#487 「やめてくれ、外聞が悪すぎる」
前回ラスト辺りを少しだけ修正しました。
ユルシテネ!_(:3」∠)_
特にこれといった妨害やアクシデントも無く帝都を出発し、宇宙へと飛び出したブラックロータスはアントリオンとドッキングし、そのままグラキウスセカンダスコロニーへと向かった。
首都星系であるグラキウス星系から出立する前に物資の補給を行うためである。
え? 帝都で物資は補給したんじゃないかって? 帝都の物価と流通はちょっと特殊なんだよ。
帝都で生産している一部物資――例えば一部の食料や農作物――の値段は嘘みたいに安いんだが、それ以外の星系外から輸入しているような物資は市価よりだいぶ高い。あと、俺達みたいな船乗りが使うような物資に関してはそもそも取り扱いが無かったりする。これは帝都は航宙艦の出入りが厳しく制限されているからだな。需要が少ないから取り扱いが無いわけだ。
なので、帝都から出立するとなるとグラキウスセカンダスコロニーで旅支度をする必要があるというわけだ。尤も、ブラックロータスに積んでいる物資には余裕を持たせているからこのまま出立したとしても問題はないが、どちらにせよクリス達の船を回収してブラックロータスに収容しなければならないしな。船には留守番役が乗っているらしいし、その人を置いていくわけにもいかない。
というわけで、グラキウスセカンダスコロニーに寄港したブラックロータスにその人が合流してきたわけなのだが。
「貴方が……なるほど。私はマーリオンと申します。よろしくお願い致します、キャプテン・ヒロ様」
そう言って彼女は恭しく俺に頭を下げた。恐らく年齢は俺と同程度か、少し上だろうか。かなり背の高い、痩せぎすの女性である。俺よりも背が高いかもしれない。セレナの輝くような金髪とは少し質感が違うが、金髪のメイド服の女性だ。なんというか、不健康そうで目つきが悪いというか怪しいというか目の下の隈がすごいというか……大丈夫か、この人。
「よろしく、マーリオンさん。俺のことはもっと気楽に呼んでくれて構わない。いちいちキャプテン・ヒロ様だなんて呼ぶのは仰々し過ぎると思うんだ」
「いいえ、将来的にクリスティーナお嬢様の伴侶となられる方に対してそういうわけには参りません。それよりも私のことはマーリオン、と呼び捨てにして頂きたく。貴方様はクリスティーナお嬢様の伴侶として私どもの上に立つお方なのですから」
「そうかもしれないけど、今はまだ正式な婚約者になることすらダレインワルド伯爵に認められたわけではないから。その時が来るまでは俺の提案を受け入れて欲しい」
「……わかりました」
渋々と、といった感じではあったがマーリオンさんは俺の提案を受け入れてくれたようだ。
彼女の荷物を彼女達の船から降ろし、クルー達に案内を任せることにする――と同時に、俺はショーコ先生に連絡を取った。今はクリスとエデルトルートのメディカルチェックを実行しているはずだ。
『うん? どうしたんだい?』
「今乗船したマーリオンさん、もう一人のクリスの従者なんだが、早急にメディカルチェックを実行してくれないか?」
『それは勿論良いけど、何かあったのかい?』
「素人の目線で見たことをプロに言うのもなんなんだが、どう見ても不健康そうにしか見えなくてな……ミミ達に部屋まで案内させてるところだから、ミミにでも連絡して早めに実行してくれ」
『了解、すぐに連絡するよ』
ショーコ先生は話が早くて実に助かる。本当にただの素人判断で、健康に何の問題も無いってんならそれが一番なんだが。
「あっちは任せるしかないか」
どっちにしろ俺ができるのは指示出しくらいだからな……何もなければそれで良いんだが。
☆★☆
『極度の寝不足だね』
「寝不足」
『クリスくんのことが心配で殆ど眠れていなかったようでね……とりあえず、今は眠ってもらってるから』
「そっかぁ……わかった」
ハンガーで整備士姉妹と一緒にクリス達の船を検分していると、マーリオンさんのメディカルチェックの結果がショーコ先生から返ってきた。ほんの数日のことなのに心配過ぎて眠れなくなって体調不良って、それはもうなんか適切なメンタルケアをした方が良いのでは。
「どしたん? なんか疲れた顔になっとるけど」
「気にしないでくれ、本当に些細なことだから」
思わず溜息を吐いてしまった俺にティーナが声をかけてきたが、俺は軽く手を振ってそう答えた。俺が積極的に関わる問題でも無いだろうからな。現状を把握すればクリスが自分でなんとかするだろう。一応クリスには後で伝えるだけ伝えるけど。
「で、えーと……クリスの船なんだが」
「イデアル製の二世代前の高速小型艦やな。外観から見る分には特に変なところも特殊なところも無いで」
「中身は流石に見るわけにもいきませんしね。多分帝国航宙軍の払い下げ品でしょうから、そこそこの性能だとは思いますけど」
「もとより戦力にするつもりも無いけど、クリスが出張に使う船がこのレベルか……前にダレインワルド伯爵の艦隊も見たけど、やっぱり装備が全体的に古そうなんだよな」
