#493 「と、俺は思ってたんだよ」
ちょっと筆が進まなかったね!( ‘ᾥ’ )(ゆるしてね
さて、クリスが貴族として成人と認められるにはまだ三年ほどの時間がある。しかし、以前にホールズ侯爵が言っていたように、このしきたりに関しては既に形骸化しており、実際には平民と同じ成人年齢を迎えた時点で婚約や結婚などをする貴族も少なくはないそうだ。
それと、切実――という程ではないが、同時に婚儀を挙げる予定であるセレナの年齢の問題もある。俺の感覚的にはそんなこともないと思うのだが、二十代も半ばの彼女は貴族の女性としては嫁き遅れに片足どころか両足を突っ込みかけている年齢なのだそうだ。日本では晩婚化が進んでいたからな……いや、今は地球の話はどうでもいいや。とにかく、双方の事情を鑑みた結果。
「婚儀の日程は早まるだろう。恐らく、クリスティーナの成人を待ってからということにはなるまい」
ダレインワルド伯爵が厳かにそう宣言し、その言葉に特に反論は無いのか、ブッシュバウム子爵を始めとしてエルツベルガー女男爵とシュノール男爵も同意するように頷いていた。
ホールズ侯爵家との打ち合わせ式場の準備、招待客への連絡、その他諸々、細かく言い出せばきりがない程に準備をすべきことは多い。それでも一年以内には婚儀を行うことになるだろう、との話だ。
で、俺の今後の動きに関してはブッシュバウム子爵達が帰った後にダレインワルド伯爵から話があった。
「ヴェルザルス神聖帝国に足を伸ばすのは構わん。だが、定期的な連絡を欠かさず、どんなに長引いても一年以内に帰るように」
会議室のような部屋からもう少しゆったりとした雰囲気の応接室のような部屋に場所を移し、メイドさんが用意してくれた紅茶のようなものを一服してからダレインワルド伯爵は厳かにそう言った。なんだろう、この爺さんは貴族オーラ的なサムシングを身に纏わないと発言できないのだろうか。
「はい。あの、俺が他にすることは……?」
厳かに沙汰を伝えてくるダレインワルド伯爵に若干気後れしつつ、一応聞いておく。この爺さん、顔と雰囲気が怖くて正直苦手なんだよ。
「無い。いくらお前が子爵位を持つ帝国貴族だとは言っても、それは名誉爵位だからな。無論、帝国貴族としての立場は尊重するが、真の貴族ではない者に貴族の儀礼的な諸々の手続きや用意を強要しても、互いに何も得をせん。良くも悪くも、お前はお飾り。ダレインワルド伯爵家とホールズ侯爵家、そしてウィルローズ子爵家の三家の関係を繋ぎ止める鎖のようなものだ。我々に任せておけ」
と、そこまで言ってダレインワルド伯爵は少し考え込んだ。
「だが、急ぐ旅でもなかろう? 暫く滞在していけ。領内の有力者と面通しくらいてしておいた方が後々面倒も少ないだろうからな」
「アイアイサー」
確かに急ぐ旅ではない。一週間やそこらならダレインワルド伯爵領に滞在していくのも良いだろう。
☆★☆
「と、俺は思ってたんだよ」
「あはは……」
「馬鹿ねー……そりゃこうなるに決まってるじゃない」
三日後、俺はソファにひっくり返って口から魂が出かかっていた。あの爺、朝から晩まで分単位で俺にスケジュールを詰め込みやがった。スケジュールの内容は領内の視察だの会食だのと称した挨拶回りというか、挨拶され回りというか……俺がクリスと一緒に各所に足を運ぶのだから挨拶回りと言えばそうなのかもしれないが、現地に赴けば下にも置かない歓迎っぷりで賓客待遇。だから挨拶され回り。
相手はダレインワルド伯爵領の各地域を統括して治めている代官――大半が先日会談を行った三人の部下――だの、ダレインワルド伯爵領で手広く商売をやっている商会の社長だのといった面子だ。前者は男爵だとか男爵よりも下の準男爵だとか騎士爵だとかといった貴族とか準貴族みたいな人々で、校舎は平民の有力者だな。
まぁ、グラッカン帝国はバリバリの貴族主義というか権威主義というか封建主義というか、身分社会というか……なので、こちらから訪ねたとしても次期女泊であるクリスも一緒となると、それはもう完全なるVIP対応なのである。
だが、それも一日に何件も、朝から晩まで分単位で予定を詰め込まれれば流石に参ってしまう。歓待される側でも疲れる。自然体で良いとは言われても、あちらさんにお客様扱いされて上げ膳据え膳で歓待されると疲れるのだ。
「此の身は色々な場所を見られて楽しいのですが」
「クギは大物やな……」
「私達は無理」
俺達のメンバーでぐったりとしていないのはクギとショーコ先生、それにネーヴェだけだ。ショーコ先生とネーヴェがピンピンしているのはネーヴェの治療と体調を理由に挨拶され回りに参加してないからってだけだがな!
「まぁ、スケジュールが詰め込まれているのも今日までだ。明日からは少しはゆっくりでき――」
るさ、という言葉はバァン! と開いた扉の音に掻き消された。
「ヒロ様! 遊びにきました!」
「グワーッ!?」
「わーっ!?」
「ちょっ!?」
まるで全てから解放されたとでもいった様子のクリスが弾丸のように飛び込んできた。俺の胸に。当然、俺はその運動エネルギーをまともに受け止めることになって大ダメージを食らうことになり、過剰なエネルギーは一緒に座っているミミとエルマごとソファをひっくり返す。
結果として、仰向けに倒れたソファの上に俺とミミとエルマが団子になるという大惨事が展開されることと成った。とても痛い。
「すっっっっげぇ痛い……」
「ご、ごめんなさい……」
勢い余ってゴロゴロと転がっていったのか、少し離れた場所からクリスの声がする。
「クリス……貴女、まだ身体強化に振り回されてるの?」
「稀に制御のタガが外れてしまうんですよね……お祖父様には少しだけ剣を習ってはいるのですが、普段は身体を動かす機会があまりなくて……ごめんなさい」
流石に不機嫌そうなエルマの声に、クリスがしょんぼりした声で答える。うん、とりあえず起きようか。すっげぇ痛いけど。




