとかなり異質なので……」
「なるほど……?」
わかるようなわからないような。ヴェルザルス神聖帝国といえばサイオニックテクノロジーなので、それを応用した船となると確かに既存のテクノロジーで作られた船とはデザインや性能が異質なものになるのだろう。
「それって大丈夫なの? 一回入ったら出られないとかそういうことにならないでしょうね?」
「それに関しては大丈夫かと思います。我が君のような上位世界からの来訪者と呼ばれるような方と事を構えると、下手をすれば此の身共ですら滅ぶ可能性があるので」
『いきなり物騒な話になったね?』
「あー、半信半疑ではあるんだが、俺みたいなのが精神的に追い詰められまくって死んだりすると、恒星系を複数巻き込むような大惨事が起きるらしいぞ」
「ははは、スケールの大きな話だねぇ……え? 冗談だよね?」
ショーコ先生は俺が言ったことを笑い飛ばしかけたのだが、俺とクギの様子を見て真顔になって聞いてきた。クギは大真面目な顔をしているし、俺もまたそれに近い顔をしているからだろう。
「……初耳なんだけど?」
エルマが不機嫌そうな声でそう言う。そういえばこの話はクギと俺との間でしかしていなかったかもしれん。そんな気がする。
「いや、俺も未だに半信半疑というか、八割五分くらいしか信じてない話だから」
「それってほぼ信じてるってことじゃない。そういう大事なことはちゃんとパートナーに報告するべきだわ。そう思わない?」
「はい、そう思います。ごめんなさい」
これは俺が悪かったと思うので素直に謝っておく。俺の出自に関する情報は割とセンシティブなものだ。クギからエルマを含めた他のクルーに説明することはできなかっただろう。
「改めて説明すると、俺はこの世界、というか宇宙? 次元? の人間じゃない。クギを始めとしたヴェルザルス神聖帝国の人達が上位世界と呼んでいる世界の出身で、強烈なサイオニックパワーを有している。そんな俺が怒りと憎しみと絶望の果てに死んだりすると、その強烈なサイオニックパワーが大惨事を引き起こすらしい。最低でも恒星系一つ、最悪複数の恒星系を消滅させかねないんだそうだ」
『スケールが大き過ぎる。それ、一体どれくらいのエネルギーなんだい?』
「超新星爆発の威力が10の48乗から52乗ジュールと言われておりますので、それと同等から数倍、もしくは十数倍くらいかと推察されます」
呆れたようなネーヴェの言葉にメイがクソ真面目に答える。うん、なんとなく莫大なエネルギーだということはわかるけど全く実感が沸かない数字だな。
「大丈夫なん? 兄さんいきなり爆発したりしない?」
「いるのかどうかわからん神様的な何かが突然俺を爆発させたりしないという保証はないけど、多分大丈夫なんじゃねぇかな……ショーコ先生の検診でもいきなり俺が爆発しそうみたいな結果は出てないし」
「いや、出てないけどね? あくまでも私が診られるのは科学の範囲での話だからね? サイオニックテクノロジーに関しては殆どお手上げだよ?」
ショーコ先生が苦笑いをしながら軽く両手を挙げてヒラヒラしている。そう言うけど、俺は知ってるぞ。ショーコ先生が俺の遺伝子の解析を進めてサイオニック能力の発現因子を探したり、それを特定するためにサイオニックテクノロジーの領域に手を出し始めているのは。
「まぁ俺が爆弾を抱えてるって言っても爆発するのは死ぬ時くらいみたいだし、死んだ後のことなんて気にするだけ無駄だと思うんだ。よほど精神的に酷い状態で死なない限り起爆もしないみたいだしな」
「もしかしてクギってヒロが起爆しないように監視するお目付け役なんじゃないの?」
俺の説明に納得したのかしていないのか、エルマがクギにジト目を向ける。お前、それはそう思っても言っちゃ駄目なやつだろう……。
「そうです。ですが、それだけではありません。最初に言ったように我が君がこの世界に落ちてきてしまったのは此の身どもの過去の所業が原因ですし、それを贖うために此の身が遣わされたというのも事実です。ですが、今となってはそれらの理由は主たるものではありません。此の身が我が君の傍にいるのは、此の身がそうしたいからです。もし本国に戻って此の身の任が解かれたとしても、此の身は我が君の傍から離れるつもりはありません」
クギはエルマの言葉を肯定した上で、そう言い切った。頭の上の狐耳をピンと立て、凛とした表情で真正面からエルマを見つめて。そんなクギの迫力に気圧されたのか、エルマが苦笑いをしながら両手を挙げ、降参の意を示す。
「オーケー、クギの覚悟はよくわかったわ。疑ってごめんね」
「いえ、当然の疑問だと思いますから、謝って頂く必要はありません……ですが、その」
クギが凛とした表情を一転させて不安げな表情を俺に向けてくる。そんなクギの手を取り、俺はその小さな手を両手で包みこんだ。不安を感じているのか、少し汗ばんでて冷たい。
「俺も今更クギを手放すつもりはないから。クギがそう思ってくれているなら尚更な。だから、何も不安を感じる必要はない。いざとなったらクギを拐ってヴェルザルス神聖帝国から逃げ出してやるさ」
俺がそう言うと、クギの頭の上の狐耳がピコピコと嬉しそうに動き、三本のモフモフ尻尾がブンブンと振られ始めた。言葉もなく涙目になっているクギの目元をジャケットのポケットから取り出してハンカチで拭いてやる。
「あー、あついあつい。あっついなー。メイはん、空調さげてーな」
「はい、ただいま」
「むむむ、ラブの波動が……!」
『今日はクギの一人勝ちかなぁ?』
「向こうでは一番頼りになるわけだし、ここは譲っておこうかねぇ」
そんなことを言いながら俺とクギを残して他のクルー達が解散していく。いやあのねぇ、君達。ちょっと露骨過ぎないか?
「あー……ちょっと休むか」
「……はい、我が君」
ピッタリと寄り添ってきたクギを抱き寄せて二人でソファに座る。流石にこの時間から部屋に戻ってご休憩とはいかないけれどもね。まぁ、良い機会だからヴェルザルス神聖帝国のことについて色々聞いてみるかな。