「それは知らんけど、コーマット星系で仕事してた時には特に目立った戦力は無かったように思うな」
将来的に俺とクリスが結婚して、将来的に俺がダレインワルド伯爵領の治安維持に関わることになったらその辺がネックになりそうな気がするな。まぁ、この船もまともな装備を積んでいる分、一般的な宙賊艦よりも戦闘能力が高いんだが。
うーん、俺の一存でダレインワルド伯爵領の戦闘艦を最新のものに刷新! とかそう簡単に出来るとも思えないしな。何か考えておいたほうが良いかもしれない。
「よくわかった。スキャンはしていいけど、整備とか弄ったりとかはクリスに許可を取ってからにしてくれ」
「りょーかーい」
「はい、わかりました」
「頼んだぞ。俺はクリス達の様子を見に行ってくるから」
元気に返事をする整備士姉妹にそう告げ、俺はハンガーを後にした。
☆★☆
何にしてもまずはダレインワルド伯爵に話をつけなければならない。お孫さんを頂きます――じゃないな。俺が頂かれるのか。その件に関して彼がどのように考えているのかは正直ちょっと俺にはわからんのだよな。実のところ、ダレインワルド伯爵と言葉を交わした回数はさほど多くないし。
ただ、今までの経緯を考えれば嫌われているということは恐らく無いし、クリスとの関係について言語道断であると考えてるわけでも無さそうだとは思う。
もし彼がそのように考えているならコーマット星系での依頼を俺に持ちかけたりはしてこなかっただろうし、その後のクリスとの連絡や今回の帝都での件に関しても何らかの干渉を行っていただろう。
「とまぁ、色々と考えを巡らせてはいるが……なんというかこう、快刀、乱麻を断つといった感じでスパッと何でもかんでも解決できないもんかね」
『それは私じゃなくてどちらかと言えばメイ辺りに相談するのが良い案件じゃないかな、キャプテン。もしくはエルマ姉さんとか』
「それはそうなんだが二人とも忙しそうでな。暇そうなネーヴェは丁度良かったんだよ」
『キャプテンは私のことをペットか何かみたいに思っていないかい?』
「???」
『なんだいその「そうだが?」みたいな顔は。噛みつけるものなら噛みついて理解らせてやるところだよ』
そう言いつつポッドで俺の膝にゴツゴツとぶつかってくるのはやめてくれ。地味に痛い。
「まぁペット云々は冗談としてだな。実際にネーヴェしか暇な人いないから仕方がないじゃないか」
ミミとエルマ、クギの三人はクリスと従者二名の部屋を用意したり、荷解きを手伝ったり、補給物資の手配だったりに忙しい。整備士姉妹も出港のために各種チェック作業や資材の確保に奔走している頃だし、ショーコ先生はマーリオンの面倒を見ている。メイならどんな業務を行っていてもマルチタスクで俺の相手をしてくれそうだが、忙しいのをわかっていて邪魔をするのはな。
『私もそろそろ手に職が欲しいんだけどね?』
「せめて生身で自由に歩き回れるようになってから言ってくれ、そういうのは」
浮遊車椅子というか自立型の簡易医療ポッドめいたものに入ってある程度動けるようになったのがつい先日の話だ。今も彼女の身体はショーコ先生の手によって治療を施されている最中であり、こんな状態で仕事を受け持つのは不可能であろう。もっとも、彼女の強みはハッキングやクラッキングなどの電子戦方面なので、平時にやることがあるのかと言うと微妙なところなのだが。
「……ま、しばらくは賑やかし役というか相談役だな」
『良いんだよ? ペット役って言っても? 今度から私はキャプテンの愛玩用ペットですにゃん、とか名乗ってあげようか?』
「やめてくれ、外聞が悪すぎる」
ショーコ先生に癒やされ、うちの女性陣に磨き上げられたネーヴェの見た目は本当に可憐な少女そのものなので、そんな自己紹介をされた日には俺が社会的な意味で致命的なダメージを負ってしまいそうだ。
『まぁ、なるようにしかならないんじゃあないかな。良ければ私の出来る範囲でダレインワルド伯爵家について調べておくけど?』
「頼む。でも危ない橋は渡るんじゃないぞ」
『大丈夫だよ。メイに監視されているからね』
それなら安心だな。まぁ、ネーヴェのネットワークアクセスについてはメイが掌握しているはずだし。しかし、いくらメイとはいえオーバーワークになっていやしないだろうか? スペックアップとか必要じゃないか今度相談してみるか。
「なんとか穏便にダレインワルド伯爵との打ち合わせというか話し合いを終えて、さっさとヴェルザルス神聖帝国に向かえると良いんだが……」
『話に聞く限り無理じゃないかな?』
「どうしてそういうこというの?」
新入りのネーヴェにさえ俺の平穏な旅路が諦められているという現状に戦慄する。誰から話を聞いたんだ、ネーヴェは。いや、うちのクルーなら全員同じことを言うか。そうだよな。そして実際にそうなるんだろうな。
「気が重いぜ……」
『私は少し楽しみだよ、キャプテン』
ニヤニヤと笑いながらそう言うネーヴェであったが、そんな余裕があるのは今のうちだぞ、と心の中でそう思いつつ、俺は天井を見上げるのであった。




