#478 「急に湿度高くなるの怖いんでやめてもらっていいですか」
エンジンの掛かりが遅い……!_(:3」∠)_
翌日、俺達は各々のタスクをこなすべく動き出した。ミミはデクサー星系行きに関してクリスと相談。ティーナとウィスカは出港の準備を進め、ネーヴェは二人からレクチャーを受けつつお手伝い。クギは帝都にあるヴェルザルス神聖帝国の大使館に連絡を取り、ヴェルザルス神聖帝国に行くための相談と手続き。ショーコ先生はネーヴェの治療に使う資材の調達。
そして俺とエルマ、それにメイはセレナと連絡を取ってホールズ侯爵家に接触を図ると。
「ちょっと遠出するだけでこの大騒ぎだ。まったくもってしがらみってのは面倒なもんだよな」
「私もこういうのが面倒で家を飛び出したクチだから、言いたいことはよくわかるけどね……」
本日の俺とエルマの服装は昨日ほどカッチリしたものではないが、いつもの格好よりはフォーマルな服装となっている。まぁ、所謂軍服っぽい格好だな。帝国航宙軍の士官なんかと間違われてはいけないから、彼等のものとはデザインが違うものだが。
「貴方達、言いたい放題ですね……」
空中を走るリムジンのような高級車の中、俺達の対面に座ったセレナがジト目を向けながらそう言ってくる。
朝一番に俺達からの連絡を受けたセレナは自分の父親であるラウレンツ・ホールズ侯爵のスケジュールに俺達との面会をねじ込むというとんでもない苦労をしたわけで、メッセージ一つでそんな大仕事をさせられた上にいかにも乗り気ではない俺達の態度に言いたいことの一つや二つや三つくらいはあるのだろう。
「いや、突然の申し出に骨を折ってくれたことには感謝してるよ、本当に。今日もまたセレナの顔を見れて嬉しいとも思ってる」
「……どうだか」
そう言ってセレナは顔を赤くしながらそっぽを向いてしまった。別におべっかを使ったとかそういうわけではなく本当にそう思っているんだけどな。セレナの職務の関係上、クルーの皆と同じようにべったりってわけにはいかないし。それはまぁ、クリスも同じなんだけど。
「いま、ほかのおんなのことをかんがえましたね……?」
「それどころか隣にいますけど……急に湿度高くなるの怖いんでやめてもらっていいですか」
サイオニック能力があるわけでもないのに俺の考えを的確に読んでくるとか怖すぎるんだが。これが女の勘というやつだろうか? いや、セレナのことだから強化された感覚で俺にはわからない何かを捉えた可能性もあるが。
「まったく……どうしてこんなのに引っかかっちゃったんでしょうね?」
「あら、嫌なら離れても良いのよ?」
「……もう少し優しくしてくれないと泣きますよ? 良いんですか? 大声で泣きますよ? 地面に寝転んで駄々をこねますよ? 我が家の前で」
「恐ろしい脅し文句を使うわね……」
セレナの強烈な脅し文句にエルマが引きつった顔でドン引きしている。本当にそんなことをやられた日にはラウレンツ氏に何を言われるかわかったものではないので本気でやめて欲しい。
「そのようなことを実行した場合、婚約を含めてご主人様とセレナ様の関係が徹底的に断ち切られる可能性が高いので、セレナ様はそんなことはなさりません。そういう時はもっと直截に甘えると良いですよ、セレナ様」
「……」
「俺に恨めしげな視線を向けないでくれ……ほら、隣に座るか?」
「……座る」
対面から俺の隣の席に移動してきたセレナが俺の腕をぎゅっと抱いて寄りかかってくる。ちなみに、今までその場所に座っていたメイはしれっと先程までセレナが座っていた席へと移動していた。
「日も高いうちから二人も女を侍らせて良い身分ね?」
「せやろか……? まぁ、せやな」
その二人の美女がどちらもヒグマめいた膂力を有した恐ろしい女であるということを除けばそうだな。いや、それを差し引いても幸せなことなんだが。俺を含めて二人とも結構かっちりとした服を着ているから、あまり感触を楽しめないのが残念だ。
☆★☆
「すまないが多忙でね、本当に時間が取れないんだよ。さっそく本題に入ろうか」
ホールズ侯爵家の屋敷――屋敷というか巨大なビルめいた構造体だが――に到着し、客間のような場所に案内されるなりすぐに現れたラウレンツ氏がそう切り出してきた。セレナも朝一番に連絡を取ってすぐに予定をねじ込んだようだから、本当に時間がないんだろうな。
「少しの間帝国を離れる予定ができたので、その報告と相談をしにきました」
「帝国を?」
「はい。うちのクルーにヴェルザルス神聖帝国の巫女がいまして。彼女曰く、俺の出自やルーツに関する情報が神聖帝国にあるということでしてね。その確認と、俺の――まぁ、今更隠すことじゃ無いか。俺のサイオニック能力の修練なんかもついでにしてこようかと。あとは、彼女の里帰りという側面もあります」
「このタイミングでかね?」
ラウレンツ氏が首を傾げる。確かに婚約が決まったこのタイミングで他国に行くというのは勘ぐられるよな。それは仕方ない。
「このタイミングだからですね。どちらにせよダレインワルド伯爵との顔あわせにも行かなければならないんで、そのついでに足を伸ばそうかと」
「ふむ……まぁ、良いのではないかな。そのまま逐電しようというわけじゃないのだよね?」
「勿論。そのつもりなら何も言わずにセレナを拐って尻に帆をかけてすっ飛んでいってますよ」
自分で言ってなんだが、それも悪くないような気がしてきたな。セレナとクリスを拐ってヴェルザルス神聖帝国に逃げ込んで上げ膳据え膳の悠々自適な引退生活か。うーん、悪くないがスリルが足りなくて三ヶ月と経たずに飽きそうだな。
「それもそうだね。なら私から言うことはないかな。戻り次第連絡をくれれば良いよ。その間にこちらでできることは進めておくからね」
「お手数をおかけします」
結婚関連の準備やダレインワルド伯爵家、ウィルローズ子爵家とのやりとりのことだろうな。これは頭が上がらなくなりそうだ。
「まぁ、それくらいの面倒はね。そっち方面で君に苦労をさせたらホールズ侯爵家の甲斐性を疑われてしまうから……おっと、すまないが時間だ。後のことはセレナに任せるよ。良いね?」
「はい、お父様」
「うん、それではね。ヒロ君、それにエルマ嬢も。今度、時間がある時にゆっくりと旅の話を聞かせてくれ」
そう言ってラウレンツ氏は応接間から去っていった。本当に忙しいところに予定をねじ込んだんだろうな。申し訳ない。
「よし、それじゃあこれ以上ご迷惑をかけてもいけないし、お暇しようか」
「そうはいかないでしょ……」
「ですよね」
呆れたような表情のエルマが視線を向けている先を見ると、そこには頬を膨らませてむくれているセレナの姿があった。
「すまん、冗談だ。ここまできてご家族に挨拶もなしに帰るわけにはいかないのはわかってるから」
「本当にそう思ってます? 面倒くさいならいいですよ? 私が後で父様や母様や兄弟姉妹にちくちくと嫌味を言われるだけですし?」
「わかったわかった。本当に悪かった。冗談でも言うべきじゃなかった。許してくれ」
今日のセレナは面倒くささが当社比三割増しくらいになってるな! もしかしたら家族との関係が悪いんだろうか? ちょっと気をつけたほうが良さそうだな。




