#490 「いつもこんな感じなのか?」
降下申請の手続きは速やかに承認された。そりゃ次期女泊にして現伯爵の孫を事務手続きでお待たせするわけにはいかんよな。クリスはそんなことはしないと思うが、下手すると首が飛ぶものな。物理的に。
『降下軌道に到達。降下を開始します』
「了解。ご安全にな」
『はい、ご主人様。この私に万事お任せください』
「エルマもな」
『はいはい。今更この程度のことでポカなんかやらかさないわよ』
先にブラックロータスが降下を開始し、その後を追ってアントリオンが降下する。まぁ、今の航宙艦には大気圏降下時の断熱圧縮で発生する熱から船を守ってくれるシールドもあるし、強力なスラスターも重力制御装置もある。減速さえ上手くやれば墜落なんてすることはないのだが、もしやらかした場合は大惨事確定だからな。心配くらいはする。
「立派な総合港湾施設ですね」
「帝都と同じくらい、とまではいきませんけどね。地方の総合港湾施設としては大きく作ってあると思いますよ」
「確かにこう言ったらアレやけど、リーフィルⅣの総合港湾施設よりも規模がデカいなぁ」
「リーフィルⅣの総合港湾施設はブラックロータスくらいの大きさの船が停泊できるポートが二つか三つくらいしか無かったよね」
ミミとクリスの会話にティーナとウィスカも加わっていく。確かにウィスカの言う通り、以前立ち寄ったエルフ達の母星であるリーフィルⅣの総合港湾施設はデクサーⅢの総合港湾施設と比べると小さかったな。デクサーⅢの総合港湾施設にはブラックロータスが停泊できそうな大型のポートが沢山並んでいるし。敷地面積は五倍くらいあるんじゃないだろうか? 流石に帝都の港湾設備に比べると規模が違い過ぎるけど。
ブラックロータスとアントリオンが総合港湾施設の管制官の指示に従ってスムーズに着陸する。もっとも、ブラックロータスとアントリオンでは着陸する場所が遠かったから、アントリオンの着陸はこの目で見届けられなかったのだが。何せ船のサイズが全然違うからな。まぁ、トラブルの報告もないからスムーズに着陸できたのだろう。
「じゃあ事前の打ち合わせ通りにな」
「あいよ、任せとき」
「お留守番してますね」
今回、整備士姉妹は船に残ってクリス達の荷物の運び出しや船の搬出作業、それにブラックロータスだけでなくクリシュナやアントリオンの整備や補給などに専念することになっていた。その他のメンバーは全員下船する。特にショーコ先生とネーヴェはダレインワルド伯爵と顔を合わせたことがないからな。整備士姉妹は辛うじてだが面識があるので、今回は留守番役を務めてもらうことになったわけだ。
「伯爵閣下とご対面か。いやぁ、緊張するねぇ」
『私はこのままでいいのかな? 高位貴族の前で寝そべったままなど無礼千万! とか言われて真っ二つにされない?』
「お祖父様はそのような事は言いませんし、もしそうなっても私が絶対に止めますから」
ある意味で差別感溢れるネーヴェの言葉にクリスが苦笑いを浮かべている。まぁ、ベレベレム連邦の人間からしてみたらグラッカン帝国の貴族なんてのはアレだからな。白兵戦となれば嬉々として剣一本でサツジンレーザーの飛び交う戦場に突っ込んでくる激ヤバ強化人間みたいなものだろうからな。
あれ? なんだろう。そんな連中が日本にも昔いたような気がするな。島津……薩摩隼人……うっ、頭が。いや待てよ? 最近俺も白兵戦ではレーザーガンよりも剣をよく使ってるな? もしかして傍から見ると俺も同じような扱いなのでは……? これ以上考えるのはよそう。オレの心の平穏のために。
「エルマさんも船から降りたみたいです。合流地点を送っておきますね」
「ありがとう、ミミ。ほら、俺達も移動するぞ」
