#494 欲望には抗えなかったよ。
クリスに激突された俺は全治十五分の怪我を負った。医療ポッドの力ってすげーよな。自然治癒だと最低でも三週間から四週間くらいかな? ってショーコ先生に言われたんだが、それって下手すると骨が逝ってたってことでは? と聞いたら曖昧な笑みを返された。
「クリスは結婚するまでに強化された身体の制御を完璧にしておくように。制御訓練をサボっちゃダメよ?」
「はい……」
ブラックロータスの医務室から休憩スペースに移動すると、クリスがエルマに説教されていた。さもありなん。忙しいという理由があるにせよ、日々の訓練をサボった結果、他人に怪我をさせるというのは完全にケジメ案件である。俺は許すけど。
「クリスくんは成長期だからねぇ。慣れたつもりでも、成長によって制御が外れることがあるんだよ、そのくらいの年齢だと。訓練は日々しっかりやっておいてくれたまえよ? 初夜でヒロくんの肋骨とか背骨とか腰骨とかがポッキリ、なんてことになりかねないからね」
「なにそれこわい」
「たまにあるのよね。普段運動とかしない貴族のご令嬢が、新婚初夜に旦那さんの骨を何本か……って話。軍人のセレナは欠かさず鍛錬しているからそんなこと無かったでしょうけど」
俺と一緒に医務室から移動してきたショーコ先生がクリスに忠告をして、その忠告を聞いたエルマが恐ろしい話をしはじめる。それ、旦那さんってのも身体強化を施した貴族だよな? そんな貴族ですら骨を何本かやるってことは、身体強化なんてしていない俺はそれよりも酷いことになるのでは?
考えてみれば、身体強化を施した貴族ってパワーアーマーと同程度か、少し劣るくらいの膂力を発揮するんだよな。そりゃ生身でくんずほぐれつした時にそんな力を出されたら骨なんざボキボキに折れるわ。
「クリス、訓練頑張ろうな」
「はい……」
久々に仕事から解放されて元気いっぱいだったクリスも青菜に塩といった様子だった。それはもうなんというかしおしおである。とてもしょんぼりしている。そりゃ自分の不注意で怪我をさせてしまったらこうなるか。
「痛かったけど治ったから問題なし。クリスも謝ったんだからこの件はおしまい。イイネ?」
「ヒロがそう言うなら良いけどね。ミミもいい?」
「勿論です!」
ミミが笑顔でそう言いながらしょんぼりとしているクリスを抱きしめる。うんうん、仲良きことは美しきかな。
「クリスの件はそれでええとして、遊びに行くんよね? どこ行くん?」
「ネーヴェちゃんの服を見に行くとかどうかな? ポッドから出て普通に生活するようになったら、いつまでもシンプルな病衣のままってわけにはいかないよね」
「いいですね! あ、でもポッドに入ったままだと試着とかもできないですよね?」
「身長とかのデータは完璧なものがあるから大丈夫だよ。ただ、少し余裕をもったサイズのほうが良いだろうねぇ。治療が進めばもう少し筋肉とかもつくし」
着飾るというか、服に興味がある勢はネーヴェの服の話題でキャッキャしているが、若干三名ほど静かになっている人物がいる。一人目、俺。二人目、エルマ。そして三人目、クギである。
「うん、良いんじゃないか? ついでに皆も何か可愛い服とかあったら買ったら良い」
俺は同じデザインの服を大量にストックして着回す勢なので、あんまりなぁ。エルマも俺と同じような感じだし、クギはいつも巫女服だ。クギの場合は頭の上の狐耳はともかく、三本のモフモフ尻尾が問題でな……基本的にグラッカン帝国内で流通している服のテンプレートの大半が彼女の尻尾に対応できない。
無論、クギ以外にも尻尾やそれに相当する器官を持つ種族はいるので、そういった種族向けの店に行けば良いのだが、そういう店ってあんまり見かけないんだよな。栄えた交易コロニーならたまにあるって感じ。人間が主な住人であるデクサーⅢ上の服飾店では恐らく期待できまい。
「そうね。私はデクサーⅢの銘酒でも集めに行こうかしら」
「此の身は我が君にお供致します」
「では服からお酒からなんでも揃う総合商業施設にでも行きますか?」
クリスの提案に頷いた俺だったが、ふと考え込む。
「……貴族ってわざわざ店に行って買い物とかするのか? 屋敷に呼びつけたりするんじゃ?」
「そういうこともできますけど、それってなんだか遊びに行った感が無いと思いませんか……? 顔に笑顔を貼り付けて揉み手をしながら媚びてくる商人を相手にするんですよ? 昨日までやっていたことと殆ど同じ感じになりますけど」
「やめよう」
即答した俺にクリスが深く頷き返してくる。少しでも好印象を残して何かしらの利益を得ようとする大人達の相手は暫くしたくない。
「行くならクリスは顔も割れてるし、目立つから変装しないとダメね。うーん、私とミミの服で着られそうなのを見繕って、髪型も変えましょうか」
「傭兵っぽい感じの服装にしましょう!」
「お化粧なら此の身にお任せください」
「私も手伝いますね」
クリスがミミ達に連行されていった。残ったのはメイとティーナ、それにショーコ先生とネーヴェの四人である。
「……うちは化粧とかお洒落とかそういうの苦手やし」
ウィスカは行ったけど、ティーナは行かないのか? という俺の視線を感じ取ったのか、ティーナが言い訳めいたことを言いながら俺の隣に座る。そして俺を挟んでその反対側にショーコ先生も腰を下ろした。
「私も知っての通りそっち方面はあんまり、ねぇ? メイくんは強い意志でメイド服を着てるし」
「皆様もメイド服を着れば良いと思うのですが」
全員にメイド服を着せていたら俺が他人にどう思われるか、という点を除けば素晴らしい提案だな。皆のメイド服姿、見てみたいです。問題はそんなことをしたら無類のメイド服好きとして俺の対外イメージが固定されかねないという危険を孕んでいる点だ。
『キャプテン、私も着てあげようか? メイド服』
「良いねぇ、今度メイくんに全員分のメイド服を見繕ってもらおうか」
「予算を頂ければ完璧なメイド服を調達してご覧にいれます」
「いいね」
対外イメージ? そんなもの知ったこっちゃねぇ! 複数のメイドさんにチヤホヤされるのは男の夢だよなぁ!? まぁ、船の中でだけ楽しめば良いだろう。
「兄さんも好きやなぁ……他のコスプレとかもしてみる?」
「しようか。予算なら出すぞ。俺のポケットマネーから」
その後、イメチェンしたクリスを連れて総合商業施設に赴き、ネーヴェの服を買ったり、デクサーⅢの酒や特産品の類を買い漁ったり、コスプレ衣装――というかコスプレ用の衣装を買い漁ったりした。
コスプレ衣装とコスプレ用の衣装の何が違うのかって? 安っぽいペラペラのそれっぽい服じゃなくて、ホンモノってところが違うところかな……店員さんには変な顔をされたけど。
まぁ、アレだ。欲望には抗えなかったよ。




