#048 残念な美人
「あいつらときたらどいつもこいつもおんなだからってあなどって……わらくしらってがんばってるんですよ?」
「あ、うん、そうっすね。はい」
レストランに入っておよそ三十分後。俺達の思いは一つになっていた。
(((この人仕事以外は残念なタイプの人だ……!)))
最初は良かった。本物の野菜や肉を使った料理に舌鼓を打ち、上品なワインなんかを頂いて優雅に食事をしていた。俺は下戸だから水にしたけど。
しかし、食事が進むとセレナ少佐の酒量が増え始めた。すぐに目はとろんとし始めて、呂律が怪しくなってきた。セレナ様、そのあたりで……と俺達は止めたが、非番なんだからお酒くらい飲みますよ、飲みますとも、とアルコール摂取量はどんどん加速した。
「さげたくもないあたまもさげてぇ、むりやりえがおをつくってぇ……なのに、なんらっていうれすか! すぐにむねばっかりみてくるし! ぶったぎりますよ!」
KONOZAMAだよ!
マナーを気にしなくても良いって言ってたけど、それどっちかというと俺達じゃなくてセレナ様自身のためですね?
「Oh……落ち着いて落ち着いて、剣はぽいしましょうねー」
剣の鞘を持って腕を突き上げるセレナ様をなんとか宥め、剣を取り上げて少し離れたところに立てかけておく。酔っ払って刃傷沙汰とかは勘弁していただきたい。
「あなたもあなたですよ! わらしがこんなにさそってるっていうのになんでちっともなびかないんですか!」
「聞きたいです?」
「ききたくありません……」
真顔で言ったらセレナ少佐が泣きそうな顔をしながら両耳を塞いだ。
「じぶんれもわかってるんれすよぉ……むちゃなかんゆうをしてるってことはぁ……」
「自覚はあるのね……」
ぐったりとテーブルに突っ伏すセレナ少佐を見ながらエルマが苦笑いを浮かべる。正直セレナ少佐の誘いに乗って帝国航宙軍に入るメリットはあまりにも薄いんだよなぁ。
「ええと、もし俺が帝国航宙軍に入る場合は一等准尉からって話だったっけ」
「そうれす。はいってくれるんれすか?」
「給料いくら?」
「……月に四〇〇〇エネルくらい」
「俺、場合によっては一日で一〇万エネル稼ぐんだけど、入ると思う?」
「……うぅ」
涙目になられても困る。
いや、俺にまったくメリットがないとは言わないけどね? 順調に戦功なりなんなりを挙げていけば最終的には帝国騎士の位を頂いて一等市民に成り上がり、俺の目標である惑星上居住地に庭付き一戸建てを得る機会も生まれるだろうし。
ただ、その方法ではあまりに時間がかかりすぎる。何か物凄い事件が起きて、俺が大活躍をすればどうなるかわからないが、普通にキャリアを積み上げていくなら目的を達するには十数年の時間がかかるはずだ。クリシュナだってどうなるかわかったものじゃないし、そんなに時間の掛かる方法は取りたくない。
「まぁそういうわけで、俺を軍に勧誘するのは諦めてくれると嬉しい。折角こうして知り合って、一緒に食事もした仲だから、ちゃんと報酬さえ用意してくれれば仕事は請けないこともないから」
「……わたしのことをみすてませんか?」
「涙目で言わんでください。あざといですよ。そもそもそういう関係じゃないでしょうが」
最大限の冷たい視線を向けてやると、セレナ少佐は涙目を引っ込めて面白くなさそうに唇を尖らせた。なんて女だ、まったく。
「今のに釣られてたらぶん殴ってたところだったわ」
「いくらなんでも俺を侮りすぎと違うか?」
「ヒ、ヒロ様は優しいですから」
ミミが俺の腕に手をかけて宥めてくる。ちっ、ここはミミに免じて流してやるが覚えてろよこのやろう。
「……ずるい」
テーブルに身を預けたまま、セレナ少佐がそんなことを言い始める。ずるいって何が?
