#481 「そういうものか?」
今ひとつ筆が乗らなかった……_(:3」∠)_
レオン義兄さんを叩き起こし、後始末を手伝ったり着替えを用意してもらったりしているうちに結構な時間が経った。正直、もうお暇したいのだが。
「ヒロの服を急ぎ繕っているし、私達だけでこんなに長時間独占していては後が怖い! 案内をつけるので、すまないがサロンに戻って母上と妹達の相手をしていてくれ!」
「アイアイサー……」
嫌だよ! と言いたいところだがこの訓練場は彼女達にモニタリングされている可能性が高い。滅多なことを言うと機嫌を損ねる恐れがあるので素直に聞いておくことにする。
というか、繕ってるって本当に誰かが手作業でやっているのだろうか? この世界というか帝都ならなんというかこう、自動で修復してくれる便利マシーンとかありそうなものなんだがな。
「どうぞ、こちらへ」
「ありがとう」
案内人は端正な顔立ちの少年だった。訓練場で俺とお義兄さん達との戦いを見学していた少年達が居たんだが、そのうちの一人だな。そんな彼に案内されてホールズ侯爵家の屋敷を進んでいく。
ホールズ侯爵家の屋敷はメガビルディングじみた巨大な構造体だ。全部で何階層あるのかわからんが、恐らく五十階以下ということはあるまい。しかも高さだけでなく広さもある。一体この構造体で何人の人間が生活しているのだろうか? 絶対に百人とか二百人とかの規模じゃないよな。
そんなクソでかい構造物なので、案内人がいないと目的の場所に行くこともおぼつかない。案内板みたいなものも殆ど無いしな。
「この屋敷には全部で何人くらいの人が住んでいるんだ?」
「……っ!? あ、え、ええと……確か一万人はいなかったと思います」
俺の質問に一瞬ビックリしたようだったが、少年は俺の質問に答えてくれた。目の前で大人達をボコボコにしてやったせいで怖がられているのかもしれない。
「一万って単語が出てくるだけで凄いな……九千人や八千人くらいは住んでるってことだろ? まるで一つの街だな。生活必需品とかはどうやって手に入れているんだ? この屋敷の中に店があったりするのか?」
「ええと、必要な品を部屋から注文すると、注文した品が部屋に届けられるようになっていると聞いたことがあります」
「コロニーで使われている物資配送システムと同じようなものか……? なるほどなぁ」
少年の説明に感心しつつ、彼の正体に思いを馳せる。この屋敷に住んでいる一般的な住人として認識が若干弱いというか、人伝に聞いたって感じの態度だな。普段はそういうことに気を回す必要がない生活をしているのだろう。
「もしかして君はホールズ侯爵の御子息だったりするのか?」
「えっと……はい。カミル・ホールズです。第三夫人、ベアトリクスの息子です」
「なるほど。セレナとは異母姉弟になるわけか……つまり将来的には義弟ということに……?」
「そうですね」
「そっかぁ……ぶっちゃけた話どう? 俺みたいな馬の骨が姉さんの旦那になるのって」
俺がそう聞くと、彼は立ち止まって少し考え込んだ。
「良くはない、のではないかと思います。本来であればセレナ姉様はホールズ侯爵家のために然るべき家に嫁ぐべきなのでしょうから」
「ですよね」
ぐうの音も出ない正論である。
「でも、ヒロ殿は強いですから」
「うん?」
「強いから良いと思います」
「そういうものか?」
「そういうものだと思います。父上も常々言っていますし。貴族は舐められたら終わりだと」
「なるほど」
舐められないためにはどうするのが一番か? それは勿論暴力である――と考えているかどうかはわからないが、まぁ確かに暴力というのは貴族社会に欠かせないものなのだろうなとも思う。何せレオンお義兄さんですら俺に相応の暴力が備わっているかどうか確認するために殴りかかってきたわけだし。貴族の間で剣というものが尊ばれ、白刃主義者なんていう怖い連中が幅を利かせているのも事実だしな。
☆★☆
カミル君とぽつぽつととりとめのないことを話しながらサロンへと辿り着いた――のだが。
「お姉様、あの人、私にくれない?」
「あげません」
「ほら、お姉様は軍人から適当なのを見繕って貰って」
「ふざけるのも大概にしなさい」
「いいじゃない。お姉様は今までだって独り身だったんだし、急いで相手を作らなくても。ここは一つ可愛い可愛い妹に譲って姉の威厳を示しましょう?」
「剣で威厳を示しましょうか……?」
セレナが妹さん達に滅茶苦茶絡まれていた。一見するとセレナにしなだれかかったり、抱きついたりして姉に無邪気におねだりをする妹達という構図なのだが、言っていることが酷い。というかセレナが爆発寸前である。
「あー……ただいま戻りました?」
サロンの入口からそう声を掛けると、セレナに絡みついていた妹さん達がするりとセレナから離れた。遅い遅い、私達はセレナに絡んでもいなかったし、変なことも言ってませんでしたよ? みたいな顔を今更しても遅い。遅すぎる。
「おかえりなさい、ヒロ殿。いえ、ヒロ君って読んだ方が親しげな感じで良いかしら?」
「ヒロ様、とお呼びしたほうが良いのではなくて? 子爵家当主様ですもの」
「それは流石に媚び過ぎじゃない? さん付けくらいが丁度良いと思うわ。ね、ヒロさん?」
先ほどサロンを出る前は値踏みするような視線を送ってきていた妹さん達の態度が一変していた。
いや、もう色々と遅いし、その程度で籠絡されるわけがないだろう。なんか面倒くさいことになりそうだな……服とかどうでもいいし御暇するか。