「はい、我が君」
ブラックロータスから降りた皆を引き連れて総合港湾施設内を移動するためのトラムに乗り込み、エルマと待ち合わせをしているロビーへと移動する。
予定では二泊三日でデクサーⅢに滞在し、ダレインワルド伯爵やその臣下達と顔合わせや婚約、婚儀に関する打ち合わせをする予定である。その間、整備士姉妹はずっとブラックロータスで留守番だ。お土産にダレインワルド伯爵領の銘酒とか何かを買っていってやらんとな。買い物をする余裕はあるんだろうか? いや、その辺はダレインワルド伯爵家の使用人の誰かか、最悪の場合はクリスにでも相談すれば良いか。
☆★☆
俺とミミ、メイ、クギ、ショーコ先生にネーヴェ、護衛と従者を引き連れたクリス、それにロビーで合流したエルマという合計十名という大所帯で移動することになったわけだが、移動そのものは大変にスムーズに行われることになった。トラムで港湾施設のロビーに移動し、トラム駅に降り立った瞬間からSP――民間のボディーガードではなく本物の官憲だからSPで良いだろう――の群れに護衛されることになって滅茶苦茶目立ったけど。
エルマも小型、中型艦の発着場からロビーへと移動したところでSPに護衛されることになったらしく、合流した時にはこれでもかというほどウンザリとした表情になっていた。
まぁ、クリスはこのデクサー星系を中心としたダレインワルド伯爵領内で言えばナンバーツーと言っても過言ではないVIPであるわけだし、こういった扱いになるのもさもありなんといったところか。特に、クリスに関してはその両親が謀殺されたという事実もあるわけだしな。
「いつもこんな感じなのか?」
「はぁ、まぁ、本星にくると大体はこんな感じで……」
そう言ってクリスが苦笑いを浮かべる。しかし、そんなクリスに護衛のエデルトルートが小言を言い始めた。
「クリスティーナ様が無頓着過ぎるんです。今回の帝都行きだってマーリオン殿と私だけを伴にして半ば無理矢理出立なされて……」
「急ぎ出立する必要があったのですから仕方ありませんね。伴を数十人から数百人、船も巡洋艦他護衛付きで動かすとなると絶対に間に合っていませんでしたし」
小言を言われたクリスは柳に風、糠に釘、暖簾に腕押しといった感じで全く反省はしていないようだ。俺としてはエデルトルートの意見に賛成したい部分もある。何せクリスの両親が亡くなったのも護衛を連れずに夫婦水入らずでリゾート星系に行楽に行ったのが原因と言えば原因だったわけだからな。同じ轍を踏みかねないような真似は控えて欲しい。特に、俺の手が届かない範囲では。
「結果論としてはそうかもしれないが、今後は少し気をつけような。俺が言うのもなんだが」
「確かにヒロが言うのはなんか違うわよね」
「あはは……危険に自分から突っ込んでいくようなお仕事ですからね、傭兵稼業は」
エルマとミミに突っ込まれる。でもそれを言ったら俺に付き合って傭兵稼業をしてくれている君達だって同じ穴の狢だからな! いや、巻き込んでいるのは俺だけどもさ。
ううむ、俺もライフスタイルの変化というやつを受け入れる時なのだろうか? だがなぁ、俺がこの世界で出来ることなんて傭兵稼業くらいだぞ、多分。元々の世界でやっていた仕事なんてこの世界じゃメイ一人で全部解決だし。
「我が君?」
「なんでもない。とにかく今はダレインワルド伯爵との話し合いに集中しないとな」
考え込んでしまった俺を心配したのか、声をかけてきてくれたクギに首を振ってそう答え、頭を切り替えることにした。あの爺さん、寡黙な割に自分の意思を通す力が滅茶苦茶に強いからな。何か変な条件を呑まされでもしないか警戒しとかないと痛い目を見そうだ。




