#482 「この子、可愛いわね」
カクテーシンコクという年一湧きのクソボスを倒してきたので遅れました( ‘ᾥ’ )
最初の態度とは打って変わって俺に秋波を送るような態度を見せたセレナの妹さん達だが、セレナの物理的な干渉によりサロンから駆逐された。一人一人にサブミッションを仕掛けて制圧していく様はちょっと面白かっ――瀟洒なドレスを着た美少女が身体を折り曲げられて悲鳴を上げるのを面白いと感じるのはだいぶヤバいのでは? いや、でも面白かったから仕方ないな。セレナも含めて全員貴族のお姫様なのに、やりとりが姉妹というより兄弟めいてるんだもの。
「少しもなびきませんのね?」
妹さん達が追い出されて静かになったサロンで俺達は再び三人のお義母さん達とお茶を飲んでいたのだが、急に第二夫人でセレナの母であるヒルデガルドさんがそんなことを言い出した。
「なびくどうこう以前にやり取りが面白すぎませんかね?」
そう言って苦笑いを浮かべて見せると、彼女は目を瞑って溜息を吐いた。呆れているのだろうか。
「確かにアレではなびく以前の問題ですか……でも、ヒロ殿も若くて美しい娘に言い寄られるのは悪くない気分でしょう?」
「うーん……基本的にはそうですけど、婚約者の妹さんが相手だと微妙ですね。それにムードの欠片もないのはちょっと」
まず初対面であからさまに値踏みされたのがな。そこから急に手の平を返して媚びられても反応に困る。これが全く違う状況であればまだわからないけどな。
「ムード」
「あら、あらあら……うふふ。ちょっと、セレナ? この子、可愛いわね」
「なるほど」
俺の返答にヒルデガルドさんが目を丸くして驚き、第一夫人のアンネリーゼさんが優雅にコロコロと笑い、第三夫人のベアトリクスさんが納得したように頷く。なんですか、その反応は。
「ふふ、うふふ……そうね、ムード作りは大事よね。ふふふっ」
何かわからないがアンネリーゼさんの笑いのツボに入ってしまったようだ。どうして。
「結晶生命体の群れに単艦で飛び込み、百人弱のイクサーマル伯爵家の私兵を斬り伏せる、泣く子も黙る百戦錬磨の傭兵が、ムード……?」
「くっ……ふふっ、うふふっ……あははははっ!」
ヒルデガルドさんの言葉を聞いてとうとう堪えきれなくなったのか、アンネリーゼさんがお腹を抱えて笑い出した。そんなに笑うことなくない? なくなくなくない?
「セレナさん、貴女は彼の人柄に惹かれたのね」
「……最終的にはそうです」
セレナはそう言って顔を赤くしながらベアトリクスさんから目を逸らした。最終的には、ね。最初は確かに俺の戦闘能力とかそういった面を見て執着していたようだけど、なんやかやと絡んでいる間にいつの間にか好意を隠さなくなってきたよな。一体何がきっかけだったのやら。
「貴族の娘としてはどうかと思うけれど……貴女は子供の頃から型破りだったものね」
ヒルデガルドさんがそう言いながらなんともいえない笑みを浮かべた。呆れてる、とは少し違うな。困ったような笑みと表現するのが一番正しいか。
「あはははっ! ふふっ、ふふふ……っ! ふふっ……久しぶりにこんなに笑っちゃったわ。ヒルデ、セレナは最終的に自分もあの人も納得させられる伴侶を捕まえられたのだから、それで良いじゃない。最終的に幸せになれさえすれば勝ちでしょう?」
「それはそうだけど……アンネ、貴女がそうやって甘やかすから……もう」
ヒルデガルドさんがようやく笑いのツボから復帰したアンネリーゼさんに諭され、今度は正真正銘困った笑みを浮かべている。お二人は仲が良いらしい。第三夫人のベアトリクスさんとは少し距離がある……というかベアトリクスさんが一歩引いているのかね。この三人もうちのクルー達のように女性同士で色々とこう、あるんだろうな。不和が発生しないように調整をしてくれているうちの女性陣には頭が上がらんね、本当に。