「ずるいずるいー! キャプテン・ヒロにめをつけたのはわたしがさいしょだったのにー!」
「えぇ……」
しまいには椅子に座ったまま地団駄を踏んでうわーんと泣き始めた。さすがの俺もこれにはドン引きである。
「どういうこと?」
「どういうことですか?」
エルマとミミが困惑の表情を向けてくる。
「いや、ターメーンプライムコロニーに初めて寄港した時にな、港湾管理局の役人に絡まれたんだよ。その時にセレナ少佐に助けてもらったんだ」
「そーですよ、わたしがたすけたんですよ。わたしのほうがキャプテン・ヒロとさきにであってたんですよ……なのになんでちょっとめをはなしたらほかのおんなのことくっついてるんですか!?」
「なんであんたにそんなことを言われなきゃならんのだ……?」
俺、困惑。
「別にヒロがどんな女とくっついてもセレナ様には関係ないでしょう?」
「うぐっ……そーですけどー……そーなんですけどー……!」
そうなんですけど? と先の言葉を待っていたらセレナ少佐は酒をぐいっと呷り、その先の言葉を酒と一緒に飲み下してしまった。おいおい、ただでさえべろんべろんなのにそれ以上飲むのはまずいんじゃないか。
「うぅ……」
セレナ少佐は半べそをかいたまま寝てしまった。俺とエルマとミミの三人は互いに顔を見合わせる。
「どうすればいいんだ、これは」
「いっそぺろりと平らげちゃったら?」
「そんな恐ろしいことができるか。相手は侯爵令嬢だぞ」
「親御さんに知れたらただではすみませんよね」
そんな話をしていると、注文用に用意されていたタブレットからコール音が鳴り響いた。とりあえず俺が出ることにする。
「はい」
『そろそろ刻限となりますが、お部屋の利用時間を延長なされますか?』
「えーと……」
セレナ少佐は完全に沈没している。エルマに視線を向けると、首を振った。
「部屋代が結構高いのよ、こういうお店は。延長となると吹っかけられるわよ」
ぼそぼそと小声でそう言う。ミミはセレナ少佐の介抱し始めたようだった。セレナ少佐はあの様子だとエルマが肩を貸したとしても歩けまい。俺が背負うしかないか。
「延長はなしで。お会計お願いします」
『承知いたしました。ロビーでお待ちしております』
通信が切れる。俺は盛大に溜息を吐いた。
☆★☆
四人分の食事代としてはあまりにも高い金額を支払った俺達はとりあえずクリシュナに戻ることにした。こんなにべろんべろんな状態のセレナ少佐を軍に預けたりしたら彼女の立場がなくなってしまうだろう。流石に俺達もそこまで鬼ではない。
「やれやれ……」
医務室の簡易医療ポッドにセレナ少佐を放り込み、後をミミとエルマに任せる。流石に服を着たままでは簡易医療ポッドの恩恵を受けることは出来ないので、上着とスカートを脱がさなければならない。それを俺がやる訳にはいかないし、嫁入り前のご令嬢の下着姿を俺が見るわけにもいかない。
食堂に腰を落ち着けた俺は冷蔵庫から炭酸抜きコーラを取り出してボトルの蓋を開け、ぐいっと呷った。うーん、五臓六腑に染み渡る。
さて、それにしてもどうしたものか。セレナ少佐の発言の内容について考える。私が先に目をつけていただの、他の女の子とくっついているだのというくだりだ。
酔っぱらいのたわごとだな、うん。正気で言い放った言葉じゃないだろうし、気にするだけ無駄だ。相手は酔っ払いながらも涙さえ武器にしてきた強かな女だ。考慮には値しない。
そう結論付けると頭の中がスッキリした。炭酸抜きコーラの糖分が頭に行き渡ったのかね。
いずれにせよ、今回の件に関してはあまり追求せず、何事もなかったかのように振る舞うのが良いだろう。変に恩に着せるのも怖い。食事代もまぁ高かったが……別に目くじらを立てるような金額でもない。賞金付きの宙賊艦を一隻爆散させればお釣りが来る程度だ。
ただ、向こうとしてはやりにくくなっただろう。あれだけの醜態を見せてなお今までどおりの勧誘攻勢を仕掛けてくるわけには行くまい。そう考えればあの程度の出費は安いものだ。
とはいえ、自分のセッティングした会食であんな醜態を晒すものか? 実は酒を呑むのは初めてだったとかそういうオチでもなければあそこまでへべれけになるというのは不自然だと思うんだが……ううむ、わからん。やはり仕事のこと以外ではぽんこつなのか?
