#484 「何も誤魔化してないって」
天気が悪いと筆が進まぬ( ‘ᾥ’ )
発艦準備の確認など諸々の作業を終えたらそろそろ晩飯時である。俺はブラックロータスの食堂でいつのもように我らがシェフ、テツジンの作り出す料理を食べて……いなかった。
「なんでそんな砂でも噛んだような顔なんですか」
「酒に強いわけでもないくせに、早速ワインのボトルを一本空けようとしている素敵な婚約者を目の前にしているからかな」
「む、むぅ……し、仕方ないじゃないですか」
そう言って目の前の婚約者――瀟洒なイブニングドレスを着て着飾ったセレナ――が頬を薄紅色に染めながら視線を逸らす。
☆★☆
発艦準備の確認をしながらセレナに事情を説明し、早ければ明日にも帝都を発つという話をしたら彼女は大慌てで一度通信を切り、十分かそれくらい後にもう一度あちらから連絡を取ってきた。
『あの……その……あ痛っ!? うぅ……その、今夜は、私と一緒に過ごしてくれませんか……?』
小型通信機のホログラム越しに顔を真っ赤にしてお願いされてしまった。これは断れない。まぁ、冷静に考えればそうだよな。セレナには軍務があるのだから、俺に着いてくることなど出来はしない。しかも、俺はこのあとダレインワルド伯爵家の領地に赴き、その足でヴェルザルス神聖帝国に行く予定だ。帝国の外に出るわけだから、今までのように旅先で偶然会うなんてことも起こり得ない。つまり、暫くの間セレナと顔を合わせる機会は無くなってしまうのだ。
「わかった、万難を排してでも今夜はセレナと一緒に過ごす。あと、誰かわからないけどありがとうございます」
通信しているセレナの後ろで彼女のケツを叩いている誰かがいるな。間違いない。
『うぅ……それでは、そういうことで。プランはすぐに端末に送りますから』
そう言ってセレナは通信を切り、宣言通りすぐにデートプランが送られてきたんだが……。
「送られてきたデートプランがコロコロ変わりまくってるんだが」
どういう仕組みなのかわからんが「ブラックロータス前で送迎車に搭乗」後の予定が目まぐるしく変わっている。どこぞのレストランで食事後高級ホテルに併設されているホロシアターに行き、同じく併設されているバーに行くというプランが表示されたかと思えば、貴族の扱う剣や衣装のオーダーメイドショップを軽く巡った後にどこぞの高級ホテルのプール付きスイートルームで上げ膳据え膳のディナーだとか。おい、いきなり明らかにそういう用途のホテルに行くとかいう雑なプランは流石にどうかと思うぞ。
明らかに複数のプランナーが好き勝手やってるな。プランナーの正体はお義母さん達あたりなんじゃないかと思うが、もしかしたら既婚者のお義姉さん達辺りも参入しているのかもしれん。ホールズ侯爵家の屋敷で顔を合わせる機会はなかったが、他家に嫁いでからもホールズ侯爵家の屋敷の何処かにお相手と一緒に住んでいるみたいなパターンもあるって話だったんだよな。なんせ構造体自体が滅茶苦茶でかいから。屋敷の構造体の中に寄子や分家の貴族の屋敷があったりもするらしいし。
「……時間まで放置しよう。ああ、一応服装だけ聞いとくか」
出来れば普段着ている傭兵服で行けるところが良いんだが、まぁ可能な限り向こうの要求に合わせるか。多分外泊になるよなぁ……とコロコロと変わるデートプランを見ながら考える。
メイに相談しよう。
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とまぁ、そんな経緯があってこうしてセレナと二人きりのディナータイムとなっているわけだ。
ちなみに、最終的にはシンプルに食事のあとご休憩というプランに落ち着いた。これでもかという三大欲求優先プランである。
「男性と二人きりでのデートなんて初めて……初めてですから」
そんなことを言いながらセレナが微妙な表情を浮かべる。そうだね、初めてだね。今までは二人きりにならないように絶対にミミ達の誰かと一緒に行動してたから。
「アレイン星系で再会した時には二人きりでレストランの個室デートなんてのも企ててたのに、なんで今更そんなに狼狽えるんだ」
「それはその、あの時とは互いの立場も何もかも違うじゃないですか……その、最後にはアレもするわけですし」
「そこを意識してそんなにテンパってるのか……」
顔を真っ赤にしてワイングラスを呷るセレナ大佐に思わず苦笑する。それでなんというか失敗を恐れているわけか。それで酒量が増えるんじゃ本末転倒だと思うが。
「それも今更だと思うんだけどな。でもまぁ、そうだな。何も心配はいらないさ」
「……そうでしょうか?」
「そうだよ。そうでなければ伯爵家を相手に牙を剥くような真似はしてない」
「……でも、あの時は私だけでなくミミさん達もいたでしょう?」
そう言ってセレナは顔を赤くしたまま唇を尖らせて見せる。ははぁ、なるほど。俺がイクサーマル伯爵家の私兵相手に切った張ったの大立ち回りをしたのは、あくまでもミミ達が囚われていたのが理由で、自分はおまけでしか無かったんだろうとそう言いたいわけだな?
「もしあの時にあの船に乗り込んでいたのが俺とセレナだけで、同じような状況に陥ったとしたらやっぱり俺は同じことをしたと思うよ」
「……本当ですか?」
「多分な。というか、今までに他にも命の危険があるのにセレナに付き合ったことなんて何度もあっただろ」
「それはそうですけどぉ……」
セレナが再び唇を尖らせてそっぽを向く。本当に面倒くさい子だよ、この子は。
「それに、今はセレナと二人きりじゃないか。それじゃ駄目か?」
「むー……なんだか上手く誤魔化されている気がします」
「何も誤魔化してないって」
苦笑しながらナイフとフォークを使って豪華なディナーを口に運ぶ。とても立派なホテルのこれまたかなり格式の高そうなレストランだが、個室のお陰で食事のマナーに関しては然程気を遣わなくても良いのが救いだ。食事のマナーなんて本当に最低限しか知らんからな、俺は。
「しかし美味いけど量が絶妙に足りんな」
「こういう貴族向けの店では満腹になるほどの量は出てこないものなんですよ」
「そういうものか。何かそういう風になる歴史的な経緯があるんだろうな」
満腹になるほど食べるのはみっともないとか、或いは満腹になると人間というのは集中力が落ちるものだからそういったことを貴族は嫌う傾向があるだとか、もしくは食品のロスを減らすのが元々の目的で、それがそのまま続いているだとか。
元の世界の紅茶が大好きなあの国でも、戦時中に普及したあまり美味しくないけど栄養豊富なパンがそのまま定着しかけたとかそんな話があった気がする。
「……やっぱり誤魔化そうとしてません?」
「してないしてない。本当にセレナは酒を飲むと悪い酔い方をするなぁ……あんまり飲んでへべれけになると、この後大変だぞ。沢山疑われた分沢山愛を確かめ合うからな」
「……すけべ」
「そうだよ」
そういう意味ではあまり満腹になり過ぎないこのレストランのディナーは丁度良いのかもしれん。
ふむ、新たな知見を得たな。