☆★☆
あの後も散々お義母さん達に弄られ、根掘り葉掘りセレナや他のクルー達との馴れ初めを聞き穿られた俺は疲労困憊であった。ホールズ家が用意した空中リムジンでブラックロータスに戻るなり自分の部屋へと直行し、余所行き用の服を脱ぎ散らからしてベッドに倒れ込む。
「あー……」
疲れた。とても疲れた。レオン義兄さん達と戦って身体が疲れているのも勿論なのだが、それ以上にお義母さん達への対応で頭が疲れた。心が疲れたと言っても良い。
ベッドにうつ伏せに倒れ込んでぐったりとしていると、誰かが部屋の中に入ってきた。まぁ、見えていていなくてもわかる。これはミミだな。修行でサイオニック能力が開花するにつれてテレパシーの感度もかなり自由に調節できるようになった。流石に馴染みの気配みたいなものは目で見なくともわかるようになった。
そろそろと近づいてきているな。でももうすぐそこだ。あと三歩、二歩、一歩……ここだ。
「とうっ」
「わわっ!?」
俺の様子を覗き込もうとしてきたミミを捕獲し、ベッドに引きずり込む。あー、いい。遥かに良い。素晴らしい。この温かさ、柔らかさは本当に良い。身体と心の疲労が溶け出していくような感覚だ。
「んもー……ヒロ様? 疲れているんじゃないんですか?」
「今回復してる。ミミ成分を摂取している。ずごごごご」
「むむぅ……匂いをかがれるのはちょっと恥ずかしいです」
猫吸いならぬミミ吸いで俺の精神力が回復していく。え? 精神力の回復量に反比例して俺の尊厳とかダンディーさ的な何かが急速に減少しているって? 知らん知らん。そんなものよりもミミとイチャイチャすることの方が重要だ。
「落ち着きました?」
「少しな。セレナの姉にしか見えないゴージャス美女のお義母さん達に根掘り葉掘り色々聞かれて気疲れしたよ、本当に」
そう言ってミミの服越しにミミのお腹に顔を埋めながら溜息を吐くと、ミミが俺の頭を撫で始めた。そんなに甘やかされるとバブみが天元突破してオギャっちゃいそうなんだが。流石にそこまで堕ちるわけにはいかない。心を強く持たねば。
「それはお疲れ様です……大丈夫ですか?」
「だいじょばない……けど何か用事があって来たんだよな? どうしたんだ?」
「はい、クリスちゃんなんですけど、デクサー星系に戻るなら同道したいということなんです」
「まぁ、妥当な申し出だな。どうせ行き先は同じなんだから一緒に行ったほうが安全だ」
クリスがどのような手段で帝都に来たのかは……聞いたっけ? 聞いた覚えがないか、忘れたな。ただまぁ、定期便に乗ってきたわけではあるまい。それなら同道ではなくブラックロータスに乗せてくれという話になるだろうし。恐らくダレインワルド伯爵家所属の船で来たのだろうと思う。
「ただ、アレだぞ。無料ってわけにはいかないぞ」
「ですよね。いくら身内になる予定とはいえ」
「護衛をするとなるとなぁ……傭兵ギルドはちゃんと通して貰う必要があるな」
少なくとも、傭兵ギルドや他の傭兵から見てギリギリ妥当だと判断される範囲で報酬を払ってもらう必要がある。エネルではなく特産品や交易品などの物納でも良いし、他の便宜でも良い。貴族相手の依頼でダンピングなんてした日には流石にプラチナランカーでもギルドから怒られるだろうなぁ。特にプラチナやゴールドの高位ランカーにとっては貴族連中ってのは良いお得意様だろうし。
「その辺りはクリスと話し合った方が良いか。よし、行くか。ミミのお陰でだいぶ回復したし」
「そ、そうですか……? 何ならもう少し回復しても良い、ですよ……?」
「……時間は?」
「少しだけなら……本当に少しだけですよ?」
なら少しだけミミとイチャついてから行くとしよう。少しだけな!