セレナ少佐の意図について考えあぐねていると、ミミが食堂に現れた。
「セレナ様が目を覚ましました」
「マジ? 早くない?」
「簡易医療ポッドでお酒を抜いたみたいです」
「簡易医療ポッドすげぇな」
流石は未来の医療マシンということだろうか? 簡易医療ポッドがあれば酔いを気にせず酒が飲み放題なんじゃないか? そういえば、エルマは結構医務室の使用頻度が高いんだよな……まさかそういうことか。
「俺があっちに行った方が良い感じ?」
「エルマさんとちょっと話をしているみたいなのでここで待っていたほうが良いと思います」
「そっか、ならそうしよう。ミミも何か飲むか?」
「大丈夫です」
そう言ってミミは俺の隣に座った。なんとなく間が持たない感じがする。こっちから話題を振るか。
「オーガニック料理、美味かったな」
「そうですね……私、新鮮な野菜や果物というものを初めて食べました。ヒロ様は食べ慣れている感じでしたね?」
「そうだな、元の世界だと普通に食ってたものだし。逆にフードカートリッジとか自動調理器なんて無かったから、俺としてはこっちのほうが新鮮だ」
そう言って俺は食堂の一角を占める高性能自動調理器テツジン・フィフスに視線を向ける。正直あんなクレソンと藻とオキアミみたいなものから多彩で美味しい料理を作れる方がよっぽど凄いと思う。
「でも俺の知ってるオーガニック料理とこっちの世界のオーガニック料理が一緒かどうかはわからん」
「何か違うんですか?」
「俺の世界でオーガニック料理って言われてるのは農薬や化学肥料なんかを一切使わないで作った野菜を使った料理のことだったんだよな。あの店で使われてた野菜もそうなのかどうかはわからんし」
「へー……効率が悪そうな製法ですね?」
「その方が身体に良いし味も良いと思われてたのさ。実際はどうか知らんけど。所謂高級食材を使った高級料理ってやつだから、俺はあんまり食ったことがないんだ」
そもそも、普通の食材とオーガニック食材をまったく同じように調理してその違いを判別できるような上等な舌を俺は持ってないからな。コーラとジャンクフードが大好きだったし。そういう意味でもフードカートリッジで作る食品は俺と相性がいいんだよな。
「ミミはどの料理が美味しかった?」
「私はシーフードサラダが美味しかったと思います。シャキシャキのお野菜と、プリプリのエビとイカ、それにドレッシングが合っていて……!」
ミミが両手を合わせて目をキラキラさせる。食べ物のことを話している時のミミはとても楽しそうな顔をする。
「シーフードサラダくらいなら俺でも作れるかな。材料さえ揃えば」
頭の中で材料を思い浮かべる。野菜とシーフードミックス、あとはドレッシングを作るための酢や油、塩に香辛料が手に入るかどうかが問題だが。
「本当ですか!?」
ミミが目をキラキラさせて詰め寄ってくる。どうどう。落ち着け落ち着け。
「材料が揃えばな。これでも向こうじゃ一人暮らしだったから、多少は料理ができるんだ。ただ、こっちだと材料がなぁ……あとキッチンが無い。そう言えば前にガジェットショップで調理器具一式を見たっけか」
あの時は使いそうもないからスルーしたが、買っておけばよかったか。
「今度買いに行きましょう! 売ってるところを調べておきます!」
「お、おう」
目をキラキラさせたままミミが俺の両手を握ってくる。サラダは今までもテツジンが作ってくれていただろうに、今日のシーフードサラダの何が彼女の琴線に触れたのだろうか。俺が作ったものでがっかりしなければいいが。
いつ買い物に行くかを話し合っていると、食堂の扉が開いた。視線を向けると、エルマとセレナ少佐が入ってきたところだった。セレナ少佐は衣服の乱れなどもなく、顔色も問題なし。酒は完全に抜けているようだった。
「お待たせ、お姫様が目覚めたわよ」
「王子様のキスは必要なかったみたいだな」
「あら? したかった?」
「王子様ってガラじゃないからな、俺は」
エルマの笑みに肩を竦めて答える。セレナ少佐は両手で顔を覆って震えていた。耳が真っ赤である。よほど恥ずかしいらしい。
「人の上に立つ人は大変だよな。まぁ、たまにストレス解消も良かったんじゃないか?」
「この度は、本当に申し訳なく」
「気にしないでくれ、オーガニック料理も美味かったしな。ああいうところは案内が無いとなかなか入れない。もし、申し訳なく思ってるならああいう店を他にいくつか紹介してくれると助かるな」
今回の件については他にああいう高級な食事処を紹介してくれれば無かったことにする。暗にそう言って貸し借りなしということにしておく。あまり貸しを作りすぎるのも怖い。
「わ、わかりました。後ほど紹介状を送ります」
「そりゃ助かる。艦までエスコートしようか?」
「い、いや、結構だ。その……」
「色々大変なのは察した。聞かなかったことにするよ。俺達は美味しい料理を食べて楽しく酒を飲んだ、それで良いだろ」
「お心遣い痛み入ります」
セレナ少佐は赤い顔のままクリシュナから去っていった。その後姿を三人で見送る。
「……女性軍人っていうのも大変なんですね」
その後姿を見ながらミミがポツリと呟いたのが印象的だった。
 




